2983. オルゴールと狼男と女龍②・『波』入り
『ジュークボックスみたい』―――
ふさふさの首に片手を当てて、エサイは小さな金属箱を見た。
とりあえず座って、と先にしゃがんだ女龍の向かいにエサイも腰を下ろし、もう一度用件をお浚いする。
「これ分解するの?別で入手したパーツを組み込めるかもしれないから、見たいんだろ?」
「そう。でもこれね・・・ほら見て。どこも継ぎ目がないでしょう?一片は壊さないとダメかもです」
イーアンは壊したくないわけだ、と狼の顔が覗き込む。うん、と頷く女龍にエサイは小箱を借りた。大きな肉球の上に、ちょこんと飾り模様の金属箱が乗る。裏には、さらにちっこい鍵が刺さったまま。
「エサイ、それ」
「あ?大丈夫だよ、壊さないから」
「違います。肉球がちょっと」
関係ない指摘に、オルゴールから目を上げる狼。大きな黒い肉球を指差したイーアンは、『前から思っていたけど可愛い』と一言。あんまり手の平を見る機会がないからと真顔の女龍に、エサイはもう片手の肉球を見せてあげる。
「見た目と違って硬いですね、しっかりしてる」
大きい手を掴んだ女龍が、興味深そうに肉球をぶにぶにしながら『やっぱり狼だから』とよく分からない納得。エサイは可笑しくてイーアンの顔を撫で繰り回してやり、手をどける。
「いつでも言ってくれ」
アハハハハと笑い、女龍と狼男は頷き合って話を戻した(※脱線がち)。
「それで。『継ぎ目がない』って言うけど、ここ動くんじゃないか」
どこですとイーアンが前屈みになる。エサイは目が良い。隙間なく合された四角い小箱の上面、その縁に爪の先端を当て『よく見て』とイーアンに教える。
箱の上面がぴったりと嵌まっている具合で、あまりにも正確なために継ぎ目のない印象だが、光の加減でうっすら隙間が確認できれば、一体に見えていただけと分かった。
「すごい」
「たまにあるね。技術というか、こだわりがすごい文化」
エサイが思うに、側面と底の五つは『鋳造』。小さいから型も難しくないんだろうとの見解で、イーアンは感心。
「まるっきり隙間もないので、上もそうだと思ったけれど。上だけは外れるんですね」
「やってごらんよ。龍の爪で少しだけ線引いて切るんだ」
龍の爪使うの・・・(※全部切れる恐れあり)ちらっと見た嫌そうな女龍を狼男は励まして、イーアンは不安ながらも頑張った。ちょっとずつ、本当に丁寧~におっかなびっくりで進め、一周したところで、止めていた息を吐く。
「神経使う」
「でも金属を切っている感じしなかっただろ。うん、きれいに切れてるじゃん。レーザー並み」
「良かったです。では・・・外すか」
初っ端から緊張したオルゴール分解。エサイの手では細かな作業は不向きだから、作業はイーアンのみ。そーっと上面をつまんで、ゆっくり力を籠め、カリッと音が聞こえた後に上面は持ち上がった。内側は板を受けるはめ込み用の段差があり、寸分の狂いなく嵌る、実に精緻な印象。
「職人技だね」
「そうですね。他で見たことないから、もし作った人がいたとしたら、馬車の民の職人かも」
「移動生活で、こんな慎重な作業できるのかな」
「どうだろう・・・揺れるのはしょっちゅうだから、難しそうですけれどね」
ぼそぼそと小箱を覗いて話す二人は、中身を交互に観察。先に透視で見たから驚きはしないが、それでも信じられない内容物に、どう表現するか暫し言葉を失う。
「この世界の技術でここまで可能なもんか、俺にはちょっと疑わしいけど、歌声も入ってるって言ったよね?」
「はい。歌が聴こえます。曲はオルゴールの奏でる音、ですけれど」
魔法とか使ってそうな気配もないよね、ないですねと、小箱をじーっと見る二人。エサイにはどう見てもジュークボックスミニチュアにしか見えないし、イーアンも同意見。手乗りジュークボックスが存在する時点で、魔法の関与を考えるけれど、そうではなく作りが込み入っているので、やはり技術あってのものと思う。
「この・・・ディスクが。ジュークボックスなら交換だけど、じゃなくて、こっちに少しずれるんだろうな・・・ずれると針が下のディスクに移って、ってことか。でもディスク操作と回転の動作が、こんなことで可能なのか。誰が考えたんだろうな」
「入れ知恵の可能性もありますよ」
違う世界から持ち込んだ知恵が、少し残ったとか。そう含んだら、察する狼も頷く。
「うん・・・ ある。でも、ま。他で見たことないってイーアンも思うなら、とりあえず広まってないとして。話、戻そう。これ、ここの丸っこいの、石だよね」
「石。ですね。なんか宝石みたいですが、なんの鉱物やら。やけに綺麗な」
ああだこうだと仕組みを考察、小さい円盤が2枚入り、添えられた針が触れて音が鳴り、円盤は必要数を回転すると少しずれて下にある二枚目の円盤に針が落ち、また曲が流れると分かったが。
針を支えるトーンアームのような役割の棒付近、綺麗で小粒の石が窪みにあって、これなんだ?と眉を寄せる。
「電池じゃないよな」 「ネジ巻くんですよ。電池要らないでしょう」
そうだったとエサイが三角耳を片手で撫でつけ、イーアンは少しだけ箱を傾けてみる。石は固定されているわけではなさそうだが、動かなかった。窪みはただ湾曲した金属片で、そこに触れている石に何の意味があるのか。湾曲金属パーツはトーンアームの付け根にあるのも、理由のように思えるがピンと来ない。
一先ず開けたのだし、とイーアンは小袋から部品と工具を取り出し、エサイに見せた。
「ディスクってことか」
エサイの一言に頷く。今なら分かる。部品の二つは、半端な歌の続きが入ったディスク・・・ そして、とっても小さい部品が円盤を支えて固定するもので、円盤・固定部品・もう一つの楊枝より細い棒が、これらの受け軸と予想を付けた。
「どーやっても、変えられる気がしない」
「イーアンはこっち来る前、手作業系の仕事じゃなかったか」
「ですけど、こんな細かくないです」
「顔に、嫌だって出てるけどさ。やらないと進まない」
「さすがにもう無理ですよ。壊しかねません。魔導士に交代です」
「・・・でも、交換の部品と工具があるなら、持ち主は自分でセットしていたってことだろ?」
「慣れがあるじゃありませんか。取説なくたって、受け取った時からこなしてるんだし」
トリセツ欲しいですよという女龍に笑い、エサイは自分ならどうするかを教えた。
昔、レコードが好きでよく聴いたこと・レコード店でプレーヤーの修理をする、店主の手元を見ていたことなどを話す。『普通は電気で動くし、以前の世界の方が複雑だけど』の前置き、構造としてはこちらの方が分かりやすいし、一つずつ順番を覚えてバラせばできないことは無いと励ます。
エサイの・・・人間だった時の思い出話をされると、イーアンは切なくて逃げ場が無くなる。
「俺がやってやれればいいんだけど。肉球と爪がね」
「いいえ、私がやります。でも魔導士の方が絶対安心とは言っておきます」
「何でも魔導士じゃ面白くないだろ。壊れたら言えば良いんだよ」
『壊れたら』ではなく、この場合は『壊したら』である。だがイーアンは突っ込むのも遠慮し、人間当時のエサイの思い出を聞いたからには、やってみることにした。その前に。
「これ。2枚ありますけれど、順番あるんだろうか」
「一回り大きいのが中間寄りじゃないの」
適当で軽い狼男の即答に、イーアンは眇めた目を向けたが、エサイはもう一つの円盤に『こっちの方が小さいから端』と理由を言った。
軸受けの棒に並べる時、小さい方が下(※端側)になると、ぎりぎりの側面に接触しない距離、とか。1mm分の差は大きく、終盤の曲は小さい方で、すなわち先に付けるのは小さい方と決定。
外したパーツを無くさないように、腰袋から粗紙を出して準備も完了。
エサイの注意と指示で固定金具を外し、トーンアームに気をつけながら元々あった円盤を外す。円盤の支え棒も取り出して、部品の棒を片側の差し込みにはめ込み、不安定ではないのを確認してから、小さい円盤・少し大きい円盤、と固定金具で取り付けた。
「できた。あとは戻すだけ」
「ちょっと待ってくれる?この、石。なんだか気になる」
「・・・(※また面倒なと思う)」
息が止まりそうな緻密な作業でいっぱいいっぱいだと言うのに、エサイが続けて呟いたのは『石が何か知りたくない?』だった。知りたくありませんと答えたいが、それは嘘になる。私も知りたいけれど、そのためにまだ何かすんのか、と疲労イーアン。
「やらせてるから、強く言えないけど。でも石が」
「強く言わないけど、私は従ってます」
「あとで埋め合わせするから」
「男の『あとで埋め合わせする』は信用しないことにしています(※シャンガマックで度々)」
ハハハと笑った狼男は、イーアンの頭に手をポンと乗せ、むすっとしている女龍の見上げる目に『俺は忘れない性質』他の男と一緒にしないよう先に言う。
「せっかく分解中なんだ。もうちょっと見ておこうよ」
えーーー。 声に出て嫌がるイーアンが可笑しくて、エサイは頭をポンポンしながら『何か発見するかも』と根拠のない期待を軽く言う。
―――嫌がるものの。粘って良かったのだとイーアンが知るのは、この後。
ほら、とエサイがイーアンの頭をギュッと押す(※ポンポンついで)。大きな手で不意に押されて、がくんと頭が下がったイーアンは睨んだが、エサイの一言『動いてるじゃん』に視線は石へ移った。
そう。さっきも思ったのだけど小さな球形の石には、動く水が入っている。
石の外側は鉱物の色合いが所々あり、合間が透けている。そして中に空洞があるようで水が動くのだ。アゲートや水晶、隕石など、こんな状態のを知っているが、オルゴールの中の石は大変小さい。そして、水は静止状態の箱にあっても、虹色に波打ち続ける不思議。
エサイは『この石を、接触部分の窪みから離して、鍵を巻いたら』と提案。取り付けた2枚のディスクは、正しければ曲の後半を奏でる。奏でる音とこの石の関係を、視認する機会だよと推す。
だとしてもイーアンは、それで二度と元に戻せなくなっては困るので、すぐ頷けない。
「そしたら、それこそ魔導士に言えば」
「エサイは何でも軽いんですよ。これは分解と違うではありませんか。石が意味深過ぎて、魔導士がどうにかなる範囲じゃないかも知れないでしょ」
「でも、絶対、秘密その①だと思うよ」
賛成しないイーアンに、『ちょっとだけ試そう』と言い聞かせ、女龍の腕を引っ張って立たせると自分の膝に乗せた。なぜ、と振り返ったイーアンの角をサッとよけ(※動体視力特殊)『一緒に見る』と頷く。
「別にあなたの上に座らないでも」
「見やすいだろ。そっちにいたら、『ちょっと石を離す』だけの時間が長引く」
効率だよと、けろっとしたエサイに半目を向けるイーアンだが、自分も何だかんだで抱えているので(※飛んで連れてく時)、ここは『まぁいいや』で済ませた。時間も勿体ない。
「よし。じゃ」 「慎重に、ほんの少し動かすだけですよ」
観念して―― イーアンは先にネジを巻く。短く。巻いた手は離さずそのまま固定し、空いている手で工具の先を使って『玉』をわずかにずらした。
「いいよ。放して」
エサイがイーアンを腕の内に抱えたまま、囁くように合図を出す。イーアンも目を凝らした状態で、ネジを巻いた指を浮かすと、カチリと金属の動いた音に続いてディスクが回り、針が曲を鳴らした。だが、歌は流れなかった。
「イーアン、歌は?これ?」 「違う。聴こえません」
歌が流れるはずなのに、歌がない・・・戸惑うイーアンに、『工具を石から放してみな』とエサイが急ぎ、イーアンも玉を押さえていた工具をどかす。ほんのちょっとずらされただけの玉は、元の位置に接触し、途端に歌が流れた。
目を見合わせる、女龍と狼男。もう一回やってとエサイが頼み、イーアンも繰り返す。やはり、玉を離すと歌は消え、窪みに戻ると歌声が聴こえた。
「この石が『歌』なんだ」
「どんな仕組み・・・ 」
「ファンタジーだって」
フフッと笑う、顔横の狼。そうだけどさと一緒に笑うイーアンは、まさかこんな仕組みだったとは意外過ぎた。石に歌が入っている・・・でも、ディスクに連携しているのだ。昨日、ドルドレンと聴いた曲・歌とは違うので、これはエサイが言うように後半部分。どうして?と不思議でならない。
「歌の秘密が、この球形の石だったわけだ」
前のめりの体を起こし、エサイは面白いと呟き、振り返った女龍に『戻すか』と作業の仕上げを言い渡した(※イーアン仏頂面)。
そして、これが『歌の波』と。持ち帰って分かることになる―――
お読み頂きありがとうございます。




