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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2975/2988

2975. アイエラダハッド律法首都デネヴォーグの二人・ルオロフの数日

 

 数日前。午前。アイエラダハッド東―――



「あれから・・・四ヶ月?かな」


「もっと経った気がしますね」


「そこは眩しい。こちらへどうぞ」



 こちらへと右手で示された壁際の椅子に移動し、ルオロフは腰を下ろす。ゴルダーズ公は手荷物を脇へ置いて、色褪せない伝統柄の絨毯を見渡し『椅子じゃなくても良さそう』と冗談を言った。


 大きな窓から差し込む、明るい日差しは暖かい。今はアイエラダハッドも日中の気温が上がる時期で、暖炉を使っていない時間は、日差しの側へ誰もが吸い寄せられるのだが。


「あまり眩しいと、字が読みにくい」


 ちょっと笑ったゴルダーズ公は、ひんやりした大きな机に鞄から出した書類を分けて並べ、ルオロフに見やすいよう角度を少し傾ける。目の前に並ぶ種類分けされた題目を把握し『全部ですか』とルオロフが尋ねた。ゴルダーズ公は頷いて『ここに直接関係していない書類は、まだ鞄にある』と教える。


「見たければ出すから、言ってくれ」


「ありがとうございます。こんなにあったとは驚いています」


「私は片付けたと思っていたのだが、写本だ控えだとうちの執事が気を利かせていたようだ。彼のせいにする気はないが、本当ですよ」


『疑っていません』と書類を捲りながら少し笑った赤毛の貴族は、『書類をしまっていた金庫の頑丈さと再現(※イングの魔法による)の範囲に驚いた』と言い直した。


「どれも、処分は・・・ 」


「もちろん構わない。私も取っておく気などない代物だし。まだ・・・他の部屋にもあると困るから、もう少し調べますか」


「手伝いましょうか?」


「いや。君はここで読んでいて。特に目を通す必要もなく全処分でも構わないけれど、何か他へ繋がる情報も探すんですよね?」


「はい。できるだけ世界から取り除かないといけないので」


「世界」


 赤毛の若者の言葉は重く、ゴルダーズ公は繰り返して頷き『二階も見てきます』と上を指差して微笑むと、廊下へ出た。


 部屋に残されたルオロフは、右側の窓から入る光の眩しさに作られる強い影の中で、ゴルダーズ公の資料と契約書の写しを読む。四種類に分けられた書類は、動力を輸入する一連に関したもので、設計図はないものの、取引先・輸入経路・各港の作業内容なども含め、細かく関係が記載されていた。


 掲載の半分以上がティヤーで、地名人名はピンとこないが、ティヤーに於いては関係者も施設も殆ど消え去ったはず。アイエラダハッドもそう変わらないだろうと思うものの、アイエラダハッドは施設や建物の再現が大規模で叶ったため、見ておいた方が良いかと気になった。


 人はいないかも知れないが、ゴルダーズ公の書類のように、建物再現と併せて書類・器具が戻っていないとも限らない・・・


 書類奥に参考で置かれた地図と照らし合わせながら、表記のある地名を確かめる。どこも港に対しての地名なので、川を辿れば間違えることもなさそう。移動に時間は掛かるものの、ヂクチホスに話を付けてあるし―――



「他にはなさそうです。ルオロフ、お茶を飲みませんか」


 キィ、と小さな軋む音に続いて扉が開き、戻ったゴルダーズ公が声を掛けた。彼は湯を入れた茶器を、書類の乗る大きな机の端に置く。


「有難うございます」


 大したお茶がありませんがと、習慣で前置きしたゴルダーズと目が合い、ルオロフが少し笑う。ゴルダーズ公も声を立てずに笑って『なかなか習慣が抜けない』と、茶漉しを容器に重ねて熱い茶を注いだ。


()()もないのに。無事に生きてお茶を飲めるだけ良いと、一人でいる分には思うのですが。つい、来客には」


「遠慮がち、謙虚な姿勢は、染み付いていて悪いことなどありませんよ。ゴルダーズ公」


 がらんとした部屋。ゴルダーズ公の自宅は、家具・調度品が残るものの、棚に置かれていたものや、勿論食料他、衣服、様々な日用品など含めて一切ない。空っぽの棚、何もない収納、用具入れにさえ、箒・塵取りの類もなかった。

 再現された金庫は、中身付きだったのが意外。寝室の寝具箱の中にも、靴と屋内上着は残っていたとか。たまたま一緒に再現されたのだろうが、『着替えが良かった』とゴルダーズ公は苦笑する。


 そんな中での『嗜好飲料の茶』は、ゴルダーズ公が南で買った時に鞄に入れっぱなしだったもの・・・


「しかしね、ルオロフ。ガラリと生活が変わって、私は(かまど)を使えるくらいにはなりましたよ」


「フフフ。それはすごいですね」


「あ、ちょっとバカにしているでしょう?」


 していませんよ!と笑う赤毛の若者に、熱い茶を笑って勧める年配の貴族は『君は()()と旅をして、逞しくいろいろこなせるようになったかな』と、向かい合う椅子を引いて腰かけた。お茶を受け取ってルオロフは香りを嗅ぎ、頂いて『美味しい』と伝えると、容器を机に置いて微笑む。


「どうでしょうね。あれから・・・少しは、『逞しく』なったかもしれませんが。実際は、料理一つ出来ませんし」


「ハッハッハ。でもまだ四ヶ月ですから!これから出来るようになると思いますよ。いや、だけどルオロフが訪ねてくれるなんて!すぐにアイエラダハッドへ戻ったのかと、勝手に思っていたけれど、ずっと彼らと一緒だったのですね」


「ええ。()()()()()


 自然体で、滑るように出てきた一言。

 嘘ではないが、決定していないことを、口にしてから気付いたルオロフは、言葉を続けず微笑んだ。 


 ニコッと笑って『仲間が出来ると嬉しいものです』と頷くゴルダーズ公は、一人でいる現状をどう捉えているのか。二人の会話に少しの間が開き、年配の貴族は話を変える。


「君に会えて、一度は諦めた気持ちが前向きに戻りました。頑張らないとね。君の財産も引き取ったんだし、今は持ち堪えて生き延びねば」


「あれは・・・私がお願いしたのですから、引き取ったなんて言わず」


「責任がある。アイエラダハッド復興に取りかかったすぐ、金が意味なくなってしまうとは想像していなかったけれど。でも、ルオロフ。他国はどうですか?ヨライデは、まだ金を使う機会がある?少し持って行ったら」


「ああ、それは。そうですね。ヨライデではなく、テイワグナで用があります。あそこは、世界中で一番人口があるため買い物が可能です。たまにテイワグナへ買い出しに行くので、あると助かります」


「テイワグナだけ・・・?それは知らなかった。私はヒューネリンガにこの前まで居たけれど、テイワグナの状況は全然、ちっとも。人口が多いとはなぜですか?」


 はい、と答えたルオロフは、自分が知る現状をゴルダーズ公に話して聞かせる。聞くだけ聞いた年配の貴族は黒髪を片手で撫でつけ、『いやはや』と静かに驚いた。


「そうだったのですか。もう、あれ以来は精霊の動きが活発で何が起きてもおかしくない、と捉えています。人々が一斉に消えた日、間違いなく精霊が動いた!と思ったのですが、何を基準に消えたのかまで想像つくはずもありません。

 あの日はヴァレンバル公と私、それから彼の召使一人を残し、館及び付近に誰一人いなくなってしまいました。探せばいたのかもしれませんが、数日後に私もどこかの空間に入り込み・・・ 精霊の声を聴いた後、気づけばそこの通りに立ち尽くして」


 さーっと話したゴルダーズ公に頷くルオロフ。残ったのは心根の良い人物ばかりでもなく、危険な人物もいると教えたので、ゴルダーズ公は顔を曇らせ手で口元を覆い『今までは何事もなかったが』と不安を呟く。


「それにしても。祝福を受けたり、精霊に認められる過去があった人には、食事と水がというのも」


「ええ。そう聞いています。だから私は、ゴルダーズ公は必ずアイエラダハッドにいる、と確信していました」


「君も。残っているということは、良い人間・・・それは知っているが、君は()()なんだよね?ルオロフ」


「急に私に話に振りますか?」


 フフフと笑った赤毛の貴族はお茶をまた一口飲み、ゴルダーズ公はしつこくせずに彼をじっと見て『話を変えよう』と微笑んだ。


「フォラヴはどうしているか、聞いても良いかな」


「え?フォラヴ?ああ、彼はもう・・・随分前ですが、旅を抜けています」


「なんだって?どこへ行ったのか知っていますか」


「ええと。彼の故郷に戻ったとか。そのくらいしか、私も知りません」


 ゴルダーズ公がフォラヴの名を出すまで忘れていたので、ルオロフは、他にも旅を抜けた人たちはいると言い、年配の貴族は頷きながら『いつまでも一緒というわけにはいかないか』と理解する。


 脱線に脱線が続き、ゴルダーズは開いた容器にまた茶を注ぐと『テイワグナは国ごと祝福を受けて無事か』と話を戻した。

 人が多く、町や村も通常を維持し、食料も問題ない。祝福を受けた日に現地にいた外国人もそう、と。


 とりあえず、アイエラダハッドの金で良ければと、ルオロフに金を包んで渡し、恐縮する彼に『使えるところで役立てるもの』と笑顔で両手を握った。


「君たちが無事に旅を続けるには、まず食べなければ。衣服も新調すると良い。旅人は見かけを気にしないし、今の世の中で気にする方が変かもしれないが、いつでも自分を誇り高く持っていなさい」


「はい。心に留めます。感謝して使わせて頂きます。では、少々書類の地名について伺いたいのですが」


 ルオロフは雑談を切り上げ、手前の書類を四~五枚捲って『地図と併せて確認を』と頼み、そちらにも足を伸ばして残留物を探す旨を伝える。ゴルダーズ公は了解し、地図と書類を照らし合わせ始めた。


 訪ねてきた赤毛の若者に説明する間、ゴルダーズはぼんやりとここまでの出来事を回想する。



 ―――つい最近まで、私は南のヒューネリンガに居た。


 デネヴォーグへ戻ろうにも、片付けることが終わらず、日々忙しくして数ヵ月経過。人間が一斉に消える日を迎え、少しして私も『保護』された、その後。


 精霊に戻された先は、家がある東の首都デネヴォーグだった。自宅近い通りに出たと気づいて、誰もいない道をすぐさま家に向かった。


 家は無事・・・がらんとしていたが、住むに何の問題もなく、裏の井戸水は澄んでいて、召使たちの家庭菜園と庭の木には実が成る。家の中に、食料と呼べるものが一切なくても、食べることは困らないと知った。


 最初こそ、調理せずに生食できる物を食べたが、湯を沸かし、体を拭いたりする内に、畑の野菜も少しずつ調理して食べるようになった。料理の仕方は知らないので、多く採り過ぎることもなく、今のところ日々の分は足りている。


 自分以外に町に人がいないか、戻ってからの数日間は出かけて探してみたが、デネヴォーグは広くて行ける範囲は限られているし、数日で止めた。二階の窓から見る限り、煙を上げる他の煙突は確認していない。


 人がいなくて、心細さがないとは言わない。でも、馬、牛や家禽、犬や猫、空には鳥が見え・・・ 一時期、南のヒューネリンガでは生き物を()()()()()()()()()があったのを思うと、人はいなくても動物たちがいるので安心する。

 自宅の厩にも馬はいるのだが、彼らは自由で、たまに嘶きが遠くから聞こえるくらい。縛られず、好きにして生きていられるなら、それが良いのかもしれない。


 私は、これからどうするべきか。復興どころではなくなってしまった今。祝福を受けたのは感謝しかないが、一人で生き・・・ あ。もしや―――



「・・・以上ですね」


 不意に、ルオロフの澄んだ声が耳に入り、ハッとする。ルオロフは資料を重ねて整え、お茶の最後を飲み干した。


「ん。ああ、そうだね。ルオロフは、もう出発するのですか」


「はい。ゆっくりしている時間はないし」


「引き留めてしまいそうになるよ。君が来てくれて、安心したし」


「・・・そうですよね。お一人で、生活も変わってしまっては」


「その。言うのも図々しいが、君が来てくれたのも縁と無理やり思いたいことで」


 歯切れ悪そうに止める貴族を、ルオロフは微笑んで頷く。胸中を察する。


 自分たち貴族は、()()()()()()()()()()しかしてこなかった。

『一人きりで過ごす』にしたって、それは、衣食住の世話を隈なく見てくれる他の人たちがいるから、出来る贅沢。

 本当に自分の手で全てを行うとなったら、子供にすら負けるだろう。今は全部を自分で行わないとならず、このご年齢で不自由や寂しさも感じているのでは、と理解を寄せる。でも、私も発たねばならない――


「もう数時間でしたら、ご一緒しても」


「いや、それは申し訳ないから頼めない。この年で、みっともなくて恥ずかしいですね」


「そんなことはありません。では」


 何か手伝っていきましょうか・・・と提案しようとしたルオロフは、ゴルダーズ公と目が合って止まる。彼は思い切ったように息を吸い込み、赤毛の若者に頼んだ。


「できれば、南の平原に――― 」



 *****



 ゴルダーズ公の無事を祈り、またの再会を約束し、送り出されてデネヴォーグを出てから。


 ルオロフは地図を頼りに、数日かけて各地へ移動した。実のところ、神様の世界を通過して目的地へ行く、など都合良くはない。



 ―――基本、ヂクチホスの世界の多くは『海』が近くにないと出入り口がない場合が多い。これを無視した方法が、『古代剣でどこの地面を切りつけても入口が開く』やり方だが、ヂクチホスは利用目的にいい顔をしなかった(※水場不機嫌)。


 どうしても距離があり過ぎて移動が難しいなら仕方ない、と妥協してくれたが、生き物は戻っているのだから、生き物に頼んで移動を共にするよう言われ、ルオロフはそれを実行。


 最初にヒューネリンガ、ゴルダーズ公がいないと知って、いそうなデネヴォーグ。ここまでは神様の世界伝いで動き、デネヴォーグ内は走る・跳躍するなどで移動。


 密集しているので屋根を渡っていると、煙の臭いで彼の家に気づき、うまい具合に到着。ゴルダーズ公の自宅まで覚えていなかったので、煙に感謝した―――



 そうして、また出発したのは良いが、今度は()()()の場まで行かねばならず・・・ 自力でこなせる分は努力、地図の距離で無理を思う場合は神様の世界、と気遣いながらあちこちを回る。


 これであっさり三日過ぎた。


 夜は戻りなさい、と親心かヂクチホスが招いてくれたので、日が沈むと休みに戻り、回復させてもらったのは助かったが。三日も使うかと、気持ちは疲労が癒えなかった。


 印をつけた場所に着き、建物や倉庫を調べるのは、ゴルダーズ公が『ここに置いたことはある』と重要な記憶を教えてくれたので、屋内に入って情報を辿り、時間を無駄にすることは少なかったけれど、とにかく移動は長かった。


 地図を確認し、三日間で各港を押さえたルオロフは、他には書類がなかったと結論を出す。


 ゴルダーズ公は動力の点検と修理の際に、作業員が見るための製図を置きっ放しにはしなかったので、『もしあるとしたら、それは写しを置いてしまったのかも』と可能性で話していた。その確認の結果、なかったと分かって一先ず終了。くたびれ損の・・・ではなく、やるだけやるのが大事なのだと、ルオロフは自分を褒めた。


 そして四日目の朝。まだやるのかと神様に言われたが、もうすぐ終わると答え、ルオロフは南へ出発。



 南とはいっても―― 『空気が綺麗だ』赤毛を揺らす風が通る。見渡す草原。


「リチアリ。君は、ここにいるだろうか」

お読みいただき有難うございます。

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