2977. アイエラダハッド南平原にて ~②ゴルダーズ公との再会占い・ルオロフの悩みの剣・別れ
※明日から数日お休みします。事情はあとがきに書きます。どうぞよろしくお願いいたします。
黙って見守る時間。リチアリの衣服は先住民の衣服ではなく、普通の厚い生地で作られたシャツとズボンで、装身具と帽子だけが民族的。
その彼が焚火の前に種子と草束を置き、特別そうな金属の水入れから飛沫を飛ばして、何かをずっと呟きながら種と草を順番に火にかざして煙を起こし、水をはねかけ、湯気と煙を見つめる眼差しと横顔は、ルオロフに古代の知恵者を思わせた。
こうして・・・遥かな古から受け継いだ方法を使い、彼らは精霊と交信してきたのか。
立ち込める、不思議な煙のにおい。湯気の湿度、爆ぜた種子を掴んでまた火に置く仕草。祈祷師は何度か見たことがあるにしても、なぜか全く違う印象を受ける。リチアリは本物だと、ルオロフの感覚が信じた。
言葉は分からないが、リチアリはずっと喋り続け、気づけば十数分経った頃。天井の穴から降りた風が煙を切り、渦巻いた。同時にリチアリも黙り、煙の切れ間に淡い緑色の鳥の顔が現れた。
これを待っていたリチアリは尋ね、緑色の鳥の頭は嘴を動かして答える。
鳥の頭がゆったりと扇のように揺れ、ルオロフに目が向いて、リチアリが何かを伝えると、鳥は術者に向き直り、リチアリの会釈を見届けて煙に混じり、消えた。この間、わずか数十秒。
リチアリは少し放心している具合で、彼は目を彷徨わせてからルオロフを見て、顔に生気が戻る。
「こうした形で精霊が現れるとは」
「いろんな状態で現れる。ルオロフは多く見ているだろうけれど、普通はこうして対話するもので」
ハハハと笑った素直さは、もう普段のリチアリで、ルオロフもちょっと笑う。それで何だって?と精霊の返答を訪ねると、リチアリは一呼吸置いて『ご主人様と私は、いずれ顔を合わせする』と結果から話した。
「すぐではなく、ご主人様の支えとして、私が手伝う日が来るはず。彼は今、精霊に守られて生き、世界が向かう先を整えた時、改めて人々の未来に力を尽くすことになるらしい」
「・・・その時、リチアリが支えに回るのか」
「精霊の時代だから、それでかもしれない」
ルオロフは、ふぅんと頷いたが―― 人が世界から排除される可能性もある現時点で、その精霊の返答は『人々は世界に残る』と言っているような気がして、少し引っ掛かった。
とはいえ、精霊が嘘など言わないし、別の意味もありそうなので、余計なことは口にしない。
リチアリは片付けながら、『ところで』と遠慮がちな視線を向けたので、ルオロフは精霊がこちらを見たことかなと思った。
「ルオロフは、悩んでいないか?」
「ん?悩み?」
「精霊が、あなたは特別な存在で人間ではない、と言う。私も聞いたばかりだったし『そうです』と認めたら、精霊は、ルオロフの持ち物で、あなたには不要のものがある、と」
どきん、と心臓が動くルオロフ。
それは、まさか。古代剣の譲渡では。 見透かされた?
赤毛をサッとかき上げ、『他には』とルオロフが促すと、その反応にリチアリも、彼が思い当たることありとして続きを教えた。
「不要であれ、守らねばいけないと強調していたよ」
「・・・え?」
「私には何のことか分からない。でもルオロフは、もしも使わないものであっても守るべきであり、それは重要だと思う」
じっと見つめる赤毛の男を、リチアリは片付けの手を止めて正面に座り直し、向かい合った。
「思い当たることが?」
「ある。リチアリ、私は―― 」
古代剣のことで間違いないと解釈したルオロフは、今までの様々な出来事も併せて、問題と悩みをリチアリに聞いてもらった。
じっくりと耳を傾けたリチアリは、悩みを知って『それで精霊は、あなたが迷っていると言ったか』と呟き、赤毛の貴族の腕に触れた。
「勇者である総長が、その剣を求める理由は、彼にとって必死だろう。でもどちらかと言うと、勇者はその剣がなくても大丈夫に思える。それがなければ成り立たないなら、必ず与えられているはずだから」
尤もな意見ではあるが、聖職者の言葉のようにも思え、ルオロフは目を逸らし、『しかし総長は非常に困っているし』と伝える。リチアリも理解するが、因縁の対決であれば武器一本、防具一つで解決などしないだろう、とも添える。この一言でルオロフの顔が上がる。
「だが。彼を守る精霊でさえ、彼のために剣を求めたのだ。それほど深刻な」
「私が精霊の行為に口など出せるはずもないが、勇者の心の安定を求める配慮だったとしたら」
「あ、そうだ。確かに・・・大変、親身になってくれる精霊と聞いている」
「心の安定のために気遣った動きは、因縁の対決の理由に届かなかったかもしれない」
おこがましくて恐縮だからこれ以上言いたくないと、リチアリは口元を手で押さえ、ルオロフは賢い男の意見に礼を言った。
「そうか。言われてみれば。私は、その。本当の悩みは、ここに付随するのだ。ここまで話したから、全部吐露してしまおう。私は彼らと離れたくなくて、この剣を渡すべきかずっと悩んだ。私一人の我儘で、総長の身を危険に晒す時間を長引かせている後ろめたさもあったが、一緒に居たい気持ちが強くて言い出せないまま」
「言わなくて良かったんだと思う。あなたに剣を持たせた精霊は、譲渡に反対したのだから、本来はそれで良い。答えは出ていた。
ルオロフが譲渡決定権を持った形でも、『因縁の対決』は特殊な武器の参入で解除できるものではない。古代から輪廻を繰り返して続くほどなら、解決すべきは想像の及ばない深さにある」
「・・・しかし、もう一つ分からないことがある。不要とは、いかに」
「ルオロフは剣を使わなくても、精霊と関わっているからではないかな」
「ああ~、そういう意味もあるな。いろいろと、霧が晴れたような気持ちだ。リチアリ。君に会えた今日。どれほど、私は幸せだろう」
これが、貴重で重要な示唆だったのかと、ルオロフは占い師に会った理由を感じる。先住民の深い緑色の瞳は優しさを浮かべ、『私も幸せを感じている』と答えた。
事前に占いに出なかった未来、引き合わされた両者、貴重な情報が託される可能性。それはルオロフ自身のためにあり、一人抱え続けた心の石を取り去り、この悟りで未来も決定される。
ドルドレンに剣が渡らなかったことで、彼が傷を負う、危機に陥るなどが生じてしまうとしても。
リチアリはそれも含めて『彼にしか解決できない』と言い切った。
『ルオロフが罪悪感を感じるなど、全く関係ないことだ』とリチアリは説き、ルオロフは彼の慧眼に救われる。心からの感謝と、溢れて止まない尊敬を伝えた。
*****
「もう、すっかり午後だったのか」
話が長引き、リチアリが『昼は食べないのだけど、お腹は空いているか』と尋ねたところで切り上げ、外へ出たルオロフは、中天から傾いた太陽を見上げて呟く。
リチアリが横に並び、目が合って微笑み『動物を呼ぶ?』と尋ねたので、ルオロフはちょっと笑って・・・リチアリに両腕を広げ、彼を抱き寄せた。しっかり抱擁し、リチアリも抱き返してくれる。
「有難う。何と礼を言えばいいか」
「礼に及ばないよ。どうぞまた訪ねて下さい。それで充分」
「また会おう。私は会いに来るだろう。あなたを友達だと思っていいか、リチアリ」
「私は友達だと思っていたが」
ハハハと笑ったリチアリが腕を解き、慌てたルオロフは『そんな意味ではなかった』と言い繕って面目なく苦笑した。
「すまない。心ではそう思うし、知り合いというには特別な出会いだったのだが」
「気にしないで。ルオロフが『友達』と言ってくれて嬉しい。私の友よ、いつまでもあなたとの友情が続くことを願う」
優しい草原の民に深く礼を述べ、ルオロフは午後の空を振り返り『さて、どう帰ろうか』と伸びをした。
ぐーっと両腕を突き上げ伸びをした赤毛の貴族を、リチアリがちらっと見て。 ・・・この状況なら呼んでも良いのではと決める。
「特別な再会だった。また会いましょう」
別れの挨拶に振り返ったルオロフが返事をする前に、リチアリは胸に手を当てて目を瞑り、瞑想のように静かになった。祈ってくれているのかなとルオロフが待っている間は、ほんの少し。
先住民は、古くから伝わる言葉で、心の中から呼びかける。
空神の龍よ。来て下さい。私の呼びかけにお応え下さい。
あの時もこうして―――(※2257話参照)
*****
午前にいろいろあった旅の仲間の話は、またあとで・・・・・
午後。町を出発する馬車が動き出し、幾らも行かない内に、女龍は空にサッと顔を上げた。御者台に立ち上がったイーアンは、ドルドレンに『ちょっと行ってきます』と一言。
え、どこへ、とドルドレンが尋ねるも、イーアンは『遅くなるかな』なんて言いながら、さっさと飛んで行ってしまった。
「イーアンは軽く言うが。緊急事態だろうか(※察する)」
こういうのがしょっちゅうだからドルドレンも慣れて、御者台横に並ぶロゼールと、遅く戻る宣言だった、緊急かもしれない、誰か助けるのかなと、行先で困っている人がいる設定を考えながら馬車を進めた。
*****
東へ。東で、少し北。その方向へ飛ぶイーアンは、自分を呼んだ相手にすぐ気づいた。
「リチアリ」
アイエラダハッド南の遊牧民・・・『あれ?リチアリは遊牧の民ではなかったんだっけ?』前に送り届けた時(※2426話参照)をあまりよく覚えていない。
「でも、呼ばれている所まで行けば分かることか。どうしたんだろう。私を呼ぶほどの困ったことがあったのかしら」
それともう一つ、あるとしたらの可能性でルオロフが過る。
リチアリにも会っていたりして。としたら、彼がいるかもしれない。キダド滞在中の数日で用が済む話だったし、今日、ルオロフの用事が終わったとも思える。
「ルオロフかな」
行けば分かるけれど、イーアンはいろいろ考えながら急ぐ。
リチアリだけが呼んだにしても、ルオロフが一緒で呼んだにしても・・・それぞれ、イーアンは心配もあったし、何事もなく無事な状態で呼ばれたのであれば、それはそれで嬉しかった。
そうして、間もなく草原に影が落ちる。
6枚の翼が青草に映り、見上げた二人の目に太陽を背にする女龍の影。
「イーアン!!」
「来てくれましたか」
えっ? リチアリの余裕気な一言を振り返ったルオロフは、降りてくる女龍と彼を交互に見て驚くが、女龍も分かっていたように微笑んでおり、二人の男に笑顔を向けた。
「ルオロフ。やはりいましたね。リチアリ、久しぶりです」
イーアンはまずリチアリを抱きしめ、リチアリも嬉しくて抱き返し、再会に感謝。それからルオロフのために呼んだと白状し、知らされていなかったルオロフがびっくりして『呼ぶ?君がイーアンを?』と叫ぶような声を出し、イーアンたちが笑う。
「ゆっくりして下さい、と言いたいけれど、あなたの都合が」
「ええ。緊急だと思い、来ましたので。私はすぐ戻ります」
来て下さって有難うと頭を下げる男に、イーアンは『あなたが呼ぶなら来ます』と答え、ぽかーんとしているルオロフに片腕を伸ばした。この仕草は毎度の『おいで』。
ハッとしたルオロフ。友の手前・・・少し照れ臭いものがあるが大人しく従い(※帰るため)、イーアンは彼の背中を抱えて浮上する。
「それではね、リチアリ!また時間のある時に、会いましょう!」
「有難う、リチアリ!ゴルダーズ公には伝えるから!」
「会えて嬉しかった!どうぞまた導かれますように!あなた方が常に精霊の祝福とありますように!」
青い草原に風が吹き、女龍はルオロフを抱えて青空に白い帯を残して消える。
見えなくなっても手を振り続けたリチアリは、気の好い女龍に感謝して、そして友達と呼んだ貴族ルオロフに、また早く会えるように・・・風に祈ってから、テントへ入った。
ルオロフ一人旅。ここで終了―― ではなく。
「む。ゴルダーズ公、待ってるんですか」
「ええと、はい。ご迷惑をおかけしますが~」
「この流れでは、行かないってわけにいきません。ではデネヴォーグへ向かいましょう」
ということで、イーアンはミンティンを呼び、ルオロフを乗せ、北のデネヴォーグへ伝言を届けに付き合う―――
お読みいただき有難うございます。
明日から2~3日、投稿をお休みします。PCの入れ替えを一人で行うので、非常に手古摺る予想があります。もし3日以上必要となった場合は、こちらの前書きに早めに連絡します。
携帯も同時に替えるため、もしかすると音信不通になる可能性もありまして(;´Д`)、更新もなく静まり返っていたら、察してやって頂けますと有難いです。できるだけ早くこちらへ戻れるよう頑張ります。
寒くなりました。もう12月だから忙しい人も多いと思います。
どうぞお体に気を付けて、疲労を溜めないよう、冷えないよう、温かくしてお過ごし下さい。
いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝します。有難うございます。
Ichen.




