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【5巻発売中】婚約破棄された替え玉令嬢、初恋の年上王子に溺愛される【コミック2巻発売中】  作者: 榛名丼
第一部.初恋との再会

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第57話.嗤われるリーナ

 


(本当にこの女は、間抜けだな)


 たった今。

 リーナの後頭部を眺めながら、ハリーソン・フォルはそんなことを考えていた。


 リーナ・レコットが現れたと配下から報告を受けたのは、ほんの数分前のことだ。

 いつもの豪奢なだけで品の無いドレスと違い、リーナは簡素なワンピースを着ていた。地下から着の身着のまま逃げ出してきたようだった。


 その後、地上では少し騒ぎがあった。

 だが面白い見世物もすぐに終わった。

 ハリーソンとしては、しばらく眺めていたかったのだが……現状、そんな暇がないのも事実だった。



「……それにしても、似てるな」



 先ほどのことを思い返しながら、ハリーソンがぽつりと呟くと。

「はあ?」と素っ頓狂な声を上げたリーナが振り返り、目じりを吊り上げる。


「ああ――アンタ、前にもルイゼに会ったんだったわね。ルキウスが言ってたわ」


(やっぱりあれは、ルキウス・アルヴェインの手の者だったか)


 ハリーソンは思わず苦い顔をした。

 リーナだと誤解し、同じ顔の少女に迫ったとき……突然、身体に風魔法を叩きつけられたことがあったのだ。


 慌てて逃げ出したが、あれは恐らく、ルイゼとその護衛だったのだろう。


(あのときの女が、本物のルイゼ・レコット)


 いま思い返してみれば。

 どこか儚げな、たおやかな雰囲気を持つ少女だった。


 魔法学院では同級生ではあったが、ハリーソンはルイゼと個人的な関わりを持ったことはない。

 公爵家の子息であり、魔法学院学長の息子でもあるハリーソンには、"無能令嬢"と嘲笑われるルイゼとの接点など無かったからだ。


(実の家族に目の敵にされ、周囲からも笑いものにされ……なんとも不憫な女だ)


 そんなことを思いながら、ルイゼの姿を思い浮かべる。

 ハリーソンが触れるたびに身体を震わせ、目線を逸らして怯えていた――嗜虐心をそそる表情を思い出して舌なめずりをする。


「愛らしい顔をしているし、体つきもそれなりだ。どうせなら僕の女にしてやっても良かった」

「……趣味が悪いわね」

「リーナ。あれは君と同じ顔をした姉だろう?」

「……ちょっと! わたくしのことはルイゼと呼んでと言ったでしょうっ?」

「いいだろ、今は僕らの他には誰も聞いてない。いつものように街中じゃないんだから」


 ますますリーナは不機嫌そうになった。

 その顔を見て、ハリーソンは嫌な予感を覚える。


 長い付き合いなのだ。その予感は当たっていたこともすぐに証明された。




「――そもそも何で、とっとと迎えに来なかったのよ?!」




(……またいつもの発作か)


 リーナが癇癪持ちであるのには慣れているが、うざったいことに変わりはない。

 溜め息を隠して、ハリーソンは困ったような薄笑いを浮かべてみせる。


「このわたくしが、地下なんかに捕らえられていたのよっ!? 才女であるこのリーナ・レコットがっ!」

「ごめん。でも知らなかったんだよ」

「知らなかったで済む問題じゃないわ!!」


 きぃきぃと耳障りに喚くリーナに、「ごめんごめん」とハリーソンは形ばかりの謝罪をする。


 実際は、その言葉は嘘だ。

 ハリーソンは歴とした公爵家の人間だ。本気になれば、王宮内部の情報にだって手が届く。

 リーナが東宮に拘束されていたのも知っている。そしてそのとき、所持していた魔道具を押収されていることも。


(本当に、馬鹿な真似をしてくれた)


 おかげで父は激怒し、ハリーソンが宥めようとしても手がつけられない状態になった。

 それもそのはずだ。あのルキウス・アルヴェインを敵に回して脳天気でいられる人間など居ない。


 居るとするなら、それはルキウスを超える天才かただの馬鹿だ。

 そしてリーナの場合は間違いなく後者に該当する。


(御しやすいのは助かるが――ここまで愚かだと、引き入れたのは間違いだったのかと思えてくる)


「……ルキウス・アルヴェインに、魔道具も奪われたんだよな」


 低い声で呟くと、さすがのリーナもぎくりとしたようだった。


「……だ、大丈夫よ! ちゃんと取り返してきたんだから」


 リーナが胸元から取り出してみせる壊れた魔道具を、ハリーソンは冷めた目で見遣る。


「ルキウスも抜けてるわよね。地下の独房の傍の棚に、無造作に置いてあったのよ。うふっ、このわたくしに取り返されるとも知らないでね!」

「…………」


 それで汚名を返上したつもりなのだろうか。

 リーナに聞こえないよう、ハリーソンは溜め息を吐く。


(今さら取り返しても何の意味もない。とっくに、分析され尽くしただろ)


 ルキウスは稀代の天才だ。

 魔道具に関連する分野では、もはや右に出る者は居ないとさえ言われる。

 リーナが地下に捕らえられて今日で七日目だった。

 これほどの時間があれば、魔道具の秘密はすべて露見したと見るのが普通だ。


(知られたところで、全てが終わるわけじゃないが)


 暗い道を歩いている内に奥の部屋まで辿り着いた。

 ハリーソンは壁に背を預ける。忙しく動き回るフードを被った作業員たちの姿を、リーナは欠伸をしながら眺めていた。


 本来ならここではある魔道具の製造を行っているのだが、今日の作業はそれを急いで片づけることだけだ。

 乾燥したシロツメクサを梱包材として使い、魔道具を丁寧に箱の中に仕舞っていく。

 これが活躍するのは、まだ少し先のことだ。それまでは大切に保管しなければならない。


 手持ち無沙汰になったリーナが、髪の先をくるくると指に引っかけながら「これからどうするのよ?」と訊いてくる。


「しばらく身を隠す。目的を達成した以上、ここに長居する理由はないからな」

「……そうよね。十年も、わたくしだって協力してきたんだし」


 十年。

 そうだ。人生の半分以上の時間を費やして、ようやくここまで来たのだ。


「……そうだな」


 リーナは「うふふ!」と声を出して笑う。


「ああ、本当に傑作だわ! 公爵の言うとおりにしたら、本当にお父様はわたくしの操り人形みたいになっちゃうし……ルイゼのことも大嫌いになってくれたんだもの!」

「お前、本当に姉のことが嫌いなんだな」

「当たり前じゃない! だからわたくし、とびっきりの"魔法"を授けてくれた公爵には感謝しているのよ。もちろんあなたにもね、ハリーソン」


 リーナが熱を帯びた瞳でハリーソンを見上げてくる。


「学院でも、あなたはわたくしに手を貸してくれたわ」

「僕というよりは、父の手が回った教師たちだろう?」

「それも含んで、あなたのおかげって言ってあげてるの」


 ハリーソンはリーナの腰を抱こうとした。

 だがその前に、リーナが胸を張って言う。


「でもここを出てどこに行くっていうの? 王都は流行最先端の街よ。まさか田舎町にでも隠れるわけじゃないわよね? わたくし、そんなのウンザリなんだから!」


 ……思わず噴き出しそうになって。

 口元を必死に覆いながらハリーソンは答えた。


「そうだな……父にも言っておくよ。お前が気に入るような場所に行こうって」


(相変わらず、お前は間抜けだよリーナ)


 手のひらの下で、滑らかに口端を吊り上げる。


 既に用無しとも知らず、のこのこと自ら火の中に入ってきた。



(これから――この僕に殺されるとも知らないで)




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替え玉令嬢C2

【完全書き下ろしノベル最終5巻】12月15日発売!(電子限定配信)

替え玉令嬢5カバー
― 新着の感想 ―
[気になる点] とても面白く集中して読ませて戴いてます。 ただ少し気になるのが、第47話で、 「 ――ここでいったい何日を過ごしただろうか。  陽光の射し込まない地下では、時間の経過がよく分からない。…
[一言] すごくすごく面白くて、ここまで一気に読んできました。 続きを楽しみにしております。
[良い点] 最初は姉の評価を盗んだ上げ底令嬢と思っていたら、 自身の本来の能力も周囲の評価も理解できない底抜け令嬢として振る舞い、 しかし過去編では子供とは思えない狡猾さと残酷さを備えた悪辣令嬢ぶりを…
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