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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2974/2988

2974. 『弟』もとい、ケリの要望・デオプソロの決意

 

 日付の変わった時、死霊の長は『誰か』の()()()()を知り、自分が行くことにした。


 デオプソロは寝室で眠り、寝台横で彼女を見ていただけの時間。特にすることもなく、他の死霊が応じるのはあまり良い傾向ではないし―――



 呼び出しはすぐそこ、デオプソロのいる第二王城の敷地にある神殿からだった。林を境にした内側―― 城側 ――に建てられた比較的新しい神殿。この神殿は今、普通の状態ではない。

 だから、()()()()()()がこっちへ来ない。出られるなら来ていただろうが。


 呼んでいるのは、デオプソロの弟。しかし、弟の意識は極端に薄く、実際は()()()が待つ。


 この男が降霊術を使ったわけではなく、一時的に起こされたイソロピアモが行ったのだが、まぁ下手くそったらない。デオプソロくらいまともに届けば応じてやっても、と思えるものを、弟はからきしダメだとしみじみ思う。だが、この『ダメな術』でも聞こえるくらい、呼び出す人間がいない現在・・・


 何度も呼んでいるのは気づいていたが、よく聞こえもしないし、数日放っておいた。



『とはいえ。来てやったんだ。言いたいことだけ聞いてやろう』


「あ。え?・・・汝は・・えっと。し、死霊の」


『おいおい。呼んでおいて、何だそれは』


 話にならなくて、思わず笑う。真下にいるヨライデ人は目を丸くし、本当にいるのか!とか何とか・・・ 誰を呼び出す気でいたやら、こんな奴に応じた自分に呆れて馬鹿々々しくなる。

 真下を見ていた顔を戻し、消えようかと薄れると、慌てた相手が止めた。


「汝は死霊の、死霊ってこんな姿だったのか」


『お前はよくもまぁ、その程度で俺と話そうとしたものだ。『汝』はどこで覚えた言葉か知らんが、使えない要求文句じゃ話にならない』


「あ。う。そのとおりだ。あー、私はここから出られなくて困っていた。取引にふさわしい供物は揃っているから、これで外へ出してほしい」


 普通に喋れば、と言われたようなもので、イソロピアモ姿の男は普段の口調で要求を告げる。供物、と指差した机の上に、水を張った皿に置いた血塊と、その横に干からびた人間の腕が一本。



 降霊術は召喚図もいい加減で、供物はまぁよくある材料だが、提供の仕方も褒められたものではいと、死霊の長は一瞥。

 イソロピアモの知識を使ったか、時折()()()()これを用意したか・・・ どちらにせよ杜撰極まりない方法に応じたのは、幾ら状況に合わせたとはいえ、自分の恥にすら思うところ。死神の長は、はー、と溜息を落とす。


『ここから出せ、と言うのか。これで?』


「足りないことは無いと思・・・いや、足りるだろう」


 明らかに怯えている態度。顔が引きつって声も渇いている。すぐ引け腰になるが、自信を保つように言い直す。こいつの魂など芥と同じ、カサカサの薄っぺらい質と見て、死霊の長はこの男に応じるのを・・・自分が全く釣り合わないために悩んだ。


 なので、ただ応じて終わりにするのではなく、こいつから聞き出す方向を考えた。デオプソロのためにもなるか。



『名乗れ』


「名、名は。イソロピアモだ」


『イソロピアモよ。お前は何故ここに居る』


「え?それは、気づいたらここへ閉ざされていて、なぜかは分からない。時間も定かではなく、昼も夜もない異常な空間だ。望んで入ったわけじゃないから、とにかく出してほしい」



『自称イソロピアモ』は、高い天井に浮かぶ死霊に脱出を頼む―――


 想像していた死霊とはまるで姿が違い、筋肉むき出しの体に、ぼろ布を羽織り、ブーツと剣を持っている。何だこいつはと思うも、これも死霊の一種だろうと判断して、言うことは言った。 


 相手はこちらを見下ろしたまま、品定めでもするように首をゆっくりと傾げ『出すかどうかは、これから決める』と答える。口調と筋肉質な異様な姿に合わない、やや弱そうな声質で、死霊だから肉声じゃない分、声と体が合っていない。


 こんなのが出て来るとは思わなかったが、会話の持って行きようで『脱出』以外も可能かもしれない―――



 見下ろす死霊が次に何を話すのか、緊張しながら待っていると、暗い天井に馴染んだ頭部の目が光った。


『イソロピアモ。お前は何を目論んでいる』


「目論見、とは。何の話か」


『死霊を欲しているようにも感じるし、人間を集めたいようにも感じる。これだけ人間のいない世界で、お前が欲している動きは、何を示すか』


 急に核を衝かれたような言葉を食らい、自称イソロピアモはちょっと考える。


 ―――霊体の類だから、何か読み取られた?そうだとしても、質問したということは、はっきり把握しているわけじゃなさそうか―――


 イソロピアモを乗っ取っている『念』のケリは、この死霊を味方にしておく機会と考え直し、大まかに目的を話すことにした。信頼するしないではなく、『死霊は呼び出した人間と交渉し、決定すると言うことを聞く』イソロピアモの話で、そう知った。この相手が納得さえすれば、脱出の続きで()()()()()はず。



『話さないのか』


「話す。私はこの絶望的な世界から、人間を集めて一度出ようと考えている。細々と残っている人々がいると知った日以降、呼びかけを続けた。能力の高い者・意欲のある者なら、呼びかけに応じてここへ来るだろう。動きのない者は、事情もあることだろうから、仕方ないが置いていく。

 集った者たちが一定数に満ちたら、安全な場所へ連れて行き、この世界のほとぼりが冷めた頃に戻るつもりだ。それまで、安全な世界で新たな知恵を与え育て、再び戻る日にはこの世界を建て直す能力を持って」


『死霊は?なぜ()()()()()()


 遮られたケリは黙り、質問への答えをザっと頭の中でまとめる。遮られるのは嫌いだが、話を押し通す場面ではない。咳払いして『それは』と死霊について答えた。


「この世界に戻ってから、だ。死霊の力を借り、建国する。人手不足はどうにもならない。死霊の力は、遥か昔から想像を超える」


 暗がりから見下ろす頭が、軽く頷き、光る目が左右に動いて『お前はここを出たら、続きに取り掛かるのか』と質問を変えた。

 ケリには、聞き出されているだけの印象で・・・この死霊を本当に味方に出来るか、少々疑問が出てきた。話しておいて損はないと思うが、値踏みされているように感じる。



 ケリ自体は、なぜイソロピアモの考えに乗ったかと言うと(※2904話参照)、()()()()()()()()と思ってのこと。地球に体が残っている可能性、その期待がない。


 だが、意思だけはどういうわけかはっきりしており、別世界に存在する人間に憑依した事実から、『面白い続き』を想像し、実行に移し始めた。イソロピアモも野望のある男で、そこそこ頭も良い方だし、まだ若いので動ける。


 イソロピアモの知識と、神殿と書物の情報から、地球に戻れそうな気配も見え、この世界と通じているらしい信じられない記録も動機になった。


 死霊を従える座に就いた者は、このヨライデと呼ばれる国を治めると、イソロピアモは信じている(※他者の話~2596話参照)。実際に、現国王は死霊と魔物の両方を従えた契約により、永遠にその座を守っている話だった。


 どうせ肉体が死んでいるなら・・・


 自分の名を思い出せない『ケリ』は、イソロピアモの思考より自分が強いと分かった後、この男を使って新たな人生でも挑戦するかと思い至り、イソロピアモに警戒させないよう誘導し、眠らせ、使う。



 ―――姉デオプソロに会うまでに、不可思議な洞窟から全国へ・・・同じ『二重の知恵者』へ何度か呼びかけた。だがこれも早々に打ち止めで、専用の剣でなければ呼びかけが使えないらしく、後は運頼み。

 ()()()()()()()()()を探して王都へ持ってくること、集う意志があれば死霊に返信を預けることなどが内容。


 近場にいた地球出身者は、それから間もなく来た。呼びかけを知ったわけではなく、気配を感じたようだった。最初に集まった者たちと相談し、この世界に合った方向を決め、使える場所を提供し、国に残った人間も集めるよう命じ、見返りの約束も交わした。


 死霊を呼び出せるネクロマンサーが多い国で、有志の集いに利用するのみならず、死霊によっては魔物の誘導も可能とイソロピアモに聞き、使える手段は何でも使う。

 生きている人間も死霊で運べないのかを問うと、イソロピアモは『人間の姿を維持すれば、旧教の教えの扉の前で有利だろう』と答えた。つまり、運ばせたら(ろく)な状態にならない前提。だが人間状態を保つ別物でも連れて行くのは構わない。

 その辺は大まかに命じ、いずれこちらへ戻った日のため、銃他武器も一ヶ所にまとめさせた。


 王都にいた姉デオプソロもようやく見つけ、話し合いを求めたのだが―――



 拒絶的な姉は話にならず、死霊を集める相談以前。その上、姉と接触した直後におかしな所に飛ばされ、『ケリ』は出口のないここで降霊術に縋った。



 この死霊。使えるのか・・・? 『ケリ』は、質問の裏を考えながら間を置いて答える。


「ここを出たら、続ける。人々を集め、安全な場所へ移動だ。戻ってきたら死霊と交渉するのだ。壊れた世界を直す、準備を整え」


『フッ、フ・・・ハハハ。今も昔も・・・人間は変わらない。分かってはいるが、ハハハ。小さい。何と小さいか』


「人々が激減したのだ。笑っていられる事態では」


『俺の知ったことか。ああ、愚かしい。面白い。どうでも良いことだが、まぁ出してやっても良いだろう』


 笑われて苛ついた『ケリ』が顔を歪ませたと同時、窪んだ天井の暗がりから死霊は消え、『ケリ』の周囲を塞いでいた四辺の壁が一つ倒れた。

 ハッとして夜の外を見た『ケリ』は急いで走り、このおかしな場所から逃げ、表の土を踏んで振り返る。そこには普通の神殿があるだけで、周囲も変わったところはなく、ただ広々としているだけだった。



 *****



 死霊の長は戻り、眠るデオプソロを起こす。

 目を開けたデオプソロは寝つきが浅く、すぐに上半身を起き上がらせ、寝台横の椅子に腰を下ろした死霊に『どうしたのですか』と尋ねた。四六時中、側に居るからもう見慣れたこと。


『お前に尋ねようと思う。その前に、お前への返事も』


 不意に取引が始まったので、デオプソロは意識が冴える。はい、と答えて座り直し向かい合うと『お話しください』と頼んだ。


『お前は俺に協力するよう言った。俺の返事は、”お前次第とする”、だ』


「それがこの前のお返事ですね。『私次第』と」


『そうだ。では尋ねる・・・が、まず話すか。デオプソロよ。イソロピアモを殺すと言ったな。イソロピアモの居場所はすぐそこだ。お前に近寄った日以降、あの男は俺が閉じ込めていた』


 え、とデオプソロが死霊の指の示した方を見る。壁で見えないが、その向こうは神殿がある。こんなに近くにいたことも、死霊が弟を閉ざしていたことも少なからず驚いた。

 死霊は背を少し丸めて、デオプソロに顔を寄せ、静かに先ほどの出来事を教える。


 弟は別の思念体に乗っ取られており、しかし弟の意志と思念体の意志は合致していて、人間を掻き集めたら別世界へ移動して知恵を叩き込み、舞い戻ってヨライデ復興・・・死霊を使いながら国を作るつもりでいる、と。


 デオプソロは暫し、言葉が出なかった。一国の主になりたがっている、そんな気はしていたが。荒唐無稽のような話で現実味が沸かない。そんなことを本気で考えているのか。これほど人が消えた世界で、掻き集めたとして高が知れている。どれくらいいるのかも知らないが、例え数百人くらい集まっても、それが何になるだろう。新しい知恵を手に入れて、この世界に戻り、死霊と力を合わせて建国?


 唖然とする女に死霊の長は少し笑い、下を向いて首を左右に振った。


『お前の反応は普通だ。俺も笑った』


「本当に、そんなバカげたことを」


『フフフ、そうだ。暢気なもので、生きていられる前提だ・・・さて、お前に尋ねる。お前は弟を殺し、止める必要を感じていた。それは()()()()の急速な変化、破綻へ助長する動きを取りかねないと思ったからだろう?』


「はい、何をするか見当もつきませんが、状況を更に悪化させる気がして」


『弟、思念体共に、どこかへ出て行く気だと分かった今。本気らしいし、お前はそれでも殺すのか』


「よそで弟が何をするかと思えば・・・ 」


 デオプソロもよく分からなくなり、声が窄む。前屈みになった死霊の長の、筋肉が貼り付く顔を見つめ、黙った。死霊の長は彼女を見つめ返して『ここにいると、また来るぞ』と呟く。デオプソロは窓の外へ視線を動かす。


「もう、来ていますか?」


『まだだ。だが時間の問題だろう。お前が逃げているかどうかを確認に来るはず』


「あなたは、私が弟を殺すかどうか、まずそれについて尋ね、私の返答によって、別の質問をするのですか?」


 話を戻したデオプソロの確認に、死霊の長も頷く。デオプソロは考えて『どうしたら良いか、すぐに答えが出ない』と言い、剃髪した頭に少しずつ伸びる短い毛を少し撫でて・・・『私は、どう生きていくかなど考えることもなかった』と、自分自身の状態を徐に口にした。弟の話をしていたのに、急に自分の存在する意味を振り返ったデオプソロ。


 死霊の長の手が動いて、デオプソロの左頬に触れる。もう恐れもしない女は、触れていても温度のない手をちらりと見て、『自分の存在も考える』とずれた答えを呟いた。だが、死霊の長は彼女の返答が、論点違いの的外れとは思わない。触れた手をそのまま、目を覗き込んで頷く。


『俺と来るか?』


「はい?」


『弟を殺す目的もぼやけただろう。弟は、俺が思うに自滅する。何かによって、裁かれる時を迎える。人間はこの世界を知らない・・・ お前の命と魂の意味は、弟のためにあるわけではない。お前の心で、生きる時間をどうするか、望めばいい』


「それが・・・あなたと一緒に行動することですか?質問はそれですか?私が一緒に動く以外の」


『だから尋ねた。俺と来るなら、お前は俺が見ていてやろう。魔物などに襲われる恐れはない。肉体を活かす食料も悩むことは無い。寝床と屋根がいるなら、それも与えてやれないことはない』


「・・・私が断ったら」


『好きにしろ。俺が離れるだけの話だ。お前は降霊術を使えるが、死霊を呼び出しても今後の動きは大人しいもんだろう。この前話したように、だ』


「なぜ、一緒にと言ってくれるのですか」


『情だと言ったのを忘れたか?』


「私は、庇護を目当てに頷くと思います。それでも」


『お前の魂胆や感情など、どうでも良い。来るか?と聞いたんだ。来るなら』


「守ってくれるのですね」


『そういう言い方もできる。もう一つ忘れてはいけないのが、お前は死霊の長の手の内に収まった、その自覚だ』


「・・・何を、私は求められるでしょうか」


 ここで話は一度切れる。死霊の長も特に何も望んでいない。肉体がある女を側においても、手を付ける楽しみなどは、生きている男でもないので大した価値がない。だから『情』と言うのみで、詰まる所も何もそれ以外がないのだ。


『俺がお前を女として求めていると思っているなら、それは()()()()()()と、言っておく』


 誤解していそうなので、はっきりそう言うとデオプソロは目を逸らし、『でも、龍の彼女には、嬉しそうでしたね(※2970話参照)』と奇妙な返事を戻した。


 龍?イーアン?

 なんでイーアンが出てくるんだと、死霊の長は急な方向転換が分からずに黙った。デオプソロはちょっと考えてから溜息を吐き、決めた。



「守って下さい。よろしくお願いします」


お読みいただき有難うございます。

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