蛇女と盾の勇者②
一方、古着屋『ファイブパフ』では、4人の少女が様々な衣類を肴にお茶を楽しんでいた。
お茶と言っても、飲んでるものの中身は低アルコールのハチミツ酒と貴族の門閥であるココの持ち込んだワインである。
海を臨めるこの街では、地下を掘っても海水しか湧かず、水は粗悪、結果長期保存が出来殺菌作用のある酢の入った水や低アルコールの酒を子供から大人まで口にしていた。
当然それは水の代わりで、ほとんどの人間はその程度で酔うということもない。
つまり、猫耳が目立つハーフケット・シーのナーサキや吸血鬼のココが、興奮して息を切らしながら丸眼鏡をかけた少女ナルンの服を剥いていても、それは一切酒に呑まれたわけでなく素面で行われていることになるわけである。
日中と言え、店奥は薄暗がりになっており、そこで行われる凶行は外からは見えるものではない。
店頭からは、大量の服を棚に並べているこの古着屋だが、以前は「直し」を主な仕事としていた。
出稼ぎの男も多いこの街では、それでも充分な稼ぎであったがイズミとのマネキンの一件以降、貴族のご婦人の来訪が増え、結果良質な古着がかなりの量になった。
一般の民衆は大抵が1着、良くて2着と服が持てれば良いというのが当たり前な中、リコがメイド服を着続けることも、イズミが何着かを着回していることを尋ねられることも、ごくごく当たり前なことは言うまでもない。
そして、時代や価値観が変わっても女性は女性。
今までに見ることもなかった大量の衣類を前にして、当然思い至ることがある。
ファッションショーだ。と、言っても実際は色々着てみようというだけなのだが、当初の標的とされたリコは、すでに胸元の大きく開いたピンクのドレスにフリルのヘッドドレスを付けられ、西洋人形よろしく転がっている。
リコ本人にしても何も好きで寝こけているわけでなく、腰元をドレスできつく絞られ、身動きがとれないだけである。
そんなウエストを締め上げる作業を、今までが牧歌的に、服装にもさして興味もなく育った少女が見たら拷問にしか見えないだろう。
必死に逃げる彼女だが、敏捷性に定評のあるケット・シーの血を継いだ少女と、人の数倍の膂力を発揮する吸血鬼の2人に囲まれては為す術もない。
残念ながら店の敷居をくぐった時点で、こうなる未来は決まっていたのだ。
「えっぐ.....ひっ......ぐ、ひどいです。あんまり.......です」
「諦めてくださいナルンさ.......ひゅー.......時間がきっと解決してくれ.......ひゅー」
泣きじゃくるナルンは水色のドレスに着替えさせられ、すでに息も絶え絶えのリコの横に飾られる。
「いやー、やっぱり可愛い子に着せると、こう、クルものがあるっすね! リコりんもナルるんも似合ってるっす!! 」
「あぁ.......我も.......好色家といったわけではないが、嗜虐心が刺激されると言おうか...」
着替えさせられたリコとナルンを見て、興奮する加害者の2人であるが、どうにも興奮している内容がズレているのは否めない。
「しかしナーサキよ、大した品数だな。我の家でもこの半分と無いぞ 」
今日も今日とて男装の吸血鬼のココであるが、嫌味でもなく時折当たり前の様に貴族らしいセリフがこぼれてくる。
サングラスを手に入れてからは、すっかり日中も市街を歩き回るようになり、今では吸血鬼と貴族、両方の物珍しさからすっかり街の人気者のココだが、最近は頭に乗せているレンズが鏡の様に光るミラー加工のサングラスがお気に入りだ。
ただ、サングラスを知らない周囲からは諸々踏まえて変わり者という認識をいっそう強めただけになってはいる。
「でしょー、こんだけあったら着たくなるのが女心ってヤツっす。父さんがイズミんと飲むーって出ていったから今日は休み! 自由っすよ」
ナーサキのセリフに鎮座していたリコとナルンが背筋を震わせる。
そのセリフは、店主が帰ってくることでこの自由人達を止めてくれる、と期待していた2人にはあまりにも残酷だった。
「助けてください.......マスター」
「イズミさん.......」
不意に口をついたセリフに、リコとナルンは互いの顔を見合わせる。
しかしナルンには、シミ1つないリコの大きく開いた胸元が、いつも市場で眺める憧れの生地屋に並ぶシルクの様にキメ細やかで、白く長い髪も絵本で見た憧れのお姫様のようで、直前の言葉を忘れて視線を奪われている。
リコにしても、快活に外で働くナルンの引き締まった体、それにより更に強調された凶悪な胸部が、振り返った衝撃で微かに振動を続けている状態から目を逸らせないでいる。
お互いがお互い、言葉を失って凝視を続ける。
すでに直前の発言など頭の片隅にも存在しない様子だが、ドレス姿にメガネをかけた2人の少女が見つめ合うというのは、内実を知らなければ絵になる光景であり、ナーサキとココの2人にとっては満足のいく景色のようで顔がほころんでいる。
もとい、2人の後ろ、店の入口に立つ男も含めて3人の顔がほころんでいる。
最初に侵入者の存在に気づいたのはナーサキ、続いてココが足元の木箱大の作業用椅子を蹴りあげ、男目掛けて投げつける。
「おわっ、ひゃっ!! 」
メジャーリーガーの豪速球並のスピードで投げ込まれた作業椅子は、物の見事に入口に立つ男に命中したようで銅鑼を叩きつけたような爆音が響く。
「ちょ、ココたん!? うちのお客さんなら殺しちゃダメっす! 」
「あ、うむ。咄嗟のことで.......」
咄嗟といえ、吸血鬼の剛腕での投擲攻撃だ、生死の確認よりも四散した被害者の飛沫を確認する作業の方を優先してしまうほど、生存は絶望的だ。
頭を抱えるナーサキをよそに、リコがスカートの裾を手で持ち上げて、ツカツカと確認のために爆心地に歩み寄る。
「ココ、ナーサキさま.......無事みたいですよ」
亀の様に丸まった男は、リコの捲られたスカートから覗く太ももを凝視している。
「訂正します。無事.......でした」
リコのかかと落としが、半月を連想するほど美しい弧を描いて振りおろされるが、必殺の一撃は再度、甲高い金属音に妨げられた。
男は、背中に凹みのある鉄の円盾を背負って、丸まって災難を回避していた。
「いや! 覗く気などなかったんだ! 信じてくれ! 俺はそんな不埒な真似.......良い太ももだな」
「ココ、椅子をもう一脚投げてください」
「あぁ心得た」
「待つっす! 待つっす! うちで犯罪はダメっす」
亀の様に丸まる出歯亀男、ゴミを見る目のリコと椅子を高く持ち上げる吸血鬼をナルンとナーサキは必死に止めた。




