2962. キダドの町 ~⑤死亡・『念憑き』仲間割れ疑い・馬車修理につき滞在
焦げた教会の奥から入口の見えるそこに、エサイは止まった。どうしたのだろうと横に並んだレムネアクは、『入口』に顔を向け、外の光に影を作る待ち人をみる。
獅子の影。シャンガマックの影。立っている二人の横に男が寝て、床に倒れた柱や壁の影と馴染んでいる。連れてこられた時と変わらないが、狼男の反応からすると・・・
「まさか」
「そうだな」
狼男の表情は変わらない。笑ったり呆れたり、意外と豊かな感情を表すが、こうした微妙な時の顔つきは狼そのもので、レムネアクの目には彼が何を感じているのか見て取れなかった。狼男は数秒じっと固まっていたものの歩き出し、その後ろをついて行く。
エサイが戻って来たのを知っていた獅子は、彼が声の届く距離に来た時、『死んだ』と足元の男に顔を向けず言った。
「お前たちはどうだ。情報は」
「まぁまぁだ。だけどな、こいつで確認したかったところだ」
エサイが毛深い首を片手でガリガリ掻いて、やっちまったかと言うような視線で倒れた男を見下ろす。横を向く化粧顔は死んだ皮膚の色に変わり、瞼は数㎜開いていた。焦げた床に俯せで横たわった亡骸。両手は畳まれておらず、左右に少し開いて、足も投げ出している状態。『一度立たされて・そして死んで倒れた』と分かる。
「何で死んだんだ?あんたが操ってるのに」
「操りを解いた途端、続きが起きた」
「自殺の続きか?舌噛んだ感じじゃないぞ」
尖った爪で下を示し、エサイは『血の臭いがしない』と呟く。獅子も面白くないようで、答える代わりに舌打ち。シャンガマックが獅子の代わりに手短に出来事を話し、結果、取り憑いた念も始末したと伝える。それは思ってもない経緯―――
「はぁ?念って、一人分だろ?こいつは、二人分・・・ってこと」
「違うな。別の『その系統』が接近して息の根を止めたと、俺には見えた」
「第三者の浮遊物はどうしたの」
「消した。こっちに気配が向いた」
黙って聞いていたレムネアクが、そっと御堂裏の焼死体の部屋へ目を向ける。『念』が側にいたとは思えなかったが・・・ その視線で彼の疑問を察するシャンガマックは、『念』で漏れているやつもいるだろう、と違う発想を教える。
「まだ、誰にも取り憑いていない『念』がうろついていたとも思える」
「あ、そうですね。それはあるか・・・そこら辺にいたわけですか」
「ふー・・・俺も想像でしか言えないが。『念』は似た性質を追ってくる。人間まじりの魔物の可能性があるなら、仮に魔物に溶け込んだ人間がいたとして、後をついてきた・もしくは、たまたまうろついていたのが男に反応した、とか」
「バニザット。やめておけ。はっきりしない」
レムネアクに説明する息子の仮説を止め、獅子はちらっとエサイを見ると『報告しろ』と促した。
無駄なことは言わないエサイ。『どう捉えた・どう考えた』と聞かれたら伝えるつもりだったが、獅子は男が死んだのが不満で、エサイの得た情報だけで『戻れ』と右腕の狼歩面へ彼を戻した。
余計な口出しをしないのはレムネアクも同じだが、この展開に少し・・・言っておいた方が良い気がして、獅子に『ちょっと良いですか』と尋ねた。碧の宝石がギラっと光り、横にいるシャンガマックが『気になることがあれば話してくれ』とすぐ聞いてくれたので、思うことを伝えた。
「狼男は、何か分かっていたようでした。私に質問するのも、彼が確認したいことを押さえるためだった気がします。イーアンとの共通点を持つ、と言ったし、イーアンにも報告するなら彼の気づいたことも」
「考えておいてやろう」
ありそうだなと受け入れた獅子は呟き、シャンガマックは僧兵に笑いかけて『ありがとう』と助言に礼を言い、それから死体を指差した。
「この男の死体、どうする?」
「どうもこうもない。放置だ」
「それじゃ、馬車へ行くか」
獅子は踵を返し、シャンガマックはレムネアクの腕に触れて、三者は濃い影に入る。馬車は町の工房へ移動したと連絡で聞いたので、この数分後、シャンガマックたちは町中の大きな建物脇へ出た。
*****
化粧男は、操りの途切れた隙に殺されたようだが、殺した第三者の『念』の意図は不明。
地下室で舌を噛みかけたあの時、二人目の『念』が側にいたかどうかは定かではない。
獅子はあの男の思考を読もうとしても動きが無く、それで操りを解いたようだが、動いた途端、男は呻いて死んだと言う。
寄生した宿主(※人間)が死ぬと、『念』も出ることになる。
『気配が向いて消した』と獅子が話したのは、体から出されたから気配が出たわけだ。あの男を殺した『念』も、自分が消えることを理解していた動きに感じる。
面の中に戻されたエサイは、考える―――
捕まえた化粧男と、焼死体の男はつるんでいて、捕まえた方が教会を燃やした。
元から裏切る気でいた、とする。焼死体にされた方が利用されて、『秘刀』を取り寄せるために使われたと仮定。
最終的に始末する方向で、壺の薬・・・麻薬投与で操ったかもしれない。『意識が消えても行動は言うなり』の薬なら、本人は自覚ゼロで焼死体までまっしぐら。
腹に石板を隠す姿勢は、もしかすると燃やされたショックで意識が戻って、慌てた行為の一つとも思える。
教会に残したあの男を燃やし、証拠が残らない状態を作った。
徹底した焼き方で、似た連中への警戒と探りを避けた感じ。焼け残った石板には気づかなかったか。
発火の材料は幾らか思い当たるが、死霊も絡むこの世界は何があっても変じゃないので、深く考えない。発火速度が高く、火炎伝播の長い燃料を仕込んで、死霊が着火を手伝う流れを取った具合だろう。点火源が無くても発火する燃料はある。使う時まで封じて、使う日に死霊にやらせたとか。
レムネアクの報告では、化粧男が教会に入る前の会話で『男が教会へ来たのは、日数が経過している印象』を受け、鉈が見つからなかったために教会へ確認しに戻った。
レムネアクが入手した『憐れみの刃』の効果は詳しく聞いていないが、魔術不要の儀式刃物。王都に運んでどうする気だったかを考える。賄賂代わりにするのか、鉈がものをいう展開があるのか。
どっちもありそうだが、賄賂だろうが、鉈が活躍する場面だろうが、死霊尽くしの未来に行きつきそうな予想。
撫でて眺める気はしない。使う気で探し出して持ち込むなら―――
「おっ」
「エサイ。聞きたいことがある」
途中まで考えたところで、ひゅっと出された。狼男の前に、いつものように金茶の獅子が立ち、横にイーアンがいる。シャンガマックはおらず、ぱっと見、どこかの町の住宅地。
建物裏の通りだが、住宅地と言っても閑散とし、古い敷石が土に馴染んでめり込む通りは広い。道を挟んだ建物は空き地スペースの奥で、真後ろの建物をちらと見ると、張り出した気持ちばかりの屋根の下、木材や手押し車が塀に立てかけてある。ここは何かの工場で、教会の町の一角かとエサイは思った。
日が傾いた夕方は、暗い空から強い茜色の隙間が覗き、雨が降りそうな。
「イーアンに話すのか?」
サッと周囲を見た後、獅子が聞きたいのはそれかと尋ねる。獅子は『お前と似た知識だろ』と鬣の頭を彼女へ振った。
要は、文字や見てきたものを女龍と一緒に、『念』寄りの解釈で解いてみろ、という。
「俺もここにいる。聞かれたくない名称は、適当に伏せろ」
「やりにくいな。あんた、ちょっと離れててくれ。話せることまとまったら言うから」
獅子も会話を聞いておくと言われて、エサイは遠慮なく断る。仏頂面の獅子が更に目つきを悪くしたが、エサイは『名前伏せたら会話に時間が掛かる』と効率悪さを理由に、舌打ちする獅子を遠ざけた。イーアンは、エサイが獅子に常に対等であることを凄いと思う。
獅子がぶつくさ言いながら距離を取り、建物側に座ったのを見て、エサイはイーアンにちょっと笑う。戻った笑顔に覇気が無く、エサイは話の前に調子を尋ねた。
「なんかあった?」
「うん・・・でも。今はこっちの話が先。仕事でね、少し」
「俺が聞いても分からないだろうが、慰めることは出来ると思うよ」
「ありがとう。時間があれば話すかも」
短いやり取りでイーアンは思い遣りに微笑み、エサイも探らない。獅子が見ているので、早々と『報告』を始める。
まずはイーアンが見つけた時の教会に関して話し、次にエサイの報告を話した。両者とも近い感覚と知識なので、話しながら互いの目を見ては、同じようなことを考える。一通り、重要ポイントを押さえてイーアンが繰り返しの確認。
「まとめます。私の思うところも足します」
「うん」
夕焼けの濃い橙色に染まる二人は、壁際に腰を下ろして並ぶ。地べたに座る女龍と狼男は、獅子から見ると『寛いでやがる』だが、会話の中身は逆。深刻な問題の欠片をイーアンは感じたし、勿論、エサイも気付いている。
「レムネアクが、書物情報『大魔術の大火』と話した正体は、この世界の知恵ではない気がします」
「俺もそう思った。でもほら、魔導士みたいなのもいるじゃん。何があってもここはファンタジーだからさ、俺たちの思う現実なんか通用しないこと多いし」
「その通用しない一面で看過するのも気になりますから、とりあえず『大魔術』は怪しんでおきましょう。
今は『念』がうようよしているけれど、過去にも別の世界から取り込まれた人間や、『念』はありました。それらが遺した知恵を、ヨライデの宗教が奥義のように受け継いできた可能性も外せません」
そうなんだ、と狼男は頷いて、過去にも『念』が度々入っていたなら、年代にもよるが地球の知識は持ち込まれていておかしくないし、魔術中心のこの世界で合わせ技にするのもありか、と考える。そう話すとイーアンは頷いて、私もそうだと言った。
「うんと昔に持ち込まれた『大炎上物質の製造法』があるとして、死霊や魔術も併用するのは効率が上がるし、誰しも考えるはず」
だよな、とエサイも思う。で、そこはさておき。
イーアンが『知恵潰し』で反応が強いのは知っているが、今日は長く引っかかっている気もした。何かあったようだけれど・・・ エサイは、話を促す。
「イーアン、まとめてくれ。獅子が待ってる」
「あ、はい。そうですね。ええと・・・ 私が思うに、『焼死体の人物』と『後から来た男』は手を組んでいた気がします。
先ほど、シャンガマックとレムネアクにも聞きましたが、『後から来た男』は一人で会話をし、そこに『モネス』という名が上がりました。『モネス』は焼死体でしょう。会話の内容から、『モネス』を最初から殺す気でいたようだし、利用後に彼を燃やしたと思いました。
私とあなたが確認した、短い英語の文。あれは『モネス』についた『念』が書いたのではなく、もう一人の男の『念』が書いた気がします」
ちょっと散らかりがちなので、イーアンは一度言葉を切って考え、簡潔に推測を言い直した。
・今回の重要点は、旧教の『鉈』。特別な力を宿す伝説級の古物。
・『鉈』を取り寄せたのは、モネスの可能性が高く、『鉈』を王城のある町リアキンへ、運ぶ・経由の予定があった。水路図は、裏付けかも知れないが、まだ確かではない。
・取り寄せ方法は死霊を使い、教会近くまで運ばせた。この間、もう一人の男は留守で、モネスをもう薬による操り状態だった。
・死霊は、術師が消えるとうまく動かない(※レムネアク談)ため、半殺し状態でモネスを教会に居させ、鉈が到着した頃合いを見計らい、モネスを焼死させる。
・殺害した男は、モネスを始末した後もすぐには戻らず、死霊が集まっているのを目安に、大まかな指定場所へ行き、鉈損失に気づいて教会に戻った。
「こんな感じ」
女龍のまとめを聞き終わり、座った膝に肘を立てる頬杖の狼男は頷き、『俺と一緒』と同意。三人目の『念』についても、エサイは尋ねる。
「三人目って正体知れずの『念』ですよね?シャンガマック曰く、うろついている宿無しの『念』が嗅ぎつけた。私もそう思いましたが・・・どっちみち『念』である以上、悪い奴ですから。もしかすると、仲間割れや手柄争いが連続したかもと」
「ああ~。追っかけて来て?」
「そう。例えばですけれど、あの鉈がものすごい欲しかったとするでしょ?どこで浮上した話かにもよりますが、出し抜かれたのが『第三者』とか」
そういう見方もあるねとエサイも認め、イーアンは『鉈、かなり強力では』と重視。
「リーアキンは?王都って話だが」
「これはエサイが知らない話だけど・・・実はね、魔導士とラファルが王都に関係する『念』の情報に触れています。王都に問題男(※イソロピアモ)がいて、そいつも『念憑き』だけど、ヨライデにいる『念』持ちに王都招集を命じた疑いがあるの。
問題男は今どうしているか分かりません。足跡が途絶えたから。でも、呼びかけは実行されたと思って良さそうなわけ。『念持ち』が集まると」
「そういうことか。じゃ、モネスと化粧男と第三者の念も、王都行きが目的って思って間違いなさそうなんだ。その問題男が権力ある感じ?」
「うん。悪の親玉ポジション。ティヤーでも幅利かせた男だから」
『悪の親玉』でブフッと笑ったエサイに、イーアンも苦笑して髪をかき上げる。
伝説の鉈を使って、死霊を操るレベルがいかほどか知らないが・・・イソロピアモに献上する気だったのだろうか。それとも有能な臣下として認められるためか。とにかく、あの鉈を巡って仲間割れが起き、三者とも死んだ。
そして、と思い出す。
ここまで話題から零れ落ちていた『森の血の祠へ供物を置いた誰か』は不明のまま。別の誰かがいたかもしれないが、キダドに人はいないようだし・・・
鉈は、たまたま見つけたレムネアクの手に入ったオチ―――
「じゃあさ」
エサイが並んだ女龍の肩にちょっと寄りかかる。大きな狼男がふかっと寄り掛かり、イーアンも見上げて頷く。
「教会での問題視する点は、『また科学的な知恵の残りがあった』ことと、『伝説級の鉈の使い道』の二つだけだ。使い道の意味は、それで何する気だったのか。これくらいだろ?念が集まって悪だくみ、そんなの分かってるし」
「エサイは軽く言いますね。でも正しい抜粋と思います」
色々あったが、恐らくピックアップするべきは、エサイが捉えた部分かもしれないとイーアンも思った。
*****
二人は、少し獅子の様子を見て、別の話に切り替える。
イーアンが気落ちしていそうな顔を気にしたエサイに、イーアンは『魔物製品を自分の手で消さなければいけない』その悲しみを少し話す。
それで、元気がなかったのか。だから、知恵の残りに引っ掛かったのかと、エサイは理解する。俯いた女龍の角を撫で『近い内に、また時間とって話そう』と約束した。
獅子がこちらに歩き出したので(※基本待てない・待った方)二人は獅子にまとめた内容を伝え、エサイは面に戻った。
工房の右側に馬車を入れる大きな扉があり、旅の馬車はそこから中へお邪魔した。
馬房は工房隣の敷地で、他の馬も綱がない状態で自由にしていたため、ルオロフから通訳(※馬に)してもらい、旅の馬たちも間借り決定。馬は仲良く収まる。
今日は呆気なく夕方になったので、工具や道具の確認と、使用できる車輪の確認のみ。ドルドレンは滞在中に両替したいと言い、イーアンがテイワグナで替えてくることになった。
「こういう時、オーリンかミレイオがいてほしいと思う。俺だけだと、少々」
珍しい親方の弱音。ぼそっと呟いたタンクラッドの気持ちは、イーアンも解る。ミレイオに声をかけてこようかなと・・・ちょっと思った。
焼死体・全焼の教会・捕らえた男の死・古い鉈・危険な薬物・王都を示す手がかり。この話は、夕食時に共有され、イーアンはエサイと出した結論を『一意見』として話した。
キダドの町で馬車を直す間、動かないからこそ出来ることも、ここで片付ける。
フーレソロを調べに村へ戻るのもそうだし、水路図の点印をもう少し調べたいのもそう。
親方は車輪付け替え担当だが、サンキー宅でドルドレンの剣を作ることも気になる。
ロゼールは滞在中に、機構の倉庫場所を調べに行く気で、夜は戻るとか。
シャンガマックは、早めにファニバスクワンへ報告したいと言い、これを聞いたロゼールは『俺も海へ行きたい』と乗ってきて、レムネアクに『一緒に!』と誘った(※魚目当て)。
獅子は非常に不愉快そうだったが、シャンガマックは笑顔で許可し――
町滞在の予定は、それぞれの用事で埋まる。
お読みいただき有難うございます。




