第102話 異国のみち
お久しぶりです。私のもとにも夏休みがやってまいりました。
ほのぼのした(?)街歩きのシーンから、再開いたします。
道を進むに従って、景色は色を帯びていった。
カラー写真の刷り方を、日本の美術か何かの教科書で見たことがある。黄色、赤、青、そして最後に黒のインク。色の三原色と、光を失った点を、順番に紙の上へと乗せていく。ただ淡い濃淡だけだった画面は、やがて鮮やかに、華やかに変わり、そうして最後の黒が景色の縁とコントラストを与えるとき、一気に輝きを放つ。
ちょうどそんな感じだ。
朝日に照らされ、黄金色の濃淡しかない世界。私たちのパーティに目を向ければ、ミーシャの金髪がギラリと光っていた。そこから、ふわりと橙色の霧に包まれ、薄紅色の視界になると、今度は私のローブが浮かび上がって見える。かと思えば、青の景色。ユーリのローブが……いや、彼の繊細な髪と、彼の透き通るような碧眼と、彼の――ああ、青の光だけが取り残されたこの空間では、ユーリの存在感が際立つ。桃色のローブに紅白の巫女装束を隠している私などは、ほとんど灰色なのに。
光の三原色ではなくて染料の三原色なのはちょっと不思議だけれど、とにかくそんなふうに、ひとつの色だけを抽出したような街並みを歩いていた。
その道中で――
「ふんっ」
「愚かな奴。飛んで火に入る夏の虫ね」
さっきの冒険者ギルドと同様、血気盛んな若魔族がソフィアの背後を取ろうとすると、彼女は振り返りもせずにその槍で首を刎ねてしまった。あたりに灰色の靄が生まれるので、私は小さく祓い串を振って浄化する。
「そいっ!」
「ぐああっ」
「あはっ、やっぱり魔族殺しは楽しいね! 雑魚な魔物とは違う!」
ミーシャは、淡く微量な狂気をも滲ませた笑みを浮かべながら魔族を屠る。
「……――」
ユーリはといえば、視界に認められる限りの魔族たちを一気に氷漬けにしていた。彼は無詠唱魔法を使いこなせるので氷魔法の発動に声を発しないし、魔族はといえば悲鳴を発する暇もなく息絶えてしまっている。一番静かに、一番多く倒しているかもしれない。さすがは彼だ。
「おいっ、なんかやべえのがいるぜ!」
「……うわっ、まずい」
……前言撤回。魔力の質で怪しまれたり目立ったりしては困るから魔法を使うときは用心せよ、と言ったのはどこの口だったか。
さらに、彼の慌て方を見て、私は瞬時に察知し、扇を取り出す。
【神楽舞】を発動したのだ。
次の瞬間、新しくやってきた物好きの魔族は、またもや氷の屍を重ねることとなった。
「ハルカ、助かった。ありがとうな」
「よかった!」
若い魔族が追い討ちでやってきたところで、彼の敵ではないだろう。それなのに、彼は珍しいほどに狼狽えていた。魔力切れかもしれないと思って【神楽舞】を使ったのだが……どうやら、その判断は正しかったらしい。
「ねー、あたしも貢献したんだけど」
「え? ……本当だ。ありがとう」
ステラも、【精霊使役】によって周りに風の防壁を作り、時間稼ぎをしてくれていたらしい。
ひと段落ついたので、私はまた、祓い串をゆらゆらと振るって簡単な浄化を行う。
そうして、メンバー全員、また歩き始める。
こんな風に、私たちは、先へ先へと進みながら、すれ違った魔族を手当たり次第に倒していく、ということを繰り返して、標識が城下町を指し示す方向へと行動範囲を広げていったのだ。
始まりの森の灰色の草むらは、砂利道になり、やがて石畳へと変わっていった。所狭しと生い茂ってカラカラと乾いた音を立てていた木々は、いつしか人間界で見かけるような建物になっていた。
そうして、モノトーンの視界は、二色刷りの写真のようになった。青と赤、赤と黄色、黄色と青……。パステルカラーとも言うべき淡い色彩だったのは、ゆっくりと、ゆっくりと、鮮やかさを増していく。
「なんかさー、ここの景色、これはこれでいいよね!」
「ほんとにね! なんだか、アートの中にいるみたい」
「ね! あたしたちの住んでるとこ、こういうのないしね……」
本当に、芸術のテーマパークというか、体験型の画廊というか。そんな、日本でも数少ないような観光地の、ガイドブックやテレビの中だけの知識が思い出される。ヨーロッパには、街ぐるみでそういう彩りに満ちた場所もあると聞くし――
「なんて言うかさ、エキゾチックって感じだよね!」
「わかる! ……ってか、魔国は異国なんだから当たり前か」
「そうだけどさー、グローリアとかセクリアとか、ヴァイリアとそんな文化違わないもん! 同じ人間界で陸続きなのもあると思うけど」
「……それって、ヴィレム王が支配したからとかじゃないの……?」
「あっ……それあるかもね。まあどっちみち、なんかここって新鮮!」
「だよね!」
どこか可愛らしいこの街並みに、私とステラのガールズトークが弾む。
ここに、あの血気盛んで、力に貪欲で、底知れず冷酷な種族……魔族たちが住んでいるなんて、とても考えられない。
だが、パステルカラーだった景色は、さらに鮮やかになる。鮮やかさはやがて勢いを増し、始まりの森の不気味な静けさからは想像もつかないほどだ。
ビビッドカラーに埋め尽くされた街。それは、もはや、視覚的にうるさいと思うほど。可愛らしいなんてものではなくなっていた。ぎらぎらと目を焼くほどの鮮烈さ。どこに目線を向けても残像が残る。しかもどこのデザインも、補色が隣り合わせになっているから、見ているだけでクラクラしてくる。
「さっきぐらいのがちょうどよかったよね……」
「ま、まあね……」
そして、この空間がこれほどまで色を抱いているということは。
「ああもう、鬱陶しいわね!」
「そう? 私は楽しいな!」
「……貴女は相変わらずね……」
「ニンフの風の防壁作ったらちょっとは楽になる?」
「助かるわ!」
この頃には、あのソフィアさえイライラするほど、魔族からの攻撃頻度が増えていた。ここは、それほどに往来の多い道。つまり、王都が近いのだ。
「いや、そろそろ、成熟した魔族の割合が増えてくる頃かもしれない。たとえ魔族の軍隊を相手にできるほど俺らが強いとしても、そういうことは避けたいし……しばらく、身を隠すほうに徹した方がいいと思う」
「了解。だけど、身を隠せる場所なんてあるの?」
「……一応、緊急時には透明化魔法があるんだが……魔力消費が激しいから、あまり使いたくないんだよな」
「だったら、まあ、人混み……じゃないや、魔族混み? を避けとけばなんとかなる……かな?」
「そうなるかな。……いや待てっ。あれは!」
ユーリが、何かに気づいたらしい。彼の目線の先を追う。
すると。
『イヴルス王都』
赤と緑というなんとも毒々しいデザインで、そう刻まれた門が、そこにあった。
「おお……いよいよだね!」
「ああ。この先は、なるべく声を出さないようにしながら、魔族の多くいる場所を避けて移動しよう」
「了解!」
「標識に従えば王城に辿り着くだろうが、対人間の罠も増えるかもしれない……今までよりも、慎重に」
「はいっ」
今までよりも慎重に。そう言って、門をくぐり王都に足を踏み入れて間もなく、であった――
「えっ」
「きゃあっ」
――私たちの身体が突如ふわりと浮かび上がり、宙へと吸い込まれていったのは。





