2972. 一週間 ~『小道具』ラファル推測・生き残りに雑ざる
イーアンは、小道具を動かさないよう布に包んで運び、夕方前に第二王城の施設へ行った。
明かりはついておらず、誰も来ていない。鉱山へも行ったが、人の気配はなし。どこへ移動したのかと少し捜したものの・・・気配は辿れないので日を改めることにした。
施設で見かけた部品のいくつかは、女が持っていた道具と近い形で、材料が違うものもあるけれど、用途は同じと判断して良さそうだった。だがこれだけで結論は出ない。想像しているものかどうか考えたいのもあって、イーアンは、キダドへ戻る・・・のだが、道すがら止められる。
「バニザット」
「ラファルがお前に用事だ」
夕方の空に緑の風が吹き、緋色の布に変わる。布はそのままはためいて、ついて来いと女龍を誘った。イーアンも魔導士に頼りたかったので丁度良い。
少し飛んでから、風は布にまた変わってイーアンに貼り付く。うお、とたじろいだ女龍は呆気なく魔導士に目隠しされて、またか何でだ最初に言えよと怒鳴る女龍は手も足も出ず、餃子のように包まれて運ばれ、ポイと解放されたのは。
どこなのここ、とぼやいた夜の原っぱの向こうに、小さな一軒家がぽつんとあった。
魔導士は女龍に手を一振り(※こっちの合図)、その態度が気に食わないイーアンは、だらだら文句を言いながら後ろを歩いた。
うるさい女龍を無視し、魔導士は扉を開けてやる。先に入れと言われて、一睨み向けた女龍の角を押す。さわんな!とまた怒るも、イーアンは『ラファル』が待っているのでとっとと入った。
魔導士の部屋。彼はいつも『自分の家』とは言わず、部屋の一つと表現する。
小さくても家は家だと思うんだけどと周囲を見回し、ヨライデ版魔導士の部屋へ初めてお邪魔したイーアンは、古めかしい魔法使いのイメージぴったりな、木製の彫刻や壁を見ながら進み、居間でラファルに迎えられた。
「ラファル。こんばんは!」
「元気そうだ。こんばんは・・・懐かしいな、そういう挨拶」
ハハハと笑ったラファルが、会うたびに少しずつ明るく変わっているように感じて、イーアンも嬉しい。でも再会を喜ぶも数秒。灰皿横に置かれた品に気づいたイーアンは、目を丸くする。
「これは何です」
「見つけたんだ。イーアンに教えておこうと思った」
ラファルは金属の箱を摘まみ上げ、イーアンの片手を取って手の平にそっと置く。それから、イーアンと向かい合う金属の面についた、小さな穴を指差して『ここが光る』と囁く。
すーっとイーアンの目がラファルに動く。頷くラファルは箱を持ち上げ、今度は背面を見せ、小さいレバーを示すと『これで操作』そう言った。まるで知っているみたいに。
「あなたの知っている品物ですか?」
「いや。知らない。ただ似たような仕組みを・・・前、聞いたことがある」
静かなラファルの顔が近く、彼の煙草のにおいがする息に、イーアンは彼の危険だった過去を想像した。それは、あなたが危険を繰り返していた日々に受けた拷問の―――(※2164話参照) 胸が詰まる苦しさを、ぐっと抑えて女龍は尋ねる。
「前って」
「それは、まぁ。この正体は俺が思うに、暗示の道具で、仕組みは振り子式のストロボだ」
「振り子。ストロボ」
「振り子より、メトロノームが近いか」
ラファルは、ぽかんとする女龍の手から道具を引き取り、また灰皿のテーブルに戻すと、ベルベットのような起毛生地を張った、青い一人掛けに手を置いて、女龍に座るよう促した。
*****
暗示目的で使われているのでは。ラファルは煙草を咥え、耳を掻きながら―― 寛いだふうに ――危険な道具について話す。
この世界の技術では追い付かなくても、『念』が可能にする知識と技術の応用まで持っていたら、出来ないことは無く、形は不格好でも、威力はそこそこ引き上げられるだろうと、言った。
「暗示・・・これで?私は、信号のようなものを作るのかと思っのですが」
採掘場と施設を見た後、イーアンは光の遠隔通信手段、暗号的な発信を想像した。これは小型すぎるから、何か特殊な魔術を添えるとか、もしくは大型用の試作品とか・・・
『信号?』と聞き返すラファルに、朝からの一連も交え『私はモールス信号のように使うかと』と話す。イーアンの想像を聞いて『そういう使い道も派生するかも』と答えたラファルが煙草の先で箱を示し、話を戻した。
「暗示に掛けるとしてだが・・・分解してないから確かじゃない。俺が思うに、『光』は反射だ。光を一定の場所に取り込んで反射させる。レバーで、遮光板を動かす繋ぎ箇所を作動させて、一秒の間に決まった回数の光の点滅を起こす。繰り返すと、真正面から光を見た相手は、ほんの数秒で頭が連れてかれる」
「それほど正確な状態、これで作れます?」
驚いて聞き返した女龍に、ラファルは『可能な範囲』と表情を変えずに頷いた。
この世界の土台で、ティヤー戦からまだ半月、そんなすごい道具を制作?イーアン、目が点。
ラファルがこうした話をしてくれる自体が珍しいし、彼が知っているならそうなのかな・・・と、小道具を食い入るように見た。
「暗示のトリガーまでは分からないが、得意分野の奴が『念』で入ってきたら、ここでも似たことは実行出来るだろう」
煙草を一吸い、ラファルはふーっと吹いて『仮に頭と瞼を固定された状態でやられたら、高確率で暗示が掛かる』と呟き、煙草を挟んだ指を小道具に向け、『分解するならイーアンの龍の爪で切る方が』と促した。
「私も、持っているのです」
「そうなのか。イーアンも倒したのか」
「はい。得体が知れませんし、魔導士に調べてもらいたいと思って、持っています」
「分解する気じゃなかったんだな。じゃ、バニザット・・・いいか?」
イーアンが腰袋から布に巻いたものを取り出し、黙って側で聞いていた魔導士がテーブル横に建つ。
布を外したイーアンの持ち込みは、くすんだ青みがかる金属。ラファルが紹介した方は銅のような金属製で、別のもののようにも見えるが、形はほとんど同じだった。
外見は小さな穴とレバー、光を取り込む面がずれる仕掛け付きの、至って簡素な作りだが、『誰でも正確に使える代物』となると、この簡素すら、熟知の上でないと無理な技。
しかし、この程度の代物。本当に暗示を発生するのだろうかと、イーアンはまだ信じられなかった。突っ込みどころが満載。
―――だって。テレビ画面で1秒20~30回の映像を紛れ込ませるサブリミナル効果みたいな、そうしたこと言ってるんでしょ?と、小道具に眉を寄せる。あれなら分かるけどさ~・・・
ほんのちょっとのペン孔サイズから、ちょみちょみ反射する光を見つめたからって、暗示相当の言うこと聞くもん~? え~無理ない~?
確かに仕掛け云々、適した材料などは用いているが、にしたって(※信じない)。
頭に角が生え、白紫色の皮膚の女が『現実的にかなり無理ありませんか』と小道具用途を不審がる様子に、客観的なラファルは少し可笑しくて『イーアンが存在しているから、これも存在しておかしくない』と答えた。
それどういう意味ですと顔を上げたイーアンに、魔導士が割って入り『壊さないで中を見るんだろ』と呪文を唱え始める。
低く這う声が、暖炉の薪の爆ぜる音も静め、魔導士が呪文を言い終る時、テーブル上の二つの小道具が透けた。さーっと明るい黄緑色の空気が周囲を包み、くっきり透けた道具の線だけが浮かび上がる。
煙草を消したラファルが『あんたがいれば、化学は要らないと思う』とまた冗談みたいなことを言い、イーアンはちょっと笑って、魔導士は首を傾げた。
「どうだ。お前の予想通りの中身か」
「・・・ここと、これがそうか。思ったのと近い。反射鏡で集光する。取り込み孔の大きさじゃ、限界あるもんな。これが遮光板だ、イーアン。ほら、信じられなかったかもしれないが」
「信じました」
「レバーをはじくと、中で短く高速運動するのが遮光板だ。操作者の習熟は要らないんだろう。最初に振り子と言ったのは、こっちの部分だ。レバーの前に、光の取り込み面がずれると、引っ張られてこの振り子が往復運動を始める。これに合わせた遮光板の開閉で―― 」
説明される内容が理解できないイーアンだが(※難しい)、透ける二つの道具は一緒で、ラファルの読みを認める。優れた道具らしいのは分かったが、効果のほどは疑わしいまま。いかんせん、小さすぎない?
ラファルは『アルファ波帯の中央値に相当する正確な周期を振り子になんたらかんたら(※謎)』と話しているが、その周期が手作り振り子で可能なんですか(※超絶スピーディーなイメージ)とイーアンは疑問が取れない。
微妙そうな女龍に、じっと見ていた魔導士は『お前みたいなのもいるだろうが』とラファルの肩を持つ。
「知識の応用にこの世界の特色を足したら、補った上に別の効果も生む。お前も、魔法だ何だでやってることだ」
「でも、これって・・・道具に、サブパメントゥや他の種族が絡んだ感じじゃないから、人間の範囲かと思うと」
「何も、技や魔術とは限らん。関わった種族の備わった習性が利用できることもある。ちょっと考えろ」
考えろと言われて、女龍は仏頂面になったが、言われてみれば。
物質的な振動を与えるために、視線を向けるだけで足りる魔性もいるし、勝手にぼんやりと光る魔性もある。式や計算や理解なんて関係なく、そういうのが混じったら欠点も強化も埋められる―――
しばしの沈黙を挟み、三人は呪文で透けたままの道具を見下ろし、何の目的で製作されたか、そこに意識を向ける。作りは、ラファルの推測が正解。操る気で用意した代物の果たした内容は。
「バニザット。調べてくれる」
「今調べてやるつもりだった」
魔導士の右腕が横に薙いで、透けた物体は元に戻る。すぐさま物体の上に緑色の蜃気楼が上がり、残留思念が天井までの間に広がった。
場所ではなく、物が相手でもこれが見えたのは・・・魔導士は『最初に殺されたのと変わらんな』が全て。
浮かび上がる映像に、異なる二人の場面が映る。ラファルが持ってきた方は、男が道具を受け取った経緯を見せ、イーアンが持ってきた方は女の経緯。
どちらも『訪問者』に接触しており、体の動きが取れなくなり、思考が焦って恐れに包まれ、『訪問者』は退場。
少しして魔物が現れて、魔物は動けない人間を襲う。のだが、襲い方がおかしい。
乗りかかり、床に倒して上に乗り、触手や口を体に当てて血が流れる。でも殺すまで行かずに魔物は早々に居なくなった。
この後。『訪問者』が再び来て何かを話し、道具を持たせた。魔物に傷つけられたはずの人物は起き上がって道具を受け取り、恐れの感情が消えている。強い使命感を得たように、どこかにいる人間を探しに出た。
そして、動き出した人物は複数の魔物に遭遇して、襲われることなく同じ方へ進み、人間を見つけた―― のが・・・ラファルであり、レムネアクであり。
「魔物に襲われない状態になった?」
「幽鬼が混じってると喋る。混じった魔物が最近多い。仮にそいつらも込みで、人間への接触を繰り返す状況なら、魔物に利点があるから協力しているとも考えられる。
洗脳ほど情報を注いだかは怪しいもんだが、この道具で犠牲者は『動けない暗示』には掛かったんだろう。動けないと信じ込んで、魔物が来たが成す術なしで、死なずに助かる。助かった後、次の犠牲者を探しに行く。良いことをしている、とでも思っていそうな最後だったな」
大体の見当がついたらしきバニザットは、『普通の人間状態ではないだろう』と言い、自分とラファルが殺しているのも、そんな奴らばかりだと首を傾けた。
イーアンも、あの女が人間だけとは思えなかったので、バニザットの意見が正しく思う。見抜いたレムネアクも、死線で生きてきただけあるのか。体は人間の女に対し、彼は惑わされなかった。
もしかして、と採掘場も思う。
作業する職人たちも、暗示に掛けられた人たちの可能性が出てきた。『念』憑きだけではなくて・・・
それに、幽鬼が混じった魔物の動きも重なるとは、思っていなかっただけに意外だった。
これは血の祠の歌が理由ではと、イーアンはこれも話した。
ほーう、と面白そうに顎髭を撫でるバニザットが、出ていた映像を消す。ラファルに新しい煙草を出し、イーアンに飲み物を渡すと『それなら』と咳払い一つ。
「幽鬼の入った魔物と、悪人共が何らかの手を組んだんだろう。手を組むのが死霊じゃないのは、この国らしくないが、似たようなもんだ」
お読みいただき有難うございます。




