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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2979/2988

2979. 女龍とルオロフ帰り道 ~成果報告、吐露、『時の剣』経緯話・壊れた馬車

 

 旅の馬車が迂回し、海方面へ斜めに進む午後―――


 イーアンはルオロフと一緒に、デネヴォーグを出発し、今は空の帰り道。ミンティンを呼び、イーアンも乗せてもらい、ルオロフの報告を聞いた。



 ルオロフに付き添ったので、ゴルダーズ公と会って挨拶した後、ルオロフが先日来訪したところから今日までの報告併せて、ゴルダーズ公の家で聞いた。

 そしてリチアリに()()()()()()ゴルダーズ公の伝言・・・そのお返事も同席で聞くことになり、すぐに来れない返事を知って、そうだろうなぁと思いながらも、前向きな未来の占いも続き、ゴルダーズが嬉しそうに微笑んだのは印象に残る。


 報告は短い再会だったがゴルダーズ公は満足そうで、引き留められることもなく、見送られてお別れした。


 帰りの空の道で、ルオロフは知恵の書類の処理について詳しく話してくれた。三日間回って、ゴルダーズ公の責任下だった港と施設を巡り確認し、そちらにはまったく見つからなかったこと。

 禁断の知恵・動力に関わる他の貴族は、ヴァレンバル公と親戚筋がいたが、こちらもゴルダーズが中心で管理していたため、ヴァレンバル一族の手元には書類他、危険な残りはないこと。


 よく頑張ってくれて、とイーアンが感心すると、はにかんだルオロフは『大したことはしていない』と控えめだった。それから、言い難そうに何度か口を開け閉めした後、彼は女龍に『リチアリの家で』と午前の出来事も打ち明ける。


 それは、剣と譲渡の問題。ずっと悩んでいた気持ち。誰にも言わず、初めてリチアリに話したのも、リチアリが占いで精霊を介して言い当てたから吐露したのだと俯いた。


「そうだったのですか。あなたはドルドレンに剣を渡す許可を得ていて」


「申し訳ありません。総長の危険も、総長ご自身の不安や正直な心を聞かせて頂いたのに、私は自分を優先して、彼に剣を譲渡する選択肢を選ぶことも、また伝えることも出来ず」


「謝る必要のない話ですよ、ルオロフ。私もリチアリの意見と同じ。剣は、所有者を動かすべき存在ではないと思いました。別の精霊まで『やめとけ』と言った以上、本当に意味がないんでしょう。 

 例えドルドレンが剣を受け取ったとしても、これで因縁が断ち切れる気はしませんね。

 恐らく、幾らかの危機を脱出するくらいは出来るでしょうが、因縁とは計り知れない、逃げられない強い意味を持つものだし」


 総長の妻で、誰より総長を愛しているイーアンが、ルオロフの謝罪を遮って『それは違う』と理由を述べたことで、ルオロフは救われた。安堵すると同時、『あなたにも言えなくてすまなかった』と口を衝いた、反省。


 二人はミンティンに乗るので、前後の席。振り向いたまま、イーアンはニコッと笑って片腕を伸ばし、ルオロフの赤毛の頭を撫でた。撫でた手を少し下げ、彼の白い頬に当てて止める。頬に女龍の手が添えられたルオロフは、じっと彼女の鳶色の瞳を見つめ、彼女が全く気にしていないのを知った。


「大丈夫。気にしないで下さい」


「はい。これを、総長にも伝えようと思います」


「伝えても、彼も同じ結論だと思いますよ。そりゃ少しは()()()()でしょうけれど」


 ハハハと笑い飛ばす女龍に、笑えないルオロフ。彼がどれほど剣を求めていたか、相談された自分としては・・・


「残念ですよね。私が隠していたことも」


「ドルドレンも必死ですから、あの手この手、というだけ。でも彼はあなたが『隠していた』なんて思わないし、私たちと一緒に居たい気持ちが強いために、あなたが言い出せなかったと知ったら、ドルドレンは感動します」


 言い切る女龍の微笑みが力強い。胸が熱くなるルオロフは、一度下を向いて堪える。少し、涙が出そうになる。総長は確かにそう感じて下さるだろうと、想像がつくからなおさら。イーアンも総長も・・・だから、私は彼らを好きなんだ、と改めて思った。

 それにね、とイーアンは赤毛の若者を励ますように続ける。


「ちょっと話は変わります。タンクラッドの時の剣、あるでしょう?」


「ああ・・・あの、皆さんが彼の金色の剣を『時の剣』と呼ぶのは知っていますが。あれは。タンクラッドさんと魔物退治をし、度々、あの特別な剣が起こす力に驚くものの、詳しく知る機会は無くて」


 ルオロフも突っ込んで聞かなかったこと。うん、と頷いた女龍は彼の頬から手を引いて『あれはですね』と知っている話を教える。


「タンクラッドって、女龍や勇者と同じく、初代の『時の剣を持つ男』の()()()()()()とされています」


「そうなのですか?」


「ええ。この生まれ変わりについても、あなたにちゃんと話したことが無いと思います。あの剣を持つ人物は決まっていたようで、タンクラッドは若い頃にあれを手に入れたそうです(※327話参照)。

 彼は遺跡巡りで入手したのですが、入手後に乗った船が難破して荷物諸共放り出され、彼は命からがら助かりました。嵐の翌日、自分の荷物を探しに船が倒れた磯へ行ったら、剣は彼を待つように見つかったそうです」


「時の剣は、タンクラッドさんの元へ戻った」


「なのですね。持ち帰ったタンクラッドは、ハイザンジェルで工房を開き、剣も家に置いているだけ・使うこともなく何十年と過ぎました」


 ルオロフ、意外な話に引き込まれる。顔を横に傾けた女龍は、貴族の反応を見つつ話を進める。


「何十年ですよ・・・若かった彼が年を取り、中年になって、職人仕事をこなす日々に、突如、魔物が出現しました。ドルドレンたち騎士修道会が応じ、どんどん死者が出て、国民が避難で流出し、国が傾いた二年後。私がこの世界に入ったのも、ハイザンジェルが末期に近い時。

 私が入ったことで、世界の旅が動き出したらしく、タンクラッドとも必然で繋がり、彼はお宝だった『時の剣』を背負いました。

 でもこれもね、最初は使いませんでした。その背負った日のきっかけは、私と一緒に行動する際、男の自分が丸腰ではいけないと、それで持ってきただけで(※328話参照)」


 イーアンは白い鉱物を採りに行った日を思い出し、ちょっと笑って『すごい剣だと思った』と見せてもらった時を振り返る。ルオロフはここで、少しだけ質問した。


「剣が特別だと知ったのは・・・その時はまだご存じではなかったように聞こえます」


「知りませんでしたね。ドルドレンなんて、自分が勇者かもと薄々感じ始めた頃でしたし、タンクラッドが持つ『金色の大剣』を見て、羨ましがって」


 笑ったイーアンにつられ、ルオロフも思わず笑ってしまう。金の剣は目を引くし、自分が勇者だったら、あの特別な存在に羨む気持ちは分かる・・・


「特殊な剣どころではなく、世界の最初に在った、持ち主を限定する剣だと分かったのは、もっと後になってからです。謎を解きながら、他から飛び込んでくる情報と現状を合わせ、そうではないか、これがそうか、といった感じ。

 まさに手探りで始まり、今でこそタンクラッドも『自分は、時の剣を持つ男』と認めていますが、最初は疑心暗鬼だったと思います。

 時の剣は、『いつか来る日のために、剣の主となる人物の元で、その時を待った』のです」



 創世の時代から続く剣に、導かれた男―――


 凄さに、肌が粟立つルオロフは、イーアンの伝えたい要を感じる。しっかり振り向いた女龍は、微笑んで頷いた。


「さて、話を結びますが。ここまで話せば、もう分かりますね。仮に勇者にふさわしい武器・防具・道具があるなら、ドルドレンは引き寄せられていても良いと思いませんか?」


「・・・はい」


 はい、しか言えない。タンクラッドさんの剣の入手と、使うまでの期間を聞いた後、それをイーアンたちが知っているなら、確かに私の古代剣譲渡は『運命ではない』と判断して、自然に思う。


「ドルドレンは、自分を遮る・邪魔する・足を引っ張るとんでもない運命のしがらみに悩みます。私たちも振り回され、悩みもがいて、何が正解か分からず、その時判断する・状況で決定するの繰り返し。肩透かしもあれば、視点からして見当違い、なんてザラなのです。

 真剣に悩んで出した答えですら、世界と時空と背負った役割を前にしては、『どうでも良い』と払われてしまうばかり・・・ ドルドレンが悩んで求めたのは、間違いではないかも知れないけれど、()()()()()()()()()()。少々冷たく寂しい聞こえですが、きっとそうなのです」


 こう言わないといけない女龍の立場も嫌だなと思うイーアンだが、多分、そう。

 ね、とルオロフに苦笑すると、ルオロフも戸惑いがちに微笑みを浮かべて『有難うございます』と礼を言った。


 この前、イーアンが教えてくれたことを思い出すルオロフ。

 悪鬼を退治していた日、『これは仕組まれている』と彼女は言った(※2895話参照)『すべてはどこかへ繋がるための敷石で、時が満ちて石を置くよう設定されている』世界はそうなのだ、と。


「学びます」


 ぼそっと漏れた声に、女龍は『私も』と優しい笑みを向けた。



 *****



 ミンティンに乗って、少しゆっくりヨライデに戻ったのは、午後も夕方前。


 飛べば早いのは常であっても、あれこれ行動も挟むと時間は早く過ぎるもの。ヨライデ南部のケルストラ地区方面を、青い龍にお願いしたすぐ、イーアンはまた遅くなる出来事を見つけた。



「ちょっと。ちょっ、ミンティン。あれ。あそこにあるのは小屋ではありませんね?」


 遠目は利かない視力のイーアンだが、人っ子一人いない大地で、道やら家やらから遠ざかった林と岩場の切れ目にある不自然な影を目に留め、ハッとした。長い首をぐーっと後ろへ向けたミンティンは瞬き一回で肯定。


「あれ、見て行きたいです。もしかして、あれは()()です?」


 気付いたらしき女龍の尋ねに頷くよりも、ミンティンは高度を下げて目的物へ向かった。急に下降し始めたので、ルオロフも何かあったかと地上に目を走らせる。だが魔物も死霊も幽鬼その他、人影もない。民家もない田舎の林付近、ぽつんと見えるのは荷車のようなものだけ・・・・・


 イーアンはルオロフに説明もない。ミンティンが目的のすぐ上で止まって、イーアンは翼を出し、目的のそれに降りた。

 ルオロフもじっと見下ろす。馬車だ、とそれは分かる。旅の馬車と似ているので、馬車の民のものかもしれない。しかし、『棄てられているのでは』―――



 赤毛の貴族が不思議そうに見守る下で、イーアンは傾いた馬車に近寄り、周囲をぐるっと回ってから、扉を開けにかかる。ヨライデの馬車の民の馬車・・・ つくりは同じだけれど、模様や色の雰囲気は変わる。


 幻の大陸で見送ったあの時が最初で最後だと思っていたが、捨てられているとはいえ、現物を近くで見る機会があるとは。


「車輪だけ、最初の遺跡で見たことはあるけれど。丸ごととは・・・何かに襲われて、置いて逃げたのかな」


 扉も鍵があるけれど、傾いた車体に押されて隙間が出来ている。左側の車輪前後は壊れて外れかけ、荷台右側には血と思しき跡が残り、何かがたくさんめり込んだ形跡もある。投石でも食らったような印象だが、車体に石などは残っておらず、壊れた原因は不明。


 隙間が出来た扉の内側に手を入れて、鍵を中から引いて外すと、ばたんと勢いよく片方の扉が開いた。


 暖炉、寝床、家具が幾つか。小さな家として使うのは、各国共通。美しい布が幾つも天井からつるされているが、悲しいかな、ここも血が飛んでいた。馬車を攻撃された勢いで、中にいた人が怪我したのかもしれない。


「何があったんだろう」


 気の毒で呟き、イーアンはそっとお邪魔する。足の踏み場がないので、浮きながら狭い室内のあちこちを覗いたところ、傾いたため出てしまった引き出しに、()()()()()()()あり。


 これは、と目を見開いて引き出しをもう少し引っ張り、小さなそれを取り出す。


「オルゴール」


 ドルドレンが託された金属の箱。ついこの前の危険物とは雲泥の差の、神秘なるオルゴール、それがここに在った。



 勿論イーアンは、背面にあるネジを巻く。力加減を慎重にキリキリと巻いて、全部巻かずに指を離すと、カチッと音がして音楽が流れた。何を言っているか分からないが、100%あれと同じ!それは決定した。


 楽し気な曲だった最初のオルゴールと趣は代わり、のんびりしたリズムで、男とも女ともつかない声が歌う。何の危惧も感じさせない、これぞ豊かな馬車歌と感じる曲だが・・・


「分からないですね。もしかすると、これもかなり危険な内容だったりして」


 有り得る、と眉根を寄せたイーアンは、ちょっと躊躇ったものの、オルゴール片手に他を見てから馬車を出て、ミンティンに相談。これどう思う?持って帰っていいと思いますかと言い訳じみた説明をする間、龍がうんうん頷き続ける(※ずっと肯定)ので、持ち帰ることにした。


「ここの場所を覚えておこう。ドルドレンを連れて来たら、彼の視点で別の発見があるかもしれないし」


 馬車が棄てられたのは、かなり前に感じる。血は変色して久しい様子だったし、倒れた地面には抉れただろう土に草も生えていた。


 イーアンが龍に跨ると、待っていたルオロフが尋ね、イーアンは簡単に状況を教える。南部へ向かう数分の間で、貴重な回収物を得たと知ったルオロフは、女龍が見せてくれた小さな楽器に首を傾げた。


「どうしてこんなに大事なものを、置いて行ったのでしょう?」


「うーん。もしかすると、本当に命からがら逃げたのかもしれません。持って逃げたくても、それが出来ない急迫とか」


「戻ってくることも出来なかった・・・ そういうことか」


 何があったのだろうと話し合っていると、ミンティンが降下し始め、旅の馬車三台を見つける。夕陽に照らされた小さな三台も野営地入りしたところらしく、馬車は停止位置へ並んでいる最中だった。



 イーアンが持ち帰り、ドルドレンが驚き、先に所持したオルゴールと比べて見て、タンクラッドも来て、歌を聴いたドルドレンがまた難しそうに『これは』と、奥さんと剣職人に内容を教えて―――



 このオルゴールが、フーレソロ『歌の波』に関わると知るまで、あとちょっと。

お読み頂きありがとうございます。

タンクラッドの時の剣が、『座礁した嵐の災難後日、彼を待つように見つかった』話は、私は内容を大まかに覚えていても何話だったか思い出せず、注釈をつけられませんでした。

ハイザンジェル編だったかどうかも…(-_-;) 

確かそうだったと記憶を頼りに書いていますが、もし覚えていらっしゃる方で「違うかも」となってしまったら申し訳ありません。

 


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