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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第三章 『センチメンタル・アマレットシンドローム』
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2

 最後に、ファストフードで腹ごしらえ。場所はリーズナブルなハンバーガショップ。一人でも多人数でも気軽に入れる。僕は少なめのセットメニュー。佐々木くんはハンバーガー三個という男前な注文。ノリでスマイルも頼んでた。

 

 窓際の席を取って、もくもくと食事を開始。二階なので、人の流れがよく見える。駅近くのせいか人通りも多い。ふと思う。これを完食するまでに何人が通り過ぎていくのか。推定二百人くらいか。


「なあ、しのぴー」

「ん?」


 佐々木くんが口を開く。残った包み紙にはピクルスが並んでる。


「さっきからさ、雰囲気がおかしくないか?」

「え?」

「なんか違くねぇ?」


 そして、辺りを窺う。野生の嗅覚でも感じるんだろうか。僕にはさっぱり分からない。やはり、準備なしで手におえない。いや、たとえアンテナを張ってたとしてもむだだ。判別がつかないと思う。今までもそうやって事が進んでた。気がついた時には手遅れになることも多かった。


「ああ、やっぱりな。俺、ずっとおかしいと思ってたんだ。わりとずいぶん前からさ。虫唾が走る感覚。あれだよ。あれ」


 彼が何かを悟った。その瞬間、店内に怒声が響く。


「おいおい。なに因縁つけてんだよ、おっさん。ああ? 言いたいことでもあんのか?」


 僕たちのすぐ後ろで諍い。いかにもな感じの不良二人と血走った眼のおじさん。双方が睨みあってる。取っ組み合いに発展しそうだ。


「なあなあ、こいつおかしいぜ。おいなんだよ、その目つきは。やんのか?」

「おかしいのはオマエたちだよ。この世に存在する価値もないクズどもめ。死んでしまえ」

「んだとっ! ごらぁ!」


 色めき立つ店内。店員も対応に右往左往。そんな中、佐々木くんがタイミングよく飛び出してた。


「はいはいはい。本日もいいお日柄で。明日も明後日もいい天気ですよ。サンキューべリベリマッチング。このたびは俺っちのワンマンショーへようこそ。レディスアンドジェントルマーン」

「ああ?」


 あっけにとられる周囲と当事者たち。まるで時間が止まったみたいだ。すでにこの空間は支配されていた。


「へいへーい。ご注目ありがとさん。いいねえいいねえ。このスポットライト。ここは特技でも披露しようかな。外郎売りの全文暗唱。どうだい?」

「はあ? 意味分かんねえし。オマエもぶん殴られたいのか」


 不良たちは我を取り戻したらしい。佐々木くんにすごみ出す。ただ、それとは対照的におじさんは静観の構え。この態度の方が不気味。胸中で蒼い炎を燃やしてそうだ。


「どうぞお好きに。ぶん殴れるもんならさ」

「ふざけんな。くそガキが」


 不良の一人が急に飛びかかってきた。イノシシ並の猪突猛進。


「おーい。アンちゃん。それはないんじゃないのー」


 言いつつもひらりとかわす。何度来ても変わらない。二人でかかっても同じ。複数の優位性を生かせてない。これは統制が取れてないせいか。意思疎通が全くできてない。本能任せの攻撃に終始してる。


「後、忠告もしておくぜ。相手と場所を選べよ。それと勝てない戦いはするなって。誰も負ける戦いなんかしない。するのはバカだけだ。たとえば、オマエたちみたいな」

「てめぇ、おちょくるのもいい加減にしろ」


 二人はもう怒りに身を任せてた。おかげで、攻撃が荒くなっていく。当たるものも当らない。万に一つの勝機も見いだせなくなる。


「はい。いっちょあがりー」


 やがて、あっさりと決着。ここまでの展開を語るまでもない。佐々木くんの完勝だ。


 周囲の協力もあって、不良二人は外につまみ出される。彼らは抵抗する気力もないらしい。為すがままの状態。一方、あのおじさんはいつの間にかいなくなってた。辺りを見渡してもいない。おかしいなと思う。本当に忽然と姿を消した。


「くそっ。オマエ、覚えてろよ。今度会った時は痛い目に合わせてやる」

「そのツラ、ぜってえ忘れないからな。あのくそみたいなおっさんもだ」


 捨てゼリフも甚だしい。そんな二人に佐々木くんが言葉を返す。


「あのさあ、オマエたちは勘違いしてねえか。それも壮絶な。オマエらに感謝されたとしても恨まれる覚えはないんだよ」

「あ? どういうことだ」

「詳しく教えろ」


 今に去ろうとしていた二人が即座に反応。臨戦態勢か。などと思ったがそんなことはない。意外にも耳を傾ける。言葉とは裏腹な態度。それと共有感みたいのが芽生え出す。場馴れしてない僕だけが蚊帳の外だった。


「いいか、よく聞け。オマエたちがからんだヤツ。あいつはだめ。ケンカをふっかけてはいけない相手。気をつけろよ。マジで危ないタイプなんだ。目ん玉が狂ってただろ。きっと、なにかの狂気に身を委ねてるぜ。少し観察眼が鋭いヤツなら一発で気づく。だから、もう水に流した方がいい。俺もめんどくさいことはしたくないんだ」

「本当かよ。適当なこと言ってんじゃねえのか?」

「コイツ、俺たちの報復を恐れてる可能性もありそうだな」

「おいおい。いい加減にしろ。バカも休み休み言えって。俺、オマエらより強い。しかも、二対一だろうが力関係に変化なし。こんな状況で何を恐れるんだよ。それともあれか。第三者の手を借りるわけね。てか、そこまで屈辱的なことはしないよな。まあ、してもいいけどさ。もちろん、俺だって手立てはあるぜ。それは刃物なんか出しても同様の話だ。銃でなければな。てか、与えたダメージはたいしたことないんだ。立ってみ?」


 二人は体を起こす。


「あれ? マジだ。痛くない。オマエは」

「俺もべつに大丈夫かもしれない」

「だろー。ちゃんと手は抜いてある。安心しろ。それよりも俺の話を聞け」

「わ、分かったよ。聞く。話せ」

「つまり、どういうことなんだ? これからまずいことが起こるのか?」


 なんだか、一気に下手へ。力関係の影響は露骨で分かりやすい。


「まずいこと。そこだ。しかし、おそらくは問題ない。こっちが大人しくしてればな。一応、俺がオマエらをぼこっただろ? 見た目は派手に。で、あのおっさんはいなくなった。たぶん、興味の対象じゃなくなったんだ。そのまま無視されていれば問題ない。な?」

「ああ、そうか。ならいいんだけど」

「オマエの言い分を信じていいんだな」

「いいんじゃねえ。なんなら、なんかあったら俺も頼ってもいいぜ。微力ながら手助けはできるかもしれない。もっとも、手遅れになる可能性も否めないが」

「おい。俺たちはそんなにやばいのかよ」

「そうだ。まあ、俺の見立てだけどな」


 この言葉に不良二人は押し黙ってしまった。


「にしても、マジかよ。そんなにおかしなヤツとは」

「でも、そういえばそうだ。あいつが意味の分かんない因縁をつけてきたんだぜ」

「ほうほう。それはどんな感じのか?」

「ああ、それは――」


 こんなふうにして、ネットワークが繋がっていく。不思議だ。知らない世界を垣間見たような気がする。佐々木くんが情報通なのもよく分かった。











 二人が去って、彼がこっちを向く。


「おっとっと。しのぴー、暇してたか? 待たせて悪いな」

「いやいや。暇ではなかったよ。稀有な体験をさせてもらった。なんて言うのは強がりだけどね。ああいうのは性に合わない。もっとも、合う人の方が少なそうだ」

「だろうな。ただ、性に合わないとかじゃないぜ。少なくとも、俺はそう思う」

「へえ。だったら、そっちの意見が正しいよね。正直なところ、僕にはよく分からない感覚だし。にしてもあれだ。すごいな。佐々くんはケンカもできるのか」

「しのぴー待てって。ケンカなんてできねえよ。ただ、ほんの少し場馴れしてるだけ。素人相手ならオッケー。こんくらいのアドバンテージでどうにでもなるんだよ。な? ほら、実生活でもそんな場面はあるだろ? 具体例を出すまでもなくさ」


 僕も佐々木くんも適当な具体例は思いつかなかった。でも、感覚的に彼の言い分は理解できてしまう。


「さて、これで終わり。問題解決」


 佐々木くんが服の埃を払う。その後はポンと手を叩く。


「ただ、興もそがれたな。帰るか?」

「そうだね。そろそろ帰り時かも」


 こう言った瞬間、なぜかにやりと笑われた。さらに、鋭敏な目つきになっていく。今にも野生の感覚を発揮しそうな雰囲気だ。


「帰り時ねー。残念残念。しのぴー。そう簡単に問屋は卸さねえんだ。ついて来いよ。ここからが本番だ。事情が分かるぜ」


 佐々木くんはすたすたと歩く。視線を張り巡らせて周囲を確認。明らかに何かを探してる。なのに、定められた場所へ向かう。


 早歩きで数分。商店街からは少し外れた場所へ。ここは空地なんかがよく目立つ。寂れた住宅街の一歩手前である。


「ほらな。あいつがいるだろ。俺、あの二人組をしめてる時に確認してたんだ。あのおっさんが店を出て、どの方面に向かってるかを。この方面なら、だいたいこっちだと算段をつけたわけさ」

「二階席で一面を見渡せる窓。これが功を奏したみたいだね」

「まあな。言うなれば、何も遭遇しないのが普通なんだけどさ。ただ、俺はおかしいと思っておびきよせてたんだ」

「おびきよせる? ん? そうだ。そもそもどうして? なんで、僕たちはおじさんの後を追いかけてるんだ?」


 佐々木くんは言ったはず。あのおじさんには狂気が潜んでると。だとすれば、関わらない方が得策ではないのか。少なくとも、あの二人組にはそう促した。この理論が自分たちに当てはならないわけがない。べつの他の思惑があるんだろうか。


「しのぴー。言いたいことは分かるぜ。もちろん、オマエの思った通りだよ。ただな、これは他人事じゃないんだ。なぜなら、あいつは俺たちの後をつけてた」

「え? ほんとに?」

「嘘じゃねえぞ。ただ、いつからか分からない。違和感みたいのはずっと感じてたが」

「…………」 


 この発言で一つの懸念を思い返す。ほんの一週間前、翠は僕に重大な事実を告げてきた。下校時、誰かにつけられてると。これでピースが繋がったのか。いや、さすがに違う問題だろう。そもそも、ここには翠がいない。


「というわけで、後顧の憂いをなくすために俺は動く。後をつけられるなんて気持ち悪いからな。さて、先回りしようか。こっちだ」


 佐々木くんと同じように右折。進むのは車も通れない裏道。正規のルートから比べるとショートカットになる。


「よし。ここで待ってればいい。きっと、鉢合わせだ」

「そっか。うん」 


 一気に緊張が走っていく。体内のアドレナリンが沸騰しそうだ。べつに僕が何かするわけでもないのに。ただ、佐々木くんの後ろで見届けるだけ。そんな打ち合わせを道中でした。


 やがて、あのおじさんが幽鬼のような足取りでやってきた。やっぱりおかしい。醸し出す雰囲気が違う。常人とは異なってる。ただ、これは特別なフィルターをかけてるせいかもしれない。正常な判断ができてるか。自分ではまったく分からない。


「いくぞ」


 佐々木くんの合図で足を動かす。そして、タイミングよく前へ躍り出た。


「おや? さっきの役者じゃないか。ノコノコと現れて。俺に何か用でもあるのか?」


 爪の先ほども驚いてない。この展開をあらかじめ考慮に入れてた可能性。それもある。ただ、彼の韜晦するような態度で確信はできてしまう。おそらく、僕と佐々木くんの後をつけてた。間違いなくだ。翠の件に絡ませるのは時期尚早か。


「おじさん。その言葉をそっくりそのまま返すぜ。俺たちに用があるのか。なあ?」


 目に力を込めて見つめる。焦点が合えば、焼け爛れてしまいそうだ。


「ほうほう。まさか勘づくとは。なかなか鋭いね。さっきの愚鈍な二人組と大違いだ。君は生きてる価値がありそうだよ」

「うるせえ。そんなのはあんたが決めることじゃないぜ。他人が決めることではないだろ」


 佐々木くんの言葉。それは僕にも突き刺さる。他人が決めることでない。まさしく正論だった。


「てかな。その煙に巻くような言い方を止めろって。俺は今回だけで終わらせたいんだ。だから、もう一度聞くぞ。何の用だよ?」

「結論を急ぐな。最近の若者はすぐにいきりたつ。まあ、それが若者の特権だが」

「ごたくはいいんだよ」

「オーケー。分かった。君に敬意を表して言おう。たしかに、俺は君たちの後をつけてきた。しかし、正確には君たちの後をつけてない。そういうことだ。君が心配するようなことは起こらないだろう。少なくとも、直接的にはね。間接的だったら分からないがね」

「あ?」


 禅門答のような返事に困惑。


「というわけだ。賢い君なら分かるだろ。俺も君もお互いに興味がない。それとあの愚鈍な二人組も同様だ。あいつらはちょっと悪い意味でね、俺の琴線をくすぐってきたんだ。おかげで、冷静さを失いかけた。ただ、もう昔の話さ」

「そうか。なら、こんなことはないんだな。後をつけられるとかは」


 佐々木くんはおじさんを問い詰める。


「ああ、約束しよう。君が俺を信じる度胸を持ち合わせているならな」

「引っかかる言い方だが。まあ、これでいいのか」


 こうして、なんだか腑に落ちない感じで事が収束。彼の口車に上手く乗せられたといえるかもしれない。

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