2967. 一週間 ~3日目:鞘なし鉈・死霊の濃淡解説・ルオロフ母国帰り・村の男
※6700文字ほどあります。お時間のある時にでも。
翌朝。滞在3日目―――
荷馬車は外だが、他の二台は工房内に入れているので、荷馬車で休むイーアンとドルドレン以外、工房の空いたところへ寝台を運んで寝泊まりしている。
食事用意は、裏庭の外付け窯がある周辺。ごみを燃やす窯と見たレムネアクが、『木っ端や枯れ葉を燃すだけだったでしょうから、調理はここで行っても』と率先して調理場にした。
すっかり朝食作りの手伝いに落ち着いた僧兵は、ロゼールより早く起きて支度し、ロゼールが来て一緒に調理するのが見慣れた風景になった。
この日はシャンガマックも少し早起きし、煙の上る調理場へ。少し前から気になっていたこと、あり。
「その鉈が随分気に入ったんだな」
シャンガマックに話しかけられた僧兵は、振り返って『このくらいがしっくりきます』と微笑む(※死体分割用)。出かけなくても腰に鉈を下げている気に入り方。それは良いのだが、気になるのが鞘のないこと。
「思っていたんだが。その抜き身は危なくはないのか」
「ああ、これですか。でも、こういうものです」
輪にした布に鉈の柄を通され、その布をベルトに下げているだけ。
刃は出しっぱなしで、レムネアク曰く『ナイフの方が危ない』。彼が携帯するナイフは腰袋の一つに入っていて、シャンガマックは見せてもらう。袋の内側は刃を固定する、簡素な革帯が付いていた。
「袋底も板があります」
「これだけで、切っ先が痛まないものだな」
「問題ないですね。私は切っ先を使う用事がありません。刃さえ守れたら」
「しかし鉈は違うんじゃないのか。この大きさで鞘がないと、万が一の動きで怪我をしかねないと思うが」
「これを使う術師や職業は、皆、こうして持ち歩くんですよ」
現地の人に、何度も『危ない』と言うのは違うかと、シャンガマックは黙る。そして『術師と職業』については、深く聞かずに済ませたいので(※朝から死体話)引き下がった。気になるけれど、怪我をしたらその時また、と思うことにする。
レムネアクは『この状態で皆さんが怪我をしないよう、気を付けます』と、迷惑はかけないことを伝え、脇で話を聞いていたイーアンは、彼に声をかけた。
レムネアクは女龍に呼ばれて、朝食を手に側に座る。笑顔。
「一緒に食べて良いですか」
「別にそれは言わなくても(※流す)。鉈で思い出したんだけど、カスみたいな死霊について、もう少し聞きたい。あれ何?」
モヤモヤした死霊の群れ(※2958話参照)―― 疑問だったイーアンは、レムネアクに質問した。
レムネアクは『この前も話したそのままで』と、形を成さない例えを幾つか出し、少し離れて座っていたミレイオも『私も変だと思った』と二人の側に移る。
「私がヨライデに住んでいた頃。死霊は、もっと薄―い印象だったからさ。ティヤーの肉付きには『死霊?』と驚いたのよね。同じなのね。種類があるのかと思った(※2919話後半参照)」
ミレイオも参加し、嬉しそうなレムネアクは『種類ではないと思う』と返答。
「(レ)私は死霊を多く見ていますが、死霊に尋ねたことが無いから断言はしません。でも、形を持たずふらついているのも、形になっているのも同じと認識しています」
「(イ)あのモヤみたいな状態で、その辺にもいる?」
「(レ)います。降霊術で呼び出す時も、モヤ状態です。イーアンは龍だから、側へ行ったら消えるでしょう」
「(ミ)体が幾つも付いている、気色悪い奴。龍が来てもすぐに逃げなくない?」
「(レ)逃げませんか?寄ってこなかったと思いますが・・・命じられている場合や、体が大きいと逃げない可能性はあるかもしれませんね」
「(イ)命じられるって、死霊使いに?」
「(レ)そうです。例えば『どこどこを探れ』とか、『誰々を殺せ』とか命じられていたら、引き返さないですよね」
「(ミ)ふーん・・・え、じゃあさ。肉体が付いている死霊は、確実に誰かに呼び出されて命令されているわけ?」
「(レ)確かに、ティヤーもこちらでも肉体的な死霊が出ると、自由に見えます。あれは魔物に影響されてかもしれない、と私は思っていましたが。それとはまた、違う感じですか?」
話の流れから、どうも二人が見てきた死霊と、自分の認知が違う気がし、レムネアクは逆に尋ねた。イーアンとミレイオは顔を見合わせ『詳しくは知らない』と異口同音。ハハッと笑い合い(※仲良し)、イーアンがレムネアクに向き直る。
「うーん・・・でも、そうだよね。レムネアクは『死霊使い』として教えてくれているんだから。『アソーネメシーの遣い』が命じたら」
「なん、なんて?今、誰が命じたらと言いました?」
はたと止まるイーアン。ミレイオはちらっと女龍を見て、女龍もちらっとミレイオを見る。別に言ってもいいんじゃない?とミレイオ。頷いた女龍は、目を丸くしている僧兵に『アソーネメシーの遣い』と名乗る死霊がいて・・・ その話をした。
「アソーネメシーの。ティヤーで聞いたんですね?その意味」
「え。意味なんか知らないよ。ティヤーで出くわしたそいつが、自分で名乗っただけだもの」
「自分で名乗った。自分で・・・ どんな相手で」
「あ、ええとね。死霊をまとめてるかも。最初の奴は骨だったけど、次のは筋肉むき出しの男姿。レムネアクも何か知ってる?」
「そうか。イーアンくらいの存在になると、出てくる相手が特級か。死霊の頂点に会ったわけですか」
「・・・んー。頂点っていうか(※弱い印象)。あんま強くないけど、逃がしてばかりだから姑息なやつとは」
女龍の『ええ?』みたいな顔に、レムネアクは心から尊敬する。呼び出しても出てこない、伝説の。あの世の長を異名に持つ、死霊の最も上位にある霊が、彼女の敵に出てくるとは・・・!
イーアンとミレイオは、女龍を凝視したまま固まるレムネアクが何か言うのを待ったが、頭一振り、『あ~すごい話だ~』と酔い始めたのを見て、この話は終わった(※離れる)。
ふと気づけば一人になっていたレムネアクは、『アソーネメシー』の意味が分からずじまいでも、その話を延長出来なかったことは後悔した。
「血の精霊の、ティヤーでの名称だ。ティヤー人は恐れて、この名を言わないが、アソーネメシーと死霊の頂点に繋がりがあったなんて・・・ああ、イーアンたちと一緒でなければ、こんなすごい話を一生知ることは無かった!」
もっと話したかった! 一人悔しがる(※自業自得)僧兵を横目に、赤毛の貴族はそっと馬車の裏を通り・・・
朝食にも顔を出さなかったルオロフが、イーアンの目端を掠める。
ドルドレンと今日の予定を話していた最中だが、イーアンは伴侶にちょっと視線を誘導し、『声をかけてきます』と断ってからルオロフの後を追った。
*****
赤毛の男は足音も立てずに自然体を装い、すんなり裏道へ出た。
目立つ赤毛が朝の光に輝いていても、こうした時のルオロフは不思議なくらい、人の目を止めない。
今度は何があったのか。イーアンは彼が食事も摂らないし、放っておいたら無言で外出しそうにも思い、裏道を歩き続けるルオロフを呼び止めた。ハッとして振り返った顔は、ちょっと意外そう。
「どこ行くのです」
「散歩を」
「食事もしないで。お腹が空いたのでは」
「今は大丈夫です。考え事をしていまして」
ここで会話は途切れる。イーアンは近くへ行き、足を止めたルオロフに向かい合って見上げた。
薄緑の目は誠実だが、彼はこの瞳に感情を隠す技を持つ。
貴族の社交術というか、イーアンには分からないけれど、そうした教育の賜物は身についている人・・・正直に話してくれることを願いながら、『考え事を聞かせてもらうことは出来ますか?』と尋ねた。ルオロフは瞬きしたが、目を逸らさずに少し微笑むと口を開く。
「はい。アイエラダハッドへ行こうかと」
「・・・一人で?」
「ええ。神様に相談し、移動だけお願いしてみようと思います」
「私に頼らないのですね」
「あなたのために動こうと思いましたので」
意表を衝かれたイーアンは、『私?』と聞き返す。赤毛の貴族は静かに息を吸い込んで、一呼吸置いてから『そうです』と空へ顔を向ける。
「簡単に説明します。行くと決まれば、話すことです。ゴルダーズ公は、恐らくアイエラダハッドにいます。彼は、善人として戻っているはずなので」
唐突にゴルダーズ公の名を出したルオロフは、空を見たまま計画を話した。
「魔物製品もですが。知恵潰しもありますよね」
「ゴルダーズ公に会いに行くのは、もしかして」
「はい。物自体は、アイエラダハッドから全部なくなった(※浄化現象のこと)と思いますが・・・彼が管理した記録や書類の残りはあるかもしれません。そこには、動力に関連するあらゆる―― つまり、材料の産出先なども含めて、残っていると思います。
隊商軍の魔物製品も気になりましたし、まずはゴルダーズ公の手元を清潔にした上で、彼の力を借り、隊商軍の在庫を処分出来たらよいのではないか、そう考えました」
急な話にイーアンは、すぐ言葉が出てこない。
要はゴルダーズ公の手持ちにある、動力の名残も片付けさせてから、アイエラダハッドで普及した魔物製品の片づけに着手すると・・・そういうことなのだろうが。
あの広いアイエラダハッドで。ルオロフが、ゴルダーズ公が協力したって、魔物製品を西から東まで片付けるなんて無茶。第一、人もいない。
仮に人手があったとしても、取り組めば年単位だし、魔物製品を壊すのは簡単に出来ない。あれは、普通の人間に壊せない―――
ポカンとしたイーアンは、うっかり『本気で言ってますか?』と喉まで出かけて呑み込んだ。
本音で返事をするなら『せめて場所確認後に私を呼んで片付けたら?』とそれだけだが。この賢い男がそれくらい分からないのも変。別の事情もあるのだろうか・・・
何か言いたげな女龍を薄緑の瞳が見つめ返し、『無理だと思っていらっしゃる』と呟く。頷きもせず、否定もしない女龍だが、ルオロフはそう捉えた。
「何年か必要でしょうが、集めて封印することは出来ると思います」
何年も離れるつもりだった――? ルオロフの言葉は覚悟も含まれていた。ルオロフは目を伏せて溜息を落とし、『時々、戻れるように調整しますが』と続けた。
それで沈鬱な様子だったと分かったイーアンだが、これは止めることにする。問題はそこではなく。
彼が『何年』と言ったので思い出した。そうだった。私は皆に『いつまでに消す』と期限は話していない(※2954話参照)・・・・・
「ルオロフ、あなたがそこまで考えてくれたので、話すことがあります。魔物製品・知恵潰しは、決められた期限があるわけではないですが、それは長く時間を掛けられない、という意味でした」
「え?」
「ふー・・・ 言えない事は伏せます。なぜ・どうして、は言えません。『早めに』消すのだけは確かです。それは、魔物退治が終わる前かもしれない」
「あ。では」
呆気なく考えが崩れてしまった表情を、一瞬見せたルオロフだが、ちょっと下を向いてから『そうでしたか』と大きく頷く。
「分かりました。私はあなたの力になりたいと、常に考えます。それが通じただけでも嬉しいです」
貴族らしいきちんと前向きな、『残念だけど諦める』挨拶の〆に、イーアンはすまなくて微笑み、ルオロフの腕をちょっと撫でて『有難うございます』と礼を言った。ルオロフは恥ずかしさもあったようで、話を切って『急にお腹が減りました』と笑い、イーアンも笑って・・・合わせて笑ったのだけど、工房に戻る。
どこへ出発するわけでもない、滞在期間。ご迷惑をおかけしましたと一言謝った貴族に、イーアンは首を横にぶんぶん振って『一人で悩んでまで真剣に考えてくれて、とても嬉しいし頼もしい』と言った。
「でも。ゴルダーズ公には連絡してもいい気がします。近い内に、彼を訪ねてみるのは実行するかもしれません」
「なぜ?」
「魔物製品は無理でも、『知恵の名残』は片付けられると思うからです。アイエラダハッドで所有権を一括りにしていたのは彼ですから。ほんのちょっとも残さずに済む、かもと」
話をしてくるだけ、とルオロフは歩きながら話し、今その許可をイーアンに頼んでいるように聞こえる。イーアンは『それはルオロフの自由です』と控えめに肯定し、ルオロフは微笑んだ。
「それでは、滞在中に少々出かけてまいります」
赤毛の貴族は女龍の背に手を添えて『少しですが、あなたの手間を減らせる』と顔を覗き込み、イーアンは彼の手伝いに感謝し、気を付けていくよう了解した。
*****
ロゼールがハイザンジェルへ出発し、イーアンも出かけ、そしてルオロフも『数日見ておいて下さい』と短い断りを入れ、出て行った。
シャンガマック親子は今日は残り、工房はタンクラッドとミレイオとドルドレン。レムネアクも工房の一画で、引き続き水路図相手の時間を過ごす。
ドルドレンは昨日もそうだったが、基本、やることが無い。馬車歌の解釈はミレイオにも聞いてみたいが彼は忙しいし、自分やタンクラッド、イーアンの意見で、大体収まっているように感じ、探求もそこで終わった。
馬房の掃除はするが、それが終われば何もすることはない・・・
「魔物を見て来るか」
馬房掃除をしながら(※もう始まってる)これを片付けたら見回りに行くと決め、掃除を急いだ。
そうして、小一時間もする頃。ドルドレンは親方たちに挨拶し、ムンクウォンの面を出して『上から見るだけだから』と安全を主張し、送り出されて空へ飛んだ。
キダドの町を一人、空から見下ろす時間。ゆっくり飛んでいるが、飛ぶと本当に時間関係なしの状態。あっという間に町の端、外周の塀を辿って、あっという間に反対側の入り口へ着く。ここまで、変わったところもなく魔物の気配もない。
「いつも思うことだ。イーアンなんてしょっちゅうだろう。遮るものがないと、こうも違う」
まだ出て来てから十分も経っていないはず。もう少しじっくり見て回るかと、塀の線に沿って進んだ後、きっちり一周こなしてしまったので、場所を変えることにした。
「確かレムネアクの話では、いくつもの村がある中心とか。俺も地図を見たが、実に広い」
来た道ではない方角の村に、もしかすると被害が出ているなどあるのでは、とドルドレンは馬車の進路方向だった先へ飛ぶ。道は細く続き、丘を縫い、林を通り、川の橋を渡って大きな丘を二つばかり過ぎたところで村に出た。
「遠い。これは馬車でどれほど掛かるか分からないな」
また一日移動かも知れんと呟き、小さい村の上へ行って、少し高度を下げた時。小山を背にした建物の煙突から出る煙に目が行った。煙突から出ている?誰かが居るのかと降りてすぐ、ドルドレンは気づかれた。降りて面を外し、片手に持ったところを、『だれだ』と・・・正確には分からないが声が掛かり、振り向く。
太った男で、年は50代くらい。黄茶の短髪に化粧をした顔、首・腕。太ってもいるが厚みのある筋肉質、背はドルドレンより頭一つ分下、服装は化粧に比べて普通だった。日焼けしているからというのもあり、彼はティヤー人の風貌を思わせた。なかなかの体格、海賊たちと似ている雰囲気。
が、困ったことに、ここへ来て初・言葉が通じない。
相手は警戒心で怒っている口調だし、声も荒げている。ドルドレンが共通語で説明しても、聞こえている距離で共通語を喋らず、その上―――
「む。それは良くない。下ろしてほしい」
男は背中側の腰に付けていた片手剣を抜く。ドルドレンも装備しているが、この男は思うに『善人』で抜くわけにいかない。しかし、善人がそんなに簡単に剣を抜いてはいけないだろう、と注意したいほど荒っぽく、男はドルドレンに剣を振り上げて切りかかった。
とりあえず、避ける。動きが非常に大雑把なので、避けられないことは無い。ポンと跳躍で後ろへ飛んだドルドレンに、男は凝視して大声を出した。
「困った。ここは帰るか」
喚きながら剣を振り回して走って来たので、ドルドレンも荒立てずに一旦退散を選ぶ。
片手に持ったままの面を顔に付け、足元に白い翼2対を出して浮上。目を丸くした男は、それを見た途端、握っていた剣を放り投げて地面に跪いた。
「あれは謝罪のつもり・・・分からないな。とりあえず帰ろう。レムネアクを連れて来なければ」
ということで、ドルドレンはキダドから北に人間がいた報告を持って戻る。遠ざかるドルドレンの耳に少しの間、あの男の謝っているような声が届いていた。
村に行ったドルドレンは、緊急事態(※襲われる)もあって気づかなかったけれど、これがミレイオだったら違った。
この後、あの建物がヨライデの昔からの軍事情を支えた『高炉』と知る―――
お読みいただき有難うございます。
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寒いからどうぞ、お体に気を付けて、温かくしてお過ごし下さい。
Ichen.




