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23話 『元』橋姫ガールと回顧録(前編)

第2章開幕です!

 金曜日──。今日を頑張れば休みの土曜日を迎えるというような日。

 そんな日の早朝。

 太陽は昇ったばかりなのか、やけに燦々とした光を解き放っている。雲一つない淡い青空もあってか、やけに神々しくオレの目に映っていた。窓という一枚のガラスを隔てていても、一点の曇りもない。


 まるで、生まれ変わったかのような──、憑き物が落ちたかのような……これからまた新しい人生が始まることを予感させるような、そんな清々しい気分だった。



 この気持ちを、誰かにおすそ分けしたい……!



 そんな気持ちに駆られて、オレはリビングに向かった。

 そして、そこには杏樹の姿が。父さんや母さんの姿はない。……まだ寝てるのだろうか?


 眠そうな瞳を2回3回と擦って大きなあくびをした杏樹に、オレは速攻で距離を詰めた。

 まぶたが完全に上がってない中でも、『ほへっ?』と言いたげな確かな眼差しを向ける。

 淡いピンク色のヘアバンドは、ズレにズレまくっていて『これでいい!』とはならない違和感を醸し出していた。


「──我が妹の杏樹。おはよう、そしてありがとう」

「……ハヤ兄」

「ん、どうしたっ?そんな朝から訝しげな顔しちゃって」

「ハヤ兄、ご乱心?」


 ……いきなり失礼なことをことを言われてしまった。


「杏樹、朝っぱらから、それも人に向かって言うことじゃないだろ。特に、ハヤ兄に対してはダメだ。お兄ちゃんに『ご乱心』なんて言っちゃいけないんだぞ?」

「だって、本当にご乱心じゃん」

「あっ、またそうやって──」

「逆にハヤ兄自身はおかしいと思わないの?」

「……まあ、ちょっとテンションがおかしいな」


 自覚はある。うん。


「えっ、自分で『おかしい』って分かっててそのテンションなの?自覚してて、『我が妹』とか『ありがとう』って言ってるってこと?……ハヤ兄って昨日の夜からなんかちょっとおかしいよね。何かあった?」

「……まー、ちょっとしたことだ」


 昨日は本ッッ当にいろいろなことがあった。


 璃世が『ハヤテガールズ』の一員だった寺屋になじられて学校を欠席し、それを知ったオレはクラスに覚悟の宣言。

 そして、璃世の所属する書道部の活動場所である書道室に行って撫子さんに励まされ、璃世の家に行って彼女のことをお姉さんの璃央さんに託された。

 璃世の部屋に入って、気持ちを聞いて、そして助けて。その後に、強くなった璃世によって──オレ自身も救われた。

 

 今日は、『茂木颯』の第2の人生の開幕日だ。ワクワクしないはずがない。

 だからと言って、第1の人生がそのまま終わったじゃないし、思いはずっと引き継がれる。過去があるからこそ今が紡がれて、今があるからこそ未来が紡がれていくんだ。今楽しもうとしなくていつ楽しむのか。


「あーっ!アタシ分かっちゃったかもっ!それはズヴァリ!橋立さんと何かあったんでしょ!きっと告白だ!!そうに違いなーい!!!」


 自信満々に、オレの方に指を向けてくる。

 今は機嫌がいいので『ニコッ』と微笑みながら、現在オレに向かって指されている杏樹の人差し指を、オレの力によって下に下げさせた。


「そんなニコニコにてアタシの指を下げさせるなんて……なんかちょっと怖いよ」

「そうか?でも、あんま良くないことだからな。いけないことだって、ちゃんと教えなきゃいけないだろ?それは機嫌がいい時も、悪い時も変わらないよ」

「むぅ……。そ、それはそれとしてっ……一体どうなのさっ……!アタシの言ったことは合ってるの?」

「違うな」

「そんなハッキリと言わなくったって……。で、でも橋立さんのことは気になってるでしょ?前に橋立さんのこと、気になってるって言ってなかった!?」


 あいにく、言った覚えはない。

 完全なる空耳だ。

 全部は、杏樹の早とちりの勘違いだった──


 

 はずだったけど──、でも……。


「……気になってるとかじゃないな。今、璃世に抱いてるのは『大好き』って感情だから、違うな」


 オレは昨日、璃世のことを好きになった。

 

 ……いや、これは語弊があるな。

 ちょっと前から、璃世のことは『好き』だという自覚はあった。でも、それはほかの色んな感情も混じった上での『好き』で。

 ようやく昨日になって、オレは純粋に璃世のことを『好き』になることができたんだ。


 その気持ちを、ハッキリと口に出してみた。

 やっぱり、ひた隠しにしたままなのと、言葉にしてみるのとでは違う。

 気持ちがいいな。

 反対に、杏樹はフリーズした。ピクリとも動かない。気分がよくないのだろうか。


「あーっ!?また、そうやって否定して。いつものことだから分かってたけど、ハヤ兄はもっと素直になったほうがいいよっ!ちゃんと『気になってる』ってぇ──」


 動いたかと思えば、またフリーズ。

 処理が追いついてないのかな。

 オレ、自分の気持ちを言葉にして口に出してみただけなんだけどな。


「ハ、ハ、ハヤ兄……。さ、さっきなんて……」

「大好き」

「……アタシのこと、じゃないよね?」

「オレは璃世に向かって言ってる。あっ、でも杏樹もしっかり好きだから安心してくれ」

「ややや、や、やっぱハヤ兄はご乱心だーっ!?」

「うおっ!いきなり大声出すなって」


 杏樹が力の籠もった声でオレに言い放つ。

 体がピクピクとちょびっと震えていて、どれだけ力を入れたのやら。

 少なくとも早朝の、たぶん寝起きであろう少女の出していい声量ではない。


「だってだってだってぇー!?あの『自分の気持ちは他の人にナイショ』代表のあのハヤ兄が、なんの躊躇いもなく『大好き』って言葉を口にするだなんて……やっぱどっかおかしいよっ!」

「そんなに言わなくたっていいじゃんか。ハヤ兄泣いちゃうぞ。……なんだぁ?オレが素直に言っちゃあ違和感がすごいってことか?」

「うんっ!」


 うん。尋ねたオレが悪かった。

 杏樹は遠慮しないからな。特にオレに対しては。


「オレにだって素直になりたい時があるんだよ」

「ほんとーっに、一体何があったっていうの……ハヤ兄に」

「……なんでもいいじゃんか。こんなオレの姿、なかなか見れないぞーっ?」

「ねえ、ハヤ兄。気になったんだけど……今日一日ずっとそのテンションなの?アタシから見て……いや、誰から見ても新鮮だけどさ……。そのテンション一日中キープって大変じゃない?」

「でも、気持ちは溢れてくるしなー」

「でもでもっ、この調子でいったら午前の授業でガス欠しちゃうよー?今、何時か知ってるの?」

「4時46分。ちゃんと把握してるぞ」


 薄暗いリビングに、スマホの機械的で人工的な光が解き放たれる。

 そう──今は4時46分。午後じゃない。正真正銘、午前早朝の話だ。

 杏樹はどこか呆れた様子だ。目はぱっちりとしている。


「……絶対持つわけないから、また寝ちゃったほうがいいよ。そのテンションが保てるかは分からないけど……絶対起きたままだったら『反動』がくるから」

「『反動』とな?」

「うん、今ってめっちゃテンション高いじゃん。自覚できるくらいに。そういう後は、『ああ……なんでオレってあんな時間まで……』ってテンションが下がって鬱っぽくなるもんなのっ!」

「むっ、そうなるのは困るな……。璃世と一緒に学校に行く約束してるのに」 

「えっ、璃世さんと約束してるの?家って近い?」


 杏樹が口に手を当てて驚いている。

 心底意外だというような反応だ。


「いや、それが全然遠い。この家は学校から見れば本町駅の方面にあるんだけど、璃世の家はその本町駅からは反対の方向にあるんだよね」

「なんでそんな約束しちゃったの?学校で会うだけじゃダメなの?……いや、朝に約束することはないんじゃないかなって。別に放課後でもよくない?」


 ごもっともな意見だ。


「できるだけ璃世と一緒にいたいから、かな?やっぱ、朝っぱらから会いたいなって」

「……そんなにハヤ兄をデレさせる璃世さんに会ってみたいよ」

「じゃあ、今度会うか?」

「ちゃんと璃世さんに許可をとってからしてね」

「分かってるって!」


 杏樹は笑みを浮かべる。

 どこか呆れているようで、でも、見守られるような──、そんな包みこまれるような笑み。

 それは間違いなく、オレと話した今朝一番の微笑みだった。


 ──────────


「じゃあ、私はそろそろ寝るから」


 唐突な杏樹の宣言。

 『ふわぁ……』と可愛げのあるあくびもして、また眠たげな瞳を向ける。


「そういえば、杏樹はなんでリビングにいたんだ?こんな時間に」

「……トイレに行ってたの。それが理由でも、こんな早朝に目が覚めるなんてそんなにないからね。ちょっとリビングに寄ってみたの。『フラふら〜』って。そしたらハヤ兄に捕まったってワケ」

「なんか、そりゃあ悪かったな」

「ううん、いいよ。新鮮なハヤ兄を見れてなんかちょっと得した気分だから」


 たぶん、本当にそう思っているのだろう。

 ウソを言っている素振りはない。

 それと、ここでウソをつく意味もあまりないからな。


「それならよかった。いい夢見てな」

「ハヤ兄も寝るの?」

「うん。だってテンションが下がった状態で璃世に会うのはイヤだろ?ちょっとは体力温存しないとな」

「そっか。……じゃあ、アタシもハヤ兄がいい夢が見れる『おまじない』しようかなーっ?」

「どんなおまじないだ?ハヤ兄楽しみ」

「──ハヤ兄がアタシのお兄ちゃんで本当によかった。おかげで毎日が楽しみで仕方ないもん。……ありがとね」


 それは意外な『おまじない』だった。

 『おまじない』のおかげか、急に目頭が熱くなるのを感じる。


「あ、杏樹……」

「おやすみ、ハヤ兄。また後でね」

「……ああっ!」


 元気よく反応して、大きく手を振ってみても杏樹は振り向かない。ただ、自身の部屋に直進するだけ。頭をポリポリとかいて、そこにはいつもと変わらない杏樹の姿があった。


 ──オレだって、杏樹が妹で本当によかった。


 血が繋がっていなくても、杏樹は正真正銘オレの妹だ。


 杏樹だけ言って、オレが言えずじまいなのはちょっと寂しい気がするが今度の機会に言ってみよう。おちゃらけて言ってもいいけど、やっぱり真剣な感じで伝えたいな。


 そう思いながら、オレは部屋に戻っていったのだった。






 ちなみに、この後オレは一睡もできなかった。


 璃世への気持ちとか、杏樹のあの言葉とかが頭の中を反芻しまくって、気づけばスマホには『6:32』の表示が。




 …………今日一日、頑張るぞっ!!!



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