2964. 一週間 ~2日目:修理中・ミレイオと製品撤廃、光の石、憐れみの刃紹介・レイカルシ仲間探し・再び海に
※明日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願いいたします。
翌朝―――
前日は風が強かったり、雨が降りそうだったり、空模様が気になるところだったが雨は降らず、今日は曇りで始まる。
一時的ではあるが、戻ったミレイオ。彼が一緒だと、タンクラッドも動きやすい。視点の異なるミレイオは、タンクラッドの作業予定に問題点を見つけて話し合い、ああだこうだと調整する。
出ていく前なら鬱陶しく感じる細かさも、今は気持ち的に許せる・・・ミレイオの注意は間違えていないし、タンクラッドは作業箇所に意見を取り入れた。
「旅の前に、馬車を作った時を思い出すな」
「あの時は、中身と天井じゃないの。車輪と一緒に出来ないわ」
「お前、なんか動く金属の変なの、持ってただろう」
「よく覚えてるわね。雪かき用(※479話情報参照:蒸気機関車)に造ったやつのことね。でも、馬車と構造が違うもの。車輪じゃないし」
似たようなもんだと、車体下を見ながら部品を緩める親方に、ミレイオも『そこ、あとでにして』と注意しながら工具を渡す。
この様子を・・・何だかんだでやっぱり友達なのだと、中年二人の阿吽の呼吸をドルドレンが側で見守る(※作業内容によっては手伝えない)。
―――昨夜は祝いのようだった。ミレイオが戻ると、空気が変わる。
代わりにお父さんが消えたが、あれは彼の気遣いだろう。シャンガマックが食事を持って行ったから、お父さんも気を損ねずに済んだと思う。
ロゼールが海でしこたま食料を捕ったのは、想定内と言えばそうだったが、保存が難しいことをレムネアクは後から伝え、結局裏でお父さんの力を借りた(※海藻諸々脱水=干物完成)。
レムネアクは、新しい衣服をルオロフに貰い、何だか嬉しそうな複雑そうな顔だった。
『悪かった、どうぞ』と、あの量を急に渡されたら、普通は悩む・・・ルオロフの金持ち癖は、少々注意が必要に感じる。ルオロフは満足そうだったが、イーアンがげんなりしていたのも、きっと金の力を見せつけられたからだ。彼女は元々、金持ちに耐性があまりない。
だから。イーアンは朝早く、どこか行ってしまった(※なんか言ってたけど逃げるように消えた)。ミレイオも馬車修理と決まっていたのもあるか。
ロゼールも、ハイザンジェルへ出かけた。夜には戻るらしい。シャンガマックとお父さんは、何か思いだしたとかで出かけた。
レムネアクは、ミレイオと話したい様子だが・・・ミレイオの手が空くまで、彼は待っている。
工房内の机の一つを使い、王城地下の水路を、記憶を頼りに書き起こしている。殺人者として入ってきたが、真面目で信頼できる男である―――
滞在二日目の朝。ドルドレンは朝食後、あっという間に作業に取り掛かった中年組をしばらく見ていたが、自分だけぼうっとしているので、馬の世話をすることにした。
「あの分だと明後日くらいには、車輪も無事使えるようになりそうだ。他も点検すると話していたが、本当に職人連れの旅で助かった」
その道の職人でもないと難しい。タンクラッドはそう言うが、こなせる範囲で手を動かしてくれる。それはミレイオも同じ・・・・・
馬たちの水を替え、秣を用意し、馬房の掃除をするドルドレンは、昨日のミレイオへの報告の様子も思い出す。
「意外だった。ミレイオに光の石が利くとは。とはいえ、彼は特殊なサブパメントゥだから、『嫌がる』だけで済んだが。コルステインやお父さんはモノともしない印象だっただけに、なぜミレイオが旧教の光の石を嫌うのか、今一つピンとこない」
なぜか嫌がった。ミレイオは自分が弱いサブパメントゥだから、と言ったが、そう思えない。
「ふーむ。不思議である。嫌というだけで触れないこともなさそうだが、向こうへ持って行ってと頼んでいたし、なんかこう・・・違う意味でミレイオに反応があるのではないだろうか。
イーアンが触れたら、光が動き出すのだ。龍気に反応する石が、龍に耐性のあるミレイオに悪影響を持つとは疑問だ」
ブルル、と鼻を鳴らす馬の首をポンポン叩き、熊手で馬糞を出して手押し車に移し、処理場と思しき所へ運んで捨て、これを繰り返す総長は、昨夜のことを考え続ける。
「光の石。その内、理由のわかる時が来るか。ミレイオも動じないところは動じないが、警戒が不要な状態では感情表現その他諸々が出やすい・・・ 魔物製品を片付けると聞かされて、声を上げたのは。意外といえば意外な。しかし、ミレイオもこうなるか、と思わされた」
『何ですって?!』―― 夕食の魚をうまいうまいと食べていた笑顔が吹っ飛び、素っ頓狂な大声で腰を浮かせた一場面。イーアンが躊躇いがちに目を伏せ、ミレイオの隣のタンクラッドが『世界の意志だ』と女龍の代わりに告げた。
ミレイオは何より先にイーアンを抱き寄せて『辛いわね』と率直な同情を示し、腕の中で項垂れるイーアンの背中を撫でて、掻い摘んだ内容を聞き、『自宅にある魔物の材料は私が消すし、あんたが辛い時は私が変わるから言って』と慰めていた。
「ミレイオのあの、何というか。直線な感覚は、しがらみや言い難さを取り払う。一番大切なことをすぐ実行してくれる。女龍だから・世界だから・受け入れるべき・理解するべき。ミレイオはこれらを一切合財見向きもせず、先駆者のイーアンの心情を汲んだ。ああ、見習うべき姿である」
だからミレイオは必要なのだと、ドルドレンは首を振り振り、新しいおが屑を掃除した馬房に運ぶ。馬たちに『お前たちからもミレイオに戻るよう、頼んでくれないか』と話し、馬が鼻を付け服が濡れる。
「いろいろあって、ミレイオの存在の大きさが一際大切に感じるものだ。無理は言えないが、出来れば戻ってほしい。イーアンも彼がいるだけで心強さが変わる。伴侶の俺とはまた違う効果がある。前々から姉妹のように仲良くいたのだし・・・ ふむ。目立つからではないが、ミレイオはやはり人を惹きつける。レムネアクも、話しかけた。ヨライデ人と人種は違うミレイオだが、あの刺青。気になって仕方なかったようだ」
ちょっとレムネアクが話しかけて、ミレイオは返事をし、すぐさま話を変えた。聞き出される・探られることを好まないので、とっかかりの『その刺青が素晴らしいと思った』の言葉に、礼を言うなり終わらせた。
レムネアクは食い下がる方ではない。相手の反応に逸早く対応するのは、彼の性質に思う。さっと変えられた話題―― 『それ、剣じゃないのね』鉈に振られた話題に変更した。
「・・・面白いものである。鉈の使い道や曰くなど、耳慣れない者が聞いたら距離を開けるものが、ミレイオは肝が据わっているから、フーンで済ませてしまった。仲間内で話していたら『げー』と嫌がりそうなものだが。相手が真面目に伝えていると、きちんと受け止める。
レムネアクの手に収まった古物鉈に、何か勘が働いたようにも思えた顔つきは、意味深で印象的だ」
何を思ったか聞いてみたい。そういえば、と思い出す。
馬車歌をミレイオが聞いたら、どう感じるだろうか。昨日はその話を出さなかった。もう少し一緒に過ごすから、滞在中に馬車歌を聴いてもらうのも良い。
ふーむ、と何度も頷きながら、独り言ちるドルドレンはおが屑も敷き終わり、用具を壁に寄せて、綱も付かない馬たちの側へ行って、次は毛並みの手入れ。お前はどう思う?俺はどうしてもこう思えて・・・と、馬相手に戻らぬ返事を気にせず、世話を続けた。
*****
一人で馬の世話を淡々とこなしつつ。友達のように馬と接するドルドレンの姿を、工房の窓から見たレムネアクがちょっと笑って、話しかけに行き・・・
ミレイオが手伝う交換作業、荷台の中を抜かない車輪交換は車体を上げておくのも緊張したが、無事に一つ終わる。親方とミレイオは休憩時間、その頃。
「あれから何日って言ったっけ」
「一週間」
ちらっと見た女龍に、赤いダルナの水色と赤の目がキョロっと動く。可笑しそうなレイカルシを眇めて、イーアンは『忙しかったのです。何度も言わなくても』とぼやいた。
レイカルシと行動した夜(※2926話参照)から、気づけば早一週間経過していた。
ピンレイミ・モアミュー島を聖地化、テイワグナで食料買い出し、煙のサブパメントゥを逃がす、血の祠を対処、香炉を封印、馬車歌解釈会、魔導士からイソロピアモ最新情報、ミレイオと再会、精霊サミヘニとの初見、そして魔物製品の始末・・・他。ここへ来て間髪入れず馬車の足回りが壊れ、先の町で全焼の教会と事件に掠り、昨日はテイワグナ(※貴族と)で。
全部を話したわけではないが、イーアンはレイカルシを待たせ過ぎたと気づいて、起きた出来事を幾つか伝え、今日は一緒に表の世界。現在、アイエラダハッドから出て、ヨライデ。
朝一でレイカルシのところへ行き、彼とヨライデの『花畑』を巡りながら、あっさり午後を迎える時間。
レイカルシは、度々不意打ちで『あの日以来~』と放置を口にする。何度目かの嫌味で、イーアンは大きく息を吐いて、ギロッと見た。
「何か言いたいこと。私にしてほしいことは?」
「うん。そうだな(※待ってた)」
その返事にイーアンの目が据わる。レイカルシは笑って女龍を片手に掴むと、顔の前に持ってきて『仲間を探したい。付き合ってくれ』と頼んだ。ハッとするイーアン。うん、と頷く赤いダルナ。
ダルナは下方へ視線を流し、『花の声は集めた』と言う。情報は前と似ていて、生きた人間がいること、死霊や他の敵が増えていること。
「花のくれた情報を調べるにしても、仲間を探してもう少し動きの幅を広げる手もある」
「手伝いの誰かを、探してみると。でも目立つように、ではないですよね?」
「俺に不利だから、そういう気は全くない」
いたとしても少ないとレイカルシは肩を竦め、『まだどこかに潜んでいる仲間を探してはどうか』と続けた。
彼ら異界の精霊が姿を消してから随分と経つが、もしも残っていたとしても魔力が無いのでは、とイーアンが思う。待たせてしまった側なので、それを言うのも気まずいが。
ただ、レイカルシはこれ以上待てないのも分かる。仮に魔力を維持できていても、もう限界だろうから。そう思うと、イーアンも下手な返事はせず頷いた。
こうして、イーアンたちはヨライデを後にする。異界の精霊がどこかにいる――― 何の気配もなくなり、探すヒントもないけれど。
供給場所を頼らない以上、魔力も減る一方の彼らがどこに?
事情も分からず危険を予感したことで、供給元へ戻ることなく、この世界で魔力消失を迎える気だろうか?
それを選ぶのは信じにくいが、現にレイカルシは行かなかった。
ただ、彼の場合はあの書庫から立ち上がる『魔力互換性』を知っていたからであり・・・
「何か、感じますか?」
「まだ」
レイカルシの短い返答は、ぶっきらぼうにも思えたが、何か確信している気もした。言い方なのだろうけど、レイカルシは端々で『まだいる』と言い切るのが多い。
絶対にまだ残っている、それを信じているのかと思うと切ないので、聞けないまま、イーアンは彼に付き合う。
「・・・俺がこの前言ったこと、覚えてる?」
「何の話ですか?」
「俺みたいに、魔力をあまり使わないやつがいる、って話(※2929話参照)」
「あ。はい。覚えています。ダルナ以外でも、ですよね?どなたかは、想像がつきませんが」
「うん。最初はさ、俺くらいだなと思ったんだけど(※2898話参照)。思い出したんだ。いるとしたら」
進行方向は、北。ヨライデの北から更に北東へ進み、どこまでも続く山脈をダルナと女龍は飛ぶ。行先はアイエラダハッドの極北かと思っていたイーアンに、ダルナは長い首を少し傾けた。
「イーアンについた『貢献の精霊』は、アイエラダハッドから出た。だが、ティヤーで魔物退治をしていた時、こっちが強くて全員出る必要がないことも多かった。その後、アイエラダハッドに引っ込んだやつもいて」
そうだったんだ、と頷くイーアンに、レイカルシが『こっち』と横へ腕を振って方角を変える。北へ北へと進んでいたのが、急に南下。山脈は抜けきっていないから、アイエラダハッドを囲む山脈を伝う具合で南へ引き続き進む。
「呼べば・・・俺たちは瞬間移動もこなすから、引っ込んだんだけど」
「ダルナがいるんですか!」
他の精霊かと思っていたイーアンが、ハッとする。
瞬間移動なんて、ダルナくらいでは。まそらたちも行うようだが、魔力を多く使う堕天使ではないはず。イーアンにすぐ答えず、赤いダルナは午後の吹雪く風を受けて暫し黙った。
確信ではない。でも可能性が高い。それを辿っているのかも。イーアンは返事を待って横を飛びながら、猛吹雪に変わった空に、誰がいるのか思い馳せる。
イングやトゥではないだろう。スヴァド、スヴァウティヤッシュでもない。魔力ではなく、いるだけで力を発揮すると言えばリョーセがいるが、軽いノリのリョーセなら遠慮なく私に会いに来る気がした。
シャンガマックを慕う、アジャンヴァルティヤ、フェルルフィヨバル、クシフォカルダェは、大型のダルナ。彼らは知性と攻撃力に恵まれているから、魔力の消耗も激しいはず。残った誰かではない。
吹雪は一層強くなる。拒むように。周囲が見えない、灰色の猛吹雪を真っ直ぐに進み・・・・・
『ヒュル』
ゴウゴウと唸る吹雪の音しか聞こえない中。イーアンの耳が可愛らしい音を拾う。帯を一振りしたような、軽やかな音―――
さっとレイカルシを見ると、レイカルシはイーアンの腕を掴んで引っ張り寄せ『いる』と呟く。その声が上ずって、イーアンも胸が騒ぐ。もしかして、もしや!
ヒュルルル、ヒュウ、ヒュオと続く、風の抜けた音が立ち、同時に吹雪の音が固形化して、横殴りの雪の中を真っ逆さまに落ち始める。
選ばれた音だけが耳に入り、始末される音は『形になって』どんどん落下する異常な光景。この技、これは。
吹雪の前方に影が映った。イーアンが止まる前にレイカルシが止まり、音を失い吹きすさぶ雪を挟んで向かい合う。
「やっぱり。いたな」
嬉しそうに呟いたレイカルシの声は、口から出た途端に明るい赤と桃色の結晶を煌めかせる。
「お前も残っていたとは。イーアンと一緒か」
戻った返事・・・イーアンは涙が浮かぶ。小柄なダルナ、イデュが吹雪の中に姿を見せた。
*****
思い出したことがあるから。
シャンガマック親子の二日目は、再び水の精霊ファニバスクワンの元へ。
ミレイオが戻って来て、出て行った先はともかく、そもそもの理由となった『シュンディーン』の状況を獅子は聞きに行った。獅子なりに悪く思って・・・ではなく。
―――ミレイオが馬車を出た理由。追い込んだのが俺だと判断されたら、この状態に不利でしかない。
この状態=ナシャウニットの忠告印及び、精霊サミヘニの注意に加え、ファニバスクワンも知るところとなってしまった現状。これでミレイオが出たのは俺のせい、さらに、ミレイオが必要な場面でいないなんてなったら!
「面倒だが、こっちのためだ」
「何が?」
ぼそっと落とした獅子の呟きを、息子が振り返って気にする。何でもないと答え、獅子は息子に『シュンディーンは昨日見かけなかったしな』と話を逸らした。
この二人は朝食後に海へ出かけて、今はファニバスクワン呼び出し中。
ザーッと波が分かれ、ぼっぼっと海面に煌めきと浮石が現れる。誰もいない朝の海に精霊の声が響いた。
『来なさい。中で話す』
お読みいただき有難うございます。
風邪を引きました。薬があまり効いていなくて、明日はお休みします。もし明後日も休む場合は、早めにこちらで追記のご連絡をします。どうぞよろしくお願いします。
冷え込んでいますから、どうぞ皆さん、温かくしてお過ごしください。お体に気を付けて、
いつもいらして下さることに心から感謝します。
Ichen.




