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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第三章 『センチメンタル・アマレットシンドローム』
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 休憩処では結構な人がいた。意外だ。こう思うのは、登ってる時に会わなかったせいか。だから、誰もいないと思ってた。でも、よく考えてみればそんなことはない。山登りはだいたい同じペース。マラソンみたいに抜きつ抜かれつでもない。つまり、たまたま僕と三波のあいだに人がいなかっただけ。そういうことだったのだ。


 木のベンチに腰掛けた三波が、リュックを開ける。中からペットボトルを取り出す。張ってあったラベルにどこか違和感を抱く。あまり見たことないメーカだからか。


「どうしました? 千之先輩」

「いや。三波が飲んでるやつが気になってね」

「こちらですか?」


 三波が自分のペットボトルを指差す。


「うん、そう」


 やっぱり、何か引っかかる。さして、特徴的な形態をしてるわけでもないのに。飲み物だって透明だ。見た感じは普通の清涼飲料水で間違いない。


「千之先輩。それはこの飲み物が珍しいからだと思います。お父さんも言ってましたから。でも、なぜか家には大量にあるんですよね。これが。まあ、おいしいからいいんですけど」

「ふーん。大量か。うちも麦茶のパックならたくさんあるな」


 僕は持参した水筒で麦茶を飲む。スポーツドリンクでなく麦茶。前者の方がいろいろと浸透率が高いらしい。しかも、十倍近く違うとか。うろ覚えなので、間違ってるかもしれない。 


「あの、千之先輩も私の飲んでみます?」


 三波が無垢な表情で聞いてくる。やはり、こういう表情をするとあれだ。大人っぽいのに子どもみたいな感じが、一層色濃く出てくる。本当にとても不思議な魅力だと思う。


「三波後輩。それは間接キスになるんじゃないかな」


 はっ、と表情を変える三波。へんに意識してるのが丸わかりだ。


「あああ、やっぱりいいです。私が間違ってました。って、千之先輩。また、私をからかいましたね。単に水筒のコップに移せばいいじゃないですかあ」


 眉根を寄せて抗議。蒼の瞳が不満を訴える。


「たしかにね。でもいいよ。僕にはお茶があるから。スポーツドリンクはあまり好きじゃないし」

「そうですか。そ、それなら千之先輩の麦茶!」

 三波はなぜか固まる。酸欠状態だったらどうしようか。


「そこで言葉を切らないで。その続きは?」

「ふー、ふー。すいません。あの、私、千之先輩が持ってきた麦茶を飲みたいかなーと思いまして。べつにこれは間接キスとかでなくてですね。はい。そもそも、コップの飲み口を変えればいいだけですから」

「あのさ、三波後輩。僕はそんなに意識することでもないと思うよ。間接キス」


 コップに麦茶を汲んで渡す。何事もなくスムーズに。受け取る際、三波は多少戸惑ってた気がする。しかし、そこまで意識することだろうか。僕はあまりそんな感じがしない。ただ、これは幼馴染で耐性ができてるせいか。小さい頃から一緒なら考える必要もない。回し飲みなんて頻繁にしてたから。それが常識だった。


「まあ、無理に飲ませるつもりはないけどね。って、三波後輩が所望したんじゃないか。なんで戸惑ってるんだか」

「それは私の中にいるもう一人の自分がいけなくて。とにかく、こういう状況に慣れてないんです」 


なんとも、三波らしい言い分だった。とはいえ、そのうち決心がついたらしい。ぐっと一気に飲み干す。ほんと、麦茶なのにおかしい。まるでお酒を飲ませてるみたいだ。


「おい。三波後輩。どうしたの?」


 しかも、麦茶を飲み終えてふらつく。麦茶にアルコール成分なんて入ってたのか。などと思ったのは一瞬。三波の体調が気にかかる。一気に疲労がやってきたかもしれない。


「大丈夫? 少し時間をかけて休もうか」

「いえ。そうではなくて。体調の方は問題ありません。どちらかというと、気分が高まりすぎたのです。緊張とか間接キスとか。これも千之先輩のせいですね。でも、私が罰を受ける覚悟はできてますから」


 しまいには責任転嫁されてしまった。ただ、その対処法はてんでおかしい。意味不明だ。


「まーた三波後輩は。やっぱり、不思議なことを言いだすし。困ったなあ」

「うふふ。全然困ったようには見えませんけど」


 さもありなん。結局、いつも通りの展開に収束した。











 休憩をもう少しだけ取る。少しなのは時間が貴重だから。なので、厳密にタイマーを設定しておく。具体的には今から十五分後。合わせて三十分の休憩だ。


「あそこにブレイクポイントの案内がありましたよね。あの切り株。実は私、あんな切り株を見たかったんです。あそこまで特徴的なのはなかなかありません」


 今はここまでの感想を語りあってる。とはいえ、主に三波が感じたこと。でも、これが独特で面白い。飽きることなく続いていく。


「特徴的ね。とは言うけどさ、僕には普通の切り株にしか見えなかったな。三波の話を聞くまでは。どうしてだろう。やっぱり視点か。三波後輩はそういった感性がすごく優れてるんだな。だって、僕一人だったら普通に見落としてしまう。たとえ、前もって意識してたとしても」

「いえいえ。そんなことないですよ。意識してしまえば全然違います。それだけで景色が変わると言っても大げさではありません。きっと、千之先輩も同じような経験がありますよ」


 三波に言われて思い返す。うん。たしかに言う通り。そんな経験がないこともない。たとえば、開いてるスペースの見え方。ある時は人一人分。でも、またある時は人二人分。意識の仕方で見え方が違う。


「やっぱり千之先輩も。その表情は間違いなく思い浮かびましたね」

「まあ、そうかな。つまり、意識というのはそれだけ大きいのか」


 結構前に特集をやってた気がする。たしか心理学の話。神経言語プログラミングみたいな名前だった。ただ、あまりよく分からない。意識と無意識について深く説明していた。


「大きいですよ。だって私、少し前まではもう絶対に登れない。なんて思ってました。でも、まだ大丈夫と思い直したんです。そしたら、急に元気が湧きましたから。これも千之先輩が励ましてくれたおかげですね」

「ああ、あれは役に立ってたのか。それは良かった」

「もちろんですよ。当たり前じゃないですか」


 三波が懸命に主張する。握りこぶしの力の入れ具合がすごかった。


「たとえば、何をするにしても大変な時がありますよね。なんとなく上手くいかない。気分がすぐれない。しまいには、泣きっ面に蜂。でも、このタイミングを乗り越えると、いい感じのハイになっていく。それはもう信じられないほどに。不思議ですよね。反動といえばいいのか。とにかく、そんなことがあったりします。千之先輩はどうですか?」

「僕はどうだろう。うーん」


 多少なら、三波の言うことも当てはまる。実際にイメージだって可能だ。とはいえ、三波の場合はもっとスケールが大きいと思う。かなり揺れ動く感情。地から天へ。そこまでの勢い。だから、僕は確証を持って頷くことはできなかった。


「もしかして、私だけでしょうか? 意識でプラスの方にイメージを持っていく。もちろん、逆もしかりですよ。意識でマイナスの方にイメージを持っていく。どちらとも同等に素晴らしいこと。病みつきになっていきます」 

「まるで自分に暗示を掛けてるみたいだ」

「暗示ですか。そうですね」


 三波はにこりと笑う。すると、ちょうどそこに一陣の風が吹いて。尼そぎの髪を四方八方に跳ねさせていく。一生懸命に押さえつけようする三波。でも、上手くいかない。結局、乱れてしまった。なので、手櫛で整えながら口を開く。


「そういうことが、すべてにおいて可能ならいいですよね」

「暗示のこと?」

「はい。だって私は、意識だけでどうにもならないこともあると考えまして。もちろん、大部分は意識で変わるかもしれません。でも、絶対にあらがえない力。重力みたいな。そんなのが存在してる気がします。たとえば、蝸牛。彼の進む速度は、他の生物よりも絶対的に遅い。それはどうやっても覆せない事実です」


 蝸牛。三波の好んでいるもの。僕は三波の要望で蝸牛を作ってきた。何回も失敗を重ねた結果、それなりの作品が手元にある。同じやつを作れと言われても大丈夫。やり方はすでにマスターした。そして、一度覚えればもう簡単。手順をなぞっていくだけでいい。


「三波後輩。君はそんな蝸牛に特別の感情を抱いてるの? だから、蝸牛が好きなわけか」

「はい。そのせいかもしれませんね」


 三波はまたしても軽く笑う。やはり、彼女からは異国的な趣を感じる。典型的な日本の山にいてもそうだ。見える風景だって日本風。なのに、三波の纏う空気が変えてしまう。


「あのさ、忘れてないよね」

「なにをですか?」


 もしかして、忘れてるのだろうか。不思議そうに首を傾げてくる。


「ほら、これだよ。これをいつ渡そうかずっと考えてたんだ。適宜なタイミングというのが分からないせいで。なんだか、いつだってこういうことで悩んでるな」


 とにかく、リュックサックから折り紙で作った蝸牛を取り出す。自分でもなかなか精巧にできたと思う。苦労したのはやはり殻の形状。あの曲線を表現するのは難易度が高い。


「そ、それは蝸牛ですね。まさに本物の蝸牛で」

「いやいや。本物ではないけどね」

「ふふふ。そうでした」


 三波が嬉しそうに見てる。瞬きすらしてない。


「あのー、千之先輩。さわってもいいですか?」

「もちろん構わないぜ。てか、三波後輩へあげるために作ってきたんだから。そんなお伺いを立てるような視線を投げかけないで。こんなのはもらってよ」

「うわー、やったあ。ありがとうございます。嬉しい。想像してた以上にすごいですし。これも菫の造花と一緒に閉まっておきますね」


 三波は服の中に手を突っ込んでいる。一体何をしてるのか。不思議だ。そんなに胸元を広げると大変なことに。そして、予想通り突起物が見えかけたので目を逸らす。


「あ、そっか。蝸牛はちょっと無理かな。この形状的に」

「えっと、三波後輩? これは聞いていいのかな。もしかしたらデリカシーに関わるから聞かない方が身のため?」

「ああ、すみません。千之先輩の疑問はもっともです。だから、聞いても構いませんよ。私がへんなだけですから」

「そっか。その行為のおかしさには自覚あったんだね。で、結局はなにをしようとしてたの?」


 なんとなく想像はつく。でも、三波だからどんな意味か分からない。


「千之先輩。私に言わせようとしてますね」

「いやいや。純粋に聞いてるんだよ。いきなり突拍子もない答えが飛び出すかもしれないし」

「そんなことないですよ。単に、自分の心臓近くへ身につけておきたかっただけで。そうとなれば、ブラの中に隠すしかないですよね」


 同意を求められても返答に窮する。


「僕に聞かれてもなあ。ただ、そこにナイフを忍ばせる話は聞いたことある」

「え? ブラにですか?」

「うん。自己防衛のためらしい」

「へえ。それもまた面白いですね」


 三波が納得顔で頷く。てか、そんなことよりもある事実が気にかかった。今、三波は菫の造花をブラの中へ隠してるんだろうか。とりあえず聞いてみる。


「え? 当たり前じゃないですかあ。だって、ずっと身につけていたいんですよ。出かける時はこうするでしょう」


 本当にどう反応すればいいのか。喜ぶのもおかしいと思う。


「そういえば、私も千之先輩にプレゼントが。後で渡しますから忘れないでくださいね」

「あれ? 今じゃだめなの?」

「うーん。だめですね。あ、時間になりましたよ。そろそろ行きましょうか。私の体力と精神は今が最高潮の状態ですから」


 上手く交わされたと思う。まあ、期待して待てばいい。

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