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【5巻発売中】婚約破棄された替え玉令嬢、初恋の年上王子に溺愛される【コミック2巻発売中】  作者: 榛名丼
第一部.初恋との再会

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第47話.地下室のリーナ

 


 ルキウスの配下によって捕らえられたリーナは、閉じ込められた地下室で呆然と時を過ごしていた。



 たった一つの【光の洋燈(ランプ)】が照らす狭い部屋は薄暗い。

 扉は一つきりだが、手足に拘束具をつけられたリーナはその表面を叩くこともできない。

 何度も「出せ」と怒鳴りつけても、一向に要求は聞き入れられず……結局、無駄な体力を浪費しただけだった。


 ――ここで何日を過ごしただろうか。

 陽光の射し込まない地下では、時間の経過がよく分からない。


 だが決して、環境自体は極悪というわけではなかった。取り調べは一日に数時間だったし、非道な手段は取られていない。

 またリーナへの配慮なのか、湯浴みや着替えは侍女らしき女が担当しているし、食事も運び込まれているが――そんなことは、リーナにとってはどうでも良いことだった。



(どうしてわたくしが、こんなところに閉じ込められなくちゃならないの!?)



 リーナほど高貴な人間など他に居ないのだ。

 それを地下に閉じ込め、拘束して罪人のように扱うなどと……よくも神をも恐れぬ所業をしてくれたものだ。


 飾り気の無いワンピース姿で冷たい床に座り込んだリーナは、身体を震わせる。

 怒りのあまり噛み続けた爪は一部が剥がれ、無惨な有り様となっていた。


 もちろん、リーナは騎士たちに何を訊かれても頑として答えなかった。


(ハリーソンやフォル公爵家がどうなろうと、わたくしはどうでも良いけど)


 だがその罪状のひとつでも明らかになれば、リーナ自身も窮地に追い込まれるかもしれない。

 そう思えば、迂闊な発言は出来るわけもなかった。だが……地下での監視された生活は、リーナを苛立たせて仕方が無い。


 隠し持っていた魔道具も、ここに入れられる前に奪われてしまった。


(そうよハリーソンよ。アイツ……一体なにをしてるのよ?!)


 鳶色の髪の毛を掻き毟りたくなる。

 リーナは彼の願いを何度も聞いてやった。それなのにこんな地下室なんかに閉じ込められたリーナを、いつまで経っても助けに来ないなんて。


(フレッド様だって……)


 認めたくは無いが、リーナにとって()婚約者となったフレッド・アルヴェイン。


 訳の分からない書類仕事をリーナ任せにしたり、頼まれてもいない魔道具研究所に無理やりリーナを連れて行ったりして、本当に最悪の男だった。

 そうやって今まで散々、リーナに迷惑を掛けてきたくせに……最後に少しでも役に立とうとは思わないのだろうか。


「!」


 リーナはギィ、と音のした方へと目を向けた。


 鉄製の扉から、長身の男が入ってきた。

 色素の薄い茶髪をした青年だ。取り調べの担当とは違うが、見覚えがある気がする。


(何回か王宮で、見かけたことがある……)


 外見の整った男というのは幸運なことに、それだけでリーナの印象に残るのだ。

 しかし名前は知らないし、興味がなかった。というのも爵位を持つ文官や武官は、肩に家紋の腕章を入れているものなのだが、その男の腕章にはさっぱり覚えがなかったからだ。


 きっと地方の下級貴族なのだろうと、当時のリーナはすぐに見切りをつけた。

 少し顔が良いだけの男に構うほど、リーナは相手に困っていない。


 部屋に入ってきた彼に、リーナは嫌々ながらも自分から話しかけた。



「……ルキウス・アルヴェインは?」



 そう。リーナをこの地下室に閉じ込めたあの男は、未だに一度もその姿を見せていない。

 だが目の前の男は、目を少しだけ見開いてから――食えない笑顔で微笑んだ。


 恐ろしく、冷たい目だった。



「レコット伯爵令嬢。殿下はあなたに時間を割けるほど、お暇な方ではないのですよ」



(…………なんて無礼なの、この男)


 リーナは信じられない思いで目を瞠った。

 しかしうまく、言葉は出てこない。


 イザック・タミニールという名の、ルキウスの右腕たる文官の迫力に気圧されたなんてことは――リーナ自身は、まったく認めたくないことだったが。


「それで? 少しは知っていることを話す気になりました?」

「…………」


 リーナは黙って、抱えた膝ごとそっぽを向く。

 男が小さく苦笑する。その視線は、手の掛かる子供を眺めるようなもので――ますますリーナの苛立ちは増していくばかりだった。



「……本当に、顔だけはそっくりだな」



 そのとき、ぽつりと。

 何気なく呟かれた小さな一言に、リーナは大きく振り返った。


 リーナに聞かれるとは思っていなかったのだろうか。男の方は、リーナの過剰な反応に驚いているようだった。


「……アンタ……ルイゼの知り合い?」

「知り合いというか、私は勝手に親しい友人だと思っていますけど」

「……アンタも、ルキウスも、本当にどうかしてるわね!」


 リーナは思わず笑い出す。

 腹を捩って笑いたいくらいだった。それくらいに、男の言い様はおかしかった。


「あんな女を友人だとか何だとか――頭がおかしいとしか思えないわ。哀れな女を見ると同情したくなるのかしら?」

「…………えーっと」

「ッふふ、うふふ、惨めな人間に手を差し伸べてやるのが楽しいんでしょう? わたくしには理解できない、高尚なご趣味だこと!」

「……あー、すまん。言っている意味が分からん」

「は? だから……」


 言いかけたリーナを手で制し、男は困惑顔に少しの笑みを載せた。



「オレの知るルイゼ・レコットは、頭の回転が速いし、ルキウスのどんな表情でも引き出しちまうし……それに、とびきり面白い良い女だ。だから、お前の言っているのが誰のことだかさっぱり分からん」



 言葉を失うリーナに、さらに男が飄々と言う。



「それとも今の言葉が、()()()()()()()()()()()ってことなら――そう自虐に明け暮れてないで、さっさと罪を白状した方がいい。今から間に合うかは、微妙だけどな」



 言いたいことを好き勝手に言い放ち、男が部屋を出て行く。


 リーナはそれをただ見送った。

 怒りのあまり、頭が真っ白になったためだった。


「…………」


 噛みしめすぎて皮膚が切れた唇から、だらだらと赤い血が溢れる。

 白いだけのワンピースの上に、血液が散る。リーナはそれを、しばし見やり――それから、低く掠れた声音で呟いた。


「…………殺してやる」


 ルイゼも。ルキウスも。そしてあの、ルキウスの側近らしき男も。

 絶対にタダでは生かしておけない。それほどの屈辱だった。許しがたい蛮行だった。


 リーナは金切り声で叫んだ。



「殺してやる! お前ら全員!!」



 そうして正気を失ったように叫び続けながらも……ギラつく目を、扉へと向ける。


(――こんなところで、わたくしは終わったりしない)


 扉が開くタイミングで、いつも密かに確認していた。

 地下の見張りは交代制で、常時二人は立っているようだ。


 頼みの綱である魔道具は奪われた。今のリーナは何も持っていない。

 それでも何か手はあるはずだ。この地下室から脱出して、形勢を逆転する目が。



「ここから出てやるわ……絶対に……」



 リーナはそのときを、血走った目で虎視眈々と狙い続けていた。





お読みいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] タカかが伯爵令嬢でよくもまあここまでえらく思えるな
[良い点] 今回の話で、リーナに対して決して無能じゃない愚か者って印象を抱いた。牢獄に閉じ込められても全く折れないどころか寧ろ勢いを増す心の強さがあって、なによりあのルイゼの妹って所でなにか隠し球があ…
[一言] 『タダでは生かしておけない』 この言葉だけとっても知性の低さが良くわかる無知の無恥で牢屋から逃げようとか逆にすごいなぁ。 ”運よく”出られたとして行く当てもなさそうなのに、まさか自宅に帰れる…
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