2988. 魔法使い衰退事由とヨライデ注意・魔導士と獅子 ~鏡のハーアエル真意、のため
『魔法使いは、魔物側』―――
誰にそう思われ、誰が決めたのか。そうだとして、今から困ることでも起きるのか。
本当に今更だが、改めて『魔法使いが少ない』時代の裏話に触れ、シャンガマックは暫し呆気に取られる。
『それで?だから?』と返しそうになったが、ヨーマイテスが一蹴しないのを見ると、聞いておくべき重要を含んでいる。
でも、アイエラダハッドでヨーマイテスが教えてくれた過去が引っ掛かる(※1844話参照)。
二度目の旅路あたりで二つの知恵が存在しかけ、魔法と物質操作(※科学)のどちらかが残る走りだった。
禁断にされたのは物質操作の方で、現在も潰して回っているが・・・ 魔法は許可されて残ったのに、なぜ『魔法使いは魔物側』なのだろう?
あの時の内容を、掻い摘んでしか思い出せないシャンガマックは、傾げた首を戻せず、瞬きを繰り返す。
『魔法は世界に残った知恵』で、精霊の魔法や妖精の魔法だってあるのだから、今になって人間が使う魔法を注意する理由が見えない。
魔法で嫌がられる・咎められる・恐れられるなども、記憶にない。
あると言えば、アイエラダハッドでの苦い過去・ミレイオと対戦した日の理由がそれだが・・・あれはまたちょっと、状況が違うから、と思う(※1991話参照)。思いたい。
仮に、咎められる対象だとして、人がいないのに、イーアンはなぜ気にするのか?
じーっと固まって『意味不明』の視線を送る騎士を、イーアンもしばらく見ていたが(※1分くらい)。ケホンと咳払い。ちらっと獅子を見て、またパタンと尻尾が打ち、合図と受け取る。
「あのですね。判断するのは、人間ではなくて魔物側みたいです」
「魔物?何を言ってる。これまで、どれくらい魔法で倒してきたと」
「ヨライデでは、違う反応になるかもしれないのです。ここでは、魔法使いは魔物側として映るよう」
「ちょっと、待ってくれ。今まで、魔物が反応していないぞ?ヨライデで魔物退治しているが、特には・・・ それに、その情報はどこが発信源だ?レムネアクなら、彼は人間の書物から得ているだろうし、違うなら」
「落ち着いて下さい。一応、伝えておくのです。そう、彼に聞きました。あなたが魔法使いに会いに行ったと話したら、彼は『図書館で読んだ記述』について教えてくれたのです。書物に、魔法使いが衰退した理由もあると」
「イーアン、なぜそんな記録の又聞きを重視するんだ」
「バニザット。俺があの時、お前に『俺は理由を知らない』と言ったのを覚えているか?」
黙っていたが、会話にまだるっこしくなった獅子が口を出す。
振り向いたシャンガマックの顔に、会話をあまり覚えていないのが見て取れて、獅子は寝そべっていた体を起こし、息子に向き直る。
「食べながら聞け」
置きっぱなしの料理に顎をしゃくり、複雑な面持ちの騎士にまず食べさせる。開いたところに立つイーアンは、あとは獅子に任せようと一歩下がったが、獅子は止めた。
「お前もいろ」 「はい」
気になりつつも食べ始めたシャンガマックに、獅子は自分の解釈を話す。
先にこれを聞いた獅子は、レムネアクにも質問し、彼の読んだ伝記の内容で理解した。意外と的外れでもないのを感じ、ここでは・・・ヨライデでは注意した方が良いと、息子に通した次第。
―――衰退した事情は、魔物側についた魔法使いが多かったことが発端にある。
多数の魔法使いが勇者一行と敵対したので、要は、魔物同様の目を向けられた前置き。
決戦後にこれは大きく影響し、魔法使いは人間でありながら『魔性』と見做され、奇妙な事件が起きる度、『魔法使いの仕業』と定着した。
魔法使いは単独で過ごす者と、団体に属する者に分かれるが、団体は早い段階で解散へ追い込まれ、魔法使いは人目につかない地へ散る。
これだけであれば、人里を離れて過ごせば済む話だが、そうもいかない。魔法使いも人間である以上、性質が絡む。
疎外に対し、相手にしない性格ばかりではなく、恨みを持つ性格の魔法使いは、一旦終止符を打った魔物を呼び込み、自分の居場所を守らせる動きが増えた。魔物を使う分には魔力も要らない。
魔物を味方にする魔法使いは、祠や領域を定めて『魔物の門』を管理し、自分たちの高度な知恵を守る方法を選んだ。それは同時に、近づく無関係な人間を『終わったはずの魔物』に襲わせる方法。
ヨライデは、他国と比べ被害報告が桁違いだった。
ヨライデの魔法使いが魔物を使う頻度を増したことで、魔物は彼らを味方認知で寄ってくる。ヨライデは魔法使いを制するのが困難なことから、以後、増やさない方針で魔法の範囲を死霊術で制限し、現在に至る・・・という話―――
「平たく言えば、個人的に魔物を使った魔法使いがこの国は多かったから、魔物が誤認してるってことだ」
「魔物に聞いたわけでもないのに、人の記録で」
食べ終わった騎士は皿を置き、食べない獅子の口に彼の食事を匙で運ぶ。パクッと食べた獅子は『言い忘れた』と言葉を足した。
「ただの魔法使い、そこらの魔法では反応しない。広範囲で被害をもたらす魔力を持つ魔法使いに、魔物は反応する。お前の実力は」
「・・・ええ?」
不意に褒められて苦笑したシャンガマックだが、受け入れられないで困る。困るのはイーアンも同じ。
そこまで気にすることじゃないかもだけど、とりあえず『おかしな悪人』と『念』、そして『迷惑を被る一方の善人』しか残っていない状況で、さらに魔法使いが自覚なく魔物をおびき寄せるとなったら、それも退治する仲間となれば、目も当てられないのだ。
だから一応、分かっておいて、とそうした気持ちで伝えた。
古の魔法使いと何があったか知らないし、もし良い結果で戻ってきたとして、こんな話は水を差すと思ったけれど。危険の可能性を伝えないのは、もっと良くないこと・・・・・
獅子が話し終え、食べさせてもらって、あっという間に完食し、女龍に『これだけだな?』と確認したので、イーアンは頷いてお皿を引き取る。言葉を失うシャンガマックに何を言うでもなく、『お邪魔しました』と挨拶し、離れた。
仔牛の腹がぱたんと閉まり、褐色の騎士は獅子に振り向く。目にも顔にも『なんだそれ』と書いてある顔に、獅子は彼の文句を待つ。
「じゃ。これからは、自由に魔法を使えないと?」
「状況を見て使うのはいつもと同じだ。だが大きな魔力で連続、は警戒だな」
「ヨーマイテスは知らなかったんだろう?魔法使いが鳴りを潜めていった事情・・・ 」
「前も言ったが、俺に興味のないことは知らん。ただレムネアクの読んだ内容は、思い当たることが少なくない。ヨライデは、どの国よりも魔力を保有する大地だ。ここで魔法使いが一時的に引き起こした『災害』は、やつらに都合良い環境だったのもあると思う」
「あの、さ」
まだ『ええ?』な感じのシャンガマックは、言いにくそうに歯切れ悪く言い返そうとする。言ってみろと促すと、淡茶の髪を雑に掻いて『さっきの場所は魔物がいなかった』と呟いた。
「あれだけ魔力が充満していて、魔物一ついなかったんだよ?その直後に、『過去の経緯で、魔物が魔法使いを味方認識しているヨライデらしいから、魔法は今後控えめに』と、そういうことだろう?」
極めて端的なまとめに獅子は褒め、シャンガマックは『そこじゃない』と嫌そうに流すので、獅子は自分の解釈を話す。
「魔物一ついなかった。古来から巣食っていた、魔法使いの魂の縄張り。そいつは、魔物を使わなかっただけじゃないか?お前の話を聞いた限りだと、魔法使いとしては強力な方だ。昔はそんなのもゴロゴロいたが、現在残っている欠片とは言え、生きた肉体で応じたお前を負かす勢いとなれば、相当強いだろう。
そこまで強ければ、魔物を引き込んで使うとは」
「思えない、か。まぁね。自尊心がさせないよね」
自分より弱い魔物を嗾ける必要があるのかと言われたら、それもそうだと騎士は頷く。
「イーアンも言っていたね。悪い気配がしなかった、と」
つまり、と獅子は結んだ。
「そうした魔法使いより、格下の魔法使いが残した跡は、今も尚、出向く場所では息吹き返すかもしれない。有り得ない話じゃないし、そんなもんでお前が知らない内に不名誉な目に遭うなんて冗談じゃない」
ヨーマイテスの懸念はそこにあり、いろいろと負荷を背負う自分たちだから、早目に意識する。
些細な情報を見落とす・なおざりにしたばかりに面倒を引き起こす、そんな展開は望まない。
この後も、息子の質問に答えながら、彼が腑に落ちるまで獅子は導く。シャンガマックは最終的に、思いっきり溜息を吐き、ガクッと項垂れた。わかるけど、と無念が零れる。
「あーあ。鏡の魔法を使え、と言われたばかりなのに」
「鏡?」
「そう。この、杖・・・俺にくれたようだが、魔法が使いやすい媒体かもしれない。でも彼の魔法が強力で、俺が仮に鏡の魔法を使えたとしても、魔物が俺に寄って来るなんてなったら、せっかくの」
「鏡の魔法?」
獅子が繰り返し、シャンガマックは碧の瞳に頷く。獅子は数秒間を置いて、どんな魔法だと静かに質問。その聞き方が抜け道を見つけたように感じたシャンガマックは、魔法使いが最後に教えた『攻撃だけではなく、守りにも使える。攻撃の爪痕も利用する』ことを話した。これを聞き、大きく頷いたヨーマイテス。
「魔力はそう使わないかもしれないぞ、バニザット」
「ヨーマイテスは鏡の魔法を知ってるのか」
「知らない。だがそいつの話だと、対戦したお前の力を半分以上利用している。ははぁ・・・あの攻撃は、そうやっていたか」
千里眼で見ていた息子の勝負を思い出す。息子の繰り出す技を、引き延ばして返していた反撃。相手が魔法を使えば使うほど、鏡の魔法は術者の魔力を使わずに済む、そういうことかと理解した。まるで―――
ゆっくり、碧の目が息子を見た。何を言うのか、ドキドキしながら待つシャンガマックは、頷く(?)。
「俺の力と似ている。いや、以前の俺が持っていた力のような」
「え」
獅子は、今はもうない『両腕の至宝』を、並べた腕に記憶で重ねる。今は、狼歩面と白金の蔦飾りがつく両腕に、過去少しの期間だけ許されたあの力があった。
タンクラッドの時の剣に近いが、引き込んで中和するあれとも異なる『両腕の至宝』は、相手の力を吸い込み、自分の力に換えるものだった。
「バニザット。鏡の魔法は、使えそうだ」
獅子は息子に、仄かな繋がりを託す。失った力の行方は、ひょんなことで。そして、思いがけない方向で・・・息子へ継がれると知って嬉しくなった。
全部を聞いていないシャンガマックは、よく分からずじまいだが、ヨーマイテスが『いける』と判断したなら、魔法は今後も使えるのかな?とそれは少しホッとする。
そして獅子はこの後、息子を風呂に連れて行き(※温泉)、気づいたことを話してやり、それから『魔導士には俺が伝言してやる』として、鏡の魔法使いからの言葉を引き受けた。
シャンガマックは自分から伝えるつもりだったけれど、旧友の父が会いに行く方が、戻る情報も多いかもしれないと考えてお願いした。
獅子は、息子を馬車に戻し、老魔導士に会いに出かける。どこにいるか知らずとも、いつも呼び出していた時のように―――
「なんか用か」
「用がなければ呼ぶか」
憎まれ口から始まる、旧知の二人が真夜中の草原に立つ。
*****
緋色の僧服が、煽る強風にはためく。獅子の金茶の鬣も風に踊る。
ゴウッと激しく抜ける風に動かされることなく、魔導士は腕組みして『とっとと話せ』と顎をしゃくった。
「俺は忙しい。若造と毎晩風呂に行くお前に分からんだろうが」
「暇を持て余した覗きは、忙しいと言わない」
「用事はないんだな?」
イラっと来た魔導士が風に変わりかけ、獅子は一言『鏡の魔法使いとやらが伝言だ』と投げた。
ふと傾けた顔、風に流れる黒髪の隙間から射貫く視線が向き、獅子が『伝言だ』ともう一度。魔導士は鬱陶し気に見下ろす。
「鏡の魔法使いとやら。自称の連中は大量にいたがな。どこで拾った伝言だ」
「ヨライデ南部西海岸。中央地帯よりまだ全然手前だ。鏡の魔法使いの呪いだとか何とかで、息子が出かけた」
「その息子が伝言を受けて、お前が俺に?普通は、自分で言いに来るもんだがな」
「俺が引き取ったんだ。お前の毒舌に息子を晒したくない」
『早く言えよっ』怒鳴った魔導士が一歩踏み込んだと同時、『ハーアエルと名乗った』そう言うと、魔導士の眉が少し動いた。
「『鏡のハーアエル』か?」
「そうだ。知り合いみたいだな」
「知り合いじゃない。伝言は何だ」
「やつは息子に『俺は待ったと伝えろ』と」
「・・・・・ 」
「ふー。面倒臭い。何か言うことあるだろうが」
「ねぇよ。そいつはもういないはずだ」
「伝言を託したら、消えると」
「俺に届けたら消える、んだ」
魔導士は虚空の夜に顔を上げる。沈黙を挟んで、帰りかけた獅子に今度は魔導士が止める。
「若造はハーアエルと対戦したってことか」
「そうだ。話し合いを望まない相手だ。急に攻撃が始まって応戦を続けたが、息子は相手に呆れて退場を選んだ。実力では負けたと自覚しているが、呆れたのは相手の戦法で」
「お前の姿の敵でも出したか」
「・・・そうだ」
「ハーアエルは、『調教師』だ。騎士道精神なんざ笑い種だろうな」
「話せ。息子は退場したが、ハーアエルは追いかけてきて『お前が勝った、俺が負けた』と言い聞かせた後、息子に杖を預けてお前に伝言し、消えた」
獅子が言い終わると、魔導士はじっと碧の目を見下ろし、首を僅かに傾げ『杖を』と呟く。見下ろす漆黒の目を見返す獅子が続きを待っていると、魔導士は風で落ち着かない長い顎髭に手を乗せ、目を閉じた。
「小僧に、俺が話す」
「は?」
「お前は関係ない。近い内に時間を作ってやる」
「冗談じゃない。今、俺に」
「毛玉は人間じゃないだろ」
毛玉と呼ばわれ、獅子が唸る。お前はとっくに人間じゃないと、魔導士に言い返すが、魔導士はこれを無視し、『誤解を生まないためだ』と言った。獅子は意味が分からない。
「誤解する話をしなきゃいいだけだ。俺から息子に」
「お前の馬鹿可愛がりしている小僧のためでもなく、お前のためでもなく、一つ使命を果たした魂のために言ってるんだ。引き継いだのは小僧である以上、俺が通訳だ」
遮った魔導士が威圧を籠めた。舌打ちする獅子に、首を一振り横に動かす。
「ハーアエルは死んでも一ヵ所に縋りついて、消えない魂の熱をそこに宿した。死によって何が消え、何を遺すか。本気で考える必要のない異種族には、到底理解出来んだろう。
『間違いだらけの魔法使いを挫く真意』でハーアエルが貫いたことを、やつが消えたからと言って、等閑にはしない」
「知り合いじゃない、んじゃなかったか?」
嫌味をぼやいた獅子を一瞥。魔導士は『知り合いじゃないな』と否定し、一言添えた。
「敵だった」
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