表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【5巻発売中】婚約破棄された替え玉令嬢、初恋の年上王子に溺愛される【コミック2巻発売中】  作者: 榛名丼
第一部.初恋との再会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/158

第56話.与える罰

 


「……それからのことは、ルイゼお嬢様もご存知の通りです」


 頬を流れ続ける涙をハンカチで拭いながら、涙声でケイトが呟く。


「謝ったところで、許されることとは思いません。ですが……本当に、申し訳ございませんでした」


 話を聞き終えたルイゼはしばらく黙っていたが、やがてケイトに訊いた。


「弟さんの病は無事に治ったの?」

「……は、はい。ルイゼお嬢様と同い年でしたから……今は十六歳で、気難しい時期ですが元気にしています」

「そう。……それなら良かった」

「ルイゼお嬢様!」


 ケイトが悲鳴を上げるように叫んだ。


「私は許されないことをしました。たった六歳の女の子だったあなたを追い詰め、苦しめて、挙げ句の果てに――お金だけをもらってあの屋敷から出て行きました!」


 泣き叫ぶような声が、ルイゼの鼓膜を打つ。

 それを、ただ黙ってルイゼは聞き続けた。


「いつか、あなたに罰される覚悟をしていました。でも、でも、いざあなたの顔を見たら……思わず逃げ出してしまった。怖くなって逃げ出したんです!」

「お前はルイゼからの罰が欲しいのか?」


 初めて言葉を発したルキウスを、ケイトが驚いたように見遣る。

 王都から遠く離れた町に、さすがに王族が居るとは思わなかったのだろう。

 ルイゼ付きの護衛か何かだと認識したらしく、ケイトは躊躇いがちながら顎を引いた。


「……そうです。私のような汚れた人間は、罰されるべきです」

「罰…………」


 ルイゼは胸に当てた手を拳の形に握り締める。


(……恐ろしい言葉)


 もしもレコット家と――リーナや、ルイゼと関わらなければ。

 ケイトだってこんな目には遭わなかっただろう。彼女は家族を想う気持ちを利用されただけに過ぎない。


 だからルイゼはただ、首を横に振ろうとした。

 だが、寸前でそれを思いとどまる。



(……それなら)



「それなら、一つだけ」

「……何なりと、お申し付けください」

「私に手紙を書いて」


 ケイトが唖然とした顔をしていた。隣のルキウスも、ルイゼのことを見つめている。

 ルイゼはルキウスに頷くようにしてから、ケイトに視線を動かした。


「きっとケイトは、私のことを……レコット家のことを思い出すだけで辛いでしょう。でも、私に手紙を書いて。私はそれにお返事を書くから、また手紙を書いてほしい。それがあなたへの罰よ」

「ルイゼお嬢様、それは……」

「あなたが死ぬまで続く罰よ。どんなに苦しくても、私に手紙を書き続けて」


 ケイトは俯きがちになり、しばらく沈黙する。

 ルイゼはただ、彼女の返事を待った。


 森から吹いてくる風はどこまでも涼やかだ。

 小鳥の囀る声が風に乗って聞こえてくる。

 やがてその声が止むと、ケイトが小さく口を開いた。



「……ルイゼお嬢様に伝えたい言葉は、あの頃からいくらでもありました」



 目が合うと、ケイトは泣き笑いのような表情を浮かべる。


「心からの謝罪と……それと、お礼です」

「お礼?」

「私の十歳の誕生日に、こっそりと砂糖菓子の包みを贈ってくださいましたね」


 そのときのことは、ルイゼも覚えていた。

 ケイトだけではなく、すべての使用人たちに、ルイゼは誕生日の贈り物をしている。


 あのときは確か、ミアに頼んで侍女の居室の、ケイトのベッドの上にラッピングした小箱を置いてもらったのだ。

 名前は書かなかった。リーナに知られれば、ケイトが何か言われるかもしれなかったからだ。


「ただの侍女見習いの、故郷の弟や妹たちの分まで。……ルイゼお嬢様のお気遣いが、本当に私は――涙が出るほど、嬉しかったんです」


 どうにか微笑んで。

 そんな風に呟いたケイトのことを、ルイゼは近づいて抱きしめた。


「…………っ」


 息を呑んだケイトの腕が、恐る恐ると……ルイゼの背中にも伸ばされる。


「ルイゼ、お嬢様……っ」


 嗚咽を漏らしながら、しがみついてくるケイト。

 ルイゼよりも身長は高かったが、彼女の身体はひどく細かった。

 

 小さい子供をあやすように、ルイゼはケイトの頭を何度も撫でた。


(…………話してくれて、ありがとう)


 とても、勇気が要ることだっただろう。

 家族を人質に取られ、罪の意識に怯えながら、それでもケイトは真実を教えてくれた。


 それからようやく、落ち着いてきたのか、ケイトが掠れた声で囁いた。


「……ルイゼお嬢様。ひとつ、お伺いしてもいいですか?」

「ええ。何かしら」


 少し身体を離して至近距離から覗き込むと、涙に光るケイトの目には、ルイゼへの――それ以上に、彼女がかつて仕えた家への心配と配慮が窺えた。


 そして最後に、彼女は言ったのだ。


「レコット伯爵は、未だリーナお嬢様の闇に囚われていらっしゃるのですか?」




 +++




「ルイゼ。あれは罰とは言わない」


 ケイトと別れ、カーシィ家の客館に戻る道中。


 はっきりと言うルキウスにルイゼは苦笑した。


「私はそうは思いません、ルキウス様」

「……君は他人にばかり甘すぎる」

「ルキウス様が私に甘すぎますから、ちょうどいい塩梅かもしれません」


 ルキウスはすっかり渋い顔をしている。

 しかし何を言っても、ルイゼは譲らないと彼も気づいているのだろう。


「ケイトのことを調べたと、ルキウス様は仰いましたよね。ケイトや、彼女の家族のことを教えていただけませんか?」


 ……ふう、とルキウスは息を吐いた。


「伯爵家から出た手当金と、それに恐らくはリーナ・レコットから支払われた報酬を手に、ケイト・クロムは約十年前に実家に戻っている。十分な量の薬を買い、その一年後には弟は自力で起き上がれるようになったそうだ」


 ルイゼは頷く。

 ケイト自身が言っていたことだ。薬のおかげで、彼女の弟は助かった。


「ケイト・クロムは、昨年までは家から一歩も出られなかったらしい」

「……!」

「そうして九年近く、家に籠もり続けたが……昨年、良縁に恵まれて結婚した。相手はロレンツの息子だ。彼女がテラスで話していた相手の中にも、ロレンツの娘が居た」

「……そうだったんですね」


 彼女の左手の薬指に光っていた指輪の輝きを、ルイゼは思い返す。


 十年間、ずっとケイトも苦しみ続けていたのだろう。

 嘆いて、後悔して、悪夢に怯えながら、いつか来るかも知れない裁きのときに震え……たったひとりで戦っていた。


 その結果、彼女が幸せを掴むことができたのならば、ルイゼは心からそれを祝福したい。



(それに、立場が逆だったら――私は、どうしていただろう)



 もしも母を治すことができると、誰かから交渉を持ちかけられたとしたら。


 他ならぬ家族のためならば……ルイゼはきっと、頷いてしまったはずだ。

 だから、恨むべきはケイトではない。


 ルイゼははっきりと口にした。



「私、リーナのことを許せません」



 立ち止まったルキウスを、ルイゼは見上げる。

 その煌めく瞳の中で、目の合った自分自身は、覚悟を決めた顔をしていた。


「だからどうか、教えてください。ルキウス様」

「…………」

「リーナのこと。それに父のことを。……私に、すべて教えてください」


 ルキウスが何かを言おうとする。

 しかしそのとき、彼の懐から何か小さな音が鳴った。


「……すまない。通信だ」


 ルイゼに断って【通信鏡】を取り出したルキウスが、「何だ」と短く呼びかける。

 そこから、イザックの声だけが聞こえた。



「リーナ・レコットが逃げ出した」





読んでいただきありがとうございます。


作者的にはいよいよここまで来た! という局面まで迫ってまいりました。

執筆の励みになりますので、ブクマやポイント評価などで応援いただけたら本当にうれしいです!


引き続き、よろしくお願い致します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載です→ チュートリアルで死ぬ令嬢はあきらめない! ~死ぬ気でがんばっていたら攻略対象たちに溺愛されていました~
短編を書きました→完璧超人シンデレラ
【コミック2巻】12月15日発売!

替え玉令嬢C2

【完全書き下ろしノベル最終5巻】12月15日発売!(電子限定配信)

替え玉令嬢5カバー
― 新着の感想 ―
[一言] 皆さんと遅れて、読んでいます。この段階での発見を、記すのも楽しいです。リーナは、闇の存在に魅入られて、闇魔法属性と共に、操られているのだと思いたい。本質は籠に囚われた幼子のままでいた、なんて…
[良い点] 一気に最新話まで読んじゃった 大事に読んでたのに... めちゃめちゃおもしろいです!
[一言] 更新お疲れ様です。主人公の落とし所良かったです。リーナの真相楽しみにしてます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ