新たなアイドルともまたすれ違う男
全くもって何もやる気が出ない。傍から見れば俺はまさに糸の切れた人形の様になってしまっているのであろう。結局世の中は顔だ。もう俺は二度と騙されない。
何でむしろ俺は今まで気が付かなかったのだろうか......。
不幸にも、つい数時間前。俺はこの目でしっかりと見てしまった。
超イケメンと一緒に別棟のエントランスで楽しそうに手を組んで歩いている結衣ちゃんの姿を。
あんな女の顔をした結衣ちゃんを俺は今まで一度ですら見たことがあっただろうか。否、ない。
もう昨日の夜に踏ん切りは付けたつもりではいたけれど、さすがにまたあんな光景を見せつけられたら........。もう、生ける屍状態になるしかないだろ.......。
これはショック症状だろうか。心なしか身体が震えきた様な気がしなくもない。現にまた手に持っていたレジュメをを歩いている廊下にパラパラと落としてしまった。
おかげで無残にも一番上のプリントなんて落としすぎてもう汚れに汚れまくっている。
まぁ、さっき踏んでしまったから当たり前か。これはこのバカのにしよう。いや、これを輪転にかけるから全員分汚れた様になるのか。まぁ、何でもいいか。どうせ誰も真剣に読まない。教授は既に持っているから渡す必要もないし、怒られる心配もないだろう。
「なぁ、鉄也。愛華ちゃんはもちろんだけどさ。夏音ちゃんがこの大学にいる可能性もそれなりにはあるわけだよな」
「お前、まだ諦めていなかったのか。はぁ、それなりの意味知ってる? お前も早く諦めろ。可能性なんてない」
「ん? お前も?」
「あ、あぁ、こっちの話だ。とにかく諦めろ。いい加減うるさい」
でもこいつは本当に幸せな男だと思う。本当にバカは人生が楽しそうでいい。
下手をすればあと3年間はずっと夢を見続けられるという意味で本当に幸せ者だ。
どうせなら俺ももっと夢を見ていたかった。
「夏音ちゃんは、いわずと知れた超プリティガール。純粋無垢で穢れを知らないあの感じはまさにアイドルの理想形と言っても過言ではない。あのぶりっこな感じがあざとくて受け入れられないとか言うバカな輩もいたが、そんな奴は全然彼女のことをわかっていない。あれは素だ。計算な訳がない。あー、俺が一生をかけて守ってやりてー」
そしてまた長々と始まった。
恒例の脳内お花畑タイム。あれが素? 笑わせるな、どう考えても計算だ。もう俺にはわかる。
女は何をするにも全て計算で動いている。例外はない。
「愛華ちゃんが一番の推しって俺言ってたじゃん。でも実は別のグループの夏音ちゃんも普通に同じくらい好きだったんだよなー。あ、ちなみにこれは浮気をしていたとかではなく、何て言ったらいいのかなー。LOVEではなくLIKE的な。愛華ちゃんはLOVE。夏音ちゃんは超LIKE的な? この意味、鉄也にわかるかなー」
「わかるかよ、バカ」
心底どうでもいい。
おそらくこれ程わからなくても困らないものはないだろう。
「ところで鉄也の持っているそれ、何部刷らないといけないんだっけ」
「ん? 確か15部。いや先生のも合わせると16部か、いやもう何部でもいいだろ」
そして何で俺は男二人で、イチャイチャとまたアイドルの話なんてして歩いている。あまりにも虚しすぎる。
でも正直、大学に入ってもクラスという概念が存在するとは思っていなかったから当時は驚いた。別にそれはそれで悪くはないが、何でかなりのクラスがある中で高校に引き続いて奇跡的に俺はこいつとまた同じクラスなのだろうか。
「あ、やば。ちょっと腹が。もしかしたらさっき昼に食った飯があたったのかも。ちょっとトイレ。すまんが印刷は頼んだ.....ぜ」
まぁ、来年にあるゼミ選択では絶対にこいつと離れようと思う。
別に実際は嫌いと言うわけではないし、昔から一緒にいて退屈はしないが、とにかくバカだ。偏差値とかそういう意味ではなく、良くも悪くも人間としてバカ。今日みたいな日にはただただ疲れる。
その腹痛も絶対にさっき食った飯が当たったわけではない。絶対にその後にお前が調子に乗って食べてたデラックスなんちゃらパフェのせいだ。確か30分以内に食べきれば賞金5000円だったか。見事に食べきれずに5000円払っていたなこのバカは。
足りずに出してやった俺の2000円は必ず回収する。法外な利子をつけて。
まぁいい。とにかく、別に印刷など一人でできる。
何らお前がいなくても問題はない。
問題があるとすればクラスがある教室が4階にあるのに対して輪転機が置いてある場所が地下1階だということぐらいか。
おかげでもうただでさえ削られていた体力がほぼ0だ。
まぁ、そうこう無駄なことを考えているうちにもう着いたがな。
「はぁ、全然お目当ての奴は見つかんないし、何よこれ。普通のコピー機じゃないの? 意味わかんないんだけどー。そもそも輪転ってどういう意味よー。あー、イライラするー! この大学にいるんじゃないの? 早くしないと先をこされるじゃないの」
着いたけど.......。
何か一人でブツブツと悪態つきながら輪転機をバンバン叩いている人がいる......。
後ろ姿しかわからないけれど、ぱっと見キャバ嬢?
かなり明るいブロンドの髪色にくるくると巻かれた毛先。
とりあえず、そう思ってしまうぐらいには派手な感じが背中からひしひしと滲み出ている。しかも背中も大胆に露出して.......何かエロいな。
とりあえず、関わり合いたいかと言われれば、個人的には絶対に関わり合いたくないタイプだろう。特にこんな俺以外に誰もいないタイミングでは尚更。
ただ、時すでに遅し。
いつの間にかがっつりと目が合ってしまっている.......。
「あ、ふふっ、何かこの輪転機さん。故障しているのかな。さっきから動かなくってー。何でだろ? お兄さん、良かったらちょっと見てくれません?」
そして何だろう。そのあからさまな上目遣い。
ものすっごい営業スマイル感が半端ない。もしかして本物のキャバ嬢?
何だかんだで大学に通いながら夜はそういう店で働いている人がいるってことはよく耳にするし。別にそれに関しては悪いことでもない。個人の自由だ。どうでもいい。お金も良いみたいだしな。
ただ、一応さっきの光景を俺に見られてたのはわかっているはず。さすがにそれをなかったことにするのは無理がある。
「それにしても本当もう困っちゃいますよー。入学早々、私って何かクラスの厳しいおばさん先生によく思われてないみたいでー。これだって他の男の子がやってくれるって言ってるのに私を指名ですよー。私何もしてないのにー」
今度はものすっごく甘ったるい声だな。
お世辞にもさっきイライラしながら輪転機をバンバンしていた人と同じ人が話をしているとは思えない。
切替がもはやプロのそれだ。
ただ、それにしても普通に美人。かなりの美人だとは思う。これで新入生なのか。
これもまたメイクや髪型よるものかもしれないけれど、朝のあの教室で一緒になった何とか愛ちゃんだったか。あの子とは逆でかなり大人っぽく見える。
「ほんともう困っちゃいますよー。私だって色々とやらなくちゃいけないことあるのに。いまだって本当は急に行かなくちゃいけないところができちゃってー」
しかも気がつけば唐突なボディタッチ。何と言うか。
あざと.......。それにボディラインを強調される服を着ているからだろうが、前から見てもやっぱりちょっと目のやりどころに困るというかなんというか。
胸が........。
「それが50部ですよ。50部。絶対に間に合わないですー。どうしよ。本当にどうしましょう。困っちゃいますー」
何だ。何がしたいこの女。今度はじわじわと俺との距離を。
お、俺は騙されんぞ。あのバカならまだしも昨日の今日でこんないかにも計算高そうな女に良いように扱われてたまるか。
「ねぇ、どうしたらいいですかねー」
「もし良かったら刷っておこ...」
「え? 本当ですかー! うっれしい。 こんな優しい先輩いるんだー。ほんと助かりますー!」
あれ? 何で俺が彼女の分まで刷ることに? と言うか、何で俺は勝手に口が.......。
そ、そうか。そうだ。今の俺は色んなことがあって精神がおかしくなっているからだ。別にこんなあからさまな女に良いように使われるわけではない。やっぱり断ろう。
「ちなみに何分ぐらいかかりそうですかぁ?」
って、只でさえ近いのにまた俺に近づいて、し、しかもこれもう胸が当たって.....
「ま、まぁ最速で10分もあれば」
「えー、すっごーい。はやーい。さすがです!じゃあ30分後に取りに来ますね。では!」
いや、何が10分だ。俺。
あと何で10分って言っているのに30分後だ。お前。しかもすぐに消えた。さっきまでものすごい近い距離にいた癖にもういない。
ま、まぁ良い。
戻ってきたらあのバカに待たせておこう。俺はそんなにチョロい男ではないからな。勘違いされても困る。本当に。
ただ、何だろう。
「ん?」
それにしても何かまた違和感あると言うかひっかかるよな。さっきの女。何かがモヤモヤとする。
と言うか、最近の俺。何か色々とひっかかってばっかりだな。顔? 声?
まぁ、今回も何も思い出せないし、そもそも俺にはあんなあざとさ全開のキャバ嬢みたいな女に知り合いはいない。
要するに今回も勘違いでしかないだろう。
やっぱりちょっとおかしくなってるな。俺。うん。絶対におかしくなっている。
本来の俺はあんな女に騙される男では絶対にないからな。ぜ、絶対に。
まぁ、とりあえず刷るか.......。




