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いつもの距離と妖精の窓



ゆっくりと落ちる夕闇にも、やはりえもいわれぬ青さがあった。



世界がさらさらと青さに沈むように、窓から落ちる夕闇を染め上げ、物陰や花瓶の影などに不思議な彩りを生む。

見慣れた廊下を歩きながらその見慣れない縁取りに僅かな不安を噛み締めていると、横からすいと伸ばされた手が、エーダリアの片手を取った。



「………ヒルド?!」

「妖精の黄昏ですね。やはり今年は、表の層にはあまり出てこないような者達の気配が強いようです。これは、妖精の歌声の色ですので、どこか近くで宴が開かれているのでしょう」

「妖精達の宴か……。確か、硝子や水晶などを透かしてしか見えなかったな」

「ええ。ですので、窓からの光に変化が出ているのかと。騎士達にはエドモンがおりますので大丈夫かと思いますが、執務室に戻った後で連絡を入れておきましょう」

「……ああ。ネア達は大丈夫だろうか」

「大丈夫ですよ。ネア様には私の耳飾りがありますし、本日はアルテア様も滞在されておりますからね。………ネイは、どこで何をしているやら」



呆れたような物言いであったが、その言葉が友人を案じてのものであるのは、言うまでもない。



(そう言えば、ノアベルトは………)



少し出てくるよと姿を消した契約の魔物は、どこへ行ったのだろう。


こんな日に出かけたのだからきっと、何が必要なことを見付け、手をかけに行ってくれたのだ。

そう考えてまた一つ、ひたりと心の中に落ちた不安を抱き込み、ゆっくりといつのもの道を歩く。



(…………これが、私の家で、私の道なのだ)



リーエンベルクという王宮の中を歩く時、かつてここで暮らした血族達はもういない。

けれども今はもう、この廊下を一人で歩くことは滅多になくなった。


グラストとゼノーシュが護衛として側に付いてくれていた頃も一人ではなかったが、彼らがかけがえのない騎士とその契約の魔物であったとしても、その同行は仕事の一端でもある。



家族の時間とは、また違うものだ。




「妖精達が随分と集まっておりますね。………やれやれ、何か意図してのことでしょうが………」



隣を歩きながらそう呟いたヒルドが、禁足地の森沿いを見渡せる回廊の方を経由してもいいかと問いかける。

その言葉に頷き、エーダリアは、こんな時ですら得られる小さな安らぎに唇の端を緩めた。




(今は、家族だからと、当たり前のように共に歩くことが出来る)




それが嬉しくて、こんな日なのに心が弾むのはどうかしているのだろうか。


けれども、いつだって孤独に喘いだのは、祝祭日であった。

幼い日に憧れ見上げたヒルドの手は、今では当然のようにエーダリアの手を握っていて、不思議な擽ったさに胸の奥がむずむずする。



小さな手で、時々触れられるヒルドの手を取ってみたいと思うことは多かったが、それが自然に叶ったことはあまりなかった。


それが今、なぜこの年齢でこうも簡単に繋がれるようになったのかと思えばそわそわしてしまうが、当たり前のように家族になったことで、ヒルドの生来の面倒見の良さが表面に出てきただけだとノアベルトは言う。



(そうだな。………ヒルドはいつも、私の隣にいない時もずっと優しかった。だからこそその優しさは、あの王宮では殺さねばならなかったものなのだろう。それが、長らくヒルドの願いを削ぎ落としていたのであれば………)



繋いだ手を慌てて引き抜きたいような気恥ずかしさもあるが、ぐっと堪えてそのままにしたのは、ネアから、慈しめる事もまた恩寵なので、その贅沢さを得られることが幸せなのだという話を聞いたことがあるからだろう。


ちらりと見上げたヒルドが確かに満足げにしていたので、エーダリアは、この手は繋いでいてもいいのだと自分に言い聞かせる。

ヒルドが満足そうだからと、そんな言い訳を添えて。





「ああ、やはり集めておりましたか…………」

「集めて?…………っ、」



ふと、そんな言葉に顔を上げると、禁足地の森の入り口に立つノアベルトが見えた。



顔を上げ、差し伸べた手に集まる小鳥のように、体を半ば大気に溶け込ませたような曖昧な姿の妖精達が、その指先に大勢集まっている。

美しい女性の姿をした者達だけでなく、鳥や蝶などの姿をした者達をも集め、それはまるで、一人の魔物の寵を求めて集まった妖精達の姿のようにも見えた。



こんな時、これもやはり、息を呑むほどに美しいと言うのだろう。



妖精達を集めたノアベルトは、いつもの家族の魔物ではなく、線引きの向こう側の人ならざる者のように思え、呆然と窓の向こうを見やる。


ただ美しいというにはあまりにも凄艶な、高位の魔物らしい姿であった。



「……………あれは、何をしているのだ?」

「あのように、様々な系譜の妖精達が集まっている様子からすると、聞こえてきていた妖精の歌に、彼が何かを示したのかもしれませんね。リーエンベルクは妖精達の出入りを禁じてはおりませんが、過ぎたる宴は、高貴な者達の住まう土地を騒がせる事もあります」

「そうか。…………ノアベルトは、自分がこの土地にいる事を示し、彼等に注意を促してくれたのだな」

「警告というよりは示唆でしょうが、……………成る程。刺されるばかりかと思っておりましたが、畏怖よりも魅了の方が、夏至祭に酔う妖精の乙女達には効果があるようです」



ヒルドの言わんとしている事は、何となく分かるような気がした。


ただ恐れ慄いて逃げてゆくのではなく、あの妖精達は、魅せられてるような恍惚とした表情をしていた。

だが、その眼差しには確かに恐怖もあるのだから、彼は特等の魔物なのだなと改めて感じてしまう。



「水辺の妖精達は、人間の男を好みます。とは言え無下に追い払えば恨みを持ちますから、あのようにして退けるのが一番なのでしょう。……………さて、帰って来る頃には疲弊しているでしょうから、執務室で紅茶でも淹れましょうか」

「そうなのか…………?」

「ええ。あのようなことは、本来はあまり好まないようですからね。こちらに戻る頃には、…………いつもの手がかかるネイに戻っておりますよ」



くすりと微笑んでそう言ったヒルドの言葉通り、暫くして執務室に戻ってきたノアベルトは、すっかりくたびれていた。


ヒルドの淹れてくれた紅茶を飲み、銀狐の姿になり膝の上で眠ってしまった塩の魔物を撫でつつ、先程の艶麗さを思い少しだけ何とも言えない気持ちになる。



(……………でもそうだな。……これが、家族ということなのだろう)



真夜中になれば、夏至祭が始まる。


忙しく賑やかな夜に備え、今はこんな風に家族の温かな毛皮を撫でているのもいいだろう。

そう思い、ふうっと安らかな息を吐くと、こちらを見たヒルドが、休憩にしましょうかと微笑んだ。











本日はSSの更新となります。

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