2965. 一週間 ~音のダルナ『イデュ』再会
☆前回までの流れ
キダドの町に修理で滞在することになった旅の馬車、二日目。イーアンはレイカルシを放置していたことを思い出し、彼に会いに行きました。レイカルシは『自分以外にも残っている仲間がいる』と信じ、イーアンと一緒にアイエラダハッドへ。
今回は、山脈から始まります。
ゴウゴウ、びゅうびゅう、本当は煩いはずなのに。
視界全てが吹雪の灰色と白に埋め尽くされた空中で、女龍と赤いダルナは、小柄なダルナの静かな返事を受け取った。
声以外の音が、風を無視して岩の欠片のように落下を続ける。
ものすごい強風に、真横へ飛ぶ吹雪。
降り続ける雨のように真下へ落ちる、形を得た音の群れ。
この一帯だけが静寂・・・ 最小にボリュームを絞った、画面の乱れが横線で映る古い映画のよう。イーアンは、不思議で異常な光景を作り出すダルナに微笑む。
「イデュ。ここにいらしたんですか」
「解除した場所(※2306話参照)は近づけないが、休むには付近でも足りた」
ふと、イーアンは思い出す。アイエラダハッド南の治癒場があるここは、キトラ・サドゥが封じて守る。もしかすると、以前の世界に似た『気』が溜まるのではないかと。
だが理由を探っている場合ではなく、今すべき行動は、目の前に現れたダルナを連れて帰ること。
「レイカルシ、彼も」
「俺から話すよ。イデュ、気づいたから動かなかったんだな。俺が知っていることを伝える」
レイカルシと面識があったのか。そんな些細なことはどうでも良い。両者は面識があり、仲も悪くなさそうで、突然来た赤いダルナの説明をイデュは黙って聞いていた。
話の最中、彼の視線は時々イーアンに向き、籠るものが胡乱に感じたイーアンは、自分が裏切ったと思われている気がした。
レイカルシは、イーアンの護る世界にいることや、自分たち異界の精霊が一時的な退場を求められた理由を簡潔に伝え、その状態でどう行動しているかも丁寧に話す。
アイエラダハッドの灰色の空に浮く、異界から来た三者。
雪はひたすら横殴りで大量に吹き続け、音は相変わらず周囲を落ちて行く。レイカルシが話す言葉は、イデュの力の範囲にあるからか、話すたびに鮮やかな発光色に彩られ、まるで口から星雲が出ているみたいだった。
イデュは終始、一言も喋らなかった。話を結んだ赤いダルナに、『お前も来い』と言われた時、小柄なダルナは女龍を見て『本当か』と先に聞いた。レイカルシの瞼が少し下がり、イーアンは『本当です』と真っ向から答える。やっぱり疑ったのだと分かる問いかけ。
「おい、疑うことはないだろう。イーアンは噓を吐かない。守ると約束した彼女が今回に加担したと思ってるのか?」
歯に布着せないレイカルシ。守ってくれているのは分かるけれど、イーアンは少し胸が痛む。茶色いダルナの太い首がゆっくり横に振られて『加担ではなく、仕方なしに実行してもこうなる』と呟き、レイカルシは馬鹿々々しそうに顔を背けた。
「そんなことするくらいなら、彼女は先に俺たちに言う。イーアンも知らなかったんだ」
「・・・そうか」
この態度で切なくなる。
レイカルシは最初から信じてくれていたが、イデュは違ったのだ。始祖の龍に封じられたダルナの中には、きっと『またか』と怒るダルナもいる、そう予想していたけれど、直に言われてイーアンは悲しい。
項垂れた女龍を片腕に抱えたレイカルシは、『気にするな。大丈夫だ』と女龍を励まし、小柄なダルナを睨んだ。
「一緒に来るなら案内する。イーアンの護る世界は魔力が回復するし、他のものが近づけない。俺たちも彼女が開けるまで動けないが、不自由じゃない」
「動けないなら壁の絵と変わらない気がするが」
「嫌なら、ここにいろ」
微量の魔力でどうにか済むんだろ?とレイカルシは突き放す。
あまり怒らない彼だが、イーアンのために怒ってくれていると感じる。だが突き放してはイデュに不利だから『そこまで言わなくて大丈夫』と小声で止めた。イデュの能力の範囲、イーアンの小声も青い星のように散る。
ちかちかと煌めく青い星が消える前にレイカルシの手が伸び、『君を思うから言うんだ』と星を一つ鉤爪に摘まんだ。青い星は溶けるように消える。繊細なダルナ、レイカルシの思い遣りは深い。
「有難うございます。分かります」
「ふー・・・ イデュ、どうするんだ」
「いつまでこの状態が続く?」
「話を聞いていたか?不明だ。決定なんか出ていない。そして俺たちは、探っていい立場じゃない」
強く否定されるまでもなく、イデュもそれくらい知っているが、彼は目を逸らした。
この世界が自分たちを裏切ったと、先に感じてしまったのか。切り替えるのが難しそうな様子は、長い年月の封印を根に持っている。
何を言ったら信じてもらえるか分からないイーアンは、少し沈黙を置いて、一緒に来て下さいと頼もうとした。ここにいても少しずつ魔力は減ってしまう。口を開きかけた女龍に、イデュはさっと横に首を振り『頼まなくていい』と先に断り、眇めたレイカルシを見て『行く』と同意を告げた。
紛らわしいとぼやいたレイカルシだが、イーアンはホッとする。イデュは静かにしていれば、魔力をほぼ使用しないらしく、減りも遅い。それでも、魔力を満たせずに過ぎた日々は堪えていた。
「最初から、来ると言えば」
「今、そういったんだ。過去だ」
レイカルシの嫌味を流し、イデュは横に並ぶ。どこまで飛ぶのかを聞き、イーアンはアイエラダハッド内にあるから安心してほしいと、向かう先を指差す。
「この国に?」
「そうです。他からは繋がっていません。アイエラダハッドから移動します」
「そこは空か」
「いいえ。空とも違います。私もよく分からないのですが、私が管理する場所であるとはっきり言えます」
イデュは、なんとなし信じ難そうだが―― 見つけて了承した後、ぐずつく気もないレイカルシは赤い翼を広げ、イーアンを腕に抱えたまま『向かうよ』と北へ首を向けた。
とりあえず、イデュの魔力を回復するので連れて行くことにし、女龍とダルナたちは森の湖へ。
森の泉へ到着し、イーアンは先頭に立ってダルナたちを水中へ連れる。イデュは静かだが、湖上に到着した時、周囲に目を走らせたので、もう魔力が反応したのだと思う。
水中のアーチを潜り、白い通路を進む。レイカルシも無言でイーアンも喋らず、出口を抜けた。イデュは出口から足を下ろすなり、空を見上げて目を見開く。
「力が戻る」
「そう言った」
さらっと流した赤いダルナに振り向き、『こんなに満ちている』とイデュは驚きを口にする。こんなに、の意味は何を見せるでもなくて、感覚的に『充満』のことかなとイーアンは思った。
レイカルシもだが、イデュも特に見た目に変化が出るわけではない。ただ、ここに入った時点でメキメキ回復するらしいことは分かる。
最初の頃に、王冠と一輪の花を持ってきた時、むっちむちの王冠と、香り高い花のぴんぴんした印象が(※2137話参照)・・・今、イデュが驚いていることなんだろうと思う。
「少しいると、元気が戻るはずです」
「もうすでに。乾きは潤された。まだ満ちて行く」
冗談気がないイデュの感想はストレートで、イーアンは微笑む。驚きに浸るダルナに、『あの建物だけは入らないで下さい』とそっと教え、イデュは間髪入れずに頷いた。
「危険か」
「はい。あそこに入るのは私だけです」
「決して入らない」
ダルナは約束すると守ってくれるので、イーアンは安心し、レイカルシに『ちょっとあっち行ってきますね』と御堂を指差す。レイカルシはイデュと残り、イーアンは御堂―― 書庫の建物へ行き、階段を下りてから青い布アウマンネルに『連れて来たんですけど』と急いで報告。
「何も仰らないので大丈夫と思いますが。この前も大丈夫という話でしたし」
『あなたは私の言葉を疑う癖でもあるのか』
ふわっと光った青が、疑問そうに返して、イーアンは慌てて『そんなことはない』と謝る。
『この前。私は話した。表にいる異界の精霊は分かっていたこと。ここへ連れて来るならイーアンの責任で、それだけの話です(※2926話参照)』
「・・・あ。もしかして。ああ~!そうか、今理解しました!てっきり『レイカルシが表にいる場合』だと思っていました。アウマンネルは、表にまだ残っていると言っていたんですね」
青い布はパタパタ動くが答えない(※呆れ)。そうだったんだ、手をポンと打つ女龍は、さっと上を見る。イデュ以外にもいるのだろうか?もし、魔力切れを起こしたら存在が消える・・・ 掠める心配を相談する前に、布は光を強めて『会うべきなら導かれる』とこれを挨拶に、光を静めてしまった。
「あら。あら?終わりですか。もう?」
布を引っ張って『アウマンネル』と何回か名を呼んでみたが、精霊はうんともすんとも。用は済んだとばかりの精霊に、イーアンもしつこくするのはやめた。
「そうかー。イデュがいるなんて、思いもしなかったけれど。アウマンネルはご存じだった。まだいるのかな。会うべきなら導かれると・・・うーん。そうと分かっていても」
魔力切れで消えてしまうなんて悲しい目に遭わず、間に合うように導かれることを祈る。レイカルシはまた探しに行くと言いそう。控えめに行動すれば良いのは承知の上。レイカルシも助けたいのだ。
どうなるかな、と呟いて、イーアンは御堂へ上がった。
*****
解除の場所が、アイエラダハッド南の治癒場近くだったこと(※2307話参照)。
サブパメントゥの『言伝』を押さえたダルナ(※2365話参照)が、残っていたこと。
イデュは、音を消したり変えたりするが、魔力ではなく彼の性質。積極的に力を使うと、音の形を操つるなどの離れ業になる。普段はそうしたこともなく、イデュの意識が向いた音に変化が出るくらい。だから吹雪は無音、音は落下して消えた。
互いによく知らないイーアンとイデュは話し合う。
少し会話に時間使ってから、そろそろ外へ出ようとレイカルシに言うと、レイカルシはすぐに頷かず『俺も話の続きがあって』と、小柄なダルナに視線を向けたので、イーアンは了解した。
「明日また、様子を見に来ます。そう言っても、ここに居たら、『表の明日』なんて一~二時間後くらいでしょうけれど」
「そうかもね。一週間経っていても、俺には半日にしか感じなかった」
レイカルシの皮肉に、目が据わる女龍。レイカルシは笑って女龍を撫で『待ってるよ』と送り出す。イーアンも無表情で頷いて、二頭のダルナと別れた。
女龍が出て行ってから、イデュは赤いダルナに『お前は彼女と仲がいい』と言い、レイカルシは遠慮せず『そうだな』と認める。
「彼女は真っ直ぐだ。優しいから、よく悩む。最初の龍と同じ強さって話もあるが、イーアンは厳しくないんだ。だから手伝ってやりたい」
「・・・さっきも、一緒に出掛けると話していたが。少々の力を使って、表で何をしている?」
「死霊が多い国だから、俺が死者の声を聴いて、イーアンたちに役立ちそうなことを教え・・・あっ。言うの忘れた」
さっと白い通路入り口に顔を向け、困ったように赤いダルナは呻く。話していて思い出したらしきダルナに、イデュは重要なことかを尋ねた。レイカルシの呻き声と表情はそんな風に見える。
「う~・・・重要と言えばそうだ。俺にとって大したことじゃないが、イーアンは気にするだろう。生きている人間が、イーアンの馬車の近くにいる。もし俺が教える前にそいつが死んじまったら、イーアンは悲しむ」
早く戻って来てくれと、入口に呟くレイカルシを見ながら、イデュは少し考え、自分が手伝えそうなことはあまり無い気がした。
お読みいただき有難うございます。




