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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第四章 『そして、姫君が救出されていく』
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 予定時間は大幅にオーバー。私はかなり遅れてクラスへ戻る。で、コスプレ喫茶の方は大繁盛。私がいた時よりもすごい人。本当によく回ってる。おかげで、きびきびと働くクラスメイト。普通に感心してしまう。


「やーっと帰ってきたよ。うちのエースが。さあ、みどちゃん。ここからはみどちゃんの独壇場にしないと。遅れを取り戻してね」

「もちろん。いないあいだ、みんなでがんばってくれてありがとう」

「いいってことよ。ほいさっさー」


 額にはちまき。祭りスタイルの由美ちゃん。非常に似合ってるのは乙女心としてどうか。まあ、本人はまったく気にしなさそう。というか、こんな衣装はあったっけ。


「ただね、ちょっとまずい事態になって。これで遅れたのもあるかな」

「え? どういうこと? もしかして、篠原くん?」

「うーん。厳密には違うけど」

「じゃあ、却下かな。忙しいからねえ。大変だからねえ。しかも、うちの着せかえ看板娘。みんなの士気だって関わってくるよ」


 畠山ちゃんの一言。まさにもっともな発言。みんなの士気を上げるかはべつとして。


 てか、畠山ちゃんもコスプレ。あそこまで拒否してたのに。書生風の衣装でまとめてる。すごくいい。とても似合ってた。


「でしょ? 翠ちゃん」

「まあ、そうだよね。うん。大丈夫。こっちはなんとかなるから。そもそも、マクのことじゃないし。つまり、たいしたことないんだ」


 んん? でも、私が受けそうな被害はマクに関することだった。


「それにこの状況で人探しなんかできないよ。見つけられるかも分からないのに。よしっ。気持ちを切り替えてがんばろう。ちょっと待ってて。次の衣装に着替えてくるから」 

「はいはーいっ」

「それでこそ翠ちゃんだよ」


 友人の声を後にして、クラス喫茶を後へ。近くの更衣室へ向かう。手に持ってるのは新しい衣装。まさかのパジャマだった。


「これは浮くよね。コスプレ喫茶でも。もしかして遅れた罰? とはいえ、そこまでひどいことしないよね。元々、決められてた衣装なはず。だって、ずっとあったんだから。あれ? でも、パジャマを着ることが前から決まってたとか。うう、やっぱりひどいかも」


 私はぶつぶつ言いながら、人の波をかき分ける。分け入っても人だらけ。なかなか進行方向に進めない。敷地面積が狭いこの学校の造り。これがあだになっている。本当に困ったものだ。


 しかし、こんな調子で大丈夫か。人探しなんて到底むりかもしれない。そう。生徒会室から消息を経った(これはおおげさかも)律くん。文化祭の雰囲気に乗じて変装も可。仮面や顔のペイントも有り。着ぐるみだってオッケーだ。


 つまり、囚人服を着た人物捜索の絵本より難しい。難易度が高すぎるミッション。さて、どうすればいいのか。まったく分からない。しかも、期限は文化祭三日目の夜まで。単位を時間にすると六十を切ってる。これに睡眠と家での時間が半分以上。クラスの拘束時間も四分の一。使える時間は意外と少ない。とにかく、自由時間を上手く駆使するしかないようだ。


 とりあえず、律くんに電話とメール。すると、『おかけになった電話番号は電波の届かないところに~』と決まり文句。どうも、携帯の電源を切ってるらしい。これは加絵先輩のお叱りを恐れての行動か。まあ、加絵先輩も血管がぶちぎれると怖い。手厳しく律くんを痛めつけそうだ。もちろん、冗談でもなく。


「うーん。マクにでもいっておくか」


 一応、今日はマクと話してない。マクは朝から文化祭実行委員の仕事。受付で案内だ。これはお昼すぎに変わる当番制だという。だから、午後にはマクも開く。って、その時の私はフル回転だった。お昼こそが飲食店の書き入れ時。さっきよりも忙しいだろう。間違いない。


 着替えを終えて、駆け足でクラスへ。パジャマ姿で廊下を闊歩する私。急ぎすぎたせいでジャージを羽織り忘れた。そのせいだと思う。へんな喝采を浴びる。しかも、それはクラスに入っても変わらない。特に男子たちが拍手。パジャマくらいでこれはないと思う。


「翠ちゃん。鏡見てないよね」

「え? そうだけど」

「ほら、前ボタン開けすぎだって」


 どうにも見かねたらしい。クラスの女子が指摘。さらにボタンを閉めてくれる。


「うう。やっちゃったよ。ごめん。ありがと」

「いいって。みんな喜んでるしね」

「それは困るけど」


 まあ、とにかく私は救われた。いや、救われたのかな。すでに手遅れかもしれない。周囲に自分の下着姿を晒しかけた。やっぱり、考え込んではだめだ。当たり前のことがおろそかになってしまう。


 とはいえ、気を取り直して給仕を開始。でも、パジャマ姿はしっくりこない。なんか、寝起きみたいな気分。ちょうど髪型も乱れてるからそれっぽい。ついでに、眠そうな顔もしておく。


「ご注文、ありがとうございまーす。こちらカプチーノになりますねー」

「ドジっ娘。ドジっ娘。さっきみたいに」

「お客様?」


 そんなオプションはあったかな。ないよね。なので、私はぽかーんとしてたはず。周りの人の証言なんて聞く必要もないくらいに。


「ああっ、手が滑っちゃいましたって」

「はい。分かりましたっ」


 もう、いいや。お客様が望むならそうしよう。先ほどの流れもあるから仕方ない。せめて、派手なぶちまけをしないように注意。飲み物をほんの少しだけこぼした。


「す、すみません。お客様」


 申し訳なさそうにテーブルを拭く。おかげで前屈み。相当あざとい。自分でもそう思う。一応、お客様は満足したみたい。良かったのかな。


「ひゅー。鮫島先輩もなかなかで」


 戻る際に最近聞いた声。振り向けば、さけずむような視線。美術部で後輩の彼だ。なんとなく悲しくなってくる。彼にとって、私の心象は良くないと思う。マクを大いに尊敬してたから仕方ないかもしれない。


「翠ちゃん、あざといなあ。登場から給仕の仕方まで。お客様が喜ぶ手本を熟知してるね」

「だってさ、畠山ちゃん。お客様が言うんだもん。ドジっ娘。手を滑らせてとか」


 私の顔は赤くなってたと思う。段々と恥ずかしくなる。


「いいねえ。そのお客様。翠ちゃんをよく分かってるよ。てか、そうだ。よーしっ。これでいこうか。せっかくのコスプレ喫茶だしねえ。そっちの方向に舵を切るんだ。特別オプションだよ。各自の判断でドジっ娘とかになるのはどうかな?」

「いいね。いいね。畠山ちゃんやるー。FBに申請したいくらい最高だね」


 まずは由美ちゃんが賛同。さらに、一人ずつ伝えていく。全員とも良好な反応。これも文化祭の影響か。恥ずかしさも上手い具合にほぐれてる。というか、ここまでの格好して羞恥心を感じてる場合ではない。


「へへへ、面白そうだよね。うん。いろんなパターンを模索しよっかな」

「よしっ。いたずらだ」


 みんな、やる気満々。女子だけでなく男子の給仕も例外じゃない。なにかを企んでる。


 こうして、新たな展開とサービスへ。すると、数十分もしないうちに異常な行列が。ドジっ娘奉仕が口コミで伝わった。本当に皮肉なものである。











 わりと人が少ない時間。それを見計らって順繰りに小休憩。私の番も巡ってきた。ただ、その時のマクは裏方。どうも、初日はかみ合わないようだ。ならば、仕方ない。同じく休憩の畠山ちゃんと学校を散策。本格的に楽しむよりも偵察という感じ。いろんな場所にちょっかいを出す。もちろん、これは喫茶店の宣伝効果も兼ねてる。なぜなら、プラカードを首から下げて練り歩き。衣装だって着替えてない。ちなみに、今の私はアメカジ風。畠山ちゃんは相変わらず書生っぽい衣装。間違いなく気に入った。そうでないと絶対に着替えてる。


 歩く最中、律くんの件を話す。後夜祭における彼の企み。彼の失踪。さらに彼の説得。このままだと、彼の行動が一大事を引き起こす。しかも、私にとって不都合な展開へ。なんてったって次期の生徒会長候補。たとえば、そのイベントで加絵先輩が一躍注目を集めたように。律くんだって目立つことをやりかねない。それは私と彼の出会いから分かる。畠山ちゃんだって目撃した。


「というわけなのよ。もうやばいって感じ。リミットがどんどんと迫ってる感覚」

「電話とかは? 連絡の手段はあるんだよね」

「あるけど。でも、繋がらない。たぶん、生徒会長の報復を避けてるんだと思う。加絵先輩もご立腹してたし。私をだしにしようとするプランだから」

「ふーん。悪循環だねえ。はたして、彼は逃げきれるか。それとも、翠ちゃんたちが捕まえるか。面白いなあ」

「面白くないよ。私にとって死活問題なんだからね」

「だよねえ。うん。じゃあ、最後に律くんのクラスへ行ってみようか。それと由美ちゃんを頼ろう。彼女には頭が上がらないみたいだしさ」

「あ、そっか。そうだね」

「そうそう。冷静になって考えればいい。ピエロ姿の彼。つまり、劇の一員。ならば、間違いなくその場所にいる。なので、終わった瞬間を捕まえればいい。そうすれば、簡単に解決かな」

「おおー。すごい。さすがは畠山ちゃん」

「翠ちゃんに言われるとは。やっぱり、篠原くんの危機以外には反応しないんだね」

「べ、べつにそんなことないもん。たまたまだよ。ただ、私の勘の鋭さは最近だめかも。これはマクの様子が変わったせいかな。うん。間違いなくそうだ。マクが悪い」

「ほうほう。結局、篠原くんに影響されると」

「うー」


 私は二の句が継げなかった。


「畠山ちゃんのいじわる」


 落ち着いて言えたのがこんなセリフ。認めたも当然だ。


「まあまあ。ほんとのことだから仕方がないよね。さあ、気を取り直して行こうか。一年の生徒たちにもいい宣伝だよ」

「そうだね。行こっか。簡単に律くんを捕まえられるといいな」


 しかしその数分後、私の考えはもろくも崩れ去る。律くんの教室へ行けば、あっさりと彼を確保。私を登場させない約束を取りつけ。これが安易にできると信じてた。でも、それは甘かったらしい。畠山ちゃんだって隣で苦笑い。そのクラスの劇を外から見つめてる。


「あーあ。これはないよねえ。劇中の登場人物がピエロだけなんて。本格的だよ。まるで全員にモザイクが掛かってるようなものじゃないか」


 表現は的確かは分からない。ただ、そんな気持ちにもなりたくなる。


「さて、律くんの背格好はどうだったかな? 翠ちゃんは覚えてる?」

「うん。覚えてる。だけど、普通。至って平均的?」

「それじゃあだめだよ。犯人は二十代から三十代、もしくは四十代から五十代の人物。なーんて言ってるのと一緒。なんの手がかりにもならないさ」


「たしかにね。彼は体格で判断できない。あ、でもね、動きを見れば一目瞭然じゃない?」

「ああ、そっか。どんな踊りでもこなせるくらいだ。間違いなく切れのある演技をしてそうだねえ」


 なので、私と畠山ちゃんはピエロを熱心に観察。話なんて聞いてないも当然。一人一人のピエロに視線を注ぐ作業へ。


「分からないなあ」

「うん。分かんない。誰も特別なことしないから。しかも、教室の中じゃないから声も聞こえないねえ。一番有力な手がかりがつかめないときた」


 その通り。遠目だけではさすがに難しい。


 結局、小休憩の時間が終わってしまった。私たちはぎりぎりまで粘ったけど、劇はまだ続く。フィナーレもずっと先。これ以上待ってても仕方がなかった。

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