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安眠の儀式とちびもこ竜




穏やかな夜の入りに、とある魔物の寝顔を見下ろす者達がいた。



「ふむ。ぐっすり眠っていますね」

「……………寝てしまっているのだね」

「昨晩に、何か斬りたくないものを斬ってしまったようで、今夜はすっかりお疲れのようです。ここは、そんなお疲れのウィリアムさんの心を鎮める儀式を行いましょう」

「儀式を、行うのかい?」



困惑したようにそう問いかけたディノに、ネアはきりりと頷いた。



「はい。とても大切な儀式なので、是非に協力して下さいね」

「………………ずるい」

「なぬ。なぜ荒ぶり出したのだ」

「ウィリアムに大切な儀式をするのだろう?」

「まぁ。ディノは、いつも側にいて欲しい私の大切な伴侶なので、目を離した隙にこんな風に疲労困憊してしまったら悲しいです。この儀式は、普段は共にいないからこそ、知らない間に弱ってしまった方を元気にする儀式なのですよ?」



ネアにそう言われた魔物は、水紺色の瞳を瞠ってこくりと頷いた。


まだどのような儀式が行われるのかはわかっていないが、ひとまずは、自分はして貰えなくてもいいものだと納得出来たらしい。



「…………離れないと、して貰えない事もあるのだね」

「むむ、その為に私から離れてしまうのですか?」

「……………虐待する」

「またしても、謎の使用が始まりましたね………」

「離れないように言ってくるだなんて。…………君を一人にしないように、暫くは一緒に眠るよ」

「なぬ。…………む、むぐぅ」

「だから、あの本は眠る時に寝台に持ち込まないようにね」

「…………さ、さては罠だったのですね?!」



やはり魔物は魔物らしく老獪であり、ネアは、ロズル師がリーエンベルクに寄贈した遺産から借りてきた冒険本を、暫く寝台に持ち込めなくなってしまった。


最初の巻からこれは面白いぞと感じた全五巻の作品なので、ちょっぴり徹夜になろうとも一気読みする気満々だったのだ。


(明らかにアルテアさんがモデルな、杖を持った悪い魔物が、ちょっぴり地味目だけど実はユーモアがあって聡明な王女様に籠絡される恋愛冒険ものなのに……………!)



漆黒の竜革の装丁の本は高級感があり、しゅばっと流れ星が流れたり、文字に使われたインクが薔薇を咲かせたりする古い時代の仕掛け本になっていて、ロズル師は、その仕掛けの魔術を魔術書としての価値から収集したのだろう。


おまけに、巻末には、“私の国を滅ぼさざるを得なかった愛する人へ、あなたが私を想い続けることを許します”という、手紙のような一文があるのだ。


この物語にはどんなメッセージが隠されているのだろうと、ネアがわくわくするのも致し方あるまい。



「…………ディノ、最後まで読んでみないと判断出来ませんが、あの本は、アルテアさんの恋人さんが書いたものかもしれませんよ?」

「……………ローデリィツィエのものだと話していたね」

「はい。ダリルさんから、そんな国の王家に残されていた本なのだと教えて貰いました。ダリルさん曰く、とても面白かったようですよ」

「恋人かどうかは分からないけれど、アルテアは、確かにその国で医師として暮らしていた事があったから、そのような縁もあるのかもしれないね。…………人間には与えない方が良いものを与えたらしくて、ギードを怒らせていた」

「…………悪さをしていた国で、心を動かされる方に出会ってしまったのかもしれませんね……………」



物語や記録から、当たり前のように近しくしている魔物達の過去の物語に触れるのは、いつも何だか不思議な感じがした。


特に今回は冒険の要素に加えてしっかりめの恋愛描写もありそうなので、ネアはそこから、使い魔の心の動かし方も学べるのかなと考えている。


これまでの日々であちこちのポケットを覗かせてくれたようでも、やはり全く知らない顔があるのがアルテアという魔物なので、その内の一つを物語のおまけとして理解しておくのも良いだろう。


ご主人様は、きちんと使い魔の為の勉強もするのだ。


そうふんすと胸を張ったネアは、伴侶な魔物に構ってやらずにわくわくする物語を好きなだけ読みたいだけではないのだと、ここに弁明させていだく次第である。



(ノアについては、世界的な名作の塩の魔物の転落物語があるし、ウィリアムさんについて書かれている本は殆どが、誇張されて悍ましく描写されていることが多いのだわ…………。ディノが出てくる物語や記録はあまり見付からなくて、どちらかと言えば、神様や悪魔のような曖昧な表記ばかりだ …………)




なお、物語では悪役に書かれてしまうことの多いウィリアムが昨晩斬ってしまったのは、とある国のなかなかに気に入っていた壮年の騎士だったらしい。


その騎士の暮らす国の、一つの集落で大規模な疫病が発生し、多くの人達が亡くなった。

そして、件の騎士は、病で命を落とした孫娘を連れ去らせまいと、錯乱し死者の王に剣を向けてしまったのだ。


ウィリアムは意識を奪うだけでその場をやり過ごそうとしたらしいが、そのような時の人間は思わぬ力を振るう事もある。


すぐに目を覚まし、後方から斬りかかってきたその騎士は、ウィリアムに剣を届かせる迄に死者の行列に迎え入れられた死者達を随分と傷付けてしまった。


騎士も、正気に戻れば自分が傷付けてしまった死者達が、守るべき国民だったと気付いたかもしれない。


だが、そこで冷静になることはなく剣を振るい続けるその騎士を、ウィリアムは粛清するしかなかったようだ。



ネアからその話を聞いたヒルドは、その騎士は恐らく自暴自棄になっており、共に死者の国に行きたかったのではないだろうかと呟いた。


既に自分の娘夫婦も病で命を落とし、最後の家族である孫娘も喪い、いっそ愛する家族達と共に死者の国に行きたいという無意識の願いが、その無謀な行いに現れてしまったのではないだろうかと。


とは言え、その振る舞いは許されるものではないと断罪していたが、そのような背景であれば、尚更にウィリアムにとっては嫌な仕事だった筈だ。



(ウィリアムさんのお仕事では、決して珍しいことではないのだと思う…………)



誰かを絶望させ、誰かの心を壊してしまう。

日々そんな苦しみに触れているという事は、一体どれだけのやるせなさだろう。



その集落を襲った疫病は、集落の男達が狩ってしまった森の精霊の呪いだったのだそうだ。


呪いそのものの回収は疫病の魔物であるローンが行い、初めて世に出た呪いではなかったのでそのまま封じてしまって終わりになるという。


その疫病の回収のシステムを知らなかったネアは大変興味深く拝聴したが、特異性のない二度目以降の疫病の中で、ウィリアム、ローンの判断で再び世に出してもいいと思えるものは、ローンの自由扱いとなる。


だが、二度目はご遠慮願いたいと思うものは、ウィリアムが手を加え、都度その疫病の全ての証跡や付随する魔術を壊してしまうらしい。



(それでも、もう二度と目にしたくないと思って壊した筈の疫病も、必ずまたどこかから現れるのだとか…………)



そのあたりは魔術と同じ扱いで、一度生まれたものは、その場では壊されても必ずまたどこかに現れるというのがこの世界の理なのだろう。



ともかく、疫病の蔓延によって滅びた町に纏わる仕事を終え一晩を砂漠のテントで過ごし、その後も小さな戦場をざっと見回らねばならず、未だ疲労困憊したままリーエンベルクを訪れたウィリアムは、大事にされるべきである。



ネアはまず、旅先や不慮の事故用に持ち歩いている特別安眠枕を取り出し、おっかなびっくりのディノに置き換えの魔術で客室の枕と入れ替えて貰った。


ネアだけの力では、一度、ウィリアムの枕を引き抜いて頭をどすんと落としてからの実行しかなかったので、万象の魔物による入れ替えサポートはたいへん有難い。


また、撫でると心和らぐもふもふを探したのだが、抱き枕用に捕まえようとした銀狐はけばけばになって全力で逃げていってしまったので、ネアはウィリアムに銀狐を添い寝させよう作戦の失敗を宣言しなければならなかった。



「ちびふわでも良かったのですが…………」

「アルテアを添い寝させてしまうのだね………」

「抱き枕は諦めまして、後はこのいい香りのするお花を生けた花瓶を枕元に置き、尚且つ、割れ嵐の際に拾ってきた剣をここに飾って、少しだけディノに剣の魔術を動かして貰えば、心地よいそよ風が吹くのです!」



ネアが国宝級の武器を扇風機代わりに使ったことがとても悲しかったのか、ディノはすっかり怯えてしまっている。


うっかり子守歌でもと思いかけてそれは慌てて回避したが、その代わりにネアは、目が覚めてもまだ疲れていたら手早く小腹を満たせるくらいの特製サンドイッチと、焼き菓子を寝台の横のテーブルに奉納しておいた。


冷たいお水と保温魔術の珈琲のポットもあるので、存分に寝台でごろごろ出来るようになっていた。



「さて。今日のお仕事はこの部屋で行いましょうか」

「ここで行うのかい?」

「ええ。少し離れているけれど、何かあったら気付いてくれる距離に誰かがいるのは案外素敵なことなんですよ。幸い、この客間には続き間がありますので、別のお部屋だけど何となく繋がっているという、何とも好都合な環境になっています!」

「爪先は踏めるのかな……………」

「ふむ。今日は作るお薬の数が多いので、最初と終わりに踏んで差し上げますね!」

「ご主人様!」

「それと、…………あら、三つ編みが引っかかってしまっていますよ?」



真珠色の三つ編みの尻尾を上着の内側に巻き込んでしまっていることに気付き、ネアが丁寧に直してやると、ディノはぽぽっと目元を染めて嬉しそうにもじもじする。



「可愛い。しまっておいたのに、取り出してしまうのだね………」

「あら、三つ編みはしまっておいたのですか?」

「うん。これから仕事をするのに、ウィリアムに持たせると君が引っ張れなくなるだろう?」



ネアは、その主張は何だろうと首を傾げたが、ディノは、どうやら以前に弱っているウィリアムに三つ編みを貸し出した事を思い出したらしく、今回も貸してしまうと仕事をする時にネアが引っ張れないと考えたらしい。


弱っている友人に三つ編みを貸すという発想は魔物なりの優しさだが、ネアが仕事中に三つ編みを引っ張りたがるということが前提なのはなぜだろう。


やはり魔物は謎が多い生き物だと考えながら二時間ほどかけて仕事を終えると、真夜中過ぎのお茶もゆっくりと飲んだ。



実は、こうして昼夜を逆転させているのには理由があって、ネア達はこの後に、ウィームで確認されているディラットという珍しい妖精の群れとの接触を図る仕事が入っているので、夜明けまでの時間を潰しているのである。


青い小鳥に似ているが厳密には蝶の妖精であるそのディラットは、群れで飛ぶ際に夜明けを食べて、その中に混ざる夜や昼の凝りをぽいっと捨てるらしい。


ネア達が必要なのはその捨てられた部分の方で、ディラットの群れに出会うという事は、夜明けの系譜の中の夜や昼の質の良いものが手に入る珍しい機会なのだった。



(ウィームで観測されるのは、四十年ぶりなのだとか。青い小鳥が沢山飛んでいるように見えるのなら、素敵な光景かもしれない………)



密かにそんな楽しみも抱きつつ、ネアは出来上がった薬の入った薬瓶を丁寧に梱包する。


今夜の仕事でディノに作って貰ったのは、上位の迷子防止薬のようなもので、なぜだかその手の薬の効果があまり得られないらしいネアとは違い、有るべき効果を得られる人々が愛用していた。


夏至祭が近くなるとあちこちで在庫がなくなるのは毎年の事だが、ディノの作ったものはエーダリアや、王都の第一王子達に愛用されている。


リーエンベルクでは他に、ゼノーシュがグラスト用に愛用中だ。


同僚なのだから無償で提供すると伝えたのだが、鋭い目をしたクッキーモンスターは、男らしく首を横に振り、グラストを守る為のものには正当な報酬を支払うのだと教えてくれた。


自分で作らずにディノのものを買い取っているのも、大事なグラストの為に最高品質の迷子防止薬が必要だからなのだそうだ。




「ディラットの食べ残しで得られるような、二重属性のものは、あれこれと有用なのですよね?」

「特に今回は、昼夜が重なる時間ということで、僅かにあわいの性質も帯びるからね。様々な魔術に使えるだけでなく、薬にもなるそうだよ」

「まぁ!それはもう、たくさん拾わなければなりません!」



捨てられた欠片は、きらきらとしたシーグラスのようなものになって落ちてくるのだそうだ。


ネア達は事前に、エーダリアが保管しているものを見せて貰い、出来れば二つくらいは拾って欲しいと依頼されていた。



(一度の食事でディラットが落とす欠片は、十個くらい…………。その全てを目で追って探すのは難しいけれど、もう一つくらいなら何とか拾えるかも……………)



リーエンベルクでは、今はエーダリアが一つ持っているばかりなので、出来ればヒルドとダリルにも持たせておきたいのだそうだ。

つまり、それくらいに稀少なものなので、勿論本来なら収穫争いが起きる。


今回のように、ちょうどリーエンベルクの頭上で食事時を迎えるというような絶好の機会はなかなか巡ってこないだろう。


おまけにその欠片は、布のようなものを張り巡らせて一括で受け取ろうとするようなずるをすると、淡くしゅわりと消えてしまうのだとか。

一つ一つ、丁寧に拾わないといけないのだ。




そんな夜明けの仕事に思いを馳せていると、続き間からことりと音がした。



おやっと目を瞠ってディノと頷き合い、ウィリアムの眠っている部屋を覗きにゆけば、晩餐の時間も飛ばしてぐっすり眠っていたウィリアムが、寝台の上に半身を起こしていた。


ネアが奉納しておいた水差しからきりりと冷たい森の祝福と雪の祝福の湧き水を飲み、ふうっと息を吐いている。


まだ少し眠そうな眼差しは、いつもの瞳の色よりもけぶったような暗めの色になっていて、その仕草のあちこちにはどこか無防備さが滲む。


そしてまた、ぱたりと寝台に倒れて眠ってしまった。



「……………ほわ、ぐっすりです」

「喉が渇いたのだろう。顔色は少し良くなったみたいだね……………」

「ええ。奉納しておいたサンドイッチも、食べようかなというところで眠ってしまいましたので、お腹も空いているようですが、今はまだ疲れが勝ってしまうのでしょうね………」



けれども、そうして準備しておいたものを必要としてくれるのはやはり嬉しいので、ネアは沢山のものをお供えしておいて良かったなと唇の端を持ち上げた。


きっと、ウィリアムが目を覚ます頃にはネア達が眠りについてしまうので、起きている時くらいはこうして心配してあげたい。


せめて、朝食を一緒に食べられればいいのだがと考えかけたネアは、持たされていたディノの三つ編みを離して、ウィリアムの寝顔を覗き込みに行った。



(良かった。ぼふんと倒れ伏して眠り直したけど、寝違えそうな姿勢ではないみたい。………片手は寝台の端から落ちてるけど、…………これくらいなら………)



「みぎゃ?!」



そっと覗き込んでよしよしと頷き、立ち去ろうとしたネアはその直後、ぐるんと視界が回って悲鳴を上げた。



「………………ネア?」

「ぎゅわ。寝惚けたウィリアムさんに捕獲されました……………」

「ああ、すまない、………」

「むぅ、そして寝落ちします…………」



終焉の魔物の腕に閉じ込められたネアは、すやすや眠っているウィリアムの腕を自力で持ち上げようとしたが、ずしりとした重さに上手くいかずにじたばたした。


すぐにディノが救出してくれたが、ぜいぜいしながら持ち上げて貰った腕の隙間から脱出し、また捕獲されないように慌ててディノの背後に隠れる。


「……………やはり、狐さんを配置するべきだったようです」

「毛布を持たせてみるかい?」

「安心毛布的な……………?」



こんな風に誰かに手を伸ばしてしまうのは、どのような心境なのだろうと考えると、ネアは少しだけ切なくなる。


魔物達はそれぞれに寝方にも個性があるが、巣では丸まってすやすや眠るディノや、やるべき事を全部終えてお行儀よくパジャマで眠るアルテアに対し、ウィリアムの寝方はどこか疲弊していて寄る辺ない。


警戒して捕まえてしまうのか、孤独で手を伸ばしてしまうのかは本人のみぞ知るという領域だが、今は一人ではないのだからもっと安心して眠って欲しい。



そんな事を考えていた時のことだった。


ネアはふと、銀狐に買ってあげた、お腹に入って丸まれるサイズのぬいぐるみがこっそり秘蔵されていることを思い出した。

あまりにもとろふわ竜が恋しくてならない銀狐の為に奮発したのだが、ウィリアムからまた竜になってくれるという言質が取れたので、銀狐にあげるのはその後でいいかなと考えて出し惜しみしていたものだ。



「ディノ、狐さん用に買ったぬいぐるみを、ウィリアムさんに持たせればいいのではないでしょうか?」

「ウィリアムに、ぬいぐるみを……………」

「はい。しっかり抱き締められる大きさですので、頬を寄せてすりすりしても落ち着くかもしれません。狐さんにとっても、いずれ貰った時にとろふわ竜の中身なウィリアムさんの匂いが付いていた方が、安心するかもしれませんしね」

「ウィリアムの匂い……………」



まだディノには情報過多だったのか、水紺色の瞳を揺らして困惑に固まってしまったが、ネアはすっかりこの作戦に盛り上がってしまい、いそいそと首飾りの金庫から大ぶりなぬいぐるみを取り出した。


もしその時にネアの側に過失があったのだとすればそれは、偶然にでもアルテアがリーエンベルクを訪れてくれたなら、ちびふわ化してウィリアムに抱かせてやろうと考え、ちびふわ符入れを首飾りの金庫の手前に移動させていたことだろうか。


また、ぬいぐるみを抱えたウィリアムはきっと素敵な絵面になるに違いないと、昂ぶる思いに手元が狂った事だろうか。




「ほわ、……………」



ぬいぐるみを引っ張り出した時にぱさりと一緒に落ちたものに、ネアは鋭く息を吸った。


擬態符入れは今やネアにとっての宝物の一つで、使い果たして減るかなと思いきや、適時誰かから補給されている。

そして、開いてしまった擬態符入れからウィリアムの上にふわりと落ちたのも、そんな一枚であった。




「………………ウィリアムが」

「ウィリアムさんが、ちびふわ竜に!!」

「ちびふわ………には、竜もあるのかい?」

「むむ、紛らわしいのでちびちび竜に変えましょうか。いえ、………ここは、ちびもこ竜で!」

「ちびもこ竜…………」

「はい!とろふわ竜符を開発していたノアが、その途中でおまけ的に出来たものをくれたのです。子犬くらいの大きさのふわもこな竜で、抱っこしたい系の愛くるしさになります」

「……………ノアベルトが作ったのだね」

「という事ですので、夜明けのお仕事に響かない程度に…………一時間ほど、このちびもこ竜を抱っこして寝ます!」

「ウィリアムなんて………」



ふわもこの竜の赤ちゃんなど、抱き締めて頬擦りする以外になく、ネアは擬態符入れとぬいぐるみを慌てて金庫に戻すと、いそいそと寝台の上に這い上がった。


荒ぶりかけた魔物には、お昼寝感覚で少しだけ一緒に横になりましょうと巧みに持ちかけ、ちびもこ竜を間に挟む形でごろんと横になる。


鷹の翼のような羽にもこもこの水灰色の毛皮を持つこの竜は、とろふわ竜の下位にあたる霧の系譜の竜の一種なのだとか。


実験用の術符なので持続時間も一時間と短く、抱き締めた肌触りを堪能するには丁度いい時間だ。



個別包装なしのお昼寝感覚と聞き、ディノはウィリアムなちび竜の上からネアを抱き込むようにして腕を回してくれる。


こうしておけば、ご主人様とくっついて眠れる魔物にとっても良い時間になるという狡猾な作戦により、ネアは首元にしっかりと抱き寄せたちびもこ竜の毛皮に顔を埋めてにんまりした。



するとどこからか、たしたしたしっという軽い足音が聞こえてくると、ムギーと鳴いた銀狐が飛び込んでくるではないか。



「まぁ、さては逃げたもののこちらが気になって戻って来てしまいましたね?これはもう、狐さんも仲間に入れるしかありません!」



またしても母性が爆発したのかなと思えば、リーエンベルクの最大もふもふは自分であると荒ぶる銀狐にとっては、大きさが似ているこのふわもこ竜はライバルになるようだ。


ネア達の腕の隙間に体を捩じ込むと、満足げに疑惑の尻尾をふりふりしている。



(タジクーシャの事件があって、狐さん姿になれなくなったらと心配していたけれど、今は大丈夫そう。でも、この姿でいるのが怖くないように、狐さんの時は甘やかしてしまわなければだわ…………)



そんな企みと共に、ネアは幸せなもふもふともこもこと、大切な伴侶を抱き締めた。


寝ている間にふわもこにされた終焉の魔物は、みんなにぎゅっとされたことで安心したのか、ほにゃりと緩んだ幸せそうな寝顔を見せてくれる。



かくしてリーエンベルクのとある客間では、きっかり一時間後に擬態も解け、みんなに囲まれ呆然とした面持ちで目を覚ました終焉の魔物が見られたのだった。








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