魔術師の遺産と知識の迷路
ひたひたと、どこまでも続く通路に足音が響く。
決して明瞭な靴跡ではないのは、エーダリアが履いているのが室内履きだからだ。
複雑な気持ちではあるがはぐれないよう手を繋いでいる部下は、不敵な微笑みを浮かべて手には自作の武器を持っていた。
「……………すまないな。すっかり巻き込んでしまった」
「まさかの遺産分けから迷路とは、想像はしていませんでしたものね………」
「ああ。本来なら迷い込みの魔術を警戒するべきなのだが、故人は穏やかな御仁でな。書斎には他者を害するものが派生しないように細心の注意を払っていたのだが…………」
そう呟き足元を見れば、白磁に藍色の絵付けのあるタイルが敷き詰められている。
ところどころが割れていて、そこから葉を茂らせた草花を見ると、何とも言えない物悲しさで胸が詰まった。
ここは、遺産分けで貰ってきた魔術書から迷い込んだ知識の迷宮だが、半月前に亡くなっていたエーダリアの尊敬する魔術師の屋敷の内部にもよく似ているのだ。
(…………いや、その屋敷こそを模しているのだろうが……………)
この場所の荒み方が、かの偉大なる魔術書の所有者がもうこの世にはいないのだと知らしめる。
エーダリアは個人としての接点を持たなかったが、いつかじっくりと話してみたいと思っていた人物であった。
ウィームが国だった頃からシュタルトとの中間部にある小さな村に住んでおり、晩年は滅多に屋敷を出なかったその魔術師の屋敷から、残された魔術書をウィーム領の所有にしたいという遺書の内容が伝えられたのと、ダリルの指示でリーエンベルクから使者が立てられようとしていたのはほぼ同時だった筈だ。
ダリルの弟子の一人とゼベルが向かう予定であったが、目当ての魔術書そのものがリーエンベルクに届いてしまい、その任は解かれた。
代わりに、リーエンベルクの騎士棟の隣にある外客用の受付の部屋などを備えた建物の中に遮蔽室を作り、そこでの魔術書の整理と分類が行われる事になり、その作業が終わった直後に事故は起きたのだ。
「そのような方の本も、荒ぶってしまうのですね……………」
「魔術書は、持ち主の魔術師の感情や執着が癒着し易いものだからな。手に取ってもその異質さに気付かない事がある。………物語という括りで、事件や知識を隠し持つというのも本の特性なのだ」
「だから、ヒルドさんやゼベルさんも、一緒にいてうきうきだった使い魔さんも油断してしまったのですね」
「ああ。……………だがこのようなものを残してしまうという業は、魔術書を愛する者が等しく抱えているものなのかもしれない………」
そう呟き、王都にもないような大回廊とも言うべき建物の遠い天井を見上げた。
目の前にはアーチ型の回廊がどこまでも続いており、草木が茂り荒れ果てたその回廊の孔雀色の壁には、背丈の何倍もあるような立派な書架が並んでいる。
だが、そこに並んでいた筈の本はまばらになってしまっており、開いた本も殆どがぼろぼろになっていた。
孔雀色の壁紙に飴色の書架、そして、泉水晶のシャンデリアに床の白磁に藍色の絵付けのタイルというこの組み合わせが、亡くなった魔術師のお気に入りだったことは有名で、エーダリアも、ダリルの同伴者として一度だけその屋敷を訪問した時には美しい意匠に目を奪われたものだ。
「その方は、…………知識を食べられてしまう呪いをかけられてお亡くなりになったのですよね?」
「ああ。最後に研究をしていた魔術書が、どうも魔術書を装った仕掛け術式だったようだ。本を読めば読むほど、こちらの知識を盗まれてゆき、最後の頁で命も奪われてしまう」
「……………それなのに、読むのを止められなかったのでしょうか」
「その種の魔術書は、とてもではないが読み止められないような内容になっているらしい。ごく稀にではあるが、世には出してはならない知識を持つ者達が、自決の際に敢えてそのようなものを使う事がある」
そう教えてやれば、ネアは眉を寄せて首を傾げた。
「世には出せない知識を、盗まれてしまうのに?」
「それもまた、奇妙な欲求だな…………。敵対する者達に奪わせる訳にはいかない知識であれ、どこか安全なところには遺してゆこうと思うのだろう。学びを尊ぶ者達の多くは、後世に残すべき知恵が失われる事を何よりも恐る傾向がある」
もしかしたら、歪な形ではあるものの自身の写しを遺していったエーヴァルト王もまた、どこかに自身の知り得た事を記してゆこうとしたのだろうか。
そう考えると、一概にそれを尊ぶばかりではなく、過去から繋がる僅かばかりの妄執めいたものを感じる事もある。
エーヴァルト王の遺産を受け継いだのはフェルフィーズ自身の意思であったようだが、そうではない形での継承も少なくはない。
竜達の賢者の知識を受け継ぐ儀式も、拒否権なくその膨大な知識の受け皿にされてしまう者もいると聞いていた。
「……………ふむ。エーダリア様の手は、絶対に離さない方が良さそうですね」
そんな事を呟いて頷いたネアは、エーダリアが魔術書に飲み込まれる瞬間にその手を掴んでくれた事で、共にここに落とされてしまっていた。
こんな形で巻き込んでしまったかと堪らない気持ちになったが、当の本人はけろりとしている。
(私とは違い、しっかりと靴も履いてはいるが、……………あまりにもどこかに迷い込む事に慣れ過ぎではないだろうか…………)
帰ったら慣れとは恐ろしいものだと言い聞かせなければと思いかけ、エーダリアはその言葉は自分にも跳ね返ってくると気付いて肩を落とした。
魔術書の整理と分類はダリルや騎士達が行い、届いてから半日程で殆ど終わっていた。
その全ての分類が終わったと聞いたのが就寝の少し前の時間だったのだが、エーダリアは、騎士達やダリルの遅くまでの仕分け作業を労いがてら、どのような魔術書が送られてきたのかを見に行ってしまった。
どれだけ気が急いていたものか、うっかり室内履きのままそこを訪れ、ダリルが部屋を空けていたのをいいことに何冊かの魔術書を手に取っていた最中に、ここに落とされた。
ネアがなぜそこにいたのかと言えば、噂を聞きつけたアルテアが、狙っていた魔術書の閲覧許可をダリルに取り付けに来ていたからだ。
ネアをエーダリアに預けたアルテアは、目当ての魔術書を探しにゆき、ディノは隣室でダリルと、その魔術書をアルテアが借りてもいいかどうかの話し合いをしていたのだから、あまりにも間が悪い。
つまり、帰り道が整うまでは、エーダリアはこの部下を責任を持って守ってやらなければならないのだった。
「…………いや、さすがにこのような所で、身勝手な振る舞いはするまい。お前こそ、おかしなものを……………ネア、それは何だ?」
狩りなどに出かけるとかなり活動的だと聞いていたので、ここであらためて警戒を促そうとネアの方を向けば、先程まで右手にはきりん札を持っていた筈のネアは、見た事もない不思議な布を引き摺っている。
見事な真紅の布に淡い萌黄色の織り模様がある高価な布地のように見えるが、僅かながらに起毛している布の表面は、見た瞬間は波打っていたような気がした。
「先程まで元気にばたばた飛んでいたので、きりんさんを押し付けたところお亡くなりになりました。エーダリア様は、ばたばた飛び交う織物が何なのかご存知ですか?」
「………………いや、……初めて見たものだ。…………やはり生き物だったのだな…………」
「腕輪の金庫に入庫しようと思いますので、繋いでいる手を離してその間は私の腕を掴んでいてくれますか?」
「…………………ああ。その、…………あまり、このような所で見た事もない生き物を狩るんじゃないぞ」
「……………しかし、こやつはほぼ布でした」
(…………確かに、ここで手を離すのは危険だろう。手を離さないようにして、ネアが腕輪の金庫にその生き物をしまえるようにしなければとなると、……………)
金庫に獲物をしまう動作の邪魔にならないように肘近くを掴み直せば、ネアは大きな布を手際良く畳んでしまい、腕輪の金庫に押し込んでいた。
「…………生き物だったものを、畳んでしまうのだな…………」
「ええ。もはや布ですし、カワセミも狩った後はくるくると巻き取ってしまっておきますよ?」
「……………そうか。…………ネア?」
「ダリルさんが来て下されば、…………すぐに見付けて連れて帰って貰えるのですよね?」
不安な表情を何と捉えたものか、そう尋ねたネアにしっかりと頷いてやる。
ここのように、書から迷い込んだ迷路や迷宮は、書架妖精であるダリルの領域だ。
あの場には他にも人がいたので、エーダリア達が本に迷い込んだ瞬間などは、アルテアあたりがしっかりと目撃してくれているだろう。
であれば、後は迎えを待つだけであるし、この知識の迷路には今の所、害を為すような要素や気配は見当たらない。
それも少なくはないことで、持ち主の未練や思い入れが篭った本に触れ、たまたまその残留思念の描いた迷路に呼ばれてしまっただけなのだろう。
「……………ああ。だが、それはつまり、ダリルに迎えの手間をかけさせる事になる訳だからな」
「むむ、エーダリア様が叱られる気がしてきました……………」
その通りなので深々と溜め息を吐き、早くもきりきりと締め付けられるような不快感を覚え始めた胃を押さえる。
今回の事は、完全に油断からの失態だ。
あのような人物の遺産分けで、それもわざわざウィーム領にと寄贈され託された程の魔術書なのだ。
集めてきた希少な書物を、その価値を知り扱いに長けた者達に任そうとまでしたのであれば、このようなものが残されている可能性は最初から高かったのだと考えておくべきだった。
どれだけ穏やかで聡明な人物でも、我が身の拠り所とした知識を奪われて死んだのだ。
最期まで冷静に振る舞い、遺産の相続についての指示も出していたとは言え、こうして知識を奪われまいとする執着や妄執が残っていても不思議はない。
「…………エーダリア様?」
「…………っ、すまない。この状況を予測出来ていなかった事を少し、な」
「あら、助かるかどうか分からず、命の危険があるような場所ではないのですから、迷い込んでしまった以上はどどんと構えていて下さい。悪いやつが現れたら私が狩りますからね!」
「……………それもどうなのだ。お前は確かに守護は厚いが、可動域が…」
「むぐるるる!」
「…………それは事実ではないか。私も、この程度の領域ではお前を守るくらいの事は出来るのだから、どうか無理だけはしないでくれ」
獣のように威嚇されたが構わずそう言い重ねると、ネアは鳩羽色の瞳を見開き、ふっと淡く微笑んだ。
「エーダリア様がいれば、私も安心ですね。ただし、もしもの時は、私が敵の排除を引き受けますので、エーダリア様は魔術の難しいところをお願いしますね」
「…………それでいいのだろうか」
「あら、適材適所ですよ。……………ほわ、エーダリア様、あちらのお魚さんは食べると美味しいものでしょうか?」
「魚…………?」
奇妙な質問にネアが指差した方を見れば、そこには確かに、なかなか立派な魚が床に落ちている。
つい今しがた水揚げしたばかりのような鮮度に見えるが、荒れ果てているとはいえ屋内なので近くには水場などはない。
ここにあるものは、故人の記憶から持ち込まれた物が多い筈なので、あの魚に何某かの強い思い入れがあったのだろう。
「…………得体の知れないものを、食料として持ち帰るのはやめた方がいいだろうな。…………っ、これは!」
そうネアを、窘めようとした時の事だった。
思いがけないものを見付けてしまい、エーダリアは慌ててネアを連れて、大きな書架の下に咲いている小さな花を目指す。
「むぐ、案の定、エーダリア様が荒ぶり始めました…………」
「その書架の下で、水色の花をつけている植物が見えるか?あれは水辺の魔術式が凝って結晶化したものだ。古い本からこぼれた魔術が、あの場所に溜まって育ったのだろう。採取してゆくから、お前は、…………そうだな。上着の裾にでも掴まっていてくれ」
「おのれ、すっかり夢中です…………」
隣からネアのそんな声が聞こえたが、もう一度繋いだ手を今度はネアから持ち替えて貰い、持っていた魔術金庫を開いて採取用の夜の祝福石のパレットを取り出す。
すると、ネアが興味を示したようにこちらを覗き込んできた。
「……………お花なのに、パレットに集めるのですか?」
「ああ。あの種のものはとても不安定な状態だからな。パレットに落として固定の魔術をかけることで、絵の具にしてしまう採取方法が推奨されている。元は本に記された魔術の凝ったものだから、インクや絵の具にする事が多いのだろうな」
「ふむふむ。エーダリア様の場合は、インクではなくて絵の具にするのですね?」
「この隣の黄色が、陽光の魔術の絵の具でな。これと是非に合わせてみたい」
「うきうきです……………」
長年愛用している道具入れから取り出した雪の葬い石の筆で花に触れると、キィンと澄んだ音がして水色の花がパレットに落ちる。
パレットに触れた途端にとろりと溶けた花にすかさず固定魔術を練り込み、後は筆を使って、完全に固まる前に丁寧に整形すると、固形絵の具のような状態になる。
「このような物が生まれるくらいなのだ。あの方の知識はどれだけのものだったことか…………」
少しだけやるせなくなってそう呟けば、こちらを覗き込んでいたネアが、小さく頷く。
「…………大切で大好きだったものを忘れてしまうのも、こうして、…………ここまでという、お別れの気配を感じるのも、…………とても悲しいですね」
「………………ああ。亡くなられたことを、私は知らなかった。いつか語らってみたいと考えていたのだが、…………そのような機会は、いつまでも待ってはくれないものなのだな………………」
「そう言えば、あの本の山の中には、ダリルさんの必要としていたものはあったのでしょうか?蔵書を見せて貰おうとしていたのですから、必要なものがあったのですよね?」
ネアが、そう尋ねた時の事だった。
柔らかな衣摺れの音がして、誰かが一通の白い封筒を差し出してくる。
思わず受け取ってしまったが、横から見えた美しい砂色のガウンの袖口が印象的で、それをどこかで見た事があるような気がした。
「……………っ、ロズル師!」
記憶がその姿を導き出すまでに少し手間取り、慌てて振り返ったがそこにはもう誰もいなかった。
植物に侵食されかけ、書庫の殆どを空にし、けれどもかつての壮麗さを思わせる美しさを残した回廊がどこまでも続いているばかり。
「……………今、そこに優しい顔をしたお爺さんがいらっしゃいました」
「ロズル師で間違いない。あのローブの袖口は、あの方の気に入っていた魔術師としての正装姿だ」
「………………ぎゅわ、幽霊…………」
「……………ネア?まさか、あれだけ得体の知れないものを狩っておいて、死霊は苦手なのか……………?」
「む、無理でふ。知らない方の幽霊は、ホラーの領域であると言わざるを得ません………」
手の中には、光を集めるような真っ白な封筒がある。
上質な手触りの分厚い紙で、そこには、エーダリア殿という宛名が優美な文字で記されていた。
(私に、……………遺してくれたのか)
その文字を見ると、不思議な感慨で何も言えなくなった。
叶わぬ夢ではあるが、ロズル師のように魔術書の研究をして暮らしてゆきたいと考えていた事がある。
今はもう、このウィームの領主としての生活が気に入っているが、その頃は、自分は生涯ウィームの地を踏む事は出来ないのだろうと考えていた。
それが叶ったのに、何故自分はもっと彼と親しくなろうとしなかったのか。
(いや、……………そう思えるように、それが許される環境になったのは、……………ネアがリーエンベルクに来てからだったのか………………)
ふと、そんな事に今更だが気付き、思わずその瞳を見つめてしまう。
この、風変わりで破天荒な部下がリーエンベルクにやって来てから、エーダリアの目の前には沢山の選択肢が並ぶようになった。
グラストとゼノーシュが歌乞いと契約の魔物として揃ったのも近年の事であるし、今はヒルドがいて、ノアベルトがいて、勿論、ネア達もいて。
最近ではかなりの頻度でリーエンベルクに泊まっているアルテアや、こちらもやはり頻繁に訪れてくれるようになったウィリアムも。
「やっと見付けたよ、馬鹿王子」
そして、振り返った先に腕を組んで割れそうな程に青い瞳を眇めて立っている、息を飲む程に美しい書架妖精だけは、ウィームに移り住んだその最初の日からずっと共にいた。
「…………すまなかった、私の不注意でネアまで巻き込んでしまった。それと、これをロズル師から受け取ったのだが………」
鮮やかな青いドレス姿で、明らかに不機嫌な時の凄惨な微笑みを浮かべていたダリルは、エーダリアがそう言って差し出した封筒を見ると眉を持ち上げた。
「へぇ、…………遺書って訳かい。随分と周到な遺し方をしたもんだね」
「私がここに呼び込まれたのも、ロズル師の想定の上だったのかもしれないな…………」
「綺麗にまとめて、それで許されると思っているのかい?」
「っ、そのようなことは………」
「………ネアちゃん、それは捕まえると大惨事になるからやめておきな」
「…………む。このちびくろヒヨコは駄目なのですか?」
危うく余計に怒らせるところだったダリルの視線が逸れたので有り難くそちらを追うと、ネアが、廊下を歩いている黒いヒヨコを捕まえようと体を屈めたところだった。
それがどんなものなのかをよく知るエーダリアは、ダリルが素早く止めてくれた事に心から感謝する。
「ネア、それはインク溜まりの妖精だ。触れた瞬間にインクに戻るので、手や体が真っ黒になるぞ」
「…………まぁ、ではこやつには温情を差し上げましょう。狩らずに見逃してくれた心優しい乙女のことを忘れてはいけませんよ?」
ネアは大真面目にそう言い聞かせていたが、その内容までを理解したのかどうか。
何とか捕まえられずに済んだ黒いヒヨコは、死に物狂いで駆け去っていった。
「……………ディノ達も待っているから、まずは帰るよ。お説教はそれからだ」
「…………ああ」
「それとその手紙は、ディノ達も含めて全員で読んだ方が良さそうだね」
「……………構わないが、…………何か、師が私に言い残すような事に思い当たるものがあるのか?」
そう尋ねると、こちらを見た美しい代理妖精は呆れたように目を細める。
片手でしっかりネアを捕まえているのは、これ以上の不要な狩りを防ぐ為だろう。
「きっと、ダリルさんがその方の蔵書に求めた事に関する内容が、書かれているのかもしれませんね」
そしてそんなネアは、事もなげにそう言ってみせるのだ。
「まぁ、それが縁ってものさね」
「うむ」
「……………そういうものなのだろうか」
魔術の塔の長として様々な魔術に触れて来たが、そんな事を二人から当然のように言われてしまうと、すぐには飲み込めずに唖然としてしまう。
しかし、その驚きや動揺を飲み込む前に、エーダリアはずしんと揺れた床の振動に慌てて振り返った。
「…………むむ、あのスフィンクス似の怪物さんはどこかで見かけたことが…………」
「…………ダ、ダリル!」
「まったく、ロズルの奴は記憶の回廊に何てものを飼っているんだい!さっさと帰るよ!!」
「…………は!人面魚で打ち負かせていましたので、安心して下さい」
「こいつは、ロズルの記憶の中の怪物だ。実物通りとは限らないよ。ほら、ネアちゃんも走って!」
「ふぁ、ふぁい!!」
慌てて来た道を走って戻れば、途中に先程まではなかった簡素な木の扉があった。
駆け込むようにしてその扉を潜り抜けると、エーダリア達は先程までいたリーエンベルクの外客用の部屋に出た。
「ネア!」
「……………ぎゅわ。前に嘘の精さんの暴れた所で見た、猫で女性な感じの怪物さんがいました……………」
「ったく。ただの記憶庫な回廊でその当たりを引くのはお前くらいだぞ」
「…………むぐ。エーダリア様の当たりくじかもしれませんよ?」
どうやらダリルは、こちらで危険はないようだと魔物達を安心させてから、迎えに来てくれたようだ。
ディノ達が思っていたよりも落ち着いていて、エーダリアはほっと胸を撫で下ろす。
賑やかになり始めた魔物達とネアのやり取りを背後に、腕を組んでこちらを見ているダリルと、安堵したように息を吐いたヒルドに向かって深々と頭を下げれば、ダリルはその頭を、本のようなもので容赦なく叩いた。
ロズル師からの遺書には、やはり、ダリルとネアが想定した通りの事が記されていた。
“今年は、魔術師達による夏夜の宴が行われる模様。猫の商隊の狩りと、白い魔物、女魔術師の見付けた滅びの都の災いの薬に注意されたし。……………余談ではあるが、銀雨の魔術と金の木漏れ日の魔術の書は一読の価値あり”
また一つ、放置してはおけない問題が起こるようだ。
その悩ましさに頭を抱えたくなったが、振り返って家族のような仲間達を見ると、まずは、ロズル師の薦めてくれた魔術書を読む事から始めようと思う。
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