2984. 秘匿『歌の波』・二つめの馬車歌完全版
イーアンはオルゴールの部品を取り付けた後、謎の石の役目も知り、全部組み立て終わってから動かして問題なく、エサイに付き合ってくれた礼を言い、彼を抱えてヨライデへ戻った。
エサイは『自由時間』と楽しんでおり、もう少し帰らなくても良いんじゃないかと話していたが、イーアンは龍気切れが嫌・ダルナも外に連れて行く用事があるため、エサイに相槌を合わせながら、寄り道せずに馬車へ到着。
馬車が見えてきた時点で狼男が振り返り、なんで?と目で訴えたけれど、『私は忙しい』と断って、さっさと馬車へ降りた。
「また呼んで」 「うん。またね」
面白くなさそうなエサイだが、あっさりした性格なので手を振って仔牛へ近づき、腹が開いた奥に座る獅子の腕が動くや、エサイは灰色の煙に変わって消える。仔牛は横腹の開きを戻し、何もなかったように歩き続ける。
食料馬車の御者をするシャンガマックが『後で成果を教えて』と笑顔を向け、はいと答えたイーアンは先頭へ歩く。寝台馬車のタンクラッドとレムネアクがおかえりの挨拶をし、こちらも聞きたそうな目つきなので『後で』と軽く往なして、先頭の荷馬車へ。
荷馬車のドルドレンがイーアンに手を伸ばし、イーアンは手を掴んで引っ張ってもらい隣に座る。
「こうして乗ると、人間時代を思い出します」
「いつも上から(※空)だからね。人間時代って不思議な響きである」
ミレイオとルオロフは荷台にいるそうで、ロゼールは馬車反対側を馬で進む。ロゼールが馬車脇からちょっと顔を出したので笑顔で挨拶。で、ドルドレンが早速本題を訊く。
「どうだった。部品は」
「えらいことになってますよ」
「む。壊したか」
どうしてそうなるのと機嫌が悪くなった奥さんに、ドルドレンはすぐ謝って、大変だった話を頼んだ。
イーアンは腰袋からオルゴールを出し、小袋も添えて、一部始終を全部話す。エサイと相談して開けてみて、小袋に入っていた部品が後半の曲らしいこと、不思議な小さな石の玉が歌を担っている事実。
ドルドレンは、興味深く聞きながら、時々前を見て手綱を調整しつつ、最後の『歌』に引っ掛かる。
「オルゴールには石の玉が入っていて、そこから歌が聴こえるのか」
「はい。不思議過ぎますが、ティヤーも骨を貝に入れて歌を聴くから、ありと言えばあり」
「石の玉は、どんなものなのだ。見た目はそう見えないとか、骨みたいに白いとか」
「あ。あのですね。とってもきれいな石です。宝石とは違う綺麗さ。この世界にもあるのか、分からないのですが、以前の世界には似たような石がありました。でも歌は聴こえませんよ、普通の石」
「似たようなというのは?見た目が」
「そうです。オルゴールの石はすっごく小さいの。これくらい。で、その中に水が入っているようです。その水は虹色に光り、オルゴールが静止していても石の中で波打つみたいに」
「波打つ」
うん、とドルドレンに頷く女龍。虹色の水だから、ちらちらと色が動く様が波打つように見える、とイーアンは言う。
ドルドレンは瞬き数回。ちらっと奥さんの持つオルゴールに視線を落とし『今も波打っているのか』を尋ね、イーアンは『多分、ずっと動いているものだと思う』と首を傾げた。
「水が動いていると、歌が聴こえる・・・のではないな?もしそうなら、今も聴こえるはずだし」
ドルドレンは想像中。石から歌が聴こえる、とは。歌が聴こえたり聴こえなかったりは、条件があるのか。
「先ほども触れたのですが、石の玉は、ネジを巻いて動く部分に接触しています。だからネジを巻いた状態で、玉をちょっとだけ接触から外したら、歌は聴こえませんでした。音楽は鳴っているので、また石を戻すと今度は歌が聴こえたのです」
「石が。歌を記憶して。中で波打って」
「そう」
大きく頷いた総長は、イーアンに『有難う』と作業のお礼を言い、にこーっと笑顔を貰う。よしよし頭を撫でながら、ロゼールを振り返り『タンクラッドを呼んでくれ』と急に頼んだ。
「はい?タンクラッドさん、御者で」
「レムネアクに代わってもらう。少しだから」
総長に命じられたロゼールは、キョトンとする女龍と総長を見て『分かりました』と下がり、30秒後にタンクラッドが荷馬車の御者台に乗り込む。
「どうした」
「タンクラッド。イーアンがお手柄である」
なにそれと呟く奥さんの手から、ドルドレンはオルゴールを拝借。狭い御者台にデカい男が二人座り、イーアンは窮屈なので浮かんで屋根へ上がる。
屋根から見守る女龍に笑う親方だが、総長の端的にまとめた真面目な話で笑った顔も戻った。総長から渡されたオルゴールを手の平に載せ、もう片手で指差す。
「これに?」
「これである」
「フーレソロ」
「うむ。『歌の波』とは、これではないだろうか」
*****
タンクラッドとドルドレンの会話で、イーアンは二人が教会の予言書にあった『歌の波』について、初めて知った。
ドルドレンたちがヤイオス村へ行った昨日の午前。昼頃に戻った彼らは、詳しく話すことなく、馬車を出した。そのすぐ後で、イーアンはリチアリに呼ばれて出かけ、戻って来てからはオルゴール漬け。
だから、予言の書に『歌の波』がお守りのように書かれた文の話を聞いて、イーアンも『では、それがこれか』と驚き、まさにと思った。
ただ、タンクラッドは納得出来ず、少し疑問を抱いたので、屋根から見下ろす女龍に質問。
「お前が見て、その石と近い鉱物や宝石は他にあると思うか?」
「以前の世界にはありましたよ。でもこちらでは、まだ見ていませんね」
ふむ、と顎に指をかけた親方は、じっと見ているドルドレンに『馬車の民しか持っていないのは不自然じゃないか』と呟く。言われてみればそう・・・ドルドレンも『そうだな』と頷く。
「それと。もう少し聞きたいんだ、イーアン。昨日、お前がこれを見つけて持ち帰った時、曲は半端な長さで終わっていた。再び壊れた馬車を調べて手に入れたのは、部品の袋」
「そうだ」
これはドルドレンが答える。あ、そうだったな、と親方も総長に質問する。
「どんな状況で見つけた?」
「隠されるような印象がある。窓の縁と壁の合間に、ほんの少しの切り欠きがあって、シャンガマックが気付いた。馬車の中は暗く、このビルガメスの毛が照らすだけだったから、俺は影の段差に気づかなかった。シャンガマックは人工的な奇妙を見て、切り欠きから外れた一部の奥に、小袋を見つけた」
「思いっきり、隠されているな」
タンクラッドがちらっと見上げ、イーアンも見下ろして、親方の言わんとすることを理解する。
「タンクラッドは、普段からオルゴールを使わないもの、と思ってらっしゃいますか」
「当たりだ。ドルドレンに託された最初のオルゴールは、組み立ててある完成品だったと分かる。普段の状態は、もしも関係者以外に渡っても、馬車歌が聴けない細工に感じないか?」
そうだなと思うイーアンは頷き、ドルドレンは親方の手の平の小箱を見つめ『馬車の家族でもない者が、俺たちの言葉を理解するのは難儀だろうが』と・・・仮に聴かれても、大きな問題にならないのではと考える。
「お前の意見で、ますますおかしいぞ。ドルドレン。確かにその通りだ。馬車の民の言葉を理解するのは、同じ言語で育った者でもないと無理だろう。ハイザンジェルで訳してくれと頼んだ時を思い出す。お前もハルテッドもベルも、感覚的な印象で訳していると言っていた」
「そうだ。だから馬車の民ではない人間が、例え少し喋れるようになっても、形だけで理解するのは困難である」
言いながらドルドレンも眉が寄って、手綱を取りつつ、オルゴールを見ては『それほど警戒するのは何故か』と怪しんだ。ここで親方は、フーレソロをもう一度、口にする。
「予言の書では、予言として説法に使う箇所を太枠で囲ってあってな。それはレムネアクに読んでもらった後、彼に書き写してもらった。最後の太枠箇所に、『歌の波』が出てくる。
【 残る者は、礼拝の席で災いの最後を見届けねばならない。栄光も冒涜も、玉座から厩まで等しく。恐れに身を縮めるだろうが、三つの供物を持たない者に、扉は試さない。光の石のように見えない目を守る、歌の波を携えて待て。 】
ここにしか記されていないようだが、明らかに一般人のお守りのようだろう?」
メモを見なくても思い出せるタンクラッドの記憶力がすごい、と感心するイーアンだが、話はそこではない。最後にちょっとだけ出てくる『歌の波』は、あの『光の石』と並べているだけに、普通に手に入りそうな気がする。だが、オルゴールの中の石がそうだとしたら、全く遠い存在である。
今の時点で言えるのは、馬車の民が持ち、分解しないと確認できない小さい石。出回っている感じもない。こうなると、イーアンはこれが『歌の波』と決めつけるのは早計に感じ、それを言った。
「だがイーアン、他にもあると思うか?」
「私だってたった今、聞いたことですよ。私が分かるわけないでしょう」
「俺は、これかも知れない、と思うが。だがそれにしては、秘匿そのものの扱いも気になる」
タンクラッドの矛盾に、ドルドレンとイーアンは『つまり』と親方に尋ねる。するとタンクラッドはちょっと考え、慎重に答えた。
「歌の記録、だろう?どこで歌を記録するか。そもそも、この鉱物がどこに在るかだ」
*****
返答としては少々ズレたものだが、タンクラッドの続けた予想で、二人も理解する。
・馬車歌はいわゆる秘密の情報だから、歌を加えた時点で『秘匿』さが上がる。それで隠している。
・鉱物自体はそこまででもないとして、単に人目に付かない場所にある。
・馬車の民は当然、鉱物の採取地を知っていて、彼らもよほどの事態でなければ、場所を外に漏らさない。
可能性としてオルゴールの中の石ではなく、鉱物を探す方が、『歌の波』の真実・役割に見合うか確認しやすい。そしてもしそうだと判断出来たら、この鉱物を―――
この話はタンクラッドの課題になったようで、残った人々の身を護ると予言にも出ていることから、どうにかして自分が用意出来ないかと想像を張り巡らせる。
手がかりが無さ過ぎるのが今回の国の特徴で、情報を人に聞き出そうにも、馬車の民に尋ねたいにしても、いない。
だが、『歌の波』の可能性高い石が、馬車の民の持ち物に見つかったとなると、これはもう馬車歌関連を洗い浚い探すのが、目下の動きに思えてくる。
「フーレソロでは、特別な連中が扉の向こうへ誘われる。残った人間たちは審判を受けないとならない。その時、心を静めるための道具が『歌の波』と予言されているなら、それを見つけて渡せてやれば」
「もしかすると。タンクラッドがその役目かもですね」
馬車の民ドルドレンはすぐそう思えなかったが、イーアンはすんなり『タンクラッドかも』と感じた。彼自身もそうらしく、イーアンを見て頷く。
「あなたは、精霊の剣を鍛える男」
「そうだ、イーアン。お前を導くと大層な名文付きだったが、それはともかく」
フフフと笑うタンクラッドは、『龍を導くほどにはなれんが、民のために精霊の剣を用意することは出来るだろう』と、かねがね考えていたことを実行する兆しと受け取った。
予言にあるとはいえ、ドルドレンとしては馬車の民の物のように感じる『歌の波』こと小さな石。門外不出なのでは?と慎重になりたいところだが・・・イーアンとタンクラッドが、同じように認めるなら、これも運の巡り会わせと思い直した。
思い直したところで、ドルドレン、と親方が声をかけてオルゴールを渡す。
「馬車歌を聴こう。まだ聴いていないだろ?」
「そうだな。では」
持ち戻ってからネジを巻いていない。タンクラッドは手綱を引き取り、ドルドレンはオルゴールのネジを巻く。
最初は昨日聴いたそのまま。
『何もかもが流れてゆく。声も音も愛も愁いも流れて混じる。幸せは枯れ葉、苦しみは川面。滔々と水引く川は横たわる。天が涙、雲は吼え、倒れた影の遠き日にも、一緒に流れる歌を追い、決して目を閉じ』
これに続く起承転結の後半は、ドルドレンが同時通訳で教えた。
『・・・決して目を閉じてはならず。負けを呑んだと、追放長しえの罠にあり。地に人は立ち、去るは乱れを撒いた者。知れてはならぬ波寄せる。虹の下には望みあり。白い山に眠る洞。岩に焼きつく龍の影。御者が歌うは剣と盾』
チリン、と軽やかな金属音色を最後に、オルゴールは止まった。
ドルドレンは、自分に注がれるタンクラッドとイーアンの視線から、彼らが何か発見したと知る―――
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