現実①
「こちらの幼なじみの方の絵は、マスターの大事な思い出ですので持ち帰ってください」
「え、でも……」
「持ち帰ってください」
せっかく飾ったのに……
マユウさんの説明に使った幼なじみの昔の絵は、リコくんに家に持って帰れと言われた。
閉店準備ついでに片付けを余儀なくされ、その間彼女は珍しく夕飯の準備に取りかかっている。
今日の主菜は、今朝市場でリコくんに買ってきてもらった鶏卵と(鳥人間とかじゃなく、これはちゃんと鶏の卵らしい)僕が出勤前に日本で買ってきたじゃがいもを使ったふかし芋入りオムレツ。
リコくんの大好物なだけあって、昼からずっと彼女のテンションが高かったのも、可愛いらしいと思うのは自分も老けたんだなと思ってしまう。
妹……姪っ子が居たらこんな気持ちなんだろうなぁ。
「外も暗くなってきたし、もう閉店ですね」
ドアから半身を出し外が暗くなったのを確認していると、遠くから勢いよく石畳を蹴る足音が耳に届く。
暗くなった通りの向こうから、音のする方に目を細めると確かにウチに向かって走ってくる人影がある。
「あれ? お客さんで――」
「失礼するぞ! 」
赤毛を揺らし、決して軽くないだろう革鎧を着込んだその方は、店から漏れる明りで顔が確認できる頃には既に僕の肩を掴んでいた。
「ゆ、ユアスさん、どうしたんですか!? 」
「閉める前でよかった……イズミ殿、リコ殿も居られるか? 」
「リコくん――」
僕より歳下なのに落ち着いていて、しっかり者の衛兵隊長のユアスさんが珍しく慌てているのを見て、用件さえ確認せずに僕はリコくんを呼び出した。
「どうされました? 」
キッチンから現れたリコくんも、ユアスさんの突然の訪問には動じていたが、「話がある」とユアスさんに告げられたころには、落ち着きを取り戻していたのはさすがと思う。
「王都に務める友人からなのだが、早ければ明日、遅くともあさってには聖教会の司祭の一団が船に乗るため、この街を通る」
聖教会とは十字をシンボルにしたこの世界の最大宗教で、この国の王都を本部に備えていると以前にリコくんに教わりました。
大国に囲まれたこの島国が攻撃されないのも、この宗教の本部を聖地としてるためだとからしいのですが、そんな方々がこの街を通るなら野次馬に行きたいですね。
写メ……は無理でも、遠くから眺めるくらいなら大丈夫でしょうか?
「今まで教会はこの街の港ではなく、王弟陛下の潮の都市を使っていたのだが……」
「それをわざわざユアスさんは教えに来てくれたんですか? 歓迎の祭りがあるとか……どうしよう。リコくん明日は休みにして見に行こうか? 」
あれ? 空気がすごく重たいですが……え? 何かまずいことを言ったんでしょうか?
「いや、休みにするなら大丈夫なのだ。ちなみに以前私がイズミ殿に渡した指輪は? 」
「カウンターにございます」
リコくんが答えた指輪とは、以前にユアスさんがこの店に置いていかれた黒く古い指輪のこと。
いつユアスさんに返そうかと考えていたものです。
「そうか、明日あさってに外出をするならなるべく持っていてほしい。あれがあれば領主より出自を保証されるのでな」
そう言い残すと、ユアスさんはまたいつもの落ち着いた様子を取り戻し帰って行かれました。
いつもお客様のお見送りには手を振るリコくんですが、今日はしばらく腰を折ってユアスさんを見送っていて、なんだか僕だけ事態を飲み込めていないことはわかります。
指輪にしても、領主より出自を保証するとか……ちょっとしたお宝だということはわかりますが、どうして今そんな話が?
「あの……リコくん? 」
「……マスター、閉店作業早く終わらしましょう」
彼女の唇は、微かに震えてるようにも見えたが、僕らは手分けをして店の片付けに取りかかった。
「マスター、明日はユアス様の仰られた通り店は開けないでおきましょう」
作業を終えると同時に、俯いた彼女は小さく呟いた。
「それは構わないですけど……さっきの話ってどういうことなんですか? 」
「……」
教会はこの街にも、街の外の離島にもあって、炊き出しや孤児の受け入れなどもしてるし、僕としても概ね良い印象を持っている。
しかし先程の話と僕のイメージとは大きくかけ離れている気がする。
「マスターは……」
「? 」
「マスターは教会の資金源をご存知ですか? 」
「それは……お布施とか……寄付? とかじゃないんですか? 」
言われてみれば考えたこともないような……
日本なら税金もかからないですから、葬式や結婚式に貸したりでしょうが……そこら辺でしょうか?
「街からの献金と……異端者からの罰金です」
献金なら正解だったんじゃないかと思いましたが、それよりも罰金という言葉は嫌になります。
スピード違反とか、職場の商品の買い取りとか良い記憶が一つもありません。
それにそこと先程の話との繋がりもよくわかりません。
「えっと、それと明日の営業と何の関係が……?」
リコくんはいつの間にかカウンターから持って来ていた、ユアスさんからの指輪を僕の手に握らせました。
「教会の一団が出てくるのは、他国との会合が多いんです。でも、それはいつも決まった港で、今回この街を使うと言うのはきっと……」
「いつもの所が使えない理由があったとか……ですか? 」
「……」
リコくんは小さく首を振った。
いつもの所を使えないじゃなく、この街を使う必要があった?
「この街を通る理由があったのかな? 」
「おそらく……ユアス様は教会がこの街に異端者を作りに来るつもりだ……と伝えに来られたのでしょう」
「異端者を作るって……そんな大げさな。だいたいメリットがないでしょ」
僕の言葉で顔を上げたリコくんは、初めて出会ったとき、酒場でアニスさんに連れてこられたときの怯えた眼をしていた。
いつも落ち着いた彼女は、まだ幼い少女だったんだと今になって思い出した。
「とにかく、マスターは悪目立ちするんです。人違いで連れて行かれたくなかったら明日は休み、家でゆっくりしてください! 」
そう言って彼女は2階に上がってしまいました。
「リコくん? 晩御飯は? リコくん? 」
焦って声をかけても2階の部屋からは返事もなく、仕方なく僕は溶き卵を冷蔵庫に入れてカバンを担ぎ店を出ました。
裏口から出たところで施錠をすると、そこはいつものアスファルトで僕の自転車が停めてある見慣れた景色。
「悪目立ちとか……そんなこと言われてもなぁ」
チカチカと切れかけの街灯が並ぶ車道沿い。
自転車を押しながら歩いて帰ろうとすると、空腹感に気づいてしまった。
時間は夜の8時過ぎ。
いつもは店で食事をとるものの、今日は道の先にある24時間のスーパーに頼らせてもらうことにした。
駐車場には車がチラホラ、8時でも子連れも少なくない。
最近はなるべくリコくんと食事をしていただけに、食材もなるべく向こうの世界で手に入る物にして彼女に合わせていたが、今日はそんな必要もない。
「あ、半額シール……」
僕はプラスチック容器のにぎり寿司と唐揚げ、それに久々の贅沢と普段飲まない缶チューハイのロング缶を掴みレジに並んだ。
アパートに帰り、風呂を浴びた僕はTシャツ1枚でテレビの前に久々の惣菜を並べた。
「揚げ物も生ものも向こうじゃ食べれないし、この惣菜のチープな味最高! 」
いつもより早い時間の見慣れないバラエティ番組と、普段飲まないアルコールは僕の気持ちもすっかり高ぶっていた。
だいたい、僕はあっちの世界の人間じゃないし、細かい話はちゃんとしてくれないと分からないのは当たり前。
そんなのリコくんだって分かってるのに、感情的になられてもどうしろって話になる。
僕だって慣れないなりに訳の分からない異世界で半年近くうまくやって来てるのに、もう少しそこら辺分かってくれてもいいと思うし……まぁ、そんな僕を支えてくれてるのは彼女だけど……
「あぁーー現実感ねーなー! 」
落ち着かない気持ちのまま、リビングで大の字に寝転んだ。
冷たい床が火照った体に気持ちいい。
あ……まずい。
これこのまま寝るやつだ……
でもまぁ明日休みになったし……いっか
意外に頭はテレビの消し忘れのことばっかり考えてたように思うが、僕の意識の方が先にプッツリ途絶えた。




