さいしょ②
おじさんには家族にちゃんと説明してからなんて言われもしたが、気がはやっていた僕が久々の実家でその話に触れたのかはちゃんと覚えていない。
翌日は開店時間の30分前にシャッター街の中でおじさんを待とうと早めに家を出たけど、途中僕は自転車に乗ったおじさんに追い越されてしまった。
ニコニコ笑うおじさんと裏口で合流し、駆け足で追いかけて息を切らしてた僕だけど、初日と思いさっそく考えてた質問をする。
「そういえば、どうしてフクロウ堂って名前なんですか? 」
今日からおじさんは僕の雇い主になる、けれど見知った人にいきなり態度を変えるのも.......と葛藤しながらの質問だったが「んー、験担ぎかな」と、おじさんはいつもと変わらない笑顔で返してくれた。
その日は、1日顧客名簿や過去の帳簿、レンズを削る加工機の説明や取引先の電話番号なんかの話をする予定だったけど、実際半分はおじさんのメガネ講習だった。
素材の特徴や、メーカーの街の様子、デザイナーの表情や何を考えていたかなんて、マニアックな1日だったが、翌日も翌々日も店を開くことは無くおじさんと店でたくさん話をした。
四日目の帰り際、おじさんから僕は木彫りのキーホルダーをつけた鍵を2つ受け取った。
「フクロウ? かわいいですね」
「メガネフクロウなんですよ。イズミくん、これがこの店の裏口の鍵です。表のシャッターは内側からレバーを押しながら開ける造りです。レジのスイッチは.......これは説明しましたね」
おじさんが改めて話そうとした内容で、伝えたいことを僕は悟った。
「じゃあ、明日からお店を......」
「はい、フクロウ堂、明日から新店長でオープンですね」
僕は不安もあったが、それ以上に期待で顔が綻んでいた。
昔眺めていたこの店で、明日から僕が接客をする。
そしていつか、おじさんみたいの真似をしたみたいに誰かに僕が影響を与えられたら、なんて妄想もある。
「頑張ってね」
不安もあるだろう、おじさんが浮かない顔をした気もしたが僕がそこに気づくことはなかった。
まだ少し残っていくというおじさんを置いて僕は帰路に着いた。
帰って風呂に入っても、母のお手製の減塩料理を食べても布団に入っても僕は明日からの想像で興奮しっぱなしだった。
常連客やモンスターみたいなクレーマー、前職を思い出せばずいぶん懐かしくなってくる。
そうだ、店が軌道に乗ったら近所のアパートを借りて一人暮らしをしよう。
それで休みには、スーパーで好きな物を好きなだけ買って1人で焼肉パーティーなんかも......想像が止まらないまま、気づけばケータイのアラームで目が覚める。
安物だが新しく買ったシャツにベルト、カバンに前職の時のメガネを三本、ケータイに財布......それからフクロウのキーホルダーのついた店の鍵。
「よし、準備万端! 」
今から出発すれば開店1時間前、それでも気持ちのはやる僕は駆け足で店へ向かった。
道中おじさんの家の前を通ったが、自転車もないし人の気配もない。
1時間も早い到着予定なのに、おじさんも久々の営業に嬉しいんだろうな、その気持ち僕もわかるな。
商店街のアーケードは相変わらずシャッター街で寂しいものだ。
フクロウ堂の裏口に回り、店前の掃除にほうきでも用意しようと考えたところで、裏口の扉は施錠されたままだった。
よく見るとおじさんの自転車もない。
寄り道でもしてるのかな? 昨日もらった鍵を差し込みドアノブを回すと、店内は電気をつけたままで昨日僕が帰るときのままだった。
几帳面なおじさんにしては珍しい。
メーカーの連絡先や帳簿が置かれたカウンターに封のされてない僕宛ての茶封筒が置かれていた。
嫌な予感がする。
僕は荷物を肩にかけたまま封筒から一通の手紙を取り出した。
「――イズミくん、おはようございます。今日からこの店はキミが店長です。僕が居ると色々と口出しをしてしまいそうなので、僕はしばらく実家の手伝いに帰らせてもらいますが、キミなら大丈夫だと信じてるので無理をせずに頑張ってください。キミが別の道を選びたくなったら遠慮せずに鍵をポストに帰しておいてください。」
手紙の内容は以上だった。
てっきり今日からも、しばらくおじさんが来てくれるかとも思っていただけにショックだった。
しかし今日から僕が店長と言われてたわけで、気持ちを引き締めるいい機会になったと考えるべきか.......
「あああああああーーー! 」
いやいやいやいや、いきなりすぎる。
やっぱりいきなりすぎるでしょ。
どうしようどうしようどうしよう。
うーーん。
「誰か相談に! 」
ケータイを開いたところで、僕は相談することを思い直した。
「せっかくおじさんが任せてくれたのに、しっかりしなきゃ! 」
そうだ、まずは今日の営業だ。
決して相談できそうな友人がいないとか、そんなことはないんだからね! なんて誰に向けたわけじゃない言い訳をする。
「正直めんどうな気もするけど、逆に好き勝手できるわけだし......おじさんの期待には答えます! 」
奇しくも時間は開店時間ギリギリ、僕は荷物をカウンターに放り投げまずは初日の通常営業に意識を集中した。
扉を開きシャッターの前に立ち、腰の高さにある窪みに手をかける。
あとは一思いに、
「眼鏡屋フクロウ堂本日から再開でーーす!! 」
自分を鼓舞するため、大声に合わせて力いっぱいシャッターを開いた。
あまりに大声が響いたのだろう。
快晴の眩しさと往来を行き交う人達の視線が僕に突き刺さった。
全身革製品の見慣れないスキンヘッドの大柄の外国人にハリウッド女優の様なオーラのある美女、酒の臭いを漂わす古めかしい服装の背の低いオッサンの集団。
おや......商店街がいつの間にやらワールドワイドに......じゃあない!
アーケードのタイルは石畳に雑草だらけ、破れた天幕は澄んだ青空、通りの人々は見かけない異人種。
んーー、夢でも見てるのでしょうか。
あ、このヨーロッパみたいな光景ネットに上げたらバズるかな......なんて惚けたままケータイを取り出したところ、往来の向こう側に積まれたタルの上の黒猫と目が合った。
「うわー、歴史を感じるなぁ」
そんなことを漏らしながらシャッターボタンをタップしていると、画像1枚ごとに黒猫が近づいてきた。
「かわいいなーお前、飼い猫かな」
「お前とか失礼だにゃ、にゃーの方が年上だにゃ」
「......」
喋った。
猫が喋ったとか混乱、いや世界は広いから聞き間違い、気のせい......そう気のせいです。
どうにか気持ちを落ち着かせようとしたところ、黒猫は後ろ足で器用に立ち上がり、これまた器用に腕を組みながら細めた瞳孔で睨みつけてきました。
「まずそこに座るにゃあ!! 」
「あ、はい! 」
黒猫の大声に萎縮し、咄嗟に座ろうとした僕は石畳につまづいて往来に身を投げ出してしまった。
「あ、たたた」
猫には怒られるわ、往来で転けるわ、何が何やらわからないわ、夢なら覚めてほしい。
往来で頭を抱えて転がったままの僕が土まみれなのも、猫の肉球で頬をぷにぷに押されてるのも、顎を石畳に痛打したことも夢なのだと思いたい。
徐々に僕を囲む人垣が大きくなり、その中に河童や狼男、ゲームの冒険者のような服装と異世界らしくなってきたあたりから、夢や妄想の線を諦めて現実として受け入れようと観念した。
「――あ、どいて、どいて下さい。すいません。......あの、お兄さん大丈夫ですか? 」
「へ? 」
人垣から抜け出て来て、転がる僕に手を差し出したのは牧歌的なワンピースに身を包んだ陽光に透けるような綺麗な銀髪の少女であった。
差し出された白い小さな手の平をしばらく眺めてから、土まみれの僕の手で彼女の手を掴むことにためらい、僕は急いで立ち上がり手をズボンで拭った。
中学生くらいに見える少女は僕の無事を確認すると、途端に幼さの見える笑顔になり、照れる僕に首元に巻いていたスカーフを差し出した。
「血、出てますよ。使ってください」
驚いた僕が白いスカーフを受け取ると、少女は満足そうに微笑んでから、何かを思い直したように人垣の中に戻ってしまった。
僕がそのまま突っ立っている内に、人垣は徐々に小さくなり、気づけば夕陽の中僕はカカシみたいに1人でスカーフを握っていた。
日も落ちた閉店時間には、そのまま店内に戻り、カバンを担いで、裏口の施錠をし、家に帰ったのだが、恥ずかしい話でそこに至り初めて現実感が襲って来た。
もしや今日の1日は夢だったのではと自然な現実逃避に走ったが、風呂上がりに土まみれのズボンからはみ出た白いスカーフがその妄想をあっさりと否定した。
事実その翌日も、翌々日も開店準備を終えて店を開けると変わらず表は異世界で、裏口には寂れたいつもの商店街、となんだか混乱する日々だったが、ここでやると決めた以上仕方ないと諦めることにした。
1度受け入れたら慣れるのは早いと言うか、楽しめると言うか、順応はできるもので、1週間もする頃には、誰もメガネを買わない、もといメガネをかけてる人(?)が1人もいないことに僕の悩みは完全にシフトしていた。
あとはまぁ、おじさんとの約束という理由もあるのだが、内実はいつかあの少女にスカーフを返したいと思っているからと言うのもあって、スカーフは今も店の引き出しにしまったままにしている。
先日うっかりリコくんにスカーフが見つかってしまい、それからしばらくの間、僕の俗称はストーカーマスターかロリコンメガネの2択を強いられた。
同じ銀髪でもあの少女とはとんだ違いだと、ロリコンメガネは今日も悲嘆にくれています。




