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魔物資源活用機構  作者: Ichen
イオライの魔物
30/2987

29. 魔物尽くし

 

 翌朝。 部隊の朝は早かった。まだ日が上がった頃に各自のテントで簡易朝食を摂り、朝食の済んだ者から順にテントを片付けてイオライの岩山に向けて出発した。


 ドルドレンが起きたのも早く、夜明け前に寝ぼけ眼でイーアンの毛布がはだけているのを見て飛び起きてからは、目が冴えてそのまま朝になった。もう少し見たい、いや毛布をかけねば、を30回ほど繰り返して毛布をイーアンの足にかけたところでイーアンが目を覚まし、特に気がついていないイーアンに朝食を促した。


 出発時にイーアンが負傷者の包帯を変えることを話していたので、イーアンを馬車にまず乗せ、包帯交換が終わったら呼ぶように指示した。本当は馬車に乗せたくなかったが、部下の怪我の際にまで駄々をこねては良くないと我慢した。


 ドルドレンが部隊の最前列に並んでしばらくすると、ようやく使いの騎士がイーアンが呼んでいることを知らせに来たので、馬車に即向かい、動いている馬車からイーアンを抱き上げて馬に移した。



「イーアンは常に俺と一緒であることが条件なのだ」


「会議でそう決まったのですか」


「そうだ。何があっても俺が保護管理をする、と約束して同行許可を得た。公然の契約だ」



 イーアンはおかしそうに笑い、ドルドレンもつられて笑ったが『そういうことだから、馬車に乗る時間は最短で』と釘を刺した。鳶色の瞳を頭上の美丈夫に向けたイーアンは『私は幸せ者ですね』と笑顔をほころばせた。その表情にドルドレンの心臓が大きく揺れて、つい顔を近づけかけた。


「イーアン・・・・・ 」


「すみません。お邪魔でしょうがお邪魔します」


 ドルドレンのうっかり口付けしたくなった衝動は、一気に邪魔者への怒りに燃える。睨みつける灰色の宝石のぎらつく光りにたじろぎつつ、横に馬を並べたのは昨日イーアンを誘導した緑の鎧の騎士だった。

 仮面を外している緑の騎士を見て、彼がディドンだったことを知ったイーアンは驚いた。ディドンは白金の髪の毛をなびかせ、イーアンにちらっと視線を向けて少し顔を赤らめた。


「何だ」


「その。昨日総長が戦闘中、自分がウィアドを誘導しまして」


「誘導?」


「彼女が馬に慣れていないと見て分かったので、安全のために誘導しました。今後も総長が戦闘時は、自分が誘導を担当してはどうかと提案の報告です」



 ディドンの提案はイーアンを少し驚かせ、ドルドレンには険しい表情を作らせた。総長の言いたいことを察したディドンはすぐに頭を横に振って意見を続けた。


「先日の自分の暴言をまず謝罪します。戦場の状況を総長のせいにした発言及び、彼女を蔑む発言に大変無礼であったことを夜通し反省しました。

 その償いということではありませんが、これからは騎士の仕事以外でも役に立てることをしたいのです」


「イーアン、この提案をどう捉える」


 ディドンの謝罪に答えず、ドルドレンはイーアンに回答を求めた。イーアンはディドンの目を見て頷いて、『ドルドレンが馬の心配をせず戦えるのですから、お願いしたほうが良いかもしれません』と答えた。

 仕方ないな、といった感じでドルドレンは溜息をついて頭を掻いた。そしてディドンの目を見据えた。


「謝罪は受け入れよう。今後同じ事を繰り返さないよう自分に勝て。俺が戦闘時はイーアンとウィアドを頼んだ」


 そう一続きに言い切ると、ドルドレンは微笑むイーアンに笑顔を返した。『ありがとうございます。お任せ下さい』とディドンは礼の動作をして、イーアンに少し微笑みかけてから戻った。



「イーアン」「何でしょう」


「ディドンが君を見て赤くなった。今後誰かを説教する際は手を触れないほうが」「何言ってるんですか」


「だって」「私の年齢から見たら子供みたいな年ですよ、あの人は。 親みたいに振舞ったほうが利くでしょう」


「でも駄目だと思う。触ると勘違いする」「勘違いかどうかじゃなくて、ちゃんと反省したんだからそこを見てあげないと」


「そうだけど」「私がドルドレンに触れている頻度は誰より多いですよ」


「俺においては良いと思う」「ドルドレン。ただの焼きもちでしょうに。大人なんだから我慢しないと」



 イーアンに諭されて、黒い髪をかき上げるドルドレンはその後も少しふてくされたままだった。イーアンは苦笑しながら度々話しかけて、ふてるドルドレンの機嫌を取り続けなければいけなかった。

 見て見ぬ振りをし、聞いて聞かぬ振りをする周囲は『あの人(総長)、子供じゃないんだから』と呆れつつ、イーアンの苦労に同情した。


 

 日が天の登頂にかかる頃になり、辺りの風景に大きな岩が目立ち始めた。


 地面に傾斜がついて、乾いた硬い土と岩ばかりの地面。草は僅かに生え、背の低いねじれた木がまばらに立つくらいで、岩と青い空以外に目に付くものはない。


 イオライの岩山に入ったことで、部隊も緊迫感が漂う。馬は少しずつ落ち着きをなくし、前進を嫌がる馬が出てきたところで、全体は一旦歩みを止めた。各隊長がドルドレンの元に集まり、馬の様子が大丈夫な騎士数名を偵察に動かすことを決定する。



「俺とポドリックとブラスケッド、クローハルの4名でこの近辺を一度見てくる。それまで待機せよ。どちらかに魔物が出た時はすぐ連絡すること」


 ドルドレンが隊の全員に向けて伝える。ディドンが歩み出てきて『安全のためにイーアンを俺の馬に移動しますか』と提案したが、ポドリックたちが了承する前にドルドレンがばっさり断った。どこにいたって魔物と遭遇する可能性があるなら自分といさせる、と言って、ディドンの言葉はそれきりになった。



 偵察の4名は部隊を待機させ、山の中腹へ向かう。彼らの馬は気丈で賢く、これまでの戦闘でも怯えることなく魔物に向かうことが出来る性質だった。そしてとても勘が良く、この日も勘を発揮させて主に教えた。


「近くにいるようだ」


 壮年の騎士 ――クローハルが呟く。ポドリックとブラスケッドが剣に手を置いた。ドルドレンがイーアンを包む腕に力を入れたその時、周りの大岩が微動し始め、馬の足元の小石がカタカタ動いた。


 亜麻色の髪を結んだ片目の騎士ブラスケッドが、息つく間もなく剣を抜いて真横の岩に突き刺し、剣を引き抜く。瞬間的に岩に亀裂が走り、礫が弾け飛び、全員咄嗟に盾を構えて礫を防いだと同時に、大岩に手足が生えて眼前に魔物が起き上がった。


 岩と思っていたものが、実は岩のように見える四足歩行の巨体の魔物であったことを知った一同は、さっと周囲を見渡した。見ている側から次々に岩が震え、同じように姿を現す。魔物の大きさは、馬が3頭ほど並んだくらいの大きさで、早い動きに向かない胴体横から突き出る四肢も含め、全身が重いだけの生物に見える。ただ、岩のような背中から割れる石礫を飛ばすのを見たので、下手に体を攻撃しにくい。


 ドルドレンはクローハルに部隊へ戻って知らせるよう目で合図し、頷いたクローハルが馬を返して来た道を駆け戻る。魔物は息を吐き出しながら、唾液を垂らして近づいてくる。唾液の臭いなのか、風下にいる魔物の方から昨日のミミズと似た異臭がすることにイーアンは気がついた。


 ドルドレンが背に盾を回し剣を抜いて『すぐ戻る』とイーアンの耳に囁く。昨日同様、ふとイーアンの背中に風が通り、ドルドレンは人間離れした跳躍力で宙を跳んだ。



 最初にブラスケッドの剣で突かれた魔物の体から黒い液体が出ているのを目印に、跳躍で一気に跳んだドルドレンは魔物の傷口めがけて長剣を突き立てる。液体が鈍い音と共に弾けるように噴出し、魔物の金切り声が上がった。礫が弾け、黒い液体が鎧にかかる前にドルドレンは次の魔物の背に乗り、同じようにして着地前に剣を突き刺しては、引き抜いた剣と共に次の魔物の背に飛び乗る。


 傷ついた魔物は痛みと怒りで短い首を振り、仲間同士でぶつかり合いながらドルドレンを探す。混乱した魔物の首を叩き落しにポドリックが剣を振り上げたとき、イーアンが叫んだ。



「黒い液体を被らないようにして下さい!」


 ポドリックとブラスケッドは、イーアンの声に反応し、正面を避けて魔物の後ろから剣を振って首を落とした。魔物の首が落ちると一気に黒い液体がバケツを返したように噴いて溢れ出し、液を被った草が煙を上げて燃えるようにくすぶった。


 その草を見て騎士2人はすぐイーアンを振り返って小さく頷き、次々に魔物の首を取る。ドルドレンは見える限りの魔物全てに剣を突き立て、イーアンを確認してから動きが鈍った魔物の後ろに回って首を落とす作業に入った。



 ざっと見渡して首を落としていない魔物がいなくなったことを確認したポドリックは、イーアンの姿を視界に入れて焦った。

 ウィアドに乗ったイーアンは魔物の一頭に追い詰められ、背後に岩壁があるところで立ち往生していた。駆け出すポドリック。異変に気がついた他2名も顔色を変えてイーアンの元へ走る。


 イーアンは自分を助けに向かう騎士たちの姿が離れていることを理解し、壁に追い詰められたウィアドから降りてウィアドを放つ。ウィアドは躊躇った様子を見せたが、すぐ主ドルドレンの下へ走った。

 目の前に迫る、黒い唾液を垂らした小山のような体の魔物に、イーアンは震えながら目を合わせた。



「イーアン!!」



 ドルドレンは自分に向かって放たれた愛馬に走り、血の気が引く思いで愛馬の背に跳び乗ると、ウィアドは心得たとばかりに瞬時に向きを変えて、一目散にイーアンの元へ全力で駆けた。



 岩壁に背中を付けたイーアンの目の端に、青白い輝きが移る。 ――間に合わないかもしれない。

 息を荒げるイーアンが唾を飲み込んだ時、魔物の大口がゆっくり開いて、その喉の奥から沸く黒い泡が見えた。


 イーアンは思わず目を瞑って顔を背けた。液体がかかったら皮膚が焼けて死ぬ―― 


 ドルドレンが叫ぶイーアンの名を聞きながら、ポドリックもブラスケッドも一瞬『助からない』と過ぎった。


 その時、魔物の動きが止まった。口を開けたまま、魔物がイーアンの臭いを嗅いで、一歩後ろに下がったのだ。喉の奥から異様な音を立てて、一歩、また一歩と下がる。イーアンが目を開けた時には、魔物は自分から離れていた。


「イーアン!!!」


 ドルドレンがウィアドから跳んで、魔物の背を横から斬り裂く。切り裂いた背中がずれる前に、イーアンの腰を抱き、瞬く間に馬へ飛び上がって跨り、その場を離れる。魔物のスライスされた背中がずるりと滑り、切り口からボコボコと音を立てて黒い液体が垂れると、魔物の足が崩れた。






お読み頂きありがとうございます。

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