表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第四章 『そして、姫君が救出されていく』
74/77

20

 お化け屋敷は怖かった。この上もなく恐ろしい。初めから心臓がばくばくしてた。恐怖感というのは動きを慎重にさせる。おかげで、私の動きは亀のようにのろのろ。お化けに扮装した従業員と出会えば、一気に機敏な動作へ。その繰り返しだった。


「もう。マクのばか。むりやり私を行けないところへ連れ込んで。責任取ってくれるの?」

「ははは。翠の言い方だとあれだよ。いい意味には聞こえないな」


 瞬時に理解した私。顔が火照っていく。本当に私のばか。マクはもっとばかだけど。疑いようもないくらいに。


 結局、マクにはデザートのおごりで決着。お店で一番高いやつをオーダーしよう。それくらいはしてもいいはずだ。ここまで、私をこけにしたのだから。こうして、私たちは程良く落ち着ける喫茶店へ。注文はさっきの決意通り。値の張るデザートを頼んでおいた。もちろん、罪悪感なんて一つもない。マクがいけないんだ。


 やがて、注文が来て歓談。とはいえ、待ってるあいだも同じ。私とマクはずっとしゃべってた。


「翠、おいしい?」

「おいしい。幸せかも」


 単純な私。お化け屋敷なんて忘れてる。もう少し根に持ってもいいのに。 


「だから、許す」

「それは良かった」

「まあ、良くないけどね」

「いや、そんなことない」

「そんなことあるし」

「もう、どっちでもいいかな」

「うーん。たしかにそうだ」


 私は注文の品を一口。ふと、出来心でマクの口元へ。あーん。などというスペシャルな擬音もつけて上げた。でも、マクが食べようとした瞬間で引き戻す。自分の口の中へ納めた。


「あげるわけないじゃん」

「これは許せない」

「途中までは良かった?」

「まあ、最後が良くないけどね」

「そんなことないよ」

「そんなことあるし」

「もう、どっちでもいいかな」

「うーん。たしかにそうだ」

「あははは。面白いかも」


 思わず笑えてくる。


「僕は面白くないぜ。嘘だけどさ」


 マクの視線は窓の外へ。私も追いかける。見えたのは雲一つない空。私は飛行機雲が見たかったなあ。でも、スカイブルーはきれいだった。


「しかし、律くんはいない」

「えっと、探してたの?」

「お化け屋敷の中ではね」

「どういうこと?」


 それはおかしい。律くんのクラスは、輪投げや射的などの遊技場。主に祭りでやりそうな遊びばかりだ。つまり、お化け屋敷ではない。もちろん、あのピエロ劇とはまったくの別物。何の関連性もなかった。


「翠。僕の考えだとお化け屋敷に隠れてると思う」


 マクが真剣な顔をして言う。


「どうしてーー」


 聞くまでもなかった。すぐに理解が及ぶ。なぜなら、変装プラス暗闇。しかも、お化けは隠れてるのが基本。すごく見つかりにくい。さらに、私の苦手分野。文化祭だって純粋に楽しめる。ピエロ姿よりもずっといいだろう。各学年にあるお化け屋敷へだって出張可能だ。その上、顔も覚えてもらえる。生徒会長選挙への布石。なるほど。いい側面ばかりが思い浮かぶ。


「ほんとだ。律くんにとって都合が良いことばかり」


 私は思いついた利点を話す。しかし、マクはそこまで考えてなかったみたい。若干、拍子抜け。単純に私が苦手の一点突破。というか、律くんが主軸なのに私に着目するとは。少しこそばゆい。


「さすがは翠。そんなに思いつくとは」

「普通に分析しただけ。それよりもマクの発想が良かったと思う。視点を見事にずらしたから。おかげで、ずいぶんといい賭けができそうだ。適当にダーツを投じるのとは違う」

「そうだね。まあ、自分だったらだけどさ。僕が翠から隠れることを第一に考えた。そうしたらこうだ。この状況ではお化け屋敷が一番いい。翠はホラー映画も見たがらない恐がりだし」

「ううー。今、言うことじゃないし。マクのばか」


 この前だって、ホラー映画に当たってしまった。私がホラーだと気づかずにレンタル。パッケージに騙されたのだ。これはなにかの陰謀かもしれない。


 そういうわけで、事前情報を知らずにマクと鑑賞。私のお気に入りであるマクの家のソファーと大きなテレビ。これがまた素晴らしい。ところが、その時は完璧に裏目。とにかく大迫力。本当に怖くて大変だった。


「翠はあれだよね。ホラー映画の時はいつもソファーの使い方を間違う」

「それを言うなし」


 マクに指摘されるのも仕方がない。四人掛けくらいのソファーを半分以上持て余す。私がマクにくっつきすぎるせいで。自然とそうなってしまうのだ。


「とにかくさ、翠。お化け屋敷巡りだな。まあ、苦手なんて言ってられない。あ、これは翠へ嫌がらせをしたわけじゃないんだ。必然上のことだよ」


 その発言のわりには楽しそう。なんか、私を怖がらせて喜んでるみたい。そういえば、怖い映画に当たった時も同じ。ただ、私の過剰反応が影響してるかもしれない。


「ううー。やだなあ。お化け屋敷。てか、怖いことが。だいたい心臓に悪いよ。だからね、合間に普通のアトラクションも挟もうって。お願い」


 私は必死に嘆願。マクは仕方なさそうな表情で言う。


「うーん。まあ、翠がそうしたいならしょうがないか。でも、それだと全部は回れないぜ。日が暮れてしまうよ」

「つまり、そこでゲームオーバーってわけね」

「そういうこと。さて、そろそろ行くか。方針も決まったことだしね」

「あああ。やっぱりやだよー」


 私は注射をぐずる子どもみたいに抵抗。とはいえ、そんなことをしても意味はなく。お化け屋敷巡りがスタート。あーあ。私は文化祭を楽しみにしてたんだけど。どうしてこうなったのかな。絶対に律くんのせいだ。律くんのばか。とりあえず、悲鳴は控えめにしたい。なんて決意は胸に抱いておく。

 










 恐怖。恐怖。恐怖。どこへ行っても同じように怖い。あれは従業員。役割に徹してるだけ。そうやって、暗示を掛けてもむだ。全くだめである。だって、どうやってもお化けは脅かす。おかげで、私はびっくりする。とても心臓に悪い。そもそも、どこの場所でも暗闇。というか。逆に明るいお化け屋敷があったら教えてほしい。たぶん、全然怖くないと思うから。


「翠。今は確実に腰砕け状態だよね。ははは」


 私の惨状を見て、楽しそうに笑うマク。ひどいじゃないか。こういうことで、マクに幸せな気分を感じてほしくない。などと思うのはわがままかな。いや、そんなことはないと思う。間違いなく。しまいには泣くぞ。


「ぎゃあー。なんで、急に背中なぞるのよ」


 マクのひどいいたずら。もとい、セクハラ。ハロウィンだって一ヶ月先だろうに。敏感に反応しそうな状況でその行為。針千本飲まされるくらいの罪だ。私の調子が平常になったら、絶対に仕返ししてやる。でも、ここは臥薪嘗胆。耐えなけらればならない。


 ともあれ、お化け屋敷巡りは順調に消化。聞き込みもやってる。しかし、手がかりすらつかめない。いろんな場所を訪れてるのに。なかなか手強い相手。すごく巧妙に隠れてそうだ。


 もちろん、畠山ちゃんたちとも連絡を取ってる。なのに、誰も分からないまま。加絵先輩も佐々木くんも。佐々木くんは自分で戦力外通告をしてた。どうも、これから大事な用があるらしい。有志で行う日本文化の即興劇だという。そういえば、佐々木くんの外郎売り暗唱はすごい。本気になった佐々木くんの劇も見てみたいものだが。


 さらに、頼みの綱である由美ちゃんはクラスのお仕事。今日はずっと入ってる。なので、あまり連携は取れない。以上を踏まえると、私たちがなんとかするしかなさそうだ。


「後、二、三カ所あるよね。どうする?」

「うーん。とりあえず休憩。休み。どこか座って楽しめるとこで。もう、どうでも良くなってきたよ。今の方がひどい罰ゲームだから。今年の文化祭は散々だよね」

「そう? 僕はとっても面白いけどさ。翠の表情を見てるだけで飽きないな」


 話しつつも近くの粉物屋へ。パックセットになったたこ焼きを購入。つまようじが一つしかない。これはどういう意味か。単に忙しくて忘れたことにしておく。後でもらいにいこう。今はとても忙しそうだしね。


 席は窓際を確保。基本的にどの教室でも景色は良い。これは校舎の造りが影響してるせい。なにせ、七階まである建物。学校としてはかなり珍しい。おかげで、屋上からの景色は最高だ。山の稜線までよく見える。もちろん、教室にいてもなかなかの景色だった。


「経過は順調でないと」

「そうだね。律くんにとっては順調そのものだ」

「ただ、このゲームは一瞬でひっくり返るよね。翠が彼を見つけて捕まえる。そのための時間は一分もいらない。積み重ねと途中経過は関係なし。ただ、捕まえるか逃げきれるか。それだけだ」

「そうだよね」


 私は深く頷く。


「ところで翠。話変わるけど、どうしてつまようじが一つしかないの? もしかして、翠が全部が食べるとか」

「まさか。普通に店員さんが一つしかくれなかったの。で、もう少ししたらもらおうかなって。まだ忙しそうだから」

「いいよ。食べようぜ」

「あー。そうだね。まあ、いっか。あったかいうちに食べた方がおいしいし。今さら気にすることもないし。マクが早く食べたそうにしてるし。うんうん」


 私たちは一つのつまようじでかわりばんこにいただく。数が奇数だったので、最後に調整。私が続けて食べた。つまようじを渡さなければいいだけだ。


「やっぱりやると思ったよ」

「私もそうすると思った」

「自分のことなのに?」

「自分のことだけに」


 混んでたのもあって、早めに店を出る。残された時間は少ない。お化け屋敷には連続で入れないから。精神的余裕を保つために、感覚は開けないとだめだ。


「さあ、がんばるぞ。マク。そろそろ抱きついちゃうからね」

「いいね。どんとこいってことで」


 全然冗談が通じてないなあ。私は嘆息する。











 こうして、私たちはお化け屋敷を制覇。ただ、目的がそうじゃない。律くんを捕まえること。結局、姿さえ見つけられなかった。それらしき人物はいなくて。聞き込み調査は徒労に終わる。得たのはお化け屋敷への慣れだけ。それもそうだ。一日中回ってたんだし。もう、お化け屋敷マスターかもしれない。しかも、私の場合はリアクションだってオッケー。いい宣伝にもなるよね。


 なんて冗談はともかく。私たちは手だてがなくなってしまう。後は普通に文化祭を楽しもうか。マクと一緒に行きたいところ。どこだったかな。思い出せそうで浮かばない。ほとんど出かかってるんだけど。最後の一押しが足りない感じ。記憶を引っ張り出そうと努力する。


「ああ、そういえば、ぬいぐるみコーナーとか行きたい?」

「え? そんなのがあるのっ?」


 思わず身を乗り出す。かなり魅力的な提案。私はときめく。もう、一緒に行きたいところはそこでよかった。


「うん。あるみたい。翠もがんばったことだし。そうだな。最後に癒しを求めてもいいんじゃない?」

「ううー。マクがありえないくらい優しいよ」


 私は普通に感動。さっきまで、私の背中をなぞってた奴とは別人だ。


「でも、そこに律くんはいないよ。つまり、諦めるという結論だ」

「そうだよね」


 一応、曲がりなりにも最善は尽くしてきた。結果は芳しくなさそうだけど。ただ、しっかりと探索はやったと思う。それこそ、与えられたゲームを楽しむくらいには。しかし、難易度が高すぎる。マクならまだしも律くん。彼のパーソナル情報が足りない。昨日、付け焼き刃だけでは不足。積み重ねがないと結晶は凝縮されない。つまり、何らかの発想を導き出すには、膨大な数の情報が必要であった。


 見かねたのか、マクが言葉を掛ける。ふざけた調子で一言。


「しかしなー。全校生徒の前で翠に告白するなんて。困ったもんだ。さらに、彼は山内先輩が好きらしいし」

「うん。そこは私が絶対に断るという前提があってこそ。私のことを好きとか言ってたけど」


 しかも、フェイクのお付き合いもしてたし。マクを嫉妬させるための作戦で。通称、シノット。この思いつきがとんでもないところまで転がった。


「僕が乱入してもいい?」

「え? それはかなり困るし。ばかなこと考えないでよ」

「まあ、冗談だけどね。おっと、そこの階段を下りよう。たしか、三階だったはず。で、行くよね」


 マクの最終確認。私は何のてらいもなく頷く。たぶん、これでゲームは終了。後は偶然に期待するだけ。確率的はないに等しい。


 と、ここで携帯が鳴る。ディスプレイの表示は由美ちゃん。何か新しい情報が見つかったかも。なので、意気揚々と電話に出た。


『どうしたの? 由美ちゃん。特別な情報でも入った?』

『違う違う。そっちは全然だめ。だって、私はてんてこまいなんだよ。そうじゃなくてね。みどちゃん。ちょっとピンチなの。在庫がなくなって大騒ぎで。給仕の人たちが買い出しにかり出されたの。ほら、デートのところ邪魔して悪いんだけど。うん。みどちゃんが一番戦力なりそうだし』

『デートじゃないよ。違うからね』


 私は釘を刺しておく。


『でも、ピンチなんでしょ。私、行くよ。初日の借りもあるし。だから、待ってて』

『ありがとー。ついでに、篠原くんも連れてきて』

『分かった』


 私の返事を聞く前に電話が切れた。相当忙しいらしい。これは急いで向かわないと。


『マク。状況は把握できてる?』

『なんとなくね。クラスがピンチなんでしょ?』

『うん。そう。だから、ぬいぐるみコーナーは中止。来年でよろしく』

『分かった。とはいえ、来年やってるかどうかまで保証できないけどね。よし。方向転換だ』


 これで本当に終了だろう。律くんが私のクラスに来るわけがない。てか、一度来てたし。初日の午前中に。


 ともあれ、今はそんな状況じゃない。一刻も早く我がクラスへ。給仕のピンチヒッターだ。


『あのさ、もしかして僕も給仕とかするの?』

『あれ? マクはコスプレしてなかったっけ』

『したよ。お蔵入りになったけどね』

『何をしたんだか』

『いや、違うって。何もしてないからだよ。接客を練習する機会もなかったし。文化祭実行委員や看板作成とかで忙しくてね』


 そうだった。それでマクは裏方に変わったんだ。すっかり忘れてた。そういえば、一緒にやってた時も裏方中心。あるいは、他の活動にこなしてたと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ