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凶鳥

店内の拭き掃除が終わり、メガネのネジを締め直して、洗濯の終わった下着を部屋干しした後に髪の毛を編み直して......

やることが無くなりました。

どうしましょうか、裏庭に穴を掘って埋める作業でも繰り返しましょうか?

表の路地で砂絵でも描きましょうか?

仕方ありません。


「マスター、やることもなくなったので表の掃き掃除してきますね」


「んーー、お願いします」


んーー、ですよ。

んーー、んーー、ってなんですか!

そこは「僕がやるからリコくんは休んどいて」じゃないのでしょうか。

私が作業してる間に、マスターは何をしてるかと思えば絵をせっせと飾っています。

変わった色の絵ですが、子供の書いたような描き殴ったもので、男の子と女の子が外で手を繋いでる絵ですね。

正直、何が良いのか分かりかねます。


まぁ、マスターはいつもこうなので、いわゆる介護みたいなものと諦めております。

私が箒を片手に往来に出たところで、店前にずいぶん大きく汚れた麻袋が転がってるのを見つけてしまいました。


「……ゴミ…でしょうか? 」


私が箒の柄で麻袋をつつくと、微かに動きました。

……市への道中で鶏でも落ちたのでしょうか。

見れば、鶏のもののような白い羽が辺りに散らばっています。


なんにせよ、羽は片付けなきゃいけませんし掃除の妨げになりますので、面倒ですが麻袋は路肩に避けるとします。


「んーー」


「……」


箒で払おうとすると声がします。


「んぁ…」


……麻袋だと思っていましたが、どうやら人だったようです。


「何をされてるかわかりませんが、気が付いたのならどいていただけませんか? 」


麻のシャツにズボンを履いた目が隠れる髪型の茶髪。

肘から手の甲にかけて白い羽が生えてるのが特徴なくらいで、あとは目立ったところもない平凡な容姿、歳は私と同じくらいに見えます。


私の慈愛に溢れた申し出に、この方は素知らぬ顔でだんまりです。

鳥頭なんでしょうね。

全然怒ってませんし、イライラもしてませんよ。

えぇ、本当に、まったく。


「ここどこ? 」


「ここはフクロウ堂、メガネ屋になってます」


「あー、ここぉ……なるほどねぇー」


看板を確認した彼はのろのろと起き上がり、横に転がしていた木のカバンを掴んで店の中に入って行きました。


「ずいぶん散らかして……」


彼が寝転んで居た跡には、パンくずに羽毛に黒炭のカスと、街道の石畳がパーティー会場の跡地のようになっていましたので、ずいぶん掃除のしがいがありました。


「掃き掃除終わりましたよ」


表のゴミを片付けた私が店内に戻ると、テーブルに腰かけた気だるげなマスターと、同じく対面に腰かけた眠そうな顔の鳥男。

なんだか似てるお二人ですが、会話が弾んでる様子ではないですし、食卓なら絶対同席したくないテーブルです。


「リコくん掃除お疲れ様です! こっちに来てください。すごいんですよ」


……食卓じゃないので……我慢です。


「呼びましたか? 」


「あ、こっち座ってください。すごいんですよ! こちらのお客様」


「はぁ、何がすごいんですか? 」


いつも通り……じゃなく、今日は特に鬱陶しいテンションのマスターに話を合わせているのですが、殿方は本当、そういうの気づかないですね。


「なんと! こちらのマユウさんは画家らしんですよ! すごいですね」


「どうだぁ、俺はすごいんだぞぉー」


あ、イラッとします。

マスターのしたり顔もですが、抑揚の無い喋り口調のお客様も、この2人絶対友達いないですよ。

今朝買った鶏卵を全部賭けてもいいくらいです。

……いえ、言い過ぎました。

晩御飯のオムレツは誰にもあげません。


「はぁ、画家とおっしゃいますが宮廷ですか? 貴族付きでらっしゃいますか? お客様の服装は……とてもじゃないですが自活できてるようには見えませんが」


「え? 」


マスターの世界では『いらすとれぇたあ』と言うような個人での絵のお仕事があるようですが、こちらではどこか出資者などのつく高給取りです。

もう少し世間勉強していただきたいです。


「マユウは教会で絵の下書きをしてるんだぁ」


「ほ、ほらリコくん、ご本人様がこう仰られてますよ」


「はぁ……マスター、こちらのお客様は画家とは言っても修道士なので、マスターの考えるような芸術家じゃなく複製する仕事です」


あまり理解されてないようですが、マスターにもわかりやすく言うなら、経典や図鑑の写本などコピー機のような仕事をされてる方ですから、確かに絵は描かれますが意味合いが違います。


「へーーーー……」


分かってませんね、これは。


「それでマユウさんはどうしてウチに来られたんですか? 」


理解できないから流しましたね、二度と説明しないですからね。


「今度ねぇでっかい絵を任されたんだけどぉ、下書きは褒められたのに色がおかしいってぇー……」


「色? 視力じゃなくて色ですか? それでどうおかし……マユウさん? マユウさーーん? 」


「んぁ? 」


今でも空を飛べる有翼種の方はよく寝るらしいですが、この方はかなり人間寄りですし、ただボーッとされてるだけみたいですね。


「えーと、マユウさん色がどうおかしいんですか? 」


「え、色ぉ? 」


……鳥頭。


「あー、あーあーそぉそぉ、色がねぇ多いって司祭様が言ってねぇ。紫ばっかりぃ使うなってぇ」


「色が少ないじゃなくて多いってことですか? 」


「そぉーそぉー」


マスターとマユウ様は分かりあってるみたいですが、私にはさっぱりです。

マスターは飾ってた子供の落書きみたいな絵を外してきてますし、マユウ様はまた寝てますし、二人は自由なのに……私も自由に席を外したいです。


「マユウさん起きてください! この絵見てください! これ見てどう思いますか? 」


あーうーと言いながらマスターに起こされたマユウ様ですが、落書きを見ると途端に目を大きく見開いてマジマジと眺めはじめました。


「この絵ぇ下手だけどぉ、俺と同じ色ぉ使ってるぅ。なんでぇ? 」


言われて見れば、確かに覗き込んだあの絵はお日様を紫で書いてたり不思議な色目でしたが、マスターに有翼種のお知り合いなど居ないはずですが……


「この絵は昔近所の幼なじみ女の子がくれた絵なんですが……」


「後生大事に取っておかれたのですか? マスター……異性からの贈り物が貴重だからってそれは…………」


「ひぃくぅわぁー」


「違います、違いますから! いや、小さい女の子とか鳥なんかは紫外線……えーと、普通の人に見えない光まで見えたりするんですよ。それが紫なんで、この絵も実家で見つけてわかりやすいから持ってきたんです!! 」


こういういじられ方をすると、途端に動揺するから面白いです。


「やーい未経験ー、魔法使いー」


「リコくんやめて! 30歳までに経験してるから! そういうのやめて! ……コホンッ、まぁマユウさん、その悩みは簡単ですよ。伊達メガネをかけてください」


右手と右足を同時に歩くマスターが持ってきたのは、猫耳のナーサキ様の古着屋から来られるお客様にも人気の小銀貨1枚の当店で1番安い伊達メガネ。

度も無ければ、サングラスのように日差しも抑えないのですが、どうしてそんなものを?

そうこうしてるとマユウ様は、さっそく伊達メガネをなんの躊躇もなくかけております。


「おーー、おーーー、おーーーーー」


「……? マスターマユウ様はどうしたんですか? 」


「あー、マユウさんは今僕らと同じ景色を見てるんですよ」


誰が謎かけをしろと言ったのか。

私が視線で無言の圧力をかけること数秒、ようやく気づいたマスターは饒舌に語りだしました。


「え、えっとですね、伊達メガネも全部紫外線を抑えてるんですよ。マユウさんは今まで見えてた紫外線を伊達メガネで見えなくなって、僕らと同じ視界を体験してるんです」


「なるほどです」


マユウ様は、伊達メガネをかけたり外したりご機嫌で、肘からの羽も広げて嬉しそうに歩き回ってます。


「これぇ、ちょうだいぃ」



マユウ様が帰られた後、マスターは閉店の準備、私は晩御飯のオムレツの準備です。


買っておいた鶏卵を、私は力いっぱいにかき混ぜます。


「幼なじみの女の子って初耳です! 絵もずいぶん仲良さそうですし、しっかり! 問い質す! 必要が! ありますね! 」


そう言えば、マユウ様は教会で働いてるそうですが、誰からうちのことを聞かれたのでしょう?

あまり見かけない方ですが、この間のエインセルの女の子でしょうか?

私が考えながら調理していると、すっかり黄身と白身は混ざっていました。

あとは焼くだけというタイミングで、入口から閉店作業中のマスターの声がしました。


「リコくん! ちょっと! 」


「? 」


箒もしっかり片付けたはずですが、どうしたんでしょうか?

入口に向かうと、赤毛のイケメン衛兵隊長。

高給取りのユアス様がおりました。


「どうされました? 」


「キミに大事な話があるんだ! 」


外も暗い中来られたユアス様は、息を切らして真面目な面持ちでした。


「いかがされました? 」



マユウは伊達メガネを顔にかけ、木のカバンを両手で振り回すように街の中の一際大きな建物、日曜日に多くの人が集まる教会の礼拝堂の扉を持たれながら押し開けた。


剣を持った白い髪の王様と、杖を持った黒い髪の神様を描いたステンドグラスが、差し込む月明かりに輪郭を際立たせて光る。


「だんちょぉさーーん、帰ったよぉぉ」


マユウの間の抜けた声が礼拝堂の高い天井にまで響くが、人の気配のない礼拝堂ではこだました声がよく返ってくる。


「おおーーー、だぁーんちょおーさーーん」


マユウがクルクルと礼拝堂の正面通路を歩きステンドグラスの下まで来たところで、礼拝堂の端、壁面に沿って並んだ懺悔室から物音と同時に1人の男が出てきた。

暗闇から這い出すように歩いてきた男は、何かを引きずるような音を立てながら進み、マユウの前で足を止める。

大きなカラスの頭を象ったようなペストマスクと、黒い革鎧にフードを被った男は、片足の靴底だけ嫌に削れていて、何度も革を当てて直したのが分かる。


「おかえりマユウ、お店はどうだった? 」


「うんー、団長ぉが教えてくれたとぉりだったよぉ、魔法みたいだったしぃ店長も魔法使いって言われてたぁー」


「そうかそうか、魔法使いか。良かったなぁマユウ、王都の教会の壁画を頑張るんだぞ」


「うんー、ありがとぉ団長ぉ」


「ほら、今日は遅い。早く宿舎に帰りなさい」


マユウが促されるまま礼拝堂を後にしたところで、カラスのようなマスクの男は、礼拝堂のカーペットに水面の波紋のようなシワを作りながら、足を擦らし歩き回っていた。


男を知らないモノが見たら、尾羽の長い痩せたカラスが餌を探しているように見えていたと思われる。


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