99. 自分たちに出来ること
遠征慰労会の夕食はドルドレンとイーアンの2人分だった。他2人は医務室で、病人食になってしまった。
何と言うか、一応ご馳走であるため・・・広間で食べると、いかにも『二人だけの世界』といった感じの浮き方をする、とイーアンが気にして、夕食は部屋で食べることにした。
ドルドレンと乾杯した後、フォラヴと一緒に戻ってきたことで、30分ほどイーアンは説教をされていた。
昼を抜いた二人は、会話も食べながらというガツガツした感じだったが、説教は食事に負けることなく続いた。イーアンも黙々と食べながら、お説教の返事を続けた。
フォラヴは危険ではないと思った、とイーアンが言うと、『一度口説かれているのだから』とドルドレンは眉間にシワを寄せた。オシーンや手袋の話もしたし、それまではずっと一人で作業していたことも話したが『そこではない』と言われるだけだった。
自覚が足りないのだ、と反省するイーアン。
もう少し、作業部屋を何らかの形で孤立化させてみようか、と考える。悪意のない人たちを無下に断ることは出来ないから、どうしても近づけない状態を作ってしまったほうが良いかも、と。
イーアンが孤立方法をいろいろと考え始め、無口になった。
この無言の食事時間に気が付いたドルドレンは、気を揉み始めた。――言い過ぎたか、とドルドレンの脳裏に過ぎったが、口から出た言葉は戻らない。話を変えて振ってみるが、イーアンは食事をひたすら続けて生返事だった。
食事は淡々と終わり、言葉も少ないまま厨房に食器を下げて、そのまま風呂へ入ると、イーアンは『今日は疲れたのでもう寝ます』と早々に自分の部屋へ入ってしまった。
非常に声をかけづらい状況になってしまったので、ドルドレンは『今日は一緒には眠らないの?』と聞こうとして口を噤んだ。落ち着かなくて、蝋燭を消したイーアンの部屋に行くと、既に寝ていた。
セダンカの話もしていなかった・・・と思い出す。明日、彼女に話(何とか機嫌を直して)をしようと決めて、我慢して一人で眠りについた。
翌朝。ドルドレンが起きると、イーアンはまだ眠っていた。
最初の日を思い出させる眠り方。死んだように眠っているが、近くで見ればお腹が上下に動いているので、息をしていると安心する。
このまま起こさず、落ち着いてゆっくり食事が出来るように、食事を持って来よう、と考え、ドルドレンはそっと廊下へ出た。行ってみると厨房は急がしく、まだ朝食には少し早そうに見えた。
それなら、と。朝食が出来るまで、シャンガマックの様子を見ておこうと医務室へ足を向けた。
シャンガマックは起きたばかりの様子で、ベッドに横になってはいたが、目は開けていた。体調を訊くと『薬が効いている間はさほど痛みはない』と小声で答えた。イーアンは大丈夫か?と逆に尋ねられ、疲れているからまだ寝ている、と答えると、とんでもないことをシャンガマックが言った。
『俺を炎から守り続けたから、彼女が火傷を負っていないか心配だった』
あの時。ドルドレンは遠目でしか見ていなかった。
魔物の頭付近は火が上がっていて、その向こうにイーアンの青い背中が見えていた。シャンガマックは立ち上がれなかったから、側で心配していたのかと勝手に思いこんでいた。自分が名前を呼んだら、イーアンはすぐに立ってこちらを見たから、シャンガマックの容態を見ていたもの、と・・・・・
シャンガマックは目を伏せて辛そうに呟いた。『イーアンが焼けると思うと怖くて、どうにか退けたかったが、それさえする力が出なかった』と。『髪の毛の焦げる匂いがして・・・』とシャンガマックが言った時には、ドルドレンは急いで部屋に向かって走り出した。
ドルドレンの頭の中で様々なことが巡っていた。部屋に急いで入ると、イーアンはまだ眠っていた。
ベッドに跪いて、イーアンの髪の毛をそっと触ると、後頭部の襟元が縮れて短くなっていた。顔は?と、覗き込むが、頬に多少の突っ張った感じがあるものの、火傷ではなかった。横を向いて寝ているので、そっと服をずらして背中を見る。首の後ろと背中は赤かった。火傷はしていないと思うが、日焼けの痕のように見えた。
全く気が付かなかった。
自分の疲労と手の腫れの酷さにばかり、気を取られていたことに眩暈がした。焼かれながら堪えて、魔物の皮を全て集めて、騎士のためにとすぐに手袋の試作を仕上げて――
目をぎゅっと閉じて、ドルドレンは両手で顔を覆った。フォラヴはシャンガマックの話を聞いたんだろう。それでイーアンの様子を見に行ったのだ。――俺は何をしていたんだ。
イーアンが目が覚めるまで。待とうと思った。
朝食を取りに行き、2人分を持ってきて机に置く。ドルドレンは眠るイーアンの側に腰かけて、待った。
イーアンが起きると、ドルドレンがベッドに腰かけていて『朝食はここで』と微笑んでいた。机に朝食があるのを見たイーアンは、慌てて起きようとした。だが『急がないで良い』と、ドルドレンが優しくイーアンの体を押さえて、その髪を撫でた。
少し見つめ合った後、灰色の瞳が少し悲しそうに狭められ、『抱き締めたら痛いか』とドルドレンが訊く。イーアンは『大丈夫です』と答えて、ドルドレンの体に腕を回した。ドルドレンはそっとイーアンを抱き寄せ、背中を強く触らなかった。お互いに、昨晩は抱き合っていなかったことを思い出す。四六時中、抱き合っているのに。
二人は遅い朝食を取った。会話は静かだった。イーアンの頭の中では、作業部屋の孤立化を。ドルドレンの頭の中では、謝ったり・謝ったり・謝ったり。
食事も終わる頃。そうだ、と思いだしてセダンカの話をした。
イーアンは意外そうな顔をして、話を聞いていた。彼がイーアンに嫌われたと心配していたことを伝えると、イーアンは『自分が嫌われていると思った』と答えた。
そして『まだ計画にはなっていないけれど』と躊躇いがちに、思っていたことを話し始めた。
イーアンはあの話の後。自分が今後に向けて何をするべきかを考えていた、という。
騎士修道会の評判を、自分(女性の存在)のために落とすことがないように動くこと。
いずれ向かうヨライデへの旅の前に、国民が、魔物から自己防衛が出来る何か、手伝いのこと。
人口減少の続くこの国の利益になるような、魔物の活用方法。
「私が知っていることを、伝えるだけであれば簡単でしょう。でもそれを怖れずに使えるかと言うと、既に怖い体験をした人たちには、知識だけで立ち向かうことは難しいです。もっと安心できる何かがあれば、恐怖を乗り越えられるでしょうが」
自分の想像以上に、彼女が真剣に考えて、すでに取り組み始めていたことを知ったドルドレンは、脱帽すると言うか他に言いようがなかった。
しかし感心しているだけでは駄目だ。せっかくここまでイーアンが考えているのだから、自分が彼女の思いを実現出来ることを探そう、と思った。それにはセダンカの力もあった方が良いはずだ。
ドルドレンは思うことがあり、それを話した。
1つめは・・・イオライ・セオダ、デナハ・デアラの工房、身近ではダビに魔物材料加工を相談して、武器と防具を試作すること。魔物の数・種類は不定であっても、使えるもので似た性質の材料を、常に使用可能な型を作ってしまうことで生産の安定を促がす。企画発案は、イーアンの工房から権利を動かさない。
2つめは・・・ハイザンジェル全土を対象に、イーアンが魔物を倒した時の方法を都度、紹介する。イーアンを矢面には立たせないが、戦闘方法の学習を求められれば、教えに行くことで、これまでの戦闘方法に変化が生まれる。
3つめは・・・1と2はハイザンジェルにおいて無償であり、他国からの要請に応じる場合は、利益を作ること。それを国の利益として扱うこと。
「どうだろう。武器と防具は、騎士や戦闘に関わる者の使用に限られるだろうが、例えば、国民でも扱える安全な形で、魔物対処用の日用品を考案したら。道具でも良い。忌避剤のようなものでも良い。
また、戦闘方法を学べば、同じ事態に遭遇しなくても、肉弾戦だけを選択肢としなくなる。力と武器を持つ以外で、身を守ることを学ぶ姿勢が広まる方が良い。これはギアッチにでも補佐を頼もう。説明が上手いから。
利益に付いては。型が決まれば、鎧や武器は各工房で契約して生産する。それを国が買い上げて、輸出対象にすることも出来るだろう。魔物のいない国でも、優れた防具や武器を求めるものだ。多少、皮肉ではあるが―― これまで我々が追い詰められてきた相手、『魔物』を名物に、ハイザンジェルは建て直すのだ」
ドルドレンが顎に手を添えながら、噛み砕くように一つ一つを説明し終わると、イーアンはぽかんとした顔をしていた。
あまりに「ぽかん」とされているので、『駄目だった?』と慌てて訊ねると、イーアンの笑顔がはじけて、ドルドレンに抱きついてきた。
「凄いわ、凄い!!ドルドレン、あなたは何て、素敵なこと考えるの!」
イーアン大喜び。椅子ごと倒される勢いで飛びついたので、ドルドレンが急いで支える。イーアンの顔を見ようと、ちょっと仰け反ると、目を合わせた途端にキスされた。
とりあえず、大変好ましい事態に変わったので、ドルドレンはしっかりキスをする。目一杯甘くキスしてから、息継ぎ用に口を離す。鳶色の瞳が嬉しさ満点でキラキラしてる。今なら大丈夫、と判断して、ドルドレンはもう一度しっかりキスをした。
「セダンカに相談してみよう。その前に、イーアンを剣と鎧の工房に連れて行かないとな」
鎧工房の名前が出て、イーアンがひしっと抱きついたので、ドルドレンはもう一回きちんとキスして、満喫した。
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