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現実②

テレビの音で目が覚めると、日はすっかり昇っていた。


頭が痛い……


唐揚げはかじりかけだし、寿司もマヨコーン軍艦が食品サンプルみたいに表面が乾いてしまっている。


「飲んだりするんじゃなかったぁ」


頭を抱えながらケータイをつけると、時間は朝の11時を回ったとこだった。


「ヤバ! 遅刻……て、休みか」


ケータイには誰からの連絡もないし、ニュースアプリとゲームのイベント通知が2件ほど。

いつものことだ。


落ち着くために、とりあえず顔でも洗おうと洗面所に行くと、昨日の僕が脱ぎ散らかした服が人型に落ちている。


「誰だよ……もぉ」


意味の無い独り言と共に服を洗濯機に投げ込んでいると、昨日のズボンから何かが落ちてきた。


下を向くのも辛いが、拾いあげたそれは黒く汚れた指輪。

ユアスさんの置いていった、リコくんが僕に握らせた指輪だった。


思えば、走って店に来たユアスさんも、珍しく感情的になっていたリコくんも、僕のことを心配してくれていた。

ユアスさんに叩かれた肩も、リコくんに指輪を握らさせられた手もそうだが、人と触れ合うこと自体が久々だった。


「なんか……30越えてもガキだなぁ」


洗濯機のフタを閉めたころには、リコくんへの申し訳なさで気が重くなる。

いくら彼女がしっかりしていても、実際は年端もいかない少女。

日本でなら高一か高二なわけで、少なくとも毎日住み込みで働くような年齢じゃない。


彼女を雇う時、ちゃんと面倒を見ると決めていたのに……


預かった指輪を手に嵌めて、顔を洗う。

昨日のリコくんは黙って自分の部屋にこもってしまったが、あれからあの子は食事をとっただろうか?

材料も溶き卵とじゃがいもくらいだったし、買い置きの白パンも切らしていたはず……あの調子なら何も食べてないんじゃないか?

昨晩使ったバスタオルで顔を拭いて、メガネをかけ直す。


「謝りに行こう」


口に出す頃には、ズボンを履いてシャツを着ていた。

どう謝ればいいか分からないけど、まずは店に行って彼女にご飯を食べさせて、それからだ。

全部それから。

口に出しとかないと、理由をつけて延期してしまいそうになるから。


休みだし、仕事のリュックは置いていく。

途中のスーパーで何か彼女が喜ぶ食材を買って行きたい、お腹を空かしてるだろうし、なるべくご馳走で珍しいもの……

スーパーまで歩きながらスマホを取り出す。

向こうで買った食材を写メで保存してるし、寒暖差がはっきりしている向こうの世界は、こちらで言う中世ヨーロッパに非常に似ていて食事のメニューには重宝している。


「中世 ヨーロッパ 食材」で検索をかける。

お肉……は、やっぱり貴重なんだ。

ならお肉、お肉と……たまにはあっちの硬いビスケットみたいなパンじゃなくて、こっちの柔らかいパンを買って行こう。


スーパーについて、精肉コーナーでとりもも肉、豚バラ、牛ロースとカゴに入れ、次はパンコーナーで食パンとロールパンをカゴに入れた。

フランスパンは悩んだが、1本丸々しかなくてさすがにスーパーの袋から飛び出したまま近所を歩くのも気恥ずかしくてやめた。


土曜日の朝は家族客が多く、10台近くのレジはどれも満員で、僕は並んでる間スマホでメニューを検索していた。

ローストビーフとか宮廷料理のイメージがあるけど、豚の生姜焼き、鶏肉は……唐揚げにしてみようか?


だいたいの贅沢なメニューを想像してみるが、それでも彼女の笑顔は想像できない。


「泣きそうだったなぁ……」


ふと彼女の言葉を思い出した僕は「中世 ヨーロッパ 異端者 罰金」で検索をかける。


いくつも結果が表示されるが、その多くが「魔女狩り」と含まれていた。

言葉は聞いたことがある。と、言うよりも日本語でも普通に使う言葉で意外性はない。

割とネガティブな、けれどどこか他人事な言葉。

ケータイをタップし表示された魔女狩りは、ごく近代までの事件であり、被害者人数やその中身はとても理解が及ばない凄惨なものだった。

被害者も女性に限らず、また魔女と言われた家は家財を没収され教会の資金になると……


あちらの世界ももしかしたら……

いや、もしかしなくても昨日のユアスさんとリコくんの会話はそういうことだ。

僕が悪目立ち……そりゃ、してるだろうさ。

見慣れないメガネに、街の景観と合わない店構え、羽振りがいいとも思われてる。

吸血鬼や狼男にすら怪しいと言われれば尚更だ。

それに街から異端者を出したとなれば、衛兵のユアスさんの立場もあるだろうし、店を数日閉めろと言われるのも今になれば納得だ。


僕はケータイを持つ手を(かえ)し、左手の中指に嵌めた指輪を見る。


「……さん」


「……お客さん」


「お客さん!! 」


「はい!? 」


気づけばレジの渋滞の真ん前で、次は僕が会計をする番であった。


「あ、あ、カード……一括で 」


会計を終えた商品をレジから離れた台の上で袋詰めをしながら、僕は皆に心配してもらい、それに気づけないマヌケだと改めて肩を落とす。


我ながら情けない。

でもまぁ、気づけただけいいのかな。

少なくとも、あのまま家で不貞腐れて残ったチューハイと唐揚げかじってるよりはよっぽどマシだろう。


半分ほど袋詰めを終えたところで、ふと思い出したことがある。


ユアスさんはあの時、僕とリコくんを呼んだ。

それはリコくんに説明をさせるためかも知れないが……もし、そうじゃなかったら?

身の潔癖を保証する指輪はここにある。


ならリコくんは?


嫌な妄想は予想になり、次第に現実感を帯びていく。

財布とケータイを商品と一緒にビニール袋に投げ込み、僕は店に走った。

高い日差しで、自分の影が嫌に濃いことだけは理解できた。


昨日まであちらの世界に、リコくんたちとの時間に現実感がないとか思ってしまっていた。


急げ、

大丈夫、

店に入れば、いつも通り電気のついた明るい店で、彼女が悪態をつきながら待っている、

だからこんな走る必要はない、

けど、

けど早く確認しなきゃ。


店の裏口につき、ポケットに手を突っ込み指に引っかかったキーホルダーを急いで取り出す。

上下を入れ直し、急いでシリンダー錠を回すと鍵が開いた。


息を吐いてるのか、吸ってるのか、

とにかく、飛び込んだ店は電気がついている見慣れた光景で、僕は少し落ち着いた。


「おはようございます……」


声は返って来ない。


買ってきた食材をキッチンに置き、店内を見回るがリコくんの姿は見えない。


2階……まだ寝てるのかな?


2階に上がり、靴を脱いでフローリングの狭い廊下の先、リコくんの寝室を見るとドアが空いている。

彼女の寝室まで進む中、静かな空気につい足音を殺してしまう。

部屋の前で立ち止まり、中を覗き込むが彼女の姿はなかった。


振り返って廊下に戻る。

階段が近づくにつれ、少しずつ歩幅が広がる。

靴も忘れて、階段を滑り落ち、膝で着地する。


相変わらず静かな店内を見渡して、店の玄関入口のドアを掴むと、確かに昨晩施錠した鍵は開いていた。


誰かに連れていかれた!?

魔女狩り、いやそんなことない。きっと自分で、そうだ、朝ご飯……市にパンを買いに行ったとか――


僕は思ったより冷静だった。

玄関の施錠もせず店を飛び出し、いつも市の開かれる街の広場へ走っていた。


街に敷かれた不揃いの石畳の凹凸に何度も足の指を引っ掛ける。

彼女の名前を何度も口に出して息も切れる。

それでも街の角を曲がる度、彼女の影を見つかるかもと必死に走った。


やっとの思いで辿り着いた広場には、まばらに人影はあったものの、見慣れた銀色の、僕の見下ろすほどの背丈の少女の姿はなかった。


「どこ、に……」


「ど、どどどどうしたっすかイズミん!? 」


「え……? 」


振り返ると眼前には猫を思わす大きな三角耳にくせっ毛の少女、古着屋の看板娘ナーサキの姿があった。


「あー!! 靴も履いてない! 怪我するっすよ! 」


そういえば……靴は脱げたのか、そもそも履いてなかったのか。

靴下も爪先に穴があいてしまっている。


「イズミんもリコりんも2人とも今日は何かおかしいっすよ〜」


「リコくん!? リコくんと会ったんですか!? 」


「あ、うん。さっきそこで見慣れない男の人と暗い顔で……」


そこまで聞いたところで、僕の意識は既にナーサキさんの指さした方向に向けて足を進ませていた。


広場から更に街の中心、詰所の手前、教会の屋根が目印の長い一本道。


いた!

遠くからでもハッキリ分かる、見覚えのある特徴的な銀髪。

横には見慣れない修道着の男。

声をかけることも忘れて、駆けつけた僕は彼女の肩を掴んだ。


「!? ……マスター? どうしてここに」


「はぁ……はぁ、無事……リコくんこそ」


彼女の顔を見たら途端に疲れが、いえ、昨日のアルコールが回ったのか、久々に走ったからか、足の指が痛いからか、感情が暴走して気持ち悪く……


「おろろろろろぉぉぉ」


「無事じゃないですね……」


僕はみっともなく往来でしゃがみこみ、胃の内容物をひっくり返してしまった。

息切れと吐き気と安心で立てなくなったが、まだ彼女に渡さなきゃいけないものがある。


「ぜッ、はッ……これ」


僕は揺れる視界の中で、中指の指輪を外しリコくんの方へ突き出した。


「か、彼は大丈夫なのかね? 」


「はい、司祭様。このまま彼と帰りますので……私はここで失礼します」


「そうかい? なら気をつけて帰っておくれ」


へ? なんだか予想と違うような……修道着を着たカーネルサンダースのような見た目の神父は僕とリコくんに頭を下げたあと、教会の方へ帰っていく。


「マスター、慌てすぎですよ」


突き出した僕の手を抱えた彼女の補助で、どうにか僕は立ち上がる。

彼女は僕の顔を、自分の着ているメイド服のエプロンで拭ってくれた。


「どうして……リコくん、ここに? 」


どうやら早合点を打ったことは分かるが、それでも彼女がここにいる理由が分からない。


「今朝教会の方が尋ねて来らまして、メガネの男性が襲われていたところを保護されたらしく、身の上確認を依頼されたんです」


「あぁ……確かにメガネならウチでしょうね。それで、その男性は? 」


「ペルス様でした。どうやら夜道で背後から殿方に襲われたらしく、臀部を押さえて転がってました」


「あ……あぁ」


盾を背負った赤髪のナンパ男のペルスさん。

以前にウチでもナンパをして手痛く振られていたが、その後酒場のボーイであるバークさんに夜の宿屋に拉致された記憶がある。

幸い後日サングラスを買って行かれたが、夜道で尻を狙ったとなれば……まぁ犯人も分かる。


「さ、マスター……帰りますよ」


僕はリコくんに手を引かれながら来た道を戻る。


「リコくん……もう歩けるから大丈夫だよ? 」


「それが往来で吐瀉物を撒き散らした人の言うことですか? 」


「……はい」


返す言葉もない。

実際、見栄をはったがまだ頭は揺れるし自分の年齢を実感して情けなくはなる。


「マスター……」


僕の前を歩きながらリコくんが声だけかけてきた。


「なんです? 」


「かっこ悪いです」


胸に突き刺さる一撃、お母さんに連れられた迷子センターから出てくる子供の気持ちがよく分かります。


「……ですよね」


「……」


「……」


「……マスター?」


「はい? 」


「心配してくれたんですか? 」


少し考えて、靴を履いてない自分の足を見る。


「……そりゃ……うん」


「……そうですか」


「……そうだよ」


「……マスター」


「なに? 」


「マスターはやっぱり私が居ないとダメダメです」


「……はい」


「マスターが昨日何も作らないからお腹空きました」


「あ、あぁ……ごめん」


「帰ったら昨日の分のオムレツですからね」


「あ……お肉、買ってきてるよ」


ぽつぽつと独り言のような会話を続けていると、道はいつもの静かな路地に差し掛かった。


フクロウ堂も見えている。

店の前には、猫……いや、しゃがみこんでいる大きな猫耳のナーサキさんがいる。


「あ! おーいリコりん! イズミん! 」


前を歩くリコくんの肩が少し下がった気がするが、僕らは空いた手で軽く手を振る。


「2人とも大丈夫っすか? 青い顔で走ってたし……あれ? すごい笑顔っすけど? ん? ん? 」


僕からか、リコくんからか分からないがお互い手を離して両手のやり場に少し困惑する。


「あ、あれは……お腹が空いてて」


「でも2人ともうわ言みたいに名ま――」


笑顔で話すナーサキさんの口を、リコくんが咄嗟に覆ったのが見えた気がした。


「ナーサキさん! 今からマスターがご馳走を作ってくれるんですが、い・か・が・で・す・か? 」


ナーサキのツンと立った耳が跳ねるように伸びたのが分かった。


「食べるっす! 」


「マスターも! 笑ってないで早く準備してください! 」


「はいはいッ! 」


怒りの矛先を向けられた気がするけど、理不尽じゃないかな?



街の奥、巨大な貴族の屋敷や別荘の並ぶ高級住宅地の中でも、一際大きな領主マルシアス家の館では応接間に珍客が訪れていた。


家人の到着まで、応接間のカーペットに円を描く様に足を引きずるカラスのような見た目の男と、その部下である岩のように筋肉質な兵士と骨のような痩身の男。

見るからに異様な3人組に、屋敷の使用人は不快感を露わにしている。


「お待たせしたのぉ、いや歳をとるとなかなか体も言うことを聞かんでな、申し訳ないのぉ」


扉を開けて入室したのは、屋敷の主であるパトリック=マルシアスと、その息子ユアス=マルシアスの2人であった。


「まぁ立ち話もなんじゃ、どうぞ掛けてくれ」


「いえ、私この通り足が不自由でしてね。すいませんがこのままで話させてください」


領主の勧めをカラス男が断ると、ユアスと使用人は男の不敬に顔をしかめる。


「なんじゃい、つれないのぉ。しかし教会もいきなり来て遠征費用に大金貨500枚も要求なぞ、なかなか急で困ったもんじゃよ……」


大金貨500枚はおよそ3億相当に当たる。

大金貨とは、金貨とは名ばかりのインゴットに近い塊で、およそ庶民は一生で見ることさえない。


当然、それだけの額を突然現れて受け取ろうなど無理な話だ。


「……そうですか、困りましたねぇ。我々は何もかの武名高いマルシアス家の皆様に迷惑をかけたいわけではないのです。しかし……そうですか、献金を受けられないようであれば、街で稼ぐ許可が欲しいところですねぇ」


「団長、俺の曲芸で路銀を集めやしょうか? 」


「あぁ、キミの軽業(かるわざ)なら期待出来そうです」


予定調和、示し合わせていたような骸骨とカラスの薄ら寒い喋りに、岩のような男と領主の2人だけが楽しそうに眺める異様な光景。


「ほぉー曲芸か? 見てみたいのぉ! しかし残念じゃ、今回はどうもその機会には恵まれておらんかったようじゃ」


領主パトリックが言い終わると、扉を開き木箱を抱え鎧を着込んだドワーフ、狼男、巨人の集団が現れた。


「大金貨……ここに1000枚はある。このあとはすまんが衛兵の演習での、またの機会を待っておる」


「知ってたのかッ!」


激昴する骸骨のような痩身の男をなだめ、カラスのような男は体は直立のまま、首だけを鳥のように横に捻り呟く。


「ありがとうございますご領主様。これだけの信仰王都の本部も喜びますよ、感謝状もしたためましょうか? 」


「あーいらんいらん、近頃老眼でな、送って来られても迷惑じゃ」


「なるほどぉ……かしこまりました。2人とも表の部下にご領主の信仰を運ぶように伝えなさい。くれぐれも、丁寧に」


そう言い残すと、男は羽根を広げるようにマントを翻し出口へ向かった。


「大した構いだても出来んですまんかったの」


パトリック投げた言葉に男は足を止め、また首だけを寝かせて振り返る。


「あぁお気になさらないでください。それと、街でもし銀髪の者が居たらいつでも結構ですので、王都にお知らせください。それでは、皆様に、神の祝福を願っております」


黒衣の集団が屋敷を後にする様は、餌に群がるカラスの集団のようであった。


「父上、お疲れ様でした」


衛兵の先頭でユアスが頭を下げるが、当の領主であるパトリックはどこ吹く風といった様子。


「かまわんかまわん、街の安全を金で買えるなら安いもんじゃ……しっかしあれが教会の騎士とはのぉ、見たか? 棍棒に鞭にナイフじゃぞ? まったく気色の悪い……」


しばらくパトリックは窓からカラス達の去ったあとを眺めていた。


「どれ、わしも噂のメガネ屋でも見に行くか」

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