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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2981/2988

2981. 古戦場跡の馬車

 

 イーアンとミンティンは、留守番を言い渡された古戦場―――



 二人で行くのをイーアンは心配したけれど、シャンガマックの意見では『すでに刺激している状態』。夕方にイーアンとミンティンが来た時に何もなかったのは、警戒したからだ、と言った。


 空中でもザワザワと音が分かるが、シャンガマックは『何かするとしても()()から入る』とし、即攻撃にはならないらしい。だから自分と総長が飛び降りたら、龍族は戦場の外れへ行ってほしいと女龍に頼んだ。


 ピンと来なくても経験者に従うイーアンは了解し、ミンティンは滑空。

 地上の草が生き物のように波打ったのを見て、地上数m上で龍は急旋回急上昇。騎士二人は飛び降り、イーアンとミンティンはそのまま飛び去った。



 ドサッと男二人が着地するが・・・ シャンガマックの話した通り、只ならぬ気配が(ひし)めくも何一つ起きない。


 ざわざわざわざわ。 声にならない雑音が頻りに周囲を動く。目を動かしても『ぼんやり浮かび上がる』なども見つけられない。気配と音だけが、肌一枚の距離でまとわり続ける。


 ビシッと物打つ音が聞こえたが、それは離れており、シャンガマックはドルドレンに『警告や試しです』と囁いた。


「焦らないで下さい。()()()と判断したら、教えます」


「馬車まで距離があるが」


『問題ないと思います』シャンガマックの声は低く、総長の左に並んで彼の腕に触れ、離れないよう一緒に歩く。


 ドルドレンは左手に手袋を着用し、掌にイーアンと繋がる連絡珠をポコッと入れ、いつでもイーアンとやり取り可能な状態。万が一、を思うが、部下は『刺激しない』方法を選んでいるので、倒すばかりでもないのだなと合わせる。


 途中途中、叫び声が聞こえた。飛び道具を連想する風の唸り、キインと甲高い金属音、布や木に石がぶつかったような音なども、遠近関係なく聞こえる。シャンガマックは落ち着いており、ドルドレンも動じない。

 ただ、シャンガマックが余計なことを言わないので、これがどういう状況なのか、ドルドレンは今一つ分からなかった。


 古戦場跡、とシャンガマックは判断したし、言われてみれば幻聴もそれを思わせる音ばかり。

 誰一人いない、草もまばらな平野で、人の気配が押し込むように詰まっているのも、在りし日の戦跡と頷くが・・・ 変な疑問で、『なぜ何も仕掛けてこないのか』それは気になった。


 危険だというから襲われることも想像したのだが、まるで何もない。真横や顔の前、右手辺り、背中、首元、頭の上、誰かがいる感じはやまないのに。



 まとわりつかれる奇妙な鬱陶しさ。それだけを感じながら、ドルドレンとシャンガマックは馬車の影に突き進み、数分後に到着する。


「これですね」


 車輪の左側が壊れて斜めに倒れたままの馬車。イーアンが開けた扉はそのままで、右側の荷台壁にいくつもの窪んだ穴があった。中へ入ろうとシャンガマックが言い、ドルドレンも馬車の荷台に上がる。


 暗い中でも、ドルドレンの首元に巻いたビルガメスの毛は柔らかく穏やかな明るさを生み、狭い屋内は影と光に分かれた。


「総長の、龍の光」


 地上にない光の質が、霊をあと一歩の距離に寄せなかった、とシャンガマックの漆黒の瞳が首元を見て、ドルドレンは首に触れる。いつでも龍の恩恵を受けている事に感謝し、物が散らばる斜めの床を軋ませながら、少しずつ奥へ移動した。


 手前は暖炉と向かい合う椅子があり、奥に寝台と衣服の引き出し。据え付けはそのままだが、家具は転がり、内装の垂れ布は、倒れた家具に下部を引っ張られ、千切れていた。


 引き出しの空いたところを見つけたドルドレンが、別の引き出しも開けてみる。何だか物取りのようで気は乗らないが、調べてみないといけない()()もあり・・・


「総長。今は、霊が()()()()()()ようだから、少し話します」


「ん。そうなのか」


 立っているのも傾斜で難しい馬車の中、片側に寄った家具や食器を少し足で除け、シャンガマックは足場を確保する。ドルドレンも散乱したものを脇に除けたところにしゃがみ、引き出しを確認する手を止めず、話を頼んだ。


「サブパメントゥ、と限ったことではないのだけど」


「え?」


 急にサブパメントゥの名が出て、ドルドレンは振り返る。斜めの壁に片手をついたシャンガマックは、彼を見下ろしながら『この戦場の奥にあの色の絵柄がある』と頷いた。


「林があっちにありましたよね。あの辺に印があったと思います。俺が呪いの地を回った時、ここまで来なかったんですが、広がる風景と地面の形は一致しているので、場所は正解でしょう。

 サブパメントゥの印があると、彼らのまやかしと言うか、術が掛かっていることも多いんです。これはサブパメントゥばかりでもなく、地霊にも言えることで、術をかけると普通の人間は入れません」


「入れない?結界と同じか」


「いえ。結界は完全遮断の壁を持ちますが、まやかしの場合は『見つけられない』んです。入ろうとすると体が違う方を向いている、でも気づかない。まっすぐ歩いているつもり、でも実際は角度をつけて進んでいる。そんな具合で」


「・・・ここも」


「以前来た時、俺は一人だったんですけれど、少し調べるのが目的だから長居しませんでした。それでも()()()()はしたので、警戒されていたのは確かです」


「警戒。立ち入れない。ちょっと混乱するぞ。入れていないのに警戒とは何だ」


「今説明します。入れないはずが、入って来た場合、警戒されるんですよ。普通は見つけられないで、近づいた人間が『回れ右』の戻れ状態です。でも俺たちは入り込む。これは『術が利かない力を持つ』と判断されるので、警戒するんですね。イーアンとミンティンが入ったら、まず間違いなくここの()()に影響しますから、午後にイーアンが下りた時、警戒度はかなり上がった予想です」


 これはシャンガマックの体験で(※2788話参照)、フェルルフィヨバルが教えてくれたこと。手を出さないが、近寄るなと警告し続ける。警告を無視すると一触即発まで持って行きかねないが、そうすると時空が乱れたり、予想しない展開が起きる・・・


「俺はフェルルフィヨバルと一緒だったので、『予想しない展開行き』はなく済んだのですが」


「では、イーアンがまた来ていたら」


「もしかすると時空も開いて―― 思い出したくないですね。イーアンが、否応なしに破壊しないといけない『呪われた維持』に関わるかもしれませんでした」


 呪われた維持・・・ シュンディーンを引き取った、集落のように。バサンダを閉じ込めた集落も然り。


 まだ()()()()()()だから、と話を結んだ部下にドルドレンは礼を言い、後でイーアンに伝えようと言った。調べる手を止めていたので、また引き出しに向き直り、『お前が来てくれて頼もしい』と呟くと、シャンガマックが小さく笑う。



「総長。俺は思うんですが、ここは呪いの地で合っていました。この馬車の家族は、入り込んだことで攻撃された可能性があります」


「・・・そうだな。それは、『回れ右』が通じなかったと捉えて」


 そうですねと、シャンガマックは頷く。三段目の引き出しを戻し、隣の引き出しを開けながら、ドルドレンは『彼らの精霊がここを()()()のだろうか』と寂しい皮肉を呟くと、シャンガマックも『分からないですね』と・・・肯定のような曖昧さで答えた。


 シャンガマックはそれ以上言わない。ドルドレンも考えて無言になる。


 夕食前に、犬の精霊の話が上がったばかりだった。ミレイオは、鍛冶屋タノにそれを聞いた。ちなんで思い出したシャンガマックも『南の端にあった旧教の神殿に、犬の遺体があった』と教えてくれた。


 犬の精霊はいつも一緒に居る。危機があれば手助けもする。

 いつでも馬車の家族を陰ながら守るけれど、皮肉にも、付かず離れず()()()()()()()()に通過してしまった可能性が浮かんだ。


 ドルドレンの手が止まり、最後の引き出しを閉める。探し物はなかった様子に、シャンガマックが扉を開け放した外の暗さに顔を向けた。


「出ますか」


「そうだな」


 そうだなと言いながら、半腰で立ったドルドレンは、高い背を屈めたまま散らかった物に触れ、割れていない金物食器や、罅が入っただけの陶器を寝台の上に乗せ始める。


「少し、片付けておこうと思う」


「あ・・・じゃ、俺も」


 目が合って微笑み、シャンガマックも足で寄せた破損物に目を凝らす。壊れていない、形を保っている物を選び、これ以上壊れないよう、柔らかな寝台へ移した。シャンガマックが拾うとドルドレンが手を伸ばして受け取り、寝台に集める。


 血の散った屋内だが、死に至る血の量ではないので、生きていたと思いたい。今も、どこか別の世界で旅を続けているだろう――



「戻ってくるとは思わないが」


「はい」


「ちょっと片付いていれば、もしも帰って来た時、嬉しいだろうから」


「そうですね」


 布団の上はどんどん荷物に埋まってゆく。ここに壊れていない物だけがあると判れば、持ち戻りたい場合はすぐに探せる。壊れている物は無理でも・・・ 破片も多いので気を付けるようにドルドレンが注意し、シャンガマックが了解して、砕けた食器や壺を脇へまとめる。


 少し床が見えてきたくらいで、ドルドレンの首元の明かりが、ささやかな光を反射させ、上に向いた窓の縁に目を上げた。あんなところにも破片が散って・・・と立ち上がり、壁板と窓の縁に挟まった破片を外す。


 ビルガメスの毛だけが光を放つので、手が影になる角度は見えない。ドルドレンが破片を取り除いたのを、何となく振り返ったシャンガマックは、ん?と眉根を寄せた。


「総長。そこ」


「上にも撥ねたのだ。きっと」


「いえ。じゃなくて。そこ・・・ちょっと、総長止まって下さい」


 傾いた床の右側―― 上に向いた方へシャンガマックが足を開く。

 何やら気になったらしき部下の行動に、ドルドレンが彼の背を支え、シャンガマックは馬車が重さで傾かないよう、慎重に体重移動を気遣いつつ、破片を取った人工的な()()()()に触れた。


 窓縁を補強する細い木材が打ち付けられているのだが、継ぎ材の長さが合っておらず、一ヶ所だけ『きちんと』欠けている。

 この欠けは、窓縁の高さに違和感を持たせないけれど、何か示しているような気がしたシャンガマックは、小さな長方形の形で欠けたそこに爪を当て、ぐっと手前に力を籠めてみる。


 すると欠けは動き、縁の木材の一部がカランと外れた。あ、と声を上げたドルドレンに頷き、褐色の騎士は嵌められた板の奥に作られた手のひら大の隙間に指を入れ、中に入っていたものを取り出した。


「総長」


 はい、と渡す部下から受け取り、シャンガマックが元の位置に戻る。受け取ったそれは、これまた小さな布の巾着で、中はカチャカチャと音がする。開けようとしたが、手袋に入れた連絡珠で『イーアンたちが心配しているかも』と待たせていたのを思い出し、これを持ち帰ることにした。



「何が入っているのか分からないけれど、隠していた感じがします」


「うむ。持ってきてしまったが、個人的なものであれば戻そう」


「何度もここへ来るのは賛成しませんね」


 荷台を降りる前の会話。地面に足をつけてからは、二人共無言で通し、またまとわりつく霊たちを感じて歩き続けた。

 少しでも危険があれば対処するつもりでも、霊はドルドレンとシャンガマックに何もしない。幻聴も止まることは無かったが、出ようとする二人を分かっていそうで、それ以上にはならなかった。



 霊の気配は続くし、戦場の外れまでは距離があるので、十分そこそこ歩いたところで、ドルドレンはイーアンを呼び・・・褐色の騎士に『来る』とだけ伝えた。頷いたシャンガマックとドルドレンの前方から、明るい光を纏った龍が迫り、ミンティンの背から白い6翼がびゅっと飛ぶ。


 飛び乗るつもりだった二人の騎士が目を見開くや、白い翼はものすごい速度で二人に滑空。どんっと腹を押されたのも一瞬、気づけば二人の体は宙に浮き、イーアンの龍の腕がしっかりと抱えていた。


「おかえりなさい」


 ニコッと笑った女龍が、上で待つミンティンに二人を乗せ、シャンガマックが笑って『いつも抱えてもらうな』と座り直し、ドルドレンは『ただいま』と挨拶を返した。



「どうでしたか」


「うむ。オルゴールと近いものは見つけられなかったが」


 ドルドレンは小さい袋を持ち帰ったと教え、確認は馬車へ戻ってから。


 小雨の続く帰りの空で、シャンガマックの解説を聞いたイーアンは、ミンティンの横を飛びながら『私たちが行ったら、何かが終わっていたのですね』と切なそうに後ろを振り返った。


「一回降りたのは、結構危険な行動だったのですか」


「そうかもしれない。だが、龍相手にまやかしなど通じるわけもないんだ。当然だから気にしないでも」


 シャンガマックが気遣い、イーアンは頷く。でも・・・リチアリの幻に引っ掛かる自分を思い出すが(※2420話参照)、置いといて。

 サブパメントゥの術が利かなかった・地霊のまやかしの術が利かなかった、それは確かなこと。


 馬車に着くまで、シャンガマックは『呪いの地』について、知っていることを教え、これからも踏み入る時はあるだろうから、レムネアクの知識も併せて気をつけて進もうと話した。



 三人は龍と共に馬車へ戻り、青い龍は空に帰る。

 シャンガマックが久々に寝台馬車で眠ろうとすると、どこからか仔牛が現れて、喜んだシャンガマックを連れ去った(※お風呂)。


 イーアンとドルドレンは荷馬車に入り、雨に濡れた服を着替えて、ドルドレンが布の袋を二人の座る間に置く。そして、壊れたオルゴールも。


「この二つが、あの馬車からの」


「きっと大事なものです」


 大事、と呟いたイーアンに、ドルドレンは微笑んで布の袋の口を開く。

 カチャカチャと聞こえた音の正体が、柔らかい寝台の布に落ち、イーアンはそれをじっと見つめた。ドルドレンには何だか分からない。



「部品」


「部品?」


「オルゴールの、です」


 壊れたオルゴールと同じ色の、金属の小さな部品と小さな工具にしか見えない。これについて二人は話し合うが、夜も遅く調べる時間でもないので、これはまた明日へ持ち越し・・・



 今日。朝出て夕に戻ったイーアンの報告を聞いただけで、ドルドレンたちの報告はしていない。そしてドルドレンは、オルゴールと古戦場に意識がいっぱいで思い出さなかった。


 フーレソロの『歌の波』をイーアンが知るには、まだもう少し―――

お読み頂きありがとうございます。

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