2961. キダドの町 ~④エサイとレムネアクの地下室調査
午後。キダドの町・北側―――
全焼を免れた地下室で、『念憑き』の男を捕まえた獅子とエサイ。
地下室から上がった一階は調理場奥の貯蔵庫床で、鉄の板が扉代わりに嵌められていたが、獅子は一秒で消して取っ払い、黒く炭化した狭い貯蔵庫を進み、焼けて傾いた扉を倒す。
ばさっと倒れた扉は軽い粉塵を立てて砕け、これを見たエサイは『丁寧に焼いたって感じ』とふざけた感想を呟いた。
実際、エサイの表現は正しくて、高温で丁寧に焼き続けたから、扉の形状を保つ。『蒸し焼き』と呼ぶ方が近い状態は、徹底した殺意が想像できた。それと、形を残すように焼き、後から死んだ状態を確認するつもりでいたか・・・とも思う。
入り口付近まで進むとすぐにシャンガマックが気付き、離れたところから尋ねた。
「気を失っている?」
姿を見せた獅子とエサイ、エサイの片手がぶら下げる男の状態は。獅子から『自殺を止めた』と聞いてギョッとする。
「死のうとしていたのか」
「そうじゃない。エサイに捕まったからだ」
「この男をどうするのですか?」
レムネアクが聞きながらしゃがみ、連れて来られた自殺未遂男をじっと見る。
獅子は、シャンガマックに預けるつもりで戻ったと話し、シャンガマックは了解してエサイから引き取ろうと腕を伸ばした。が、獅子はその腕に肉球を乗せて止める。
「やはりお前に預けるのも気が進まない。一緒にこいつを調べるか。エサイ、レムネアクを連れて、焼死体の部屋とさっきの地下室を調べろ」
息子重視の獅子は、シャンガマックに何かあっても嫌なので、自分たちはこの男担当とし、エサイと僧兵を送り出す。エサイは何を調べるのかとりあえず聞き(※急だから)、大まかな事情で理解した。
「レムネアク、来い」
「はいっ」
灰色の狼男に命じられた僧兵は、足取り軽くついて行く。シャンガマックは、彼がどの状況にあっても、特別な存在と一緒なら前向きでいられそうな気がした。
*****
レムネアクが、最初の焼死体の部屋に入った後――
シャンガマックは総長たちを思い出し、連絡珠で呼び出す。すぐに応答が戻り、皆は馬車の工房を見つけたと聞いて『結界を解きに行きます』と答えた。
男の尋問を始めようとした矢先で、獅子は律儀な息子に『馬車の・・・』と頼まれ、とりあえず結界を解くために、獅子と騎士は移動した。勿論、怪しい人物付き。ただ、この男を仲間に紹介することはない。
馬車の結界を外し、総長に連絡を再度取って、獅子は教会へ戻るよう息子に言い、イーアンが来る気配を捉えたタイミングで獅子と騎士はまた移動する。
イーアンはドルドレンを連れて来たので、運ぶ間の番を彼に頼み、往復で三台の馬車と五頭の馬、ドルドレンを回収完了。番をしてもらったけれど、ここでは何も起きずに終わり、町の工房へ無事全部を移送した。イーアンたちは、これでとりあえず落ち着くが・・・・・
前日にイーアンが見たと言った焼死体はすぐ発見。分かりやすかった。
レムネアクは人の形を保つ黒い死体側にしゃがみ、さっと目を周囲に走らせる。死体は腹を下にして倒れているが、倒れるというよりも蹲ったまま燃えた姿勢。石板が焼けないように抱えたのか・・・少し引っ張り出された石板は、死体の腕が崩れた炭が乗る。火の回りは一瞬だろうと感じた。
「瞬間で燃やされたのかも」
「ん?瞬間でこの状態っていうのか?」
「うーん・・・やる奴はいるんですよ。私は出来ませんが、死霊の力を借りて大火を起こすんです」
灰色の狼男を振り返り、レムネアクは立ち上がると周囲をくるりと指で示した。
「この焼け方は、『仕込んだ薬と死霊』じゃないかと思います。こう話しますけれど、私は前例を見たことが無いです。書物には度々登場する、大魔術の類で」
「大魔術ねぇ。胡散臭ぇな。でもま、この世界なら何でもありか。んで?薬と死霊の手伝いで、一瞬の業火が出るわけ?教会は全焼だけど、ここが発火地点の解釈で合ってるか?」
「合っていますが、補足します。もし私の推測通りなら、この人物が発火地点です」
一秒、無言。狼男がレムネアクから視線を外し、ゆっくりと天井や壁を見回す。焼きむらのない状態は、散々火が動いた結果だから、どこが強烈だったかをこの時点で探すのは難しいが。今はとりあえず―――
ちょっとどけとレムネアクと場所交代し、エサイも死体の腹にある石板を覗き込む。
獅子が『イーアンの読んだ文字を、お前も読んで来い』と言ったそれを見つめ、少し板を出すことにする。焼死体を崩していいなら関係ないが、まだいじらない方が良さそうで、板だけを爪に引っ掛けてずらした。
「エンド・オブ・メルシー。と、こっちがリーアキン。それと?なんだ?これ、ピタル・オブ・ジョァイデ・・・薄いな・・・キャピタルか。ジョァイデはヨライデ、だよな」
「それはヨライデ語ではありませんが。イーアンも同じことを言いました」
ぶつぶつ読んでいたエサイに、後ろからレムネアクが話しかける。レムネアクが見た限り、どこの国の字かも分からなかった。イーアンは何を読んだんだろう?と思ったら、狼男も同じ言葉を読んだ様子で、ちょっと気になる。
エサイは肩越しに僧兵を見て『俺とイーアンの共通点』とだけ答えたが、前の世界のことは触れない。
返事はそれだけ。エサイは立ち上がって『リーアキンってデカい町はあるか』と聞いた。これもレムネアクは女龍と被って不思議そうに頷き、リアキンは北部の王都であることを教える。
「あと。なんか罪を許すとか、許されて有難い感謝とか、そういう意味で、教会関連に思い当たるのは?」
僧兵は腰を手の平で叩いて頷く。イーアンに答えたのと同じ答え。
「これのことです。と私は思いました。イーアンも『憐れみの終わり』と教えてくれたんですが、私が今帯びている鉈が、まさにその名で呼ばれる、旧教の隠された秘刀です。魔術不要の能力持ちです」
「それ?」
レムネアクの右腰に下がった刃渡り80㎝ほどの刃物。形が剣じゃないなと思ったが、鉈と聞いてエサイは目を凝らす。柄と鍔は、年代物の雰囲気だが、鉈ってところが微妙だなと(※エサイ目線)思う。
イーアンとの一部始終を掻い摘んで話した僧兵に、エサイは大きく『ふぅん』と頷いた。これもまぁ、ここで解決。
「獅子はその辺、全然言わなかったからな。そういうことか。じゃ、次は地下だ」
「他は調べないですか?」
「焼けてんだ。これ以上読めねぇよ」
イーアンよりもエサイの方が、目が良い。消えかけた粒子の光の当たり具合で、イーアンが判別付かなかった文字を読み取ったが、せいぜい1~2㎝先までだった。それに読めたと言え、情報が増えたわけでもなかった。
とりあえずエサイは、この犯罪の流れを想像する。
獅子は大雑把で要点も教えないが、レムネアクに聞いたことと繋げると、何となく見えてくる。
地下室へ歩く間、レムネアクから『先ほど魔物が出た』『あの男が二人分の意識で話していた』『会話の内容』を聞き出し、ちょっと余計なお世話かなと思いつつ、全体を把握―――
地下室のある貯蔵室前まで来て、エサイは僧兵を振り向き『もう一つ聞く』と言った。
「お前はさっき、仕込んだと言ったな。あの焼死体が発火地点で、死霊と仕込んだ薬がどうって」
「はい。薬は大魔術で作られるもので、製法まで書物に載せられていません。ただ、仕込み方と効果のほどは書かれています」
「どんな?」
『仕込む』方法を尋ねる。効果は大炎上だろうが、発火までの情報がもう少し欲しい。聞いてみて、自分の予想が当たったと分かり、フフンと鼻を鳴らした。
「あ~・・・なるほどな。『大魔術』か。この世界なら、そうかもな」
「ご存じなんですか?」
「お前は知らなくていい。知ると危ない」
さらっと片手を振って話を切り、一方的に聞くだけ聞いたエサイは貯蔵室に入る。レムネアクも詮索する性質ではないから、気になりつつも黙って後についていった。
真っ黒なのはどこも一緒だが、貯蔵室の奥、床に開いた穴から階段を下ると、地下室は焦げた臭いが付いているだけで無事だった。
エサイは獅子に出されてすぐ男を捕まえたので、よく見ていない。改めて、レムネアクと入り、天井の低い地下をぐるっと見回す。広さはそこそこあるが、広めの部屋二つ分といったところ。棚、机、椅子。引き出しやら、道具箱やらは片方に寄せられており、蝋燭、燭台、ランタン置きが手前にある。
上は木造だが、地下室は柱と梁に太い木材を使い、他は石積みだった。床も敷いた石の並びで目地を埋めている。レムネアクは蝋燭を一本燭台の皿に立て、火をつけて壁の棚を見始めた。
エサイの耳の先が天井に触れるくらいの低さ・・・ 落ち着かないなと、耳の房毛がさわさわするので伏せる。
棚を一つずつ見て動き回る僧兵だが、無駄のない動きで、目的のものがなければ次へ行く。ちょっと待っててやると、彼は奥の棚で立ち止まり、中段の下に手を伸ばして物を取って戻った。
「なんかあった?」
「いろいろありますが、旧教の道具は詳しくないんです。でも、これは新教と共通で・・・あ。私は新教なんですよ。道具は新旧で違うものもありまして」
うっかり狼男相手に宗教の前情報もなくしゃべったことに気づき、レムネアクは説明しようとするが、エサイは手を横に一度振り、先を促す。重要なのはそこじゃない。
「分かった。で?」
小さい壺。薄暗い青い釉薬をかけた壺は、僧兵の手の平に乗る大きさで、円形の木蓋が嵌められているのだが、蓋の上面と壺の側面に垂れた蝋が割れている。
「最近、開けたんだと思います。これは、生きている人間を操るための薬です」
「・・・操る?」
「言うなりに動かせます。本人は意識もほぼ消え、死霊使いが命じた行動を取ります。喋ったり歩いたり、自在に動かせる。ただ、数日後には絶命するので、その間だけですが」
エサイは蓋を外せるのか尋ね、レムネアクは『臭いを嗅がなければ大丈夫』と先に伝えた。
レムネアクも息を止め、力をかけて蓋を引っ張る。エサイに効くものでもなし・・・仄暗い部屋で壺の暗い内側を覗き、その臭いから、近い毒を幾つか思い出した。そして、質問。
「レムネアク。最近開けられたものって言うが、この教会に元からいた連中が使ったのとは違うのか?最近って、今探ってるあの焼死体と捕虜が使った、と思うのか?」
「封蝋が割れた後、何度かに分けて使うと、蓋を開けるたびに蝋はもっと削れるものです。だから開けた回数は1回、そう思います。使用時期については、これは一度開封すると揮発しますから、この量が残っているなら最近だろうと」
「優秀。なるほどな。お前もこのキチガイじみた薬を使ったことあり、ってことか」
「僧兵でしたので」
その答えにエサイは黒い鼻をフッと鳴らし、少し可笑しそうな、そして困った感じのレムネアクが目を逸らす。もう一つ豆知識として、レムネアクは『これを使う場合は、死霊使いもはねっ返りの危険を伴う』と添えた。
「はね返る危険があっても、やるのか」
「『特上の生きた死体』を用意すると、体を抜かれた死霊手前の魂が叫びます。叫びは別の死霊を呼ぶ。術師が魂まで落ち着かせていたら良いのですが、それを抜かると」
レムネアクの片手がその首に触れ、人差し指と親指で喉をつまむ仕草を見せる。息の根を止められると分かったエサイは『どこにでもあるな』と頷いた。
一階では、石板の文字の続きを少しと、レムネアクの見解から大火発生の仕込み。
地下では、生きた死体を作る薬の使用跡を見つけ―――
この後、エサイは男を捕獲した付近の薄い引き出しから、おかしな地図を見つけた。ペン先でインクを打った点が、汚れ紛いに地図に付いており、エサイの鼻はこのインクが新しいと嗅ぎ分ける。
レムネアクに見せると彼も少し考えていたが、『地図ではなくもしかすると』と王城の水路に似ていると話した。
「リアキンの名が出た後ですから、連想かもしれないですが。私は水路も通ったことあるので」
「水路図、な。よし、詳しくは後だ。他は何か、目ぼしいものあるか?」
「材料で使えるものは結構ありますが、事件に関わるかと聞かれたら、私には何とも」
「僧兵。お前は優秀な方だぜ。俺と似てる・・・って、俺は優秀じゃなかった。ハハハ」
何を一人で思い出して笑ったのか、ちょっとピンと来なかったが。レムネアクはイーアンにも『私と似ている』と前に言われ、狼男にも褒められて、とりあえず嬉しかった。
王都の名称。死霊用の鉈の名。
発火するターゲットにされた男。
男のいる場所が瞬時に引火する仕込み。
『生きた死体』を作る薬。
水路図に似た、印付きの紙。
「良いんじゃない?ゲームっぽい。あとは『あの男』にちょっと確認だな」
壺は元に戻し、レムネアクに地図を持たせて、狼男は収穫情報にそこそこ満足。次は、捕獲した『念憑き』基い、『念』の方に確認する。ちょっと喋らせたら、俺の推理の裏が取れるだろう。
僧兵と、地下室を出るエサイ。
待っていた獅子たちに、少々問題が起きたと知るまで、もう少し。
お読みいただき有難うございます。
本文ではご案内を入れなかったのですが、『2569話:レイカルシと死霊の声・他』で、死霊薬の話があります。ティヤー編は、死霊使いの存在になじみが薄い背景で、参照にするのも少し感覚が違うかなと思い、あとがきでご案内するだけにしました。




