第115話 別れは突然に
はっと目を開ける。
私は、草むらの中で仰向けになっていた。
「ん……ここは……?」
なぜ、私はこんなところにいるのだろう。
――そうだ、魔王を倒して、地震が来て、みんなで手を繋いで、テレポートして……それから?
ここはどこだろう?
周りに、誰もいない。ただ、木々が生い茂るばかりだ。
我が家のある北の森に帰ってきたのだろうか。……いや、でもここは、何かが違う。
何かが違うのだけれど、何か懐かしいような心地がした。
いつまでも草の上で寝ているわけにもいかないので、身を起こす。
怪我はユーリが治してくれたが、服がまだところどころ破れていて、あの戦いが夢ではなかったと語っている。
左手の薬指には、ちゃんとユーリの指輪。しかし、桃色の石はいつもの輝きを失っている。……彼はいま、どこにいるのだろう。
……うーん、しばらくは戦えないかなぁ。いや、それよりまずはここがどこか確かめなきゃ。
そう呑気に考えながら、周りを見渡した。
うっそうと茂る木々、柔らかな草、コケ、花々。
その間を縫うように駆け巡る、小さな昆虫や小動物。
時折、水の流れる音が聞こえる。細い帯のように流れゆく小川があるのだ。
その水の透き通っていることはこの上ない。
空高くそびえたつ木々に護られたこの森の中で、絶え間なく動き続ける生命の清らかなハーモニーが奏でられているのだ。
しかし、私の胸の内には、ざわざわと不協和音が鳴っていた。
やたらと既視感を与えてくるこの風景に。
さらに新しいものが目に飛び込んでくる。
近づいてみれば、それは社だった。
今までそれに気づかなかったのは、取り壊され、変わり果てた姿をしていたから。
それでも、ひとたびそれに気づくと、ここがどこなのかすぐにわかった。
わかった上で――信じられなかった。
そんな時。さっきまで私のいた場所に、丁寧に折り畳まれた手紙があると気づく。
何かを感じ、私は大急ぎで開く。
果たしてそれは、リン様からの書き置きであった。古語で書かれたそれを、ゆっくりと読む。
神々の掟において、下界で力を全て解放することは、一番の禁忌とされている。リン様は、魔王との戦いに決着をつけて間もなく、神としての地位を追放されたのだという。
初めにそれを告げられて、私は愕然とした。だったらそう言ってくれたらよかったのに……。それを言われたら、きっと私は猛反対しただろう。それでも彼女は、どうしてもあの術を使いたかったのか。そうまでして、人間を救いたかったのか。私が離れたら死んでしまう、と言っておきながら、あの子の方が先に私の前から姿を消すなんて。
「リン様の……自分勝手……!」
途端に、涙が溢れてくる。久しぶりの感覚だった。寂しさと悲しさと悔しさが胸に込み上げてきて、けれど我が身を顧みることもせず私たちのために一緒に戦ってくれた感謝が邪魔して怒りきれない。
彼女の手紙には、まだ続きがあった。それは、さっきまでの私の疑問に答えてくれていた。
ここは、日本の――リン様と私が初めて出会った、あの神社の境内である。魔王が消滅し、ユーリが【テレポート】を発動させたその時、時空の歪みが生じた。それはちょうど、あの始まりの日、私が結界のお札に触れたときに生じたのと同じようなもの。その結果、私は日本に戻ってきたのだ。服装などはそのままで。
私が、そこまで読み終わったとき。
「あっ……ハルカ!!」
私の名を呼ぶ声に振り向くと、森と外とをつなげる小径に、少女が立っていた。
一瞬、誰か分からなかったが、よく見るうち、日本で仲の良かった友達だと気づいた。
「ハルカ、ハルカっ……あうう、よかった……」
「え……えっと……?」
駆け寄り、泣きじゃくりながら私に抱きついてきた彼女の様子に、再び私は困惑することとなる。
落ち着いてから話を聞く。どうやら、私があの世界でおよそ3年を過ごしているうちに、日本では1週間ほどの時間が流れていたらしい。その間、私は姿を消していたというわけだ。
そして、彼女は、この街の住民でこの神社の存在を知っている、私以外では唯一の人間。そのため、私が姿を消す直前、神社に足を運んだのだと証言した。
そんなわけで、私の失踪は「神隠し事件」として街中を騒がせていたのだそうだ。
……まあ、あながち間違いではないか。
神社は老朽化を理由として取り壊され、それからほどなく私が見つかった。装いを変え、ショートボブだった髪を腰まで伸ばし、顔つきも3年分だけ大人になって。そんなわけで、「神隠し事件」はいよいよ真実味を帯びた。……私が、ライトノベルかゲームみたいな冒険を語っても信じてもらえないだろうと口をつぐんでいたのもまた、それを助長したようだけれど。
こんな状況では、家族にはもっとたくさんの心配をかけたはず。彼らには本当のことを全て話そう。この1週間――私にとっては3年間、どんなひとたちと出会って、どんな戦いをしてきたのか。
ああ、こんな突然に戻ってくるなんて。大好きなユーリとも、戦友たちとも、リン様とも離れ離れになってしまうなんて。
巫女装束はそのままだ。それから、身体に魔力回路が残っているのか何なのか、なぜか簡単な光魔法なら繰り出せる。……イタい人に見えるので人前では使わないが、こっそり怪我を治すのには使える。彼らに会えないなら、せめてこういうちょっとしたことを、あの世界に私がいたことの証にしようとした。
それでもやっぱり――寂しい。
これにて、第三章が完結いたしました。ハルカは無事に日本に帰還し、次はエピローグ……つまり、物語の終わりです……!!





