第104話 燃える小径
「わしはこの街の役人じゃ。お前さんたちから、人間の魔力を微弱に感じるのだが、何か隠していないかね?」
聞こえたのは、そんな、絶望的ともいえるしゃがれ声。
『逃げよう。流石にあれを倒すのはまずい。だが、そうだな……よし、透明化魔法で雲隠れしながら縮地で駆け抜ける。みんな、準備はいいか?』
『はいっ!』
3、2、1と密かに合図した後、全員の姿が透明になった。それと同時に身を翻し、全速力で役人と逆方向へと走り出す。テレパシーで伝えられるのは言葉だけではない。視覚イメージのようなものもぼんやりながら共有できるらしく、そのお陰で私たちははぐれずに済んだ。
『……! みんな、あの石を踏むんだ、いくぞ!』
『えっ?!』
『了解!』
ユーリの指示に従い、私たちは緑色の石に飛び込む。
次の瞬間、視界はぐにゃりと曲がり――
『……はあ、成功したようだな』
『……ここ、どこ?』
――どうやら、ワープの石は私たちにも有効だったらしい。
さっきまでとは明らかに違う風景が広がっていた。肩で息をしながらあたりを見渡す。透明化は解除され、魔族の姿とはいえいつも通りの私たちが、真っ黒でゴツゴツとした岩肌の上に立っていた。ところどころ、鮮やかな橙色の灯火がチロチロと燃えている。
『火山?』
『ああ。この火山の上に魔王城が立っている。ここは城下町の反対側。あの道を通っていけば、裏門に繋がる』
『わあ……一気に近づいたね!』
『そうだな。だが、もうそろそろ夕方だ。一旦引き上げよう――【テレポート】』
☆
セレーナも合流し、私たち6人で火山の麓を歩く。
ぐるりと回って、魔王城へと向かうのだ。
『熱がすごいね……』
ここは魔族がほとんどいない。裏山のような場所だから当然だ。けれど、万一のことを考え、ここでもテレパシーで会話する。
『お姉ちゃん、私たちの技、使えるんじゃない?』
『そうね、やってみよっか』
セレーナも、テレパシーは習得済みである。そして、何やらスキルを使うらしい。
「「風の精霊、ニンフよ。我らの力をしてひとつならしめ、確固たる風の防壁をなせ!」」
姉妹ゆえか、息ぴったりに声が揃って美しいハーモニーを奏でる。
その響きが鈴のように辺りの空間を震わせた、次の瞬間。
ふたりを中心として、ぶわりと風が起こる――いや、爆ぜるといった方が良いかもしれない。その風は、やがてつむじ風のように回り、私たち6人を取り巻いた。
汗をかいていたのもあって、風に撫でられるとひんやりと心地いい。
同時に、途端に呼吸が楽になる。さっきまでの重苦しい熱気が刷新されたような、そんな気がした。
前にユーリが指し示した小径を一歩一歩進んでいく。私たちが歩くと、それに合わせて風の防壁も動いてくれる。
いびつで真っ黒な岩の広がる景色。人ひとり歩けるかどうかの幅だけならされている。時折微かな地鳴りに驚かされて顔をあげれば、山の上の方から微かに煙が立ち上るのが見えた。
『万が一、大噴火が起こったとしても、俺らの力なら食い止められるだろうから問題ない』
そうユーリが言っていた。ちなみに根拠はない。噴火が起こらないことを祈るばかりである。
道の脇にはいつも炎が揺らめいていて、進む道を照らしていた。周りの岩肌が黒いから、紅く煌めく火はどんなに小さくとも私たちの目を射るほどに鋭く思われた。
さらに先に進む。しかし、この頃には既に……
「はぁ、はぁ、疲れた……」
「何言ってるのよ。冒険者でしょ?」
「そうだけど! あたしたちは後衛になることが多いし、普段あんまり体力使わないの!!」
「私は平気だよー!」
「ミーシャはそうでしょうね」
……ステラもセレーナも、息も絶え絶えといった様子で歩みを進めている。なお私は言うまでもなく、体力の限界など、とうの昔に超えている。ちなみに、この火山に来てから今まで一切誰にも出会わなかったので、もはや地声で会話しているし、変身も解いている。
「魔王城の近くなのに誰も居ないって変じゃない?」
「おそらく、門番がよほど優秀なんだろう。それか、強力な罠が存在するか……」
ユーリがそんな推測を口にした時だった。
「なるほど、これか」
私たちが進んでいた道を、黄金色の筋が横切っていた。
それは、地割れと呼ぶべきか、河と呼ぶべきか。おそらくは溶岩の流れだろう。火の粉を猛く奮い立たせながら、ごうごうと紅蓮の炎が、激しく、しかし重々しく、その深く広い溝を流れているのだ。そのせいで、行く道はすっかり断ち切られている。
城壁からは遠いけれど、堀のようなものだろうか。この河がこの城への侵入者を阻んでいるのならば、警備の魔族が少ないのも頷ける。
どうしようか、と皆んなが足踏みしていた、その時だった。
「グオオオオッ」
「……は?」
「わぁっ、かわいい!」
目を輝かせるミーシャを除けば、突然の状況に全員が呆然とする。
そこには、龍がいた。
さっき見た溶岩の流れは、ひょっとするとこの覇者の拍動だったのかもしれない。全く同じような、ギラギラと妖しく輝く火の鱗をその身に纏った龍が、突如として私たちの目の前に躍り上がったのである。
「ど、どうする?」
「おそらく……倒すしか、ないだろうな」
半ば苦々しくいった後、ユーリは敵の様子を観察する。
「……だが、やっぱり本当に強いやつはこんなところには居ない。城から離れたところで番犬として吠えてるあたり、こいつは雑魚だろう。……あれは、フランマ・グレート・ドラークだ」
その名を聞き、私はハッとする。
「フランマ・ドラーク……」
「ああ。2年前、ハルカが単独で倒したやつと同じだ。……尤も、こちらの方が成熟しているがな」
全ての始まりとなった、あの戦い。
今でも、忘れはしない。
「これを倒せば――あの時のように、新たな道が拓けるのかな」
そう呟いた私は、いくらか残虐な顔つきをしていたかもしれない。目の前の敵をあやめるということに、未だかつてないほどの希望と高揚感を抱いていたから。
相手は火属性の魔物。だから我らは水で攻めれば良い。
私は、【精霊の加護】によってメンバーに水の精霊を宿しながら、【神楽舞】を踊ってみんなに魔力を与える――ふたつのスキルの相乗効果によって、与えるというより流し込むという方が適切なほどの魔力を供給できる。
ステラとセレーナはニンフを自由自在に使役して、風の防壁に厚い水を付与する。
ミーシャは剣先に、ソフィアは矛先に鋭い水流を纏わせる。
「そいっ!」
「はっ」
彼女たちは最前線で戦う。何よりも硬いと言われる龍の鱗。しかし所詮は亜種。彼女たちの水の刃は、そのくねる身体に突き立てられるたびに確かな傷をつけていく。
「――っ」
ユーリは水魔法を展開する。氷魔法と近しいから、水属性もまた彼の得意分野だ。無言、しかし彼の周りには既に縹色の光。輝く筋は美しい術式を描いている。そう、無詠唱魔法だ。
黒と赤に支配されたかに見えた空間を、突如強大な青が埋め尽くす。冷たく透きとおる力が、緋色の覇者を中心として膨れ上がる。
6人の能力がひとつに合わさったとき。
グレート・ドラークなど、敵ではなかった。
インファント・ドラゴンに手を焼かされた、あの頃の私たちではない。
ものの数分で、燃え盛る龍は霧散したのだった。
「……ふう」
道を塞いでいた溶岩の河は影ばかりとなった。越えれば道がひらけるかと思いきや、突如視界が紫色に染まる。
さっきの魔物の魔力だろうか。そう思って祓い串を取り出し、浄化を試みるも、意味がないことに気づいた。
道を行けば行くほどに、この紫色が濃くなっていたから。
「そっか……これは」
ふと呟いた。きっと、みんな、口に出さないばかりで心の内ではわかっているだろう。
この靄は、魔王の魔力。
いよいよ、その玉座も近い。





