2968. 一週間 ~古代武器マーシュライ、銃流出雑談・鍛冶屋タノ
出かけたものの。
魔物を倒すこともなく30分くらいで戻ったドルドレンは、工房に降りてすぐへレムネアクのところへ行った。
ドルドレンに気づいたタンクラッドが『どうだった』と少し大きめの声をかける。
レムネアクのいる机と馬車作業は離れていて、壁はないが遠い。広い倉庫状態の工房に声が響き、ミレイオも顔を上げると、差し込む光の影になったドルドレンが軽く片手を振った。
「人がいたが、少し問題があった」
「人ぉ?」
その返事に、ミレイオが聞き返す。作業の手を止め、人がいたならどんな状況かと、二人もドルドレンの側へ行く。レムネアクはすぐに自分の元へ来た総長に、言葉が通じなかったのかを尋ねた。
「(ド)ヨライデ人は皆、共通語も喋ると思うのだが、全く聞いてもらえなかった。攻撃され、一先ず戻ったのだが」
「(レ)攻撃とは。ドルドレンさんは応戦したのですか」
「(ド)俺は武器に手を触れていない。向こうは剣を抜いて、躍りかかったのだ」
「(ミ)ちょっと何?物騒ね。そいつは悪人じゃなくて?」
「(ド)違う・・・違うのではないだろうか。念持ちの悪人特有の気配はない」
「(タ)それでもお前に切りかかったんだろう?どんなやつだ、武器を常備してすぐ抜くのは、剣士か何かか」
「(ド)いや。剣士などではないとも思う。剣を使う動きは大雑把で、民間人そのものである。訓練したこともないだろう。テイワグナ警護団やアイエラダハッド隊商軍のような、武器所有の民間団体の印象とも違う」
「(レ)ヨライデに剣士はいませんよ、多分。軍に剣士紛いはいましたが、他国の剣士と訳が違います。ここの剣は盾代わりでも使うので、構えも動きも見て分かる違いが」
「(ド)盾代わり」
掠めた記憶で、ドルドレンの灰色の瞳がミレイオに向く。タンクラッドもちらっと友達を見て、レムネアクもつられてミレイオを見た。タンクラッドが、そっとミレイオに呟く。
「マーシュライか(※932話参照)」
「その名を知っていますか?さすが、剣の職人」
驚いたレムネアクが先に反応し、ミレイオは『あれ古い武器じゃないのよ』と彼が知ってる前提で続けると、レムネアクは深く頷き『改良してから軍の武器に加わった』と話した。
「他国を襲うことは無くなりましたが、新教が国教となってから、軍の武器改良は盛んになった気がします。数十年前からと記憶していますが、だからティヤーの銃も受け取っていた情報で」
「・・・銃」
古代武器改良の話から飛んで、突如、ティヤーの武器『銃』輸入事実が出た。
さっと視線を交差させ、三人はレムネアク―― 元僧兵 ――に『銃はまだ軍にあるのか』を先に確認。レムネアクは首を横に一振りして『私は見ていません』と正直に答える。
「私がティヤーにいた時期の情報で、銃を輸出したのは知っています。イーアンにヨライデへ送還された時まで、私は一度も帰国していません。そのあと数週間、王城近くで過ごしましたが、下手な関りを持ちたくなくて王城の軍には触れていないんです。だから情報だけ」
「レムネアクは正直である。そうなのか。ふむ、しかし問題だ。銃を忘れていた。イーアンに言わねば」
思わぬ話が飛び出して、ここで『銃処分』を忘れないようにする。そして話を戻す。
「マーシュライや銃や国軍も危険を思わせるが、今は近くの人間が心配だ。彼は武器を所有しているが、一人で村にいた。あの動きでは魔物相手にやられてしまう。何か安全の手を打たねば。にしても、言葉が通じないと聞く耳持たないから、レムネアクと一緒に」
「分かりました。今すぐ行きますか?」
「あ。ねぇ、ごめん。ちょっとタンクラッド。作業一人でやっててくれない?私が行っても良いけど」
了解したレムネアクの返事に割込み、ミレイオが代わりを申し出る。タンクラッドは後ろを振り向いて『少しの間ならな』と許可。今の作業工程では、ミレイオの手を借りなくても進められる。
頷いたミレイオは『万が一の時、私の方が動ける』と代行の理由を真面目に伝え、ドルドレンはレムネアクに『ミレイオが行ってくれるらしいから』とやんわりお誘い撤回。
レムネアクはミレイオも特殊な人と思っているので、この場合は一緒に行きたい(※何するか見たい)が。邪魔してはいけないので、引き下がった。ミレイオとドルドレンは、すぐ外へ出る。
「おじさん?若造?女?」
「おじさんである。ヨライデ人特有の化粧をしているが、衣服は簡素だった。煙の上がる建物に居て」
「ふーん。とりあえずそのおっさん、頑固っぽいから私が通訳して、話を聞かないようなら放置しましょ」
さらっと割り切るミレイオに、こうした判断も助かると思いつつ、ドルドレンは荷馬車からアオファの鱗を少し持ち出す。話を聞いてくれたら、護身道具を渡すつもり。
「受け取らなかったら、持って帰んなさい。勿体ないわ」
『母国の人に厳しい』とお面を顔に付けた総長が、先に浮上。笑うミレイオもお皿ちゃんで浮上して『こんな状況で親切も断るなんて、死にたいならどうぞって尊重よ』と流し、二人は早速北へ向かった。
*****
そして、二分も掛からず、町から離れた村に到着。飛ぶ間、魔物がいないか注意して地上を見ていたけれど、特に気配もしなかった。
「シャンガマックは魔物を退治したようだが。増えたかと思えばそうでもない」
「うーん。出没も読みにくい感じよね」
「人間を狙ってくるのだけは、どこでも共通である」
「まぁね。おっさんも襲われるのは時間の問題だわよ」
ドルドレンが下りたのは、先ほどの小山より手前。空から直接降りて鉢合わせたら、また触発しそうな気がして・・・ 土の道を歩き出してすぐ、遠いの?とミレイオが聞き、ドルドレンは前方を指差し、曲がり角の向こうでもう少し先と教えた。それから、先ほどの男の態度を考え、前情報で伝えておく。
「俺は逃げる時、ムンクウォンの面で飛んだのだ。それを見た彼は・・・思い過ごしかも知れないが、謝るような態度を。去り際で、はっきり見ていなくても、跪いたのは見えた」
「え?跪く?ああ~、でも飛んだらそうか。それなら、話し合いになるかもよ」
ドルドレンもそうであってほしいところ。ミレイオが上手く言いくるめて(?)くれるのを願う。
村は平屋建てが点々とあるが、そう離れているものでもなく、石垣の切れ目が臨家との境目になり、まとまっている雰囲気。小さな村でも色彩は原色が多く、うら寂しい感じはない。ただ、どの家も煉瓦と土と瓦屋根が古くて、瓦の隙間に雑草が生え、壁に入った亀裂から上塗りが崩れているなどの劣化は多く見られた。
「色は鮮やかだが。鄙びた田舎はどこも似ているのだ」
ちょっと微笑んだ総長に、ミレイオも頷いて『こういうところってさ』と指をくるっと回す。
「職人は、好きで住み着くのよね。町を散策してないから、どんな名産があるとか知らないけど・・・レムネアクが言うには、村を幾つも抱える町のようだし、村の生産品が町に集まるなら、いろんな手仕事が回るでしょ?だから職人もこんな感じの場所で―― 」
話途中、前方に人影を見て言葉は止まる。ミレイオの目が捉え、ドルドレンも気付く。
目を見合わせ、二人は少し急いだ。人影がこちらに気づいたかどうか、逃げたかもしれない、と思った矢先、塀に一度引っ込んだ人影がまた通りに出た。今度はこちらに向かい合う。
「彼だ」 「私が話すわ」
パッと片手を挙げたミレイオは、ヨライデ語で『生き残ってる人?』と直行で聞く。
大声で聞かれた相手は、戸惑いながらも首を縦に動かし、その反応にもう一度ミレイオから『私たちもよ』と伝え、警戒を少し下げさせた。
言葉が通じるだけでこうも違う、とドルドレンは思うも、自分の姿を見ている相手は、戻って来た俺にどうだろうかと少し気を付ける。
そうしている間に、歩いて近づく距離は縮まり、男はドルドレンをじっと見た。互いの姿がはっきりわかる数mの合間で立ち止まった、ミレイオとドルドレン。男の視線はドルドレンを疑っているようにも見えるし、どこか恐れているようにも感じる。
ミレイオもそれは察したが、何食わぬ顔で『彼が、あなたがいるって教えてくれたのよ』と総長に親指を向け、『彼はこの国の人じゃなくて、友達の私を呼んだ』と一緒に来た理由を教えた。男は警戒を解かないが、ミレイオのヨライデ語は普通だし、ミレイオも刺青・頭髪の色が二色など共通するので、こちらは信用する。
「どうして外国人がヨライデにいるんだ」
「え?別に外国人がいないわけじゃないでしょうが。彼は、魔物退治でこの国に来たの。私も通訳で」
「待ってくれ。この人、さっき飛んだんだ。あれは?魔性に見えないが、いろいろ分からないことが多いとこっちも」
「分かった。話す。彼は精霊に守られているわ。飛ぶ力は精霊から預かったのよ。ええと、言っちゃうか。彼、勇者なの」
勇者。 男はドルドレンを見上げ、ミレイオに『勇者』と確認。そう、と頷くミレイオとドルドレンを何度も交互に見て『勇者!早く言えよ』と驚いた。
「剣を抜いちまった。不審者だと」
「そうみたいね。でも彼は寛容だから大丈夫よ。あなたが一人でここに居るって心配して、状況確認で通訳の私とまた戻ったわけ。で・・・ここ、家なのかしら?」
自宅?と左の家を尋ねたミレイオに、男は頷きかけた首を横に振る。驚いたり悲しそうだったり、表情が忙しい。ドルドレンは二人の会話が分からないが、男が溜息を吐いて左の家を見つめたのは、何かを失ったように感じた。
「俺の家じゃない。俺の仕事場がこの先にある。ここは親戚の家で・・・いや、妻の実家だ。誰もいないが」
「そうなの。あなただけが戻ったのね?」
ミレイオの理解に、男は太い首をゆっくりと傾け少し頷いた。
「あんたたちは、戻ったんじゃないんだな?勇者とその連れだったら、精霊に引き取られて戻されたわけじゃないんだよね?」
「ええ。一部始終を、地上で見ている立場よ」
「ふー・・・ 一人残ってもな。何していいか分からない。妻は町で普通の仕事をしていた。彼女の実家は工房だから俺が継いでる。週の終わりに妻が戻ってたんだ。俺は、彼女の親とここで」
最後まで話さずに終わる。男は少し黙り、家から視線を外さずに『寝泊まりと食事はここ』と短く教え、あとの時間は工房にいると話した。誰もいない。何もない。でも生きている時間がある。だから、習慣だった仕事をしているのが、男の状況だった。
「・・・今は?早いけれど、お昼だったの?」
「朝も早い。腹は早めに満たして、また仕事する」
「あ。そうよね。これから工房か」
「そう。この人(※ドルドレン)のことで異変を感じて、荷物も工房に運ぶつもりだった」
「異変じゃないわ。通りすがりよ」
そこまで話してミレイオは振り返り、ドルドレンに『誤解は解けた』と教えて、男に荷物を運ぶ必要はないんじゃないかと言った。男も勇者と知ったからには、そうだなで終わる。
「工房へ行くの?一緒に行ったらダメかしら」
「俺の状況確認だけじゃないのか」
工房に来てほしくなさそうな反応で、ミレイオも分からないでもない。が、『私も職人だから』と次の一言が自然に出て、男は少し考える。
「ヨライデに工房が?」
「出身はこの国だけど、ハイザンジェルに移住して工房はそっち。今も勇者の旅で、必要なことは手伝うわ。あー・・・今日は抜け出してきちゃったけど」
フフッと笑ったミレイオは町の方を肩越しにちらと見て、『馬車の修理中だった』と足す。
「馬車?旅しているからか。どこが壊れた」
「んー、車輪というか。軸受けというか。足回りは大体修理が必要なの」
町にいるんだな?と聞かれ、ミレイオは工房を借りて直していると教え、ついでに勝手に使わせてもらっているから代金は払う、と大切なことも話す。すると、男はミレイオに右手を出した。
「俺は、タノ。他人の工房で勝手するのは嫌だろう。こっちに持ってこれないか」
彼が伸ばした右手は、ミレイオに握手を求めている。ミレイオはちょっと笑ってその手を握り、『私はミレイオ。嬉しいわね』と協力に感謝した。
お読みいただき有難うございます。




