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祝祭寄贈とトウンの書




祝祭寄贈というものがある。


即ち、公的な名目を携えたウィーム領主へのイブメリアプレゼントだ。

きちんと予算申請されてどこかの団体などで購入された後に、寄贈という体裁で動かされる品物もあるし、個人の所蔵品などからの寄贈という形を取るものもある。


勿論、あまり大々的には行えないので、王都などに目を付けられても言い逃れが出来るくらいの品物に上限が定められている。

そしてネアは、そんな品々がそっと祝祭寄贈としてリーエンベルクに届けられているのだと、実は今年になって初めて知ったのだった。



「…………お前が、祝祭寄贈を認識していないとは思わなかった」



驚いた様子のエーダリアにそう言われ、ネアは眉を下げた。

説明がなかった訳ではなく、意味を取り違えていたようなのでいささか申し訳ない。



「確かにイブメリアの後になると、エーダリア様とヒルドさんで何かの名簿整理をしているのは知っていましたが、てっきり、イブメリアカードの管理だとばかり」

「ああ。であれば遠からずだな。…………このようにして、多くの品物はイブメリアカードの内側を魔術金庫にして送られてくる。この時期は、騎士達や郵便舎なども煩雑になるので、運び入れの手間を各所に負わせないようにしているらしい」



(あ。…………エーダリア様だけの捉え方が違うパターンだわ)



ネアは、それは完全に賄賂的な感じだなと確信したが、ここは懸命にも頷くばかりに留めた。


実際に祝祭寄贈という名称があるので、そのような品物の授受は問題ないのだろう。

とは言え、イブメリアカードに紛れてこっそり送られてくる品物は、表に出ても問題はないが、敢えて表に出す必要もないのでこっそり収めてくれ給えの品に違いない。


だが、ここで贈り主や団体の名簿を几帳面につけているウィーム領主は、そのまま曖昧に品物を受け取るには真面目過ぎるのだろう。



(…………でも、贈り主の方々も分かってはいるのではないかしら)


領内でこのような品物のやり取りを問題視するとすれば、ザルツくらいのものではないだろうか。

ある程度、領民の中でもエーダリアの対応を察した上で、それでもカードに収めているのだろう。


少なくとも、他領の者達や、面倒そうなザルツなどの貴族達の目に分かり易く触れないだけいい。



エーダリア様の説明はやや偏っていますが、ネア様ならご理解されるでしょうと言ってくれたヒルドの言葉を思い出し、ネアはふすんと頷いた。


そんなヒルドが作業から外れているのは、ネアの義兄の、塩の魔物こと銀狐が氷室に落ちたからだ。

よって、現在、森と湖のシーは友人の解凍にあたっている。



(正確には、アルテアさんに任せると申し訳ないのでと、狐さんの解凍を申し出てくれている)



銀狐が氷室に落ちた瞬間を廊下の窓から目撃してしまったのは選択の魔物なので、本日はそれなりの精神的な負荷がかかっているかもしれない。

ネアは、こちらの作業が終わったら、使い魔の様子を見に行こうと心のメモに書き留めた。


なお、一昨日の橇遊びの翌日は、ネアが筋肉痛で儚くなっている間に仕事があってウィームを空けていたようだが、またこちらに戻って来ている。

ディノ曰く、境界が揺れる大晦日に向けて、出来る限りリーエンベルクに滞在してくれているようなのだとか。


「では、封筒を開けてカードを開いていきますね」

「ああ。宜しく頼む。この銀水晶の入れ物に、開いた手紙と宛名を上にして置いてくれ。星竜の手袋を外さないようにするのだぞ」

「はい」

「キュ!」



今朝はお祝い料理が続いたのでと、ご主人様にパンケーキを焼いて貰ってのんびり朝食にしたディノは、新しいエプロンでご機嫌の伴侶に沢山甘やかされてしまい、今はムグリスディノになっていた。

人型の場合だと、へなへなと傾いてしまった場合に持ち運べないからだ。


その点、ムグリスな伴侶は胸元に入れて持ち歩けるし、疲れたらすやすや眠っていて貰ってもいいしと、魔物にも優しい運用となる。




「………エーダリア様が眼鏡をかけるのは、珍しいですね」


作業開始の準備をしながら、ネアは向かいの席に座った家族の眼鏡姿に目を留めた。

当たり前のようにすちゃりとかけたが、細い黒縁眼鏡は、以前に見た眼鏡とは違うような気がする。



「そうだろうか?魔術書を読む時には、遮蔽でかけることが多いのだが」

「以前にも眼鏡姿を見た事はあるのですが、やはり、おおっという感じになります。そして、その眼鏡を見るのは初めてではないでしょうか」

「これはな、先月にノアベルトがくれたのだ。今までの眼鏡より、遮蔽がしっかりと出来るらしい」

「ふふ。仲良しですねぇ」


そんなことを言われたエーダリアは僅かに目元を染めていたが、ふっと薄く微笑んで有難い事だなと呟く。

恩恵に感謝するというよりは、ああ家族なのだなと噛み締めているような言い方だったので、これ迄の日々の積み重ねを感じられた。


そんなエーダリアに微笑みかけ、ネアは作業開始にあたり椅子にしっかりと座り直した。



(この作業を二人で行うのは、一人だと何かがあった際に対処が遅れるから。そして、開封作業とカードの中身の確認で、必要な装備が変わってくるから)



なので、エーダリアは地精の手袋を嵌め、カードの奥に隠された魔術金庫から寄贈品を取り出す作業をする。


エーダリアに対して好意的な団体や人物からの贈り物が殆どなので、本来であればここまでの備えは必要ないのだが、万が一にでも悪意を持って紛れ込まされた偽物のカードが混ざっていると大惨事になりかねない。


受け取りの騎士達による簡易確認と、見聞の魔物の確認を経てからエーダリアの執務室に届くのだが、それでも手袋は必要なのだ。



「……と言うのも以前に一度、良かれと思ってペン軸の精霊を送ってくれた魔術学院の教師がいてな。………あの時は、指先に噛みつかれて大変だったのだ」

「明らかに、生きているまま投入された模様です…………」

「ああ。痛みや傷などの問題はそこまでなかったのだが、ペン軸の精霊に噛まれると、指先がインクに浸けたように黒くなる。近くに控えた公式行事までに、急いで治さねばならなかった」



どんなに無害なものであれ、領主が魔術の障りを受けていたら不安に思う者もいるだろうと、エーダリアは、解術までのあれこれを苦笑しながら教えてくれた。

だが、ネアは、別の意味での安堵の息を吐く。


贈り主の教師が領主の会の会員に粛清されずに済んだのは、エーダリアが外に出る前に指先を治癒させたからなのだろう。

未だに会の全容が見えないばかりか、何かと過激な者達が多いのだ。



「…………むむ。このお手紙は手に載せるとぱちぱちします」

「……………何が入っているのだろう」

「カードとは別にお手紙が入っていますので、開いてみます?」


ネアが開いた手紙を覗き込み、エーダリアが眉を持ち上げる。


「ああ。………雷の祝福石か。……どのように使えばいいのだろう」

「キュ………」

「私の伴侶も困り顔ですので、ヒルドさんやノアに、後で相談してみましょうか。………ばちばちすると怖いので、カードは隔離しておきます?」

「そうだな。奥にある遮蔽箱に入れておいてくれ。こちらの名簿の抽斗の番号の部分に、贈り主の名前と簡単な状態や中身の記載を頼む」

「はい。贈り主は、アレクセイさんです。………ふむふむ。お手紙の結びによると、カルウィの王宮にあった宝剣から引っこ抜いてきたのだとか」

「カル…………?!」



ここでエーダリアが絶句してしまったので、ネアは、手紙の下の方に書かれていた、向こうでの暮らし中で正式に継承したものであることと、もう二度とカルウィとは結ばないように魔術の因果や縁を正式に切り離し、尚且つそのような品物がカルウィにあった痕跡は全て消してきたという説明なども重ねて伝えておく。


あんまりな贈り物の経緯にムグリスディノも三つ編みがぴゃんとなってしまっているが、なぜか、現地の統括の魔物の許可も取ってあるという一筆が添えられていたので、グレアムに確認すれば本当に安全な贈り物かどうかが判明しそうだ。



「……………彼は、カルウィで何をしていたのだろう」

「宝剣を継承出来る立場にいらっしゃったことだけは、間違いなさそうですね」

「ああ。………靴職人として学びに出ていた筈なのだが、そのような品物を彼に相続させたいと思うような者に贔屓にされていたのかもしれないな」

「バンルさんのお勧めの職人さんでしたし、アルテアさんも個人的に靴を何足か頼んでいると言っていたので、きっと凄い方なのでしょうね」

「キュ」

「そうだな。アレクセイは、領内の自慢の職人の一人なのだ」



ネアは、今の言葉を本人に伝えておくと、何かいい効果がありそうだなと考えた。


そちらの会の構成員には詳しくないので、ダリルかバンルあたりに伝言しておくのがいいだろう。

きっと、よりしっかりとウィーム領主の守りを強化してくれるような気がする。



深緑の封筒に、薄い灰色の封筒。

マーブル紙に艶々の紙に、ざらりとした手漉きの紙。

届いているものは全部で四十通くらいだが、一つずつ丁寧に見ていくので作業はゆっくり進んだ。


封筒を開けてトレイに並べるだけの簡単な手伝いだが、とても遣り甲斐のある仕事だった。


ネアには、ヒルドのように魔術的な調整をかけての開封作業は難しいが、その代わりに可動域が低いので呪いなどの発動に合致し難く、尚且つ中に敷かれた魔術を壊さない。

作業をしている内に、これはもう適任なのではと誇らしくなりかけたものの、開封しながら中身も出来るヒルドに比べると作業効率は落ちるのだろう。



低く唸るような声が聞こえ、ネアはおやっと顔を上げた。

向かいの席のエーダリアが、一枚のカードを手に難しい顔をしている。


こんな風に難しい顔をしている姿はあまり見ないが、家族だからこそ見せてしまった表情に違いないので何だか微笑ましい。



「そちらのカードには、何が入っていたのですか?」

「………どうやら、銀狐の会からの祝祭寄贈のようだ。銀狐宛なので、リーエンベルクの代表者として私に届けられたらしい。来年のイブメリアに使って欲しいボールが、三十個収められているそうだ」

「ほわ。さんじゅっこ…………」

「キュ……」

「ノアベルト宛てなので、やはり本人に渡すべきだろう。こうして領民からの贈り物があったと知れば、ノアベルトも喜んでくれると思う。…………だが、…………来年のイブメリア用となると時間的な猶予もあるので、ヒルドは一度に渡さないようにするべきだと言いそうでな」

「何となくですが、狐さんが大はしゃぎで狂乱しそうなので、私も小出しに渡してゆくべきだと思います」

「そうか。……お前はどちらかと言えば、ヒルド側だったのを忘れていた」

「キュ……」



エーダリアとムグリス姿のディノは、ボールは全部ノアに渡してあげたい派のようだ。


ネアとしてもそれが正しいのも分かってはいるのだが、とは言え、義兄には人型の魔物としての威厳を失って欲しくない。

今日だって、ボールを咥えてぶんぶん振り回していて氷室に落ちたというのだから、心配になってしまうのも当然だろう。


なお、咥えていたのはチーズボールだったので、銀狐を氷室から引っ張り上げた選択の魔物の心の傷は、手の尽くしようのないものにならずに済んでいる。


何となくだが、そこでかちこちになってる銀狐のお口に自分のあげたボールが咥えられていたら、取り返しのつかない心の傷を負いそうではないか。



ひとまず、三十個のボール入りカードをどうするのかは保留となり、ネア達は残りのカードの開封を急ぐことにした。

ヒルド達が戻って来る前に全ての作業を終え、その上でどうするべきかを話し合うことにしたのだ。



しかしここで、もう一通の伏兵が現れた。




「エーダリア様、こちらのカードには書物が入っているようですよ」

「……………魔術書だろうか」


はっとしたように椅子から腰を浮かせ、エーダリアが目を輝かせる。


「トワンの書と書いてあります」

「トワンの書か!………であれば、ヒルドが喜ぶだろう。世界的に有名な名簿魔術の魔術書なのだ。所有者のみが収められている名簿魔術を使えるようになるそうなので、王宮や商会の文官などは、大金を払ってでも手に入れたがると聞いている」

「ふむ。そのような方々がいるということは、希少価値としても高めなのですか?」

「ああ。この魔術書を世に出した工房は、相当な数を発行するつもりだったようだが、当時、国の要職に就いていた文官達から差し止め要請が出されたそうでな。出回ったのは二百冊ほどだと聞いている」

「確かに、努力して才能を身に付けた方々からすれば、厄介な代物かもしれませんね。…………この魔術書さえあれば、採用の公平さが損なわれそうな気もします」

「成る程。そのような見方もあるのだな。……………その時は、暗殺者の潜入手段や、諜報活動などに利用されかねないという視点での、差し止め要請だったようだ」

「は!そのような形で悪用されてしまう場合もあるのですね。気付きませんでした!」



何てことはない、名簿作業を楽にしてくれる便利魔術書にさえ、そんな危うさがある。


ちょっぴり賢さを主張したい気分だったネアは、便利さというのは諸刃の剣なのだなと訳知り顔で頷きつつ、そんなトワンの書入りのカードを封筒から出して広げ、銀水晶のトレイに載せた。


ちょっとだけ、名簿達人になってみたい気もするが、エーダリアに可動域が上品な乙女でも使えるかどうか尋ねたところ、不自然に目を逸らしたので深追いしないことにした。



「……………キュ」



ふと、ネアは胸元を見下ろし、ムグリスな伴侶が首を傾げている事に気付く。

何かが腑に落ちないという顔をして、ちびこい三つ編みをしゃきんとさせて必死に首を傾げている姿は愛くるしさ満点だったが、どうやら気にかかる事があるようだ。



「ディノ。何かありましたか?」

「キュ!キュキュ!」

「むむ!」

「……前々から思っていたが、お前は、その状態でも会話が出来るのだな」

「何かに懸念を示しているということが、分かりました!」

「そうか。全て理解出来る訳ではなないのだな……………」



当然だが、ここは、やはり人型に戻っていただいて意見を聞こうということになった。


とは言え、ディノの気配でカードの魔術に影響を与えてしまわないよう、ムグリスな伴侶はエーダリアの執務室を出たところで元の姿に戻ることになる。

一度席を立ってそこまで伴侶を運ぼうとしていたネアは、何とはなしに振り返った。



「ぎゃ!!」



そして、見てしまったのだ。


少し厚みのあるカードだったからか、開いて置いたはずのトワンの書の収められたカードが、銀水晶の入れ物の中でぱたんと閉じてしまい、気付いたエーダリアがカードを開き直そうとしてくれて手を伸ばし、カードに触れた瞬間にしゅわんと消えてしまったのだ。



「た、大変です!!エーダリア様が!!」

「ネア、落ち着いて。あれは、トワンの書ではなく、トウンの書ではないかな」

「な、なぬ?!」


慌ててエーダリアがいた場所に駆け寄り、真っ青になったネアを宥めたのは、もうこの場で擬態を解いてしまったらしいディノだった。


「こ、この中に入ってしまったとかではないのでしょうか?!」

「ネア、カードを持ってしまうと………」



余程動揺していたのだろう。

普段はそんな過ちは犯さなかった筈なのだが、ネアは咄嗟にエーダリアが触れたばかりのカードを手に持ってしまった。

手袋は外していなかったし、つい先程まで触れていたものなので、すっかり油断していたのだ。



そして、次の瞬間、ざぶんとどこかに落ちた。




「ぎゃふ?!」

「おい?!」



ちょっと勢いをつけて放り出された先は、水辺だったようだ。

ネアはびしゃびしゃになって咳き込んでから、立ち籠める湯気に気付いて目を瞬く。



(お湯………?)



濡れた前髪が張り付いてよく見えないので、お湯の中から手を持ち上げて前髪を掻き上げる。

するとそこは、浴室のようだった。



「……………ふぇぐ?」

「………お前は、どこから降ってきたんだ」

「む。…………アルテアさんを下敷きにしています?……………ぎゃ!!はだか!!」

「くそ、暴れるな!お前が勝手に落ちてきたんだぞ!」



状況を確認する為に振り返ってしまったネアは、浴槽でゆったりお湯に使っていた使い魔の上に落ちた事に気付き、激しく動揺した。


大浴場のような広さであればまだしも、ここはどうやら、リーエンベルクにあるアルテアの部屋の浴室のようだ。

元王宮の客間に相応しい広さとは言え、入浴中の人の膝の上に落ちるとなると、いささか親密が過ぎる。

淑女向けの事故としては、あんまりな構図だった。



「か、カードに触れたら、こうなったのですよ。……っ、私の前に消えたエーダリア様も、ここに落ちてきませんでしたか?!」

「どう考えてもいないだろうが。…………カードだと?」

「トワンの書だと思っていたら、トウンの書だったものが収められていた祝祭寄贈のカードです!」

「……………トウンの書か。そのせいだな。荷運び用の魔術書だ」

「……………なぬ。にはこび…………」

「収められた魔術の中には、市井で利用される犠牲の系譜の魔術もある。………対話の必要性を感じていた相手や、会おうとしていた者の下に、使用者を運ぶ魔術だ」

「……………たしかにわたしは、アルテアさんがきつねさんのいっけんでよわっていないかしんぱいしていました」

「やめろ………」

「という事は、エーダリア様はまさか……」




幸いにも、エーダリアもリーエンベルクからは出されていなかったようだ。


解凍したばかりの銀狐をタオルで包んでいたヒルドの前に放り出され、森と湖のシーを大変困惑させただけだったと知り、ネアはほっと胸を撫で下ろした。


残念ながらそちらも浴室だった為に、エーダリアは少しだけ服裾を濡らすことになったが、ネアほどの被害には遭わなかった。


すぐに追いかけてきてくれたディノによれば、カードの贈り主が悪筆だった為に、ネアがトウンをトワンと読んでしまい、エーダリアとトワンの書について盛り上がってしまったせいで、中に収められていた魔術書がトワンではないと自己主張をした結果の事件だったようだ。



名簿ではなく荷運びの魔術であるという訴えのを込めて、ネア達はそれぞれ直前に思っていた相手の場所に吹き飛ばされたのだ。



「……………でもまぁ、リーエンベルクから出すだけの力はなかったし、障りや事件にならないように魔術書の方も加減はしたんだろうけどね」

「……くすん。読み間違えには気を付けます……」

「魔術学院の例の教師ですね。以前のペン軸の精霊の事件で懲りたかと思えば、またこの階位の魔術書をカードに入れるとは…………」

「ヒルド……………。その、彼も善意で贈ってくれているのだ。あまり叱らないようにしてやってくれ」

「アルテアなんて…………」

「いや、おかしいだろ。こいつが勝手に落ちてきたんだぞ………」

「ありゃ…………」



まだ毛布に包まって湯たんぽで囲まれているノアは、わしゃわしゃしている見舞い客を眺めて、ふにゃりと微笑んだ。

近くのテーブルには、ほこほこと湯気を立てている温めた牛乳のカップが置かれている。



「今年はやったばかりだからさ、僕の誕生日は来年に延期でいいんだけど、さすがに氷室に落ちるのはないなぁって思っていたんだよね。……………でも、何だか賑やかだから、幸せでいいや」



そう言って微笑んだノアがあまりにも幸せそうだったので、ネアも釣られて微笑んでしまった。


魔術書の名前を間違えたせいでとんでもない目に遭ったが、結果としてみんなで一つの部屋に集まり、ホットミルクを飲む午後が得られたのだから、これもまた幸せな一日なのかもしれない。



「むむ!ウィリアムさんから、カードに連絡が入りました。昨日からのお仕事が大変だったので、枕と毛布を持ってこちらに仮眠に来るようです」

「あいつも来過ぎだろ」

「わーお。アルテアが言うんだ…………」

「せっかくなので、ウィリアムさんにも温めた牛乳を用意しておきます?」

「飲むかな……………」



その日にリーエンベルクで起こった小さな事件を知らないまま疲労困憊してやって来た終焉の魔物は、なぜ自分が温めた牛乳を飲まされて、余っていた湯たんぽを持たされて寝かしつけられたのか分からず、最後まで困惑していた。


だが、疲れていたようですぐにすやすやと眠ってしまったので、ネアは、強制移動の休憩を終え、もう一度祝祭寄贈のカードの仕分けのお手伝いに戻る事にする。


ヒルドが代わってくれようとしたが、始めたからには最後までがこちらの乙女の矜持なのであった。

それにヒルドには、まだ万全ではないノアに付いていて上げて欲しい。



「やれやれだな。俺が立ち会ってやる。お前達だけだと、何をするか想像もつかないからな」

「アルテアなんて…………」

「む。ディノもいてくれるので、アルテアさんは、…………ウィリアムさんに付き添ってみます?」

「なんでだよ」

「……………やめてくれ」

「……………ほわ。まだ完全に眠っていませんでした」




結局、アルテアもカードの開封に立ち会ってくれることになったが、思っていたよりもとんでもないものが入っている率の高かったエーダリア宛ての祝祭寄贈に、とても遠い目をして立ち会いを終える事となった。




トウンの書は、ダリルの手元で収められた魔術を精査され、一部の魔術運用はリーエンベルクの騎士棟などに卸されるそうだ。


エーダリアとネアを吹き飛ばした移動魔術は、首凝りという地味に嫌な対価を取るものの他に大きな問題もない魔術だと判明したので、有事の際の移動などに転用されるらしい。




なお、カルウィの宝剣から引っこ抜かれて送られてきた雷の祝福石と、銀狐宛ての三十個のボールは、未だに運用保留となっている。

ボールについては、届いている個数は開示された後、小分けにして毎月銀狐に渡されることになるようだ。








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