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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2976/2988

2976. アイエラダハッド南平原にて ~①リチアリとの再会・ルオロフの役割打ち明け話

 

 眼前に広がる草原・・・ 私一人では無理だと早々に諦め、ルオロフは鳥を呼び、草原に生きる動物に声をかけ、彼らに手伝ってもらう。こんな男がいるのだが、知っていたら教えてほしい、と。


 鳥は青空に舞い上がり、野生の馬は走って遠ざかる。

 ルオロフもどちらへ進んでいいか分からないものの、とりあえず歩く。


 なびく青草。暖かな日差し。剣一本を供に進む、アイエラダハッドの草原。



 一人で。久しぶりに、一人か。


 風は湿気を含まず、少しひやりとする。枯草が倒れた上を、緑色の様々な草が覆う。枯れたまま立ち続ける草も少なくない。生きているようにピンとし、青草と並んで風に揺れ、麦に似た穂の頭を楽し気に動かす。


 空渡る鳥を見て、自分が頼んだ鳥ではないと、また前を向く。振ってくる甲高い鳥の声が、遠くまで響いていつまでも消えない。ゴウッと、時折強くなる風が体ごと攫う力で押し付け、イーアンが抱き着いた時を思い出し、ハハッと笑った。


「彼女は飛び込んでくる。支えるのも踏ん張らないといけない」


 ドンっと当たった女龍を受け止めた、ティヤーの港が脳裏に蘇る。あの朝、去ってゆく船を見送り、寂しさを感じた直後、戻ってきたイーアンが空から突っ込んできて(※2587話参照)――


「ハハハハ。本当に、素直というか。イーアンは」


 思い出に笑いながら草を分けて進む。そういえば、ヒューネリンガで最初に見抜いたのもイーアンだった。振り返った彼女は目が落ちそうなくらい見開いて『ビーファライ』と言いかけたんだっけ・・・(※2419話参照)


 ルオロフは、短い間に詰め込まれた、嬉しさ様々に浸る。

 イーアンから始まって、総長、ミレイオ、タンクラッドさん、オーリン、シャンガマック、彼のお父さん、ザッカリアやフォラヴ、シュンディーン、クフム。魔導士も・・・

 ティヤーの船旅で、気づけばたくさんの思い出を作っていたなと、頬が緩んで戻らない。


 さっと冷えた風が走り、つられて顔を傾ける。どこからか芳しい香りが運ばれ、威風堂々としたダルナを思い出した。彼らに会えたのも、私が一緒に旅をしているから。


「あ。エサイもいるんだった」


 ここまで忘れていた狼男(※最初からの付き合いのはず)に気づき、あいつはずっと一緒なのかな?と首を傾げる。私は一緒に居たくても・・・ここでルオロフは足を止め、腰に下げた剣を見た。



「総長に、これを渡したら。私はヂクチホスと一緒に別の場所へ移らねばならない。だが、この世界の安寧の戻りを願い、総長を助けるのであれば、これを」


 思いがけない一人の時間で。ふと思い出した皆との日々の続きで。一緒にいつまで過ごせるかを振り返った赤毛の貴族は、剣の柄に手を置いて、口を閉じた。

 まだ、一緒に居たいと思う自分がいる。


 一人に戻りたいと思わない、自分の心の抵抗を感じる。ヂクチホスの側にいるとはいえ、そうではなく―――



 ドドド・・・ 小さな低い音が届き、思いに耽るルオロフは後ろを見る。振動は空気と地面を伝い、それが蹄の音と気づいて待っていると、馬の群れがこちらへ来るのが見えた。

 馬が近づく間に、すーっと草原に落ちた影が動き、見上げると空に鳥が舞う。リチアリを探したかもしれないので、こっちだよと手を振って鳥を招いた、その時。


「ルオロフ!本当に?」


「あ、乗って来たのか」


 馬の背から叫ばれた名前に、ルオロフが叫び返す。笑い声と共に野生馬に跨って側へ来た、南の先住民は懐かしそうに微笑み、馬を降りて茶色い首をポンと叩いた。


「この馬が私に来るよう、袖を噛んで。どこへ行くかと思えば、まさかルオロフがいるとは!」


「そんなことをしてくれたか。有難う、とても助かった」


「・・・ルオロフ?馬に、まさか何か頼んだ?」


 笑顔が一瞬固まる二人。リチアリの深い緑色の瞳が凝視。


 そうだったとルオロフは笑い、馬と鳥に感謝を伝える。鳥は空へ上がり、馬は一頭を残して帰って行った。

 自分を乗せた馬だけが残り、他はいなくなったのを見たリチアリは、期待を込めた眼差しを向け、『貴族らしくなくなった』と冗談を言う。理由を教えてほしそうな顔だが、ルオロフはまず挨拶。


「元気で良かった。会いに来たんだ」


「あなたも元気で何より。どうしてここへ?私の居場所は知らないだろうに、イーアンか誰か一緒?」


 いいや、一人で、と微笑むルオロフは、腕を広げたリチアリを抱擁し、『探した』と短く答えると、訪れた用件から入った。



「ゴルダーズ公に会ったんだ。君に来てほしいと願っていて、伝言を届けに来た」


「ゴルダーズ公・・・ 私を」


 急な来訪に驚くばかりか、リチアリはかつての雇い主の名を聞いて更に驚き、とにかくルオロフに話を聞かせてほしいと馬に乗った。ルオロフも彼の後ろを借り、先住民と貴族は草原を戻る―――



 *****



 裸馬は人を乗せたことなどなさそうだったが、リチアリは精霊の部族だし、ルオロフは生き物の何たらで(※頂点といえばそう)。



 大人しく、リチアリに示される方へポクポク進み、背中の二人はゴルダーズ公の話を続ける。向かう先が見えてきた頃には、一通りの経緯も知り、リチアリは肩越しに『ご主人様の無事を思うが』と困ったように呟いた。


「結論を急いでいないから。リチアリの生活を壊す気もないはずだ。でもゴルダーズ公はあなたがいてくれたらと、とても心を籠めて私に頼んだのを、忘れないでほしい」


「なおざりにするわけがない。でも、応えたくても難しい。口先だけ『忘れない』と言うみたいで」


「彼はそんな風に受け取らない人だと、リチアリは知っているだろうに」


 頷きながら、目的地の自宅へ到着したリチアリが、先に馬を降りる。ルオロフも降りて、馬に運んでくれた礼を言い、馬は一度頭を擦り付けるとそのまま帰った。


「ルオロフ。あなたはまるで、馬と会話をしているようだ」


「その通りだ。さて、ここが家か、リチアリ」


 振り返った赤毛の貴族が訪ね、リチアリも彼と自分の家を見上げる。風変わりで大きいテントが二つあり、一つはリチアリが暮らし、もう一つは家畜の居場所。


「家畜と言っても、皆自由にあちこち行くから、ここは寝床だね」


「君も自由なんだな・・・ 美しい住まいだ」


「有難う。良かったら、中で」


「喜んで」


 フフッと笑ったリチアリが、テントの垂れた布を押し上げる。中にも毛皮が垂れており、ルオロフは少し獣の匂いが強い中へ通された。


 絨毯が幾枚も置かれており、その下にも何か敷いてある。リチアリは乾きの良い樹皮を織ったものだと教えてくれ、虫や湿気を上まで通さない機能があるそう。


 絨毯は古く、代々受け継いできた色の落ち着き。褪せてはいないが、馴染んだ色彩は、鎮まる宝石のように穏やかで美しく、中央に置かれた火の場所を囲む。窯ではなくて、簡単な枠を石で組んであり、室内で焚火をする印象。円筒形のテントの天井は中心が開いており、雨が降ると棒で開きを戻す、とリチアリが長い棒を見せた。


 馬に積んで移動するには荷物が多く感じるが、柱も棒も組み立て式で、衣服箱や寝台、椅子などは小振りでささやかな数。彼の連れている馬は何頭もいて、全部運べる話だった。


 家具はどれも木彫りの絵柄が可愛らしい、素朴な雰囲気。不思議な置物も組み立ての棚に何個かあり、ルオロフは入ったところで立ち止まり、テント内を珍し気にあちこち見る。リチアリはちょっと笑って、彼に火の側へ来るよう手招き。


「そんなに眺めて。見るものなんて少ししかないのに」


「そんなことはない。美しい。こんな風に伝統の暮らしを見たのは初めてだから、嬉しい」


「貴族の目でも」


「もう、私は貴族ではない。今のアイエラダハッドは、精霊の時代に変わった」


 ちょっとしたことで貴族と部族民に触れる二人は、『個人として付き合おう』と立場を取っ払う。リチアリは彼に座布団を進め、手織り手作りの美しい座布団をルオロフはまた褒めた。


 くすんだ銀色と磨かれた部分が混ざる鍋に、リチアリは茶を沸かし、表へ行って羊の乳を容器に入れて持ってくると、それを茶に合わせて来客へ出す。茶には微妙に羊毛が浮いていたが、ルオロフはこれをそっと指でずらして、黙って頂いた。


「積もる話だらけだけれど、まずはご主人様が無事に生きていて下さって、精霊に感謝を。ルオロフも無事で良かった」


「リチアリは大丈夫と分かっていたが、やはり会うと安心する。無事に感謝」


 二人で感謝を捧げ、それからリチアリは『私は』と知ることを話し出した。

 薄々感じていたルオロフは、彼が占いで未来を見て、()()()()()も、世界に残る人々の条件も知っていたことに感嘆した。


「さすがだ」


「私以外の部族も、実は残っている。人間が急に移動したのは天変地異に近い現象だし、少しの間、皆は一ヶ所から動かない決定を出したので、離れた土地で止まったが。私の部族は遊牧ではないけれど、時期で場所を移るものだから、今回は私だけが移動したんだよ」


「リチアリだけが移動した意味は?誰かが何かしないといけない?」


「そんなところだね。毎年、滞在地に感謝を伝えるのは、昔から行われてきたこと。急な変化に合わせて動かないのも仕方ないが、誰かは行った方が良いという意見で、私が一人動いた」


「どこも・・・そうしたことはあるんだな。うん、でも君が一人で、私は良かったかもしれない。他の人たちは、貴族が来たと構えてしまうだろうし」


()()、はもう脇に置いて。でもルオロフが訪ねて来るとは、占いに出ていなかったので驚いたな。お茶をもう一杯飲む?」


「頂きたい。とても美味しい」


 ()()()()()()美味しい、と思えるようになった自分の変わり具合を、ルオロフ自身が内心驚いているが、これも旅の賜物だと思うことにする。リチアリは微笑み、新しく熱い茶を注ぐ。



 ルオロフが訪れたのは、ゴルダーズ公からの頼み他ならないが。


 彼がいてくれたら寂しくない、といったゴルダーズ公の言葉に、確かにリチアリは絶対に残っている!と思ったし、訪ねる流れになるまで存在を思い出さなかったのもあり、これも何か示唆・・・?と感じて南まで来た。


 リチアリは『占いに出なかった』と言ったので、さらに重要性を仄めかす。

 ルオロフの直感は狼男の頃に得た、真実を見抜く能力から来る勘。貴重な情報を受け取るかもしれないので、出来るだけ実のある会話を務めようと身を入れた。



 真っ先にリチアリが話題に出したのは『動物と通じ合っている』そのこと。


 ルオロフが生まれ変わったり、狼男であった過去を持つなど聞いていても、やはりどこかで『貴族出身の彼が』を取り払えないもので・・・


 そう口にはしないが、ルオロフも客観的にリチアリの疑問を理解するので、自分が誰なのか・どのような役割を受け取ったかを、この際だから教えた。


 ――私は生き物と会話をし、頼むことも出来る。自分の身柄は精霊の一人が預かり、ティヤーの伝説の一部を現実とする――


 腰に下げた美しい鞘に少し目をやり、柄を握って数㎝ほど抜き、黒い刃を持つ宝剣を紹介すると、リチアリの深緑の目が固定され『なんて壮大な運命だ』と吐息を漏らし、感動した。



「あなたは選ばれ続けている。ルオロフ」


「傍から見たら、どうか分からない・・・ アイエラダハッド一の金持ちで、大貴族の一人息子。何一つ不自由のない生活で、飢えも渇きも知らずに高い教育を受け、上流の生活をしていた若造が、精霊に選ばれて古代の秘密を行き来する位置に収まり、野生に生きる動物たちとも会話する頂点。どれだけ不公平だと思う人もいるだろう」


「私は。あなたの今の解説に、そう思わない。貴族なのに精霊を信じるのかと、そっちは最初から驚いても、あなたが選ばれたことに対しては、卑屈な目を向ける感情も湧かない。

 ルオロフは()()()()()()()()()・・・狼男になってから、どう生まれ変わるかの保証もなく、その条件に飛び込んで、大貴族としてまた人生を生きている。『自分に与えられた時間そのもの』を終わらせた心は、簡単に言い表せるものではない」


 ふさわしい強く深い心を得たからこそ、今のルオロフがいる、と草原の民族は微笑む。ルオロフは彼の大きな理解に素直に感謝し、丁寧に礼を述べた。『それに』とリチアリは続ける。


「一歩下がって、自分の生き方を見ているように聞こえるんだ。達観と表現しても追いつかない大きな視点で、命や生き様を捉えている。あなたの領域は、生れ落ちた場所が貴族であっても、既に貴族の枠ではなかった」


「嬉しいことを言ってくれる。有難う、リチアリ」



 打ち明けた立場についての会話は有意義で、互いの距離はまた縮まったと分かるが・・・

 重要な示唆・引き合わされた急展開の理由とは、()()()()


 この後、普通の話ばかりで、期待も過剰になってしまったかなと、ルオロフが考えながら返事をしていると、リチアリが『気になることでも?』と尋ねた。


「少し話しては、何か考えているような。ご主人様に返事を持って行くのが、良い内容ではないから」


「あ、いや。違うんだ。ゴルダーズ公も伝えてほしいとは言ったが、説得してほしい、などではなかった。君の生活も尊重するし、急に応じられるとは思っていないだろう」


「私も側に行けたらと思わなくもないが。デネヴォーグはとても離れているし、私にもすべき役目があって、ご主人様の元へ行くのは難しい」


「リチアリ。私もゴルダーズ公と再会の約束はしたが、いつとは決めていない。時が決めるだろう・・・む。()()?」


 自分で言いながら、ルオロフは思いつく。ぱっと目が合った深緑と薄緑の瞳。小さな炎の明かりが入り込む明るい黄色が縁取る両者の瞳は、一瞬、通じ合う。リチアリがやや不思議そうな顔で『占う?』と先に聞き、ルオロフもすぐ頷いた。



「ゴルダーズ公と会う機会が来るか、占えるなら。持って帰る返事に、一つ()()()()()()


 占いを真実と、迷いもなく言った赤毛の貴族に、リチアリは嬉しくて微笑む。了解して占いの準備をいそいそ始め、かつての主が、再び自分と巡り合う未来を探る準備が整った。

お読みいただき有難うございます。

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