第89話.たくさんの知らないこと
エリオットとユニ。
意外な組み合わせに、ルイゼは【もふもふ君】の点検を続けつつも、ちらちらと視線を送ってしまう。
子どものような背丈のユニは、壁際に寄りかかってふんぞり返るようにしながら、隣のエリオットに何やら話しかけていて……。
エリオットも渋面ながら、年上のユニにはあまり強く出られないのか、小さく顎を引いている様子が見て取れた。
(き、気になる……!)
そもそも、ユニは大の貴族嫌いで有名な人なのだ。
伯爵家の娘であるルイゼも、話せるようになるまでだいぶ苦労した。それが子爵家のエリオットと二人きりで話しているとなると、気にならないはずがない。
そうしてルイゼが密かに悶々としていると、話が終わったのか、ユニがこちらに近づいてきた。
ルイゼはさりげなさを装いつつ訊いてみる。
「ユニ先輩。エニマ様と、なんのお話をしていらっしゃったんですか?」
「あ? 何って、お前の話だけど」
「……私の話?」
(どういうこと?)
ルイゼがぱちくりと瞬きをすると、ユニはあっさりと教えてくれた。
「レコットはすげぇ優秀で、この研究所の人間はみんなお前を認めてるって話」
「えっ……」
「指示も交渉も全課の連携も、ここまで円滑に進行してるのはレコットの功績だろって。まぁ、言われなくても一応分かってる様子だったけどなー」
お世辞を一切言わない人だと分かっているので、直球の褒め言葉が面映ゆい。
「ここで働き始めて長いけど、正直……こんなに魔道具祭の準備が楽しいのって初めてなんだ」
ルイゼが黙っていると、ユニがこほんと咳払いをした。
「……ゼッタイ成功させような、レコット」
「ユニ先輩……」
感激のあまりルイゼが目を潤ませると、ユニは照れたように頭を掻いた。
「じゃ、仕事に戻るわ。お前もほどほどに休めよ」
「はい、ありがとうございます」
目玉魔道具の製作に当たっては、ユニはなくてはならない人物である。
ルイゼが深く頭を下げると、ユニは歯を見せて笑いながら研究室に入っていった。
その小さな背中を見送ってから――ルイゼは、【もふもふ君】の間をすり抜けて、エリオットの元へと辿り着く。
思った通り……近くで見るとやはり、エリオットの顔色はどこか悪かった。
「エニマ様、お疲れではありませんか?」
「……は」
ルイゼに気遣われるとは思っていなかったのか。
一瞬、エリオットは虚を衝かれたような顔をしてから、思いきり苦虫を噛み潰したような表情をしてみせた。
「……あなたのほうでしょう、それは」
舌打ちでもせんばかりに言い返され、ルイゼは苦笑した。
と、エリオットが続けざまに言う。
「前々から思ってたけど……あたしに親切に接すれば、例の件の許可が出ると思ってるの? だとしたらずいぶんと甘く見られたものね」
(……え? どういう意味かしら?)
ルイゼは脳を必死に回転させ、エリオットの言葉の意味を考えた。
そうして――その意味するところに気がついた。
「……すみません。そういったことは、まったく考えていませんでした……」
「……え?」
「下心ありきのほうがまだ分かりやすかったですよね」
(こういうところが、リーナに『嫌い』って言われる理由かしら……)
悄然としていると、エリオットは得体の知れないものを見るようにルイゼをしげしげと眺めてから盛大な溜め息を吐いた。
「…………毒気を抜かれたわ」
「す、すみません」
「別に謝るようなことじゃないけど」
ぼやくように「調子崩される」と呟いて、エリオットが天井を仰ぎ見る。
なんとなくルイゼも、先ほどのユニのように……壁際に寄りかかり、しばらくそんなエリオットの隣に居た。
(エニマ様のことを、訊いてみたい)
パーティーで会ったマシューの話を思い出す。
売春婦の子であるが故に、エニマ子爵家では義理の母からの虐めに遭っていたというエリオット。
それが真実なのかどうかは分からないし、部外者であるルイゼが口出しするようなことではないが。
エリオットは風を切って、いつも凛として前を向いているような女性だから。
(魔法省では普段、どんな仕事をされているのかしら。父と話したことがあったりするのかしら。風魔法についても訊いてみたい。どうして魔道具が嫌いなのか、とかも……)
頭の中をぐるぐると問いが巡るが、口には出せなくて。
そのあたりを動き回る【もふもふ君】たちを見るとはなしに見ていると、エリオットがふと口を開いた。
「……ねぇ。訊きたいことがあるんだけど」
まさかエリオットから問い掛けられるとは思わず、驚きながらルイゼが隣を見ると。
「どうしてそうやって、能天気で居られるの?」
エリオットは――ひどく冷たい目で、ルイゼのことを見下ろしていた。
「そんな風に見えますか?」
「見えるわ」
だって、とエリオットが言い放つ。
「あなたがこうしてるときに、父親や妹が死んでるかもしれないのに」
「――――、」
呼吸が、止まる。
胸に、冷たく細いナイフを差し込まれたような。
そんな感覚に息が詰まる。
思わず胸を押さえるが、それが取り出せるわけもなくて。
(お父様……、リーナ……)
ルイゼは眉間に皺を寄せ、ぎゅっと強く目を閉じる。
片時たりとも、忘れたことなどない。
二人は今、辺境の地で、暗黒魔法の解明のために力を尽くしているとルイゼは知っている。
ルキウスやイザックから報告を受けたわけではない。より正しく言うなら、信じているのだ。
黙り込むルイゼに、はっと我に返ったようにエリオットが向き合った。
「……ごめんなさい。あたしが言うようなことじゃなかった」
「……いいえ」
ルイゼは首を横に振り、正面からエリオットのことを見つめた。
戸惑いと、僅かな罪悪感の浮かんだ双眸。その瞳に映る自分自身は、笑おうとしても張り詰めた表情をしていた。
「仰る通りだと思います。父も、妹も、いつまで命が保つか分かりません」
ハリーソンは『お前はもうすぐ死ぬんだよ』とリーナに言った。
嘘を吐いている様子ではなかった。彼の言葉が本当なら、リーナはこの先、いつ死んでもおかしくはないということになる。
(それでもリーナは、限られた時間を……暗黒魔法の追究のために、使ってくれている)
ルイゼも、リーナの思いに応えたいと思う。
彼女や、暗黒魔法に苦しむ人々を救いたいと、心の底から思うのだ。
だからこそ。
「正解は分かりません。でも、目の前のことを投げ出したくはないんです」
(それに実は……暗黒魔法については、独自に研究は続けています……)
というのは無論、口には出さない。
魔法省に注意される前からのことなので、エリオットとの約束事には抵触しない――というのが、それを知るルキウスの言い分である。
ルイゼも研究の手を止めるわけにはいかないので、エリオットには申し訳ないが、その事実をこの場で明かすことは出来ないのだが。
「……あたし、どうかしてるわね」
「エニマ様?」
するとエリオットが、顔を片腕で覆って小さく呟いた。
不思議に思って呼びかけると、その体勢のままエリオットが窮屈そうに言う。
「……明日だけ、休みをもらうことにする。あなたも休暇を取りなさい」
「私も、ですか?」
「さっき、少し足元がふらついてた。大方、家に帰ってからも魔道具祭の準備に明け暮れてるんじゃないの?」
(うっ)
言い当てられ、ぎくりとするルイゼ。
エリオットはそれを、複雑そうな顔つきで一瞥したのだった。
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