2960. キダドの町 ~③工房探し・教会にて、一人二人・幽鬼入り魔物・捕獲
馬車三台とドルドレンたちは、イーアンの配慮で『出やすい・広い』場所に降ろされる。
工房を見つけていたらそこへ直に下ろしたが、まだ探さねばいけない。不意に襲われることも考えると、建物の制限で身動きのとり難い町中ではなく、馬車を守りやすい広い場所が適していた。
「町外れですね」
仔牛たちはまだ来ていないので、暫し待機。ルオロフは『家がまばら』と周囲を見渡す。
レムネアクも現在地は知らないが、イーアンが見た町外れの話から、ここが北と見当を付けると、先ほどの鉈出土の民家からあまり離れていないと思った。
人の姿に戻ったイーアンが、ドルドレンに町を指差しながら、工房を探す方法を相談しているので、レムネアクは、黒焦げになった教会を見に行くことを考える。全焼したらしいが、地下は・・・?
大体は、地下室を持つ。イーアンは上だけを見たようだったので、地下室も調べてみたら情報が増える。
ヨライデ語をイーアンが読めるとは思わなかったが(※英語とは知らない)、それはまぁ。他にも何か有益な情報がどこかに書かれている可能性はあると思えば。
「あの」 「おい、ここか?」
レムネアクが別行動を提案しかけたと同時、後ろから野太い声が被る。
皆が振り向いた後ろに、仔牛が登場。横っ腹がぱかっと開いて、出てきた褐色の騎士は左右を見回し『町の外だな』と一言。
「工房を見つけてから、馬車を持って行きます」
「ああ、そういうことか。そうだな」
「敵が来ても、ここなら遠慮ないってことか」
イーアンに言われ、騎士と仔牛は納得。それで今から工房を探しに行くので、馬車番と探す人を分ける話をすると、仔牛は即『俺とバニザットがここに居てやる』と言った。馬車番決定。
「俺も探した方が良くないか?彼らは字が読めない」
「見りゃ分かるだろ。馬車も車輪も」
父の即決にシャンガマックが疑問を投じたが、あっさりはたき落される。ドルドレンは、番をすると言い出したお父さんに特に反対する気もないし、『確かに、見ればわかるものだし』と部下に残ってくれるよう促した。
見れば判別付く、分かりやすい目的『車輪』『馬車』・・・・・
読む必要はないと、これで思ったもう一人は、ヨライデ人レムネアク。付き添って訳した方が良い気がしていたが、工房まで行けば分かるかと思い直し、別行動を改めて申し出てみる。案の定、『は?』とイーアンに眉根を寄せられたが(※お前は行くだろの顔)、別行動要望の理由を話すと他の者も反応が変わった。
「地下室があるかもしれないのだな」
「大体、あるんですよ。ない教会も勿論ありますが」
死霊術はどこでも行うもので、教会や神殿は地下室を持つ。高価な材料なども地下にしまうもの、と聞けば、イーアンも考える。考える女龍にレムネアクは『イーアンが読んだ石板の続きがあるかもしれません』と言った。
イーアン、ピンとくる。そうか。私がヨライデ語を読んだと思ってる。ヨライデの言葉ではないけど(※英語)、違う国の言葉をヨライデの文字で書かれていたと思い込んだか。
詳しく説明するのも違う気がして、イーアンは頷き、レムネアクの調査を了承する。
彼が石板を見ても・・・別の文字や言葉だから、彼の場合『これを読んだのかな』で済みそうな。レムネアクなら、それはそれとして、自分の調査目的である地下室へ意識を向けるだろう。
何となく、この僧兵の感覚を理解しているイーアンは許可。ドルドレンもレムネアクが調べる方が良さそうに感じて許可。ただ、一人では危険だと気にし、誰かと一緒に行くよう、連れる相手―― 仲間を見回した。
ずっと黙っていた仔牛は一部始終を聞き、このタイミングで割って入る。
「結界を張って、馬車を守るのはどうだ」
「はい?急に何を。馬車番は」
聞き返した女龍を仔牛は見上げ『お前の世界の字か』と単刀直入に質問。質問は頭の中に響き、ハッとしたイーアンはすぐさま頷く。
エサイを思い浮かべたイーアンの思考に、仔牛はちらと息子を見て『結界を強力にして、少し留守にする』と譲歩を促す。
「その方が良いんじゃないのか」
声にした仔牛。イーアンは『他にもあるかも』と賛成。
移動前は、町の詳細を聞いていなかったヨーマイテスだが、レムネアクが調査に行く教会に、イーアンの世界の文字があると知れば、ここはエサイに読ませるのも手。もちろん、世界の言葉に対応する指輪を持つ自分たちでも見つけたら読めるだろうが、意味云々を繋げるならエサイが良い。
ドルドレンを振り向いたイーアンは、こそっと『エサイが読むかも』と自分より適任である名を出し、そうと知ったドルドレンも、それなら馬車は結界で守ろうと変更した。
少し長引いた役割分担は終わり、ブルーラ含めて馬車は結界に包まれる。
シャンガマックの結界は強く、二重仕立て。守る者が不在なのはやや心配でも、精霊の結界を抜けることは、そこらの敵では困難。『なるべく早く戻る』と騎士は約束する。
緑と金の粒子に包まれる幻想的な結界に感動するレムネアクは、『道を教えろ』と仔牛にせっつかれ、仔牛・シャンガマック・レムネアク組が早々に出発。
イーアンとドルドレンと、ルオロフが組み、タンクラッドはロゼールと二人。こちらも工房を探しに出る。
飛行手段のないのはルオロフだけなので、これはイーアンが抱え、ドルドレンはムンクウォンの翼を使い、タンクラッドはイーアンの面で龍気の足場、ロゼールは相棒のお皿ちゃんで・・・
「何かあれば連絡します!」
「気を付けて」
連絡珠で繋がる組み合わせ。ロゼールとタンクラッドに手を振って、イーアンたちも町の南へ向かった―――
*****
さて。
二手に分かれて、車輪のありそう工房探しに出た面々は、惜しい店や作業所に引っ掛かりながらも、一時間以内に親方が発見。
ロゼールはタンクラッドの嗅覚(?)を褒め、総長に連絡して呼び、ドルドレンたちも町西の一画へ来た。
イーアンが物質置換で屋内にお邪魔し、工房に置かれた車輪の様々を確認。いろいろある。ここなら大丈夫・・・
すみません、ご協力くださいと謝ってから、内側の鍵を外して扉を開放し、皆も中へ入った。
ドルドレンはすぐに必要な車輪を見分け、タンクラッドも図っておいた寸法の紙を出し、工具他、取り換え用の台なども一揃えあるので、ここまで馬車を運ぶことになったのだが・・・
「結界が」
「シャンガマックを待つか」
馬車を見に行ったイーアンは、すっぽり緑色に覆われた馬車に手が出ないので、また工房へ戻った。
あれから一時間近い。彼らもそろそろ戻るかな、どうだろう、何かあったのかもと話しながら、工房を見つけたのに今度は馬車を動かせない皆は、仕方なし、工房で待つ―――
*****
レムネアクを連れた仔牛組は、あっさりと黒焦げの教会へ到着し、まずは周囲から調べていた。本当にここだけが燃えた不穏な様子に、レムネアクがそろそろ中で調べるかと、向きを変えた時。
「誰かいるぞ」
シャンガマックが歩きかけたレムネアクの腕を掴む。仔牛も気付いており、教会の左の壁際、崩れた瓦礫に一度身を隠した。
「誰か・・・ですか」
ひそっとレムネアクが小声で尋ね、シャンガマックは建物の反対側を見たまま『人間だ』と呟く。
鉢合わせるなんて考えもしない、人のいない町で・・・ それも焼かれた教会? 怪しさが高まる、この状況。誰なのか、何の目的なのか、と息を潜めていると、不意に話声が耳に入った。
「さっきの場所なのは、確かなんだろう?持って移動したとか、そうじゃないんだよな?」
「死霊がいたはずだが、一匹も残っていない。やっぱりおかしい。何者かが邪魔したか」
「まだ他にいると思うのか」
「モネスは始末したが、モネスに仲間がいた、とかな」
「死霊が中身のない箱を持ってきたわけじゃない可能性も」
「先に手を付けた奴がいても変じゃないだろう。箱の中身まで、死霊は確認しない」
「そうすると、死霊も片付けられた?そうか?」
「かなり呼んだがな・・・嫌な敵が出てきたなら、全滅もある」
話しながら歩く人影は、何を憚ることなく普通に足音を立て、シャンガマックたちの斜向かいから黒焦げの建物に近づく。ここを知っている足取りで、一人なのに会話という奇妙な状態。
背の低い男で 橙色に染めた頭髪が一本に編まれ、前を開けた長い丈の上着と膝下までの幅の緩いズボンを着用し、ひし形と鱗柄の目立つ色。顔にも首にも胴体・手足にも絵模様が入り、少したるんだ体つきは中年と分かる。遠目でも悪人顔の男は、誰かと喋るようにひたすら一人で会話。
「なんだあれは」
一人二役男が理解できないシャンガマックに、『念と喋っている』と仔牛が教え、騎士と僧兵は顔を見合わせた。
「一人の中に二人いて、どちらも意識があるのか」
「そんな感じだな・・・ バニザット、魔物も近くに来ている。あれについて来たかもしれん」
さっさと教会に入って消えた男を目で追い、仔牛は少し考える。『ここを動くなよ』と注意してから、一回馬車へ―― 仔牛のスフレトゥリ・クラトリを置いてくるために ――戻った。
*****
仔牛がいなくなった瓦礫影で、褐色の騎士と僧兵は言われたとおりにそこで待つ。
待っている間、シャンガマックは魔物の気配がどんどん近くなるのを感じていたが、レムネアクは気づいていない。
ただ、レムネアクは魔物とは分かっていないものの、『人外がそこら辺にいますか』と囁いたので、慣れている気配に勘が動いたよう。
「魔物だ」
「・・・そうですか」
「近い」
「もう、すぐ近くという感じですか?」
「参ったな」
シャンガマックの返事にレムネアクも顔を気配へ向けた。魔物らしいが幽鬼を思わせる。
レムネアクに感じるのは人外の強い気配で、死霊とも違う幽鬼。大勢いるのか、距離が狭まったのか。急に近寄る相手なので応じ方を考えるが・・・ 危険そうな人物は教会に入った後で、仔牛が戻るまで動けない。その間に襲われたらと考えてた時―――
『そんなところにいて』
頭に幽鬼の声が入った。うっかりしたと、レムネアクはすぐに思考を切り替える。同時にシャンガマックも反応し、目が合ったがレムネアクは彼に対しても思考を向けない。殺人者の鍛錬で『何も考えない』。
始めてレムネアクの遮断を知った騎士は、人間でここまで思考遮断が出来ることに驚いたが、驚いたことに幽鬼の声がシャンガマックにかかる。二重に聞こえる女の口調で、待つ目的を知った様子。
『だれかがくるのね。だれをまつの。でておいで』
ぴくっと動くもシャンガマックは即、結界。レムネアクは魔術ではなく、磨き上げた技と分かるので、彼も併せて結界を張った。その瞬間、ビシビシと裂ける音が立ち、結界のすぐそこに魔物がへばりつくのを見る。
結界の中に、外の声は入らない。まして魔物や幽鬼など雑魚の言葉が届くこともなく、こちら側の声や思考も伝わらない。
まだ自己をがっちり守っている僧兵に、シャンガマックは『もう大丈夫だ』と急いで言い、ハッと見た茶色の目に、結界の中は安全であると短く教えた。レムネアクは外を指差し、たった今見た魔物に不思議そう。
「あれは魔物ですが、声も聞いたし幽鬼だと思いました」
「混ざりものか。見てくれは、魔物そのものだが・・・」
魔物はまず喋らない。シャンガマックはこれがヨーマイテスの話していた『歌の影響(※2944話最後参照)』と気づく。
結界に触れたら、消滅するものなのに―― 貼り付いた魔物は引き攣りながら干からびて、薄く薄く皮一枚ほどまでになってから、叫ぶ形相で消えた。
その姿は顔こそ人間のような眼鼻口を持つが、体は寸胴の丸太型で、膨れた触手が丸太の下半分に何本かついていた。結界越しに見た色は滲んではっきりしなかったが、泥に似た汚らしい茶色と黄土色だったと思う。
見た途端、変化し出した魔物を観察する暇はなく、あっという間に干上がって消えたので、あれは何の派生か分からない。
「俺の結界に触れて、なぜ消滅しなかったか疑問だ」
「シャンガマックの結界は、魔物以外でも触れたら消滅するんですね」
「人間は・・・ 触れるくらいなら大丈夫だが」
目を見合わせる。人間混じりだったかもと掠めた瞬間、先ほどと似た魔物が外をぐるりと囲んだ。
目を丸くしたレムネアク。呪文をすぐに口にしたシャンガマック。
結界周りをそれらが埋め尽くす光景に、シャンガマックが攻撃を放つ片手を伸ばしたと同時、黒い砂が結界の縁から突然噴き出す。
その黒は、何もかも呑み込む闇の国の黒―― ずおっと音立てた砂の壁は、旋風の如く駆け抜けて魔物全部を塵に変えた。
ハッとして振り返った後ろに金茶の獅子が現れ、シャンガマックは笑みがこぼれる。
結界を解いて獅子に駆け寄り、レムネアクは毎度呆然と(※獅子の技と気づいて)するが、それは放って・・・ 獅子は『あいつらが地下に入った』と黒焦げの建物に顎をしゃくった。
*****
幽鬼が混じる魔物はアイエラダハッドでもあったが、さっきのは違和感が強い。シャンガマックはあれらが『人間まじり』かもしれないと、気にする。
「ヨライデはまた質が違いそうだ」
「その話は後だ。バニザット、レムネアクとここで待て」
全部が丸焼けの教会は、歩く足音も聞こえやすくて、奥へ進む間に気付かれそう。
忍び足ではないが、気を遣って歩を進めていたシャンガマックたちは、『これくらいなら地下に聞こえないのでは』と思ったが、獅子はエサイを行かせ、あの男を捕まえさせると話した。
「だから、ここで待ってろ」
「分かった」
入ってすぐのことだが、手っ取り早く押さえるなら任せた方が良い。
了解したシャンガマックに、『レムネアクに向こうを見せとけ』と獅子は命じ、ピンと来た騎士はレムネアクの両肩をくるっと回した。見られたくないのを察した僧兵も、少し笑って素直に入口を向いて立つ。
前へ一歩進んだ獅子が、すっと異時空へ消えて通過した続き―――
「こいつ?」
地下室の端の蝋燭を、揺らいだ風が消した一瞬。振り返った男の首を掴んだ狼男が、獅子に訊いた。男は何かの大きな手に持ち上げられて慌てるが、足が床に付かない。喚こうにも喉が締まる。
「そのまま連れて来い。殺すな」
「分かってる」
短いやり取りの隙間、不意打ちで男が呻き、ハッとした狼男は掴んだ手に力を籠める。気づいた獅子もすぐさま相手を操り、行動を阻止。白目を向けた男は意識が落ち、喉輪状態で体をだらッと垂らした。
エサイは、男の唇が薄く開いた奥に目を凝らす。舌は傷ついたようだが、口に回った血は少ない。
「舌噛もうとしたぞ」
「死んでない。止めた」
「なんなの、こいつ。『念』憑きなのは分かるが」
「・・・とりあえず、バニザットに預ける。俺が思考を止めている間は、この中の二人は動けない」
二人、と繰り返したエサイに、獅子は『両方意識がある』と教え、エサイは面倒そうに気を失った男を一瞥。
「多重人格者みたいだな」
「何の話だ」
なんでもないよと流し、エサイは片腕にぶら下げた男を連れ、獅子と共に十数段の階段を上がった。
お読みいただき有難うございます。




