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蛇女と盾の勇者①

フクロウ堂のある都市セアポリスを有する島国アングリアは、日本で言えば四国より一回り大きい。


そして、そこに住まう人々は3つの呼び方で分かれる。

1つ目はこの島を入植地として移った者たち『原住民』、2つ目は島を国にすることを目的とした移住者『開拓者』3つ目が島国に様々な事情で流入した者『異邦人』である。


自由を旨とする原住民と貴族階級を中心に支配体制を是とする開拓者では、当初様々な対立も起きたが、争っていては統治が進むはずもなく、次第に原住民の自由を開拓者が容認する形で多くの都市が今日の発展を果たした。


セアポリスもその典型例の1つなのだが、その背景のせいなのか、街の住民は自由を体現する形の1つとしてよく休暇をとる。


とにかく仕事をよく休むのだ。


それは日本人のイズミに限らず、別の街から来たとは言え同じ島国育ちのリコでさえ驚くほどで、国内でも都市ごとの意識の差は大きいことがよく分かる。


そして大通りの店舗群から少し外れた事情を知らないフクロウ堂が、ずいぶんと休みを取らずに働いていることは商店の間ではすっかり知れ渡っていた。

そうなるとフクロウ堂と既知の住民は、イズミとリコの体調を慮る。

「何故休まないのか?」と、結果半ば強引に2人は分けて連れ出される強制的な休日を計画された。


イズミは古着屋の店主、ケット・シーのニャームと傭兵を生業にするドワーフのダロスに連れられ、街でも人気の酒場『月ノアニス亭』へ連れ出された。

一方のリコは、たまたま居合わせた仕事終わりの牛乳屋の末妹ナルンを巻き込む形で、古着屋の看板娘猫女のナーサキに連行され、彼女の職場である古着屋『ファイブパフ』の奥で女子会に参加させられていた。

首謀者として待ち構えていた吸血鬼のコラリーと実行犯のナーサキは得意満面と言った悪い顔つき。


「いらっしゃい......あら、あんた達……珍しい組み合わせねぇ」


まずイズミらが連行された先、早い時間で客もまばらな酒場では自称看板娘の筋肉ダルマのザルツァが3人を迎え入れる。

この酒場は店主であるエルフのアニスと、それに仕える5人の元騎士の1人が筋肉ダルマが名物だ。

ファンタジー小説なら1人のエルフに5人の騎士など正に王道であるが、実際はそうはならない。


「おいおいザルツァの旦那、あんたのが珍しい組み合わせだよ」


あきれ顔のダロスが訴えたのは、ピンクのメガネに蝶ネクタイ、ブラウンの鰐皮のズボンに揃えたブーツでポージングをするザルツァのことだが、確かに奇抜である。


もう一度言おう。ピンクのメガネを顔に、蝶ネクタイを首、下半身はピチピチで筋肉の張りがよく伝わる鰐皮のズボンとブーツである。


.......つまるところ上半身の被服度は0なのだが、分厚い筋肉の鎧は防御力には定評があるので問題がないそうだ。


そんな服装の給仕が5人も居るのに客足が途切れないのは、器量よしの店主アニスがいるからに他ならない。


「やだぁ、ダロスちゃんてば。小さいおっさんに歩く猫にカカシみたいな細い男なんかより珍しいなんて、筋肉ムキムキのゾンビくらいなもんよぉ」


「――それはアナタのことですよ! 」


そう言ってザルツァをカウンター内ぇ羽交い締めにしたのは、腰までの金髪にタレ目のナイスガイ、名前をバーク=ブラック酒場のボーイの1人。


ザルツァの元部下で、彼と共に流れてきた実直な気質の好青年だ。


「ザルツァさんも休憩ですから、俺が代わります」


バークはそう言って意識を失ったザルツァを裏に連行したあと、素知らぬ顔でカウンターの中へ収まった。


「バークくんもいつも大変だにゃあ? その服装もザルツァくんの指示だにゃあ? 」


服屋であるニャームは見た目は少し大きい黒猫なだけだが、さすがに職業病だろう、奇怪な制服にも物怖じせず質問し、尻尾をうねらせながらカウンターの椅子に飛び乗る。

それに続いて、ダロス、イズミもカウンターの席に腰をかける。


「いえ、これは俺の趣味です! 」


「あー、俺はビールをジョッキで、それと腸詰め1皿頼まぁ」


「ニャーは小ワインとチーズにゃ、イズミんはどうにゃ? 」


「僕は......あ、サイダーなんてあるんですね。じゃあサイダーで」


「よろ!こんで!!」


バークの快活な返答を無かったことにして3人は注文をするが、スルーされた当人は体を悩ましく捩らせながら、カウンターで酒を注ぎだす。


この時間帯に客足が少ない要因は、店主の不在と主に接客をバークが代わるからだと常々噂されている。

現にイズミ達の他は、カウンターで酔いつぶれた女性が1人と、テーブル席で爆睡している身なりの良い初老の男性くらいのものだ。


「はい、お待たせしました! 」


奇行はともかくとして、手際よくバークが注文をこなしカウンターに並べる。


飲み物は注文通りだが、ツマミが少々3人の想像を上回っていた。


軽く炙ったチーズは少し溶けて、乳製品ならではの少し苦味を含んだ甘い匂いが鼻腔を満たす。

その溶けたチーズに絡めるように、椅子の足ほどの太さの極太の腸詰めが1本中央に、左右にはボール状の腸詰めが湯気を立てて盛り付けられている。


手を加えずに出す店も多い中、この調理の一手間は気配りが出来てると言うしかない。

盛り付け方には、男性は異を唱えるかもしれないが.......


「にゃん♪」


ニャームが気にせずフォークを突き立てたところで、イズミとダロスは内股で身震いをしたのは自然なところとしか言えない。


「しかしよぉ、イズミの旦那にゃ感謝してんだぜ。うちの隊長は前にも増してイキイキしてくれてんだ。」


「にゃー、にゃーの店もマネキンてののおかげで盛況にゃ。お返しに娘とメガネ買いに行くにゃ」


「いや、そんな僕は何も」


手放しで好意を伝える2人に、イズミは顔を真っ赤にしている。


「あっでもこのサイダー甘くて美味しいですね。お酒みたいですねぇ」


へらへらと笑うイズミの手に、カウンターから乗り出したバークが手を重ねる。


「北じゃサイダーって言うけど、ここら辺じゃシードルって言うんだぜ、キミの顔みたいに真っ赤で可愛いリンゴのお酒だよ」


「へ? 」と、下戸のイズミは顔を赤くしたままバランスを崩し、勢いよくカウンターで酔いつぶれていた女性の方へ倒れ込んだ。


「大丈夫かい旦那! 」


「にゃーー!!」


イズミは危うく石床に頭を通打! と、なりそうだったが思いもよらないクッション材で助かった。


「ひ、ひんやりしてる」


情けない声で感想を漏らすイズミは、巨大な爬虫類の尻尾を枕にしていた。


「あんた.......何よ」


尻尾は、カウンターで潰れていた女性のものであった。

上半身が人、下半身が蛇、いわゆるゴーゴンと呼ばれる種族。

スカートを履かれると普通の人間にしか見えない。


「お、お邪魔しています」


「旦那大丈夫か!? お、ね、姉さんすまなかったな」


ダロスとバークがイズミを起こしに走り寄るが、その後ろでニャームは蛇の部分を見て尻尾をブラシのように逆立てている。


見るとゴーゴンの女は1人で大ジョッキを10杯は空けたようで、とんだ『うわばみ』だ。


「いや、すいません。ご迷惑おかけしました」


イズミが頭を下げて席に戻ろとしたところ、ゴーゴンの女性に呼び止められる。


「ちょっと待ちなよ。人にぶつかっておいてそれだけかい? 」


目付きの悪いゴーゴンの女性の言うことももっともだとイズミは反省して、酔いもすっかり冷めてしまっている。


「確かに、何かお詫びにおごるとかでいいですか? 」


イズミの言葉に、ゴーゴンの女は軽く眉を細める。


「へぇ.......じゃあ、詫びなんていらないからさぁ、あたしの話でも聞いてよ。あんた噂のメガネ屋の店長さんなんだろ、聞こえてたよ」


恐喝でもされるのかとイズミは身を竦めるが、謝罪をしないわけにもいかず、とりあえずは隣席に腰かけて話を聞くことにした。



ゴーゴンの女は自身をメイカーマンと名乗った。

彼女は、女だてらに鍛冶師として街の修理屋に務めていた。

幼少期より鍛冶師である父の背を見て憧れた彼女だが、彼女の国では女が鍛冶を行うことを良しとせず、夢を諦めきれない彼女は国を出てこの街まで流れ着いたそうだ。


1人前の鍛治職人になろうと、日々を炉の前で務めてきた彼女は、いつの間にか相手を威圧的に睨む癖がついていた。


普通ならば、少し気の強い女性で済んだだろう。

事実、彼女の生家でも母親は厳しく、それは普通だったのだが、この国と彼女がゴーゴンという組み合わせが災いしてしまった。


『ゴーゴンに睨まれると石になる』


それは吸血鬼は川を渡れないとか、自分と同じ人間が3人いるとか、そんな根も葉もない話だったのだが、それでも中には信じる人間はいる。


それが先日、彼女の店に盾の修繕を持ち込みに来た客のことだ。


「えーーっと、つまりメイカーマンさんはその方を癖で睨んでしまい逃げられてしまった.......と」


「そういうこと.......イケメンっぽかったのになぁ。もったいないことしたよ」


そう愚痴を漏らしながら、彼女はイズミのりんご酒を飲み干している。


「なぁ、フクロウ堂の店主さん。あんた噂通り客の願い事叶えれるなら、石になるって噂どうにかなんない」


「噂.......ですか」


「にゃー、噂をどうにかするのは難しいにゃ」


「そうだなぁ、噂をどうにかすんならもっとでけぇ噂をばら撒くくらいじゃねぇのか」


「俺は女に興味ないからなぁ、そのイケメン? 紹介してくれるなら別だけど」


考え込むイズミの後ろで、バッチリ聞き耳を立てて酒を煽る猫とオッサンと変態。

どうしようもない男達を見て、メイカーマンはクスクスと失笑を漏らす。


「いや、冗談だよ。楽しそうなあんたらを、からかいたかっただけさ。悪いね」


さばさばとした態度のメイカーマンに、イズミは考え込む風をしている。


「睨み癖ならメガネでどうにかなるかもですが」


『え?』


「え? どうしたんですか皆さん? 」


イズミはその返事と共に、物見遊山の集団にフクロウ堂へ連行されていった。

もちろんイズミに自由意志はない状態だ。

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