64. 全滅を求めて
翌朝は静かだった。北の支部は待機を言い渡されているので、今朝は日の出後に朝食が始まった。
北西の支部も、見張りは交代制で行なわれたものの、特に異常がなかったため、日の出時間と同時くらいにゆっくり朝食準備が始まった。
北西支部の馬車に積んでいた援助物資7日分は、初日に北の支部に渡してあったので、北西も北も時間帯・調理はそれぞれのペースで行なわれた。
「本日は待機だ。今日一日魔物の様子を見て、明日の朝まで異変がなければ、各隊帰還予定だ。以上」
ドルドレンの挨拶が食事前に終わり、この挨拶によって、騎士たちは一日寛いで過ごすことになった。
昨晩の一件もどうにか乗り越えたイーアンは、『過ぎたこと』と自分に言い聞かせて、普通に朝食の場に向かった。
途中、向こうから来た負傷者にイーアンが朝の挨拶をした時、負傷者が手を握ってお礼を言った。亡くなった騎士は残念だったが、負傷者が回復したことは誰もが喜んでいた。
「あなたと。アティク殿とシャンガマック殿の恩は決して忘れません。どうぞご帰還されてからもご無事で。あなた方のご活躍をお祈り申し上げます。」
イーアンは笑顔でお礼を返し、『どうぞ皆様、お元気で。お力に役立てて光栄です』と伝えた。
ドルドレンが呼びに来て、イーアンは会釈してその場を去った。
「怪我されていた方々が元気になられて、本当に嬉しいです。本当に良かった」
ドルドレンがイーアンの肩を抱いて『俺も嬉しい』と微笑んだ。黒髪の騎士の白く混じる髪の毛を見て、イーアンは思った。この人が抱えていた苦しみを、少しでも緩和できるように頑張ろう、と。
その後、配給の食事を受け取り、焚き火の側で朝食を食べる二人。
「イーアン。また料理をするか?」 「お望みでしたら」
「望み続けている」 「はい。私の作りたいものでも良いですか」
「もちろんだ。イーアンは次に作りたいものが何かあるのか」 「あのブレズの汁物でしょうか」
「あれは大変美味しいものだった」 「良かった。シャンガマックの故郷の料理と似ているって」
ドルドレンの手が止まる。『シャンガマック?』と聞き返す。イーアンは『そんなに反応しないで』と笑って、一昨日の夜、シャンガマックに言われたことを話した。
「つまり。イーアンを馬車に送る途中で、シャンガマックが故郷の料理を作ってほしいと頼んだのか」
「そうです。私が思っていた料理の続きを話しました。すると彼は驚いて、自分の故郷にそうした料理があるから、材料があれば作ってもらえるか、と言いました」
「イーアン。作る気か」 「作ってみたいです。上手くできたら、また教えてもらえるかもしれないので」
『うーん』と唸るドルドレン。
イーアンは料理も好きなのだろう、と思う。そもそも、何かを作ることやモノに異様に関心を示す。料理が例外なわけがない。
しかし、シャンガマックの故郷の料理とは。あいつ、どこ出身だっけ?名前が長いから、東の方か?作らせて、食べさせて、どうなるやら・・・と想像すると、ドルドレンの心労が増えた。
「それどうなんだろう」 「料理ですよ。食べたら終わりますよ」
イーアンは『そんな小さなことで』くらいの感覚で、ドルドレンを窘める。その上、『シャンガマックだけ特別扱いのように思われてはいけませんから、皆さんの故郷の味に挑戦しても良いかも知れません』と言い始めた。『アティクさんも、魚に換えたら美味しくなると言っていましたから』と。
ダメ。ダメだ。そんなことする必要ない。彼らを甘やかしてはいけない。皆のイーアンになってしまう。
ドルドレンはどうにか、イーアンに思い留まらせることに心を砕いた。シャンガマックの故郷の料理というのはもう約束したらしいので、やむを得ないと妥協した。
朝食が済み、魔物の状態を観察するということで、イーアンは堰の近くの木立へ向かった。
『確認したら早めに戻る』と伝えると、ドルドレンは、『テントで昨日の本に一通り目を通しておく』と言ってくれた。イーアンは近くにいたトゥートリクスに声をかけ、一緒に魔物の状態を見てもらえるようお願いした。
「トゥートリクスさん。昨日あなたが教えてくれた魔物の頭数は32。あの氾濫後も32でした。今日はどうですか」
「イーアン。俺に『さん』は要らないです。あなたから見たら子供でしょ」
「子供でも『さん』をつけて呼ぶものです。でもお嫌なら、恐縮ですがそのまま呼ばせて頂きます」
トゥートリクスは『さん付け、慣れないから。ウィスでも良いですよ』と、へへへ、と笑った。照れてるところや大きな目が可愛いなぁとイーアンは思った。でも若くても年齢は大人なのだから、子供扱いはいけないので普通に接する。
「では仕事します。見える範囲では29・・・いや、32だな。あいつら昨日に比べて縮みました。重なっているから見えにくいです」
「水中にいるかもしれない、とは思いますか?増水していますが見えますか」
「うん・・・増水はあんまり関係ないかな。いや、微妙な影があるけれど。どうだろう」
イーアンは『微妙な影』の一言に、目つきが険しく変わった。トゥートリクスの見つめる水面に、自分も目を向けるが変化は全く分からない。万が一、生きている個体がいると厄介だ。『それは動いていますか』とイーアンが低い声で訊ねたので、トゥートリクスは振り向いた。
「イーアン。怒っているんですか」
え?とトゥートリクスの言葉に反応した。黒い髪の毛がかかった、大きなきれいな緑色の瞳が心配そうにこちらを見ている。イーアンは微笑んで『いいえ』と返事をした。
「もしも。生きているものがいたら、それを倒しませんと」
イーアンの微笑みの向こう側を見つめるように、トゥートリクスが鳶色の瞳を見つめ続ける。
「何か考えがあるんですか」 「これから搾り出すのです」
イーアンはトゥートリクスにお礼を言って、『もし生きていると分かったら、すぐに教えて』と頼んだ。トゥートリクスは何も言わなかったが、小刻みに頷いた。
テントに戻りながら、イーアンは『微妙な影』について考えていた。
もしも一頭いれば、すぐに増えてしまう可能性がある。だけど、塩水はまだ溜まっているし、仮に堰の向こう側から入り込んだとか・・・何か塩水を受けていない固体が入ったとしても、それなりに滝つぼから堰までの区間は影響を受けると思う。仮に生き残った個体だと・・・・・ そうするとあの環境に抵抗を付けた可能性も出てくる。
イーアンは天を仰いで、息を吐き出した。
急がないと。鉄砲水はもう使えない。気泡とガスの増幅も、ガスは使ってしまった。塩はまだ残っているが、塩の抵抗を持った細胞を組み立てられていたら、塩の効果は期待できない。
「引きずり出して燃やすとか・・・・・ 」
近くに人がいない切り株に腰を下ろして、片手で頭を支える。
手っ取り早いのは、体の水分を奪って体細胞を全部破壊することだけど。日干し。燃焼。引きずり出すには。健康体だと触手があるから難しい。
ふと、ダビの強弓が思い浮かんだ。
昨日、対岸に縄を飛ばしてもらった―― もしかしたら、ダビさんの一番太い矢で魔物を引きずり出せないだろうか。触手がどれくらい伸びるか分からないから、負傷者から情報を集めて、平均の触手長より長さを持たせた縄で。
じゃあ、どう燃やすか。ガソリンや灯油はない世界。燃やす・・・ 発熱は? 魔物が蛋白質かどうか分からないけれど、蛋白質だとすれば高温発熱でも体は損傷を受ける。
『あっ』と思い出す。昨日持ってきた、道具の本の絵にあったのは?白い粉と炎のような絵が。同じ粉か分からないけれど、持ってきた壷にも白い粉。同じ文字のような封がしてある、大きい壷が確か道具の部屋の机の下に。
「ドルドレンに読んでもらってから・・・もし絵の通りの発熱する粉の確認が出来たとして。フォラヴさんに、もう一度お願いして連れて行ってもらって粉を取ってきて・・・魔物が生きていた場合は、ダビさんに矢をお願いして」
昨日の氾濫で土が削れて、大岩の下辺りで、川の中に斜めに倒れた細めの木が何本もある。あの木を道にして、魔物を引き揚げられればどうだろう。木の道の上で発熱させても良いわけだから。粉の量が少ないから、木が一緒に燃えるかどうか分からないけれど。魔物には必ず損傷がある。
一人で考え込んで、どうにか次の手をまとめ始めた頃。後ろから肩に手がかけられた。
「一人ですか」
朝の光りに柔らかく輝く白金の髪。『フォラヴさん』イーアンが振り向くと、フォラヴはちょっと顔を赤らめた。どうしたのか、とは思ったが、とりあえず丁度良いタイミングで声をかけてくれた。
もし、粉の確認が出来たら、いつでも取り掛かれる準備をしておく必要がある、とイーアンは立ち上がってフォラヴに相談する。
「昨日は本当にありがとうございました。お疲れかもしれないですが、もしかしたら今日・・・また僧院の、あの道具の部屋に行く用が出来るかもしれないので」
そこまで言うと、イーアンの目をじっと見ていたフォラヴが『今日、またご一緒に?』と遮った。イーアンはその返答に、もしかしてダメかな?とちょっと過ぎって、小さく頷いた。フォラヴが溜息を吐いて、静かに目を伏せる。その反応にはイーアンもますます『あれ?』という感じだった。
「まだ行くとは決定していないです。もしフォラヴさんの都合が良ければ、というだけで無理なら」
「いいえ。行きます。もちろん行きます。すぐですか?後で?」
沈んでると思いきや、突然張り切るフォラヴに、イーアンは理由が分からなくて『彼は無理をしているのかもしれない』と思った。
「フォラヴさん。もしかして体調が優れないのでは。無理そうなら仰って下さい。誰かに頼みます」
「駄目です、イーアン。他の誰かでは。ご心配に及びません。私は健康です」
これはなんだろう。イーアンはフォラヴの一喜一憂的な態度に戸惑った。でも『行く。健康』と言っているし、お願いしておいた方が良いのか。確かに彼以外であの場所に、あの速度で行って帰ってこれる気はしない。
『では』とイーアンが微笑むと、フォラヴの顔がふわっと赤くなった。それを見てイーアンは『やはり彼は体調が』と心配だった。
まだ行くとは決まっていないことを、もう一度伝え『行くことになったら声をかけさせて下さい』とお願いした。フォラヴはとろんとした目で微笑んだ。何だか、だるそうに見える。本当は彼は熱があるのかもしれない。行くことになったら、もう一度体調を訊ねた方が良さそうに思えた。
イーアンはフォラヴに会釈して、テントへ戻った。次はドルドレンに本を読んでもらわないといけなかった。
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