2980. 夜 ~アイエラダハッドの報告、犬の精霊話・2個目のオルゴールの歌
馬車歌のオルゴールを見つけた話は、あとで―――
夕方に戻った二人は、それぞれ報告は別で、イーアンは真っ先にドルドレン、ルオロフはミレイオに気づいて『おかえり』『ただいま戻りました』の挨拶から報告へ。
「すみません。馬車が直るまでと決めていらしたんですよね?」
「うん、でも。大丈夫よ」
「ミレイオは今朝、鍵を」
横にいたロゼールが、ふと『鍵』のことを口にしたが、ミレイオがポンと彼の腕を叩いて笑ったので、ロゼールは黙った。二人を交互に見て、『鍵って』と控えめに尋ねたルオロフだが、ミレイオは小さく首を横に振る。
「いいのよ。もう少しいるから」
「・・・それは、良かった。一緒に居て下さると心強いです」
何かあったのだろうと思ったけれど、無理に聞き出しはしない。良かったと微笑んだルオロフに、ミレイオは『アイエラダハッドは?』と話を変え、ルオロフは留守にした四日間を丁寧に説明。
ロゼールとミレイオは調理する傍ら、ルオロフのアイエラダハッド小旅行を聞き、ゴルダーズ公の様子、残存の知恵の処分、アイエラダハッド東の風景、南平原のリチアリのことを知った。ルオロフは占いの流れにある『古代剣譲渡』についてだけは伏せたが、他はすべて話す。
ちらっと見ると、総長はオルゴールと呼ばれる楽器でイーアンたちと話し込んでおり、剣は後で言うことにした。
「ゴルダーズ公の執事さん。サヌフさんっていうんだけどさ。彼も良い人だったのに、いなかったのは寂しいわね。あの人が一緒にいてくれたら、ゴルダーズ公もリチアリを頼る発想はなかった気がする」
ミレイオが思い出した執事は、差別のない人柄で有名なゴルダーズ公を支えてきた人だけあって、自分たち世界の旅人にも寛容、いつも親切で思い遣り深い人だった。
「『祝福』がないと、なのでしょうね」
執事を知らないルオロフだが、金庫に残っていた控え書類などは、出来た執事だと認める。
急に一人になってしまい、いつまで一人で暮らすのかも見えない生活は、毎日過ごしても慣れる人とそうではない人に分かれる・・・ ゴルダーズ公の弱気な一面を聞いた後で、ミレイオは溜息を吐いた。
「タノもさ。奥さんと奥さんの両親が消えて。こう言っちゃ失礼かもだけど、やることないからって、仕事を毎日続けていたのよね。惰性とも違うけれど、どこに売るわけでもない品物を作り続けるのって・・・でも作ることさえなかったら、気持ちが持たないだろうなと思ったわ」
「タノ?」
ルオロフは知らないので聞き返し、ミレイオは『あっちの村に鍛冶屋がいて、知りあいになった』と、過ぎた方向を指差した。その人は善人で~と人柄を説明しかけたミレイオに被り、ルオロフは『彼も祝福を受けたのですね』と頷く。
「あ、そうそう・・・って、言うの忘れてたわ!そうよ、彼が祝福を受けた話がさ。ちょっと、ドルドレン?まだ話し込んでるか。言わなきゃ」
何か思い出したらしきミレイオに、ルオロフとロゼールが目を合わせる。ミレイオは二人に『彼ね、馬車の民の精霊に、祝福されたんだって』と先に教えた。ハッとしたロゼール。
「えっ。テイワグナで見た犬のですか(※1698話前後参照)」
「多分、それよ。精霊だから、一頭とかそういう感じじゃないでしょうけれど。馬車の民を守っているんじゃない?
タノは偶然よ。ある日、吠える犬が来て、何かと思ってついて行ったら、馬車の民が壊れた橋の前で立ち往生してたわけ。タノは家に材料を取りに戻って、川を渡れるようにしてあげたの。
犬は終始、近くにいたはずが、タノ以外の誰も見えてなくて・・・馬車が全部渡り切ったら犬もいない、ってなってね。これをタノが話したら、馬車の民は『精霊だ』と言ったんですって」
「うわ~、じゃ。もうその時点で、精霊の『有難う』だったんですね!」
ねー、と笑うミレイオは、刻んだ野菜と干物の身を鍋に入れて、香辛料を炒めながら『タノは基本、親切な人なの。だから困っているのを、見過ごせなかっただけだろうけど』と、人の好い鍛冶屋を語る。
「ふーむ。いい人だけに、と言うかさ。一人ぼっちで寂しいのを知ると、なまじ残っても、なんて思っちゃうわ」
また会いに行ってあげたら、とロゼールが微笑み、そうしようと思うのと、ミレイオも頷く。
ここでシャンガマックが側に来て『父は戻らないから、夕食は一人前減らしても』と伝え、ロゼール了解。で、小耳に挟んだ『犬の精霊』を、褐色の騎士は興味深そうに尋ねた。
「犬の精霊とは・・・ティヤー本島で、総長とイーアンが見たのと同じか(※2538話参照)」
シャンガマックは、犬の精霊を見ていない。話だけなので、ヨライデもかと聞くと、ロゼールは『鍛冶屋さんの昔、ね。そうらしいよ』と返事。
ルオロフも、やはりそっち系統(?)かと思った。そして、先ほど見た壊れた馬車は精霊がいなかったのかな・・・とも過る。
ちょっと考えたルオロフに、シャンガマックが『俺も言い忘れていたが』と微笑みかけ、目が合った貴族は瞬き。私に何か?
「お前には話したな。ヨライデに入ったすぐ、遺跡の神殿で」
「あ・・・あれですか?奥に墓室があると(※2913話参照)」
そう、と頷いた騎士を、さっとミレイオとロゼールが見る。ミレイオはあの日、神殿を前に退場(※僧兵一悶着で)で神殿に入っていない。ロゼールは総長と回っていたので、他は知らないまま。
「棺に、馬と犬の乾いた遺体があったという」
「犬?馬?そうなの?」
意外な情報にロゼールが驚き、シャンガマックは『父が教えてくれた』と言い、ミレイオをちらっと気にする。ミレイオは苦笑して『別にいいわよ』と流した。
「旧教は馬車の民と関係があるそうだし、それで彼らと身近な動物の遺体も大切にしているんだろうな・・・と、それだけのことだが」
ハハハと笑った騎士の声で、向こうで話していたドルドレンが振り返り、ミレイオは立ち上がって手を振った。『忘れないうちに話しておく』と総長の側へ行ったミレイオの代わり、入れ違いでレムネアクが来る。
「今日は干物の魚ですか。良い匂いですね」
「通訳するようなこと、あったんですか?」
総長たちといたレムネアクが横に腰を下ろしたので、何の話だったかをロゼールが聞くと、僧兵は『場所について』と微笑む。
「壊れた馬車を、総長が見に行くようです。地図で確認して、イーアンの覚えている距離や風景で、予想していました」
「予想?何を」
関心を持つシャンガマックに、沸騰する鍋に水を足すレムネアクが『私が知っていれば情報を、という感じです』と答えた。
「この辺は詳しくありませんが・・・ 人外や怪異が出る環境というのが、少なからずどこでもあるので」
「馬車があったところは、そうだったのか」
ルオロフは思わず口を挟む。壊れた馬車に襲われた跡があったと、イーアンは話した。貴重品を取りに戻れない理由かもしれないと想像したら、焚火向かいのレムネアクが頷く。
「昔は大型の墓地だったり、戦場だったり。そうしたところは、死霊もいますし、繰り返しが起きることも」
ふと、シャンガマックは『戦場』の一言に引っ掛かった。ヨライデの『呪いの地巡り』で・・・ もしや、と思いきや。
「戦場だった可能性があるんですよね。ある時期。あるきっかけ。そういった理由で、誰もいない場所の合戦が蘇る話は少なくありません」
ぞわっとするルオロフ。ロゼールの眉が寄る。シャンガマックはちらっと総長を見て、自分も一緒に行った方が良い気がした。
*****
夕食時は、忙しかった。
ヨライデ南部の気温はそう低くもならず、日中も晴れていると暖かいし、乾燥気味ではあれ快適と言える。
夜もそうで、極端な気温差がないから過ごしやすいのだが、如何せん、地形の関係で風がよく吹き、そのために雲の移動が多い。
だから、お天気雨・ちょっと降る時間は、しょっちゅう。降られると夜は冷える。
丁度夕食が始まったくらいで雨粒が落ちて来て、最初は気にしなかったものの、雨はさっさと加速して、結局皆は馬車の荷台で食事をすることになった。
焚火はそのまま、熱い鍋はそこに少し料理が残っており、『おこた』用の固定木箱がある荷台に移動(※1751話参照:アイエラダハッド編)。
テイワグナの平焼き生地と漬物、加熱不要の燻製肉の切り身、干物の煮込みを分けて、三台の馬車に引っ込んで食べる時間、シャンガマックは荷馬車へ行って『後で行くなら自分も』と総長に同行を申し出た。
ヨライデを巡った際に、行ったことがある土地かも知れない、と聞いたドルドレンは、部下も連れて行くことにする。
イーアン、ドルドレン、シャンガマックの三人。イーアンがいれば殆ど何事も起きないだろうし、起きたとしてもまず大丈夫だろうが、シャンガマックはそちらの心配をしていない。
『触発しないことが大事なので』彼はそう言って、自分が呪いの地巡りをした際に体験した例を、食べながら話した。ドルドレンもイーアンもトラブルを増やすつもりはないし、馬車を調べたいだけだから、経験者の言葉に従う。
ということで。
食べ終った三人は、皆さんに先に寝ててと頼んで出発。レムネアクを連れて行くかは考えたが、『特に通訳は要らない』『シャンガマック(※経験者)とイーアン(※最強)がいる』理由で、彼は今回出番なし。
「俺も勇者なのだ。そこそこ何かの」
「分かっていますよ。でも今は勇者だからじゃなくて、馬車の民として」
笑ったシャンガマックに、ドルドレンが黙り、イーアンが『あなたが主役』と励まし・・・ さっきも呼び出されて、今も呼ばれたミンティンの背中は賑やか。雨降る夜の暗い空に、ほんわり発光する青い龍と、角が光る女龍の明かりが帯を引く。
―――二個めのオルゴール馬車歌。実は、鍵が巻き切らなかった。
元々、短い曲なのではないかと思ったが、ドルドレン曰く『だとしたら、曲の作りも変だし、歌詞も中途半端』だそうで、鍵を巻こうとしても少しだけのオルゴールは、衝撃で壊れてしまった・・・と結論が出た。
歌の内容は、イーアンが危ぶんだままで、朗らかな曲に不安を忍ばせる歌詞が添えられ、聴けたのは、起承転結で言う『起』『承の半ば』くらいまで。盛り上がりに移る音階でカチッと止まってしまい、イーアンたちも物足りない印象は持った。
『何もかもが流れてゆく。声も音も愛も愁いも流れて混じる。幸せは枯れ葉、苦しみは川面。滔々と水引く川は横たわる。天が涙、雲は吼え、倒れた影の遠き日にも、一緒に流れる歌を追い、決して瞼を閉じ』―――
「ここです。ミンティン、さすが。覚えていて下さって助かります」
青い龍の金色の目が、褒めた女龍をちらっと見る。さっき来た・・・の目つきに、イーアンはニコッと笑う(※イーアンは大まか)。
降下し始めた龍の背から、シャンガマックとドルドレンは真っ暗なそこへ目を凝らし、影を見つけた。ただ、それは。
「総長、剣は抜かないで下さい」
シャンガマックが右手で制する。ドルドレンは剣の柄に手を置いたばかり。さっと見たドルドレンに、首を横に振るシャンガマックは、続いてイーアンに『少し離れて下りてくれ』と頼んだ。頷いた女龍も、下方から聴こえる雑音に了解。
雑音は、空を飛ぶ龍に反応して大きくなった。暗闇の大地に、目には映らない靄が、熱気のさざ波の如く揺れる。
「古戦場跡です」
この近くに来たなと、褐色の騎士は周囲を見回した。
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