2959. キダドの町 ~②全焼の教会、石板、アルファベット・古物の鉈『憐れみの刃』
生き残りの人が、町にいる可能性―――
レムネアクを待たせ、他に人がいるのか調べに飛んだイーアンは、奇妙な建物を見つける。離れた周囲は無事で、そこだけが黒焦げ。
崩れかけた建物の外観に、教会の面影が重なる。もしかして教会? 左右を見ると奥に墓場があり、敷地はとても広いから、そうかもしれない。
只ならぬことが起きた様子に、崩れかけている教会に入る。
手前の壁は倒れて燃え尽き、御堂と個室の柱が残っていた。臭いは強いが熱は疾うになくなっており、最近の火事であれ、日は経過しているよう。
屋根は、半分が傾き、もう半分は梁に引っ掛かって、辛うじて屋根を保つ。落ちるのは時間の問題・・・歩いたら床が抜けそうで、飛行しながら中を調べて進むと、見たくなかったものを見た。
御堂の裏は準備室か何か、と見当を付ける。扉の倒れた梁を潜ったそこに、炭化した書架、塊になった机や椅子、そして床に突っ伏した人間の形があった。
目を伏せ、冥福を祈る。善人の人だったかなと、場所が教会だけにイーアンは寂しく思った。
のだが、どんでん返しに思わず声が漏れる。
「あっ。これ」
俯せる形を保って真っ黒になった腹の下。隙間から除く板に気づき、ちょっと引っ張り出したら、アルファベットが・・・・・
サッと手を引いたイーアンは、焦げた死体が『念憑きの悪人側』と理解する。燃えなかったのは石板だからで、いくつかのアルファベットが言葉を作っていた。
驚いたが、読まなければいけないと気を引き締め、もう少し板を引っぱる。すると、人間の煤がぼろッと崩れて板に被った。
龍気で取っ払う方が早いので、気を付けて龍気を注ぐ。
板に書かれた英語の文。ラファルが見た壁の話(※2906話参照)を思い出しながら、地名や人名も考えたが、被った炭で文字の粒子が砕けたらしく、半分以上、字が判別できない。手前に覗いたところだけは、二行分覚えたけれど、他は炭と一緒に壊れていた。
「英語、だと思う。全部英語だったのか。リアキン?リュアキン?名前かも。下の文、どう読んでもエンド・オブ・メルシー、かな。だと思うんだけど。奥が・・・あ~炭と混じって読めない。何のことか」
どうにか読めたのは、『リアキン、もしくは、リュアキン』『エンド・オブ・メルシー』。これだけだと書籍や歌のタイトルみたいな印象だが、読めなかった奥の文章が気になる。
石板は焼けなくても、書くに使ったチョークや何やらは熱の影響を受ける。残念ながら文字は見えず、イーアンは立ち上がって死体を見下ろして唸った。
「腹に隠してまでこれを守ろうとしたのは。悪人が誰かにやられた、ということ?石板を見られては困るから?ラファルの一件の前例で、英語を使ったのは『念』の何者かだろうけど、読まれて困るとしたら、敵は同じ『念』持ち?・・・うーん、複雑だ」
場所は教会・・・ ここまでで人はいなかった。部屋を見渡しても全部が消し炭、道具の種類など想像もつかないので、イーアンは部屋を後にして他の個室も見て回ったが、やはり他の犠牲は見られなかった。
とりあえず、ここはこれだけ。レムネアクの元へ戻ることにする。
レムネアクは無事。魔物が来たかと聞くと、全く、と落ち着いた返事が戻る。
考えた結果も、全く変わっていないので(※情報なし)イーアンは『諦めたら』と促した。そう言われて『はい』とすぐに答えたくないレムネアクは、話を誤魔化す。
「イーアンはどうでしたか。人はいました?」
「あ、うん・・・いたけど、死んでいる人だった」
「死んでいた?」
少し躊躇いがちな女龍に、レムネアクは眉根を寄せて『聞いても良いですか』と控えめに窺う。
イーアンは何を見たかを話し、アルファベット自体については伏せたが、書いてあった文字で読めたのが・・・と、あの謎の二行も教えた。
イーアンが文字を読めるかどうか。ヨライデ語を読んだのか?とレムネアクも気付いたが、重視すべきはそちらではなく。
「リアキン、と読めたんですね?」
「うん。地名かな」
「王城のある町です」
目を見合わせる二人。ドクン、と心臓が揺れるイーアン。魔導士は、第二王城でイソロピアモが消えたと話していた・・・ イソロピアモの影が掠める。あの男はリアキンにいる?
「もう一つの文章は聞き慣れない言葉ですが、リアキンは町のこととしても」
「あの『エンド・オブ・メルシー』って」
「ヨライデ語じゃないです。ティヤーでもないし、共通語でもない。テイワグナとアイエラダハッド語、どっちかな。ルオロフさんに言ってみますか。シャンガマックも多言語を使うようだし、分かるかも」
「あー・・・ええっとね。少し分かるんだけど。憐れみとか情けとか・・・多分、『憐れみの終わり』の意味だと思」
「本当ですか」
英語の訳は、簡単なものでも全く自信なしのイーアン。
エサイかラファルがいてほしい~と思いつつ、ほんの少しだけ歌詞などで覚えた意味を当てはめて、そうじゃないかと伝えた言葉。言い終わる前に、レムネアクは驚く。イーアンが訳したことではなくて。
「何か思い当たるの?」
僧兵はイーアンに答えず、庭に埋まる箱に顔を向け、『あれがそうか』と興奮気味に、内容物を確定したように目を見開いた。
*****
レムネアクの推測だと―――
黒焦げ死体は、念憑きの悪人側として。
王城の町に用があり、あの鉈を持って行くか、必要としたかではないか、と。
二行の文で決定するのは早いけれど・・・
イーアンが読んだ『憐れみの終わり』は、死霊と肉体の世界を分けることを意味し、人の思いが届かない、霊の自由な状態を示すらしかった。
旧教の最初の頃の話にある、死者を分けて死霊へ手伝う儀式行為も同じ表現で、その儀式に使う刃は祈りも呪文も不要、人に使われる死霊を自由に解き放つ力を秘め、死霊は解いた相手に礼をするとか、諸々の展開があるそう。
レムネアクはこの鉈の存在を書物で読み、『秘められた物の一つ』と記憶していた。
要は聖物ということか、イーアンは解釈。神を敬う旧教ではないので、聖物とも違うだろうが、発見した鉈は、言ってみればその立ち位置にある。
「あれが。って言うの?行き当たりばったりで、そんなのに出会う?」
「ここまで死霊が運んだかもしれないですよ。死霊使いの何者かに誘導されて、とか。黒焦げの奴が指示したとしたら、あれを持って王城まで・・・いや、ちょっと目的までは分からないから、勝手なこと言えませんが、とにかく『力を持つ鉈』だから、少なからず道中に襲われる苦労はないでしょうね」
死霊使いであれ、人間に変わりない以上、襲われることから身を護るためには、魔術も忌避剤も用意がいる。それが無くて済むのは『楽』と言うレムネアクの目は、箱から動かない。
いや~・・・ゲームみたい。イーアンは冷めた心で思う。
行った先で秘宝を見つけました!的な展開に、そんな都合良く行くものですかと疑問だけれど、実際、そうなった(※事実)。
でも、レムネアクの意見は分かる。何もこの町に埋まっていたのではなく、『あれを探して持ってきてくれ』と命じられた死霊がどこからか見つけ出し、自分たちを自由にする道具をここまで運んだとしたら。
後は、土から出すだけだったのか。
だけどすぐ近くの土中に運び込まれたものの、命じた術師はそれを見ることなく焼死。死霊は、続きがないから、埋まったままの特別な道具に屯して、自由を求めていたとも思えた。
「誰が教会を燃やしたんだろう」
女龍の疑問はレムネアクに聞こえない。レムネアクは『あれがそう』と決定し、それならとばかりにいそいそ庭へ戻って、何やら安全を守る呪文を唱え、箱を両手で掴んで土から引き抜き、樹脂で封じられた箱をこじ開けている・・・
「開けて大丈夫なのね」
「ええ。『憐れみの刃』であれば、もう。イーアンが近くにいても大丈夫です。これは、死霊専用ですから」
言い切ってるのが微妙に感じるイーアン。それで消えても自己責任(※言わない)。
俺も聞いた話の限りですけどねと、レムネアクは箱の蓋をメリメリ引き剝がす。手は土まみれ。
また『俺』って・・・(素)。イーアンは、生き生きしている僧兵の天然な少年ぶりを眺め、レムネアクが紫色の古布を開いて驚嘆、嬉しそうな様子・鉈を包み直して、箱に蓋を戻す様子・箱は置いたまま戻ってくる一連を見守った。
「お宝って感じ」
「まさに」
首肯する僧兵の生き生きさが眩しい。天然さんと知っているので、イーアンは頷いて『じゃ、馬車に戻る』と断り、鉈を手にした男を抱えて停留中の馬車へ飛んだ。鉈は、無事だった(※と思う)。
気付けば時間は昼を過ぎ、報告出来るのは車輪ではなく、レムネアクの新しい武器のみという結果―――
「なかなか戻らないと思ったら」
「申し訳ないです。私が龍で、馬車を町へ持って行きますので」
「謝らなくて良いのだ。車輪は寸法違いで、森のお供えの原因になった死霊を消し、死霊が群がる鉈はレムネアクの武器になり、その鉈を求めたらしき悪人の念憑きは焼死体で発見。求めた裏付けは、何と君の世界の文字だったと。盛りだくさんの結果である」
ドルドレンの驚き方はいつもちょっと笑えるので、イーアンはクスッと笑って『前向きに解釈頂いて嬉しい』と答えた。でもどのみち、必要な車輪には行きついていないので、馬車を町まで運ぶと繰り返す。
「そうだな・・・車輪を交換するにも、換えやすい場所は助かる。ここでも出来ないことはないだろうが。そーっと運んで、そーっと下ろしてもらえるなら(※超重要)」
「工房も見つけていませんので、無責任なことは言えませんが、町まで行って工房を探し、見つけたら工房側で交換させて頂くのが良いかもしれないです」
「馬車を安定した状態で浮かす台くらい、ありそうだしな」
ドルドレンとイーアンの会話に、親方も加わる。中に積んでいる荷を下ろさずに行う・・・本来は下ろしてから車輪交換が安全だが、旅の馬車は荷が多くてそれも出来れば避けたいところ。
替えの車輪は、随分前に交換で使ってしまったし、この際だから馬車の足回りを整えたい。
町へ運ぶ決定はここまで。
この時、シャンガマックと仔牛は馬車から少し離れて話し中で、寝台馬車の横では、レムネアクがルオロフとロゼール相手に、宝剣ならぬ鉈(※死体分割用)を紹介。親方はその光景を指差す。
「あれ。死体用なんだろう?」
「らしいですね。古物と言っていましたが、もし本当にそうならものすごい年代物です。旧教の始まりで使われていた記述があるようで」
「本当か?」
イーアンも眉唾(※疑う)。親方も意外な情報に失笑し、『どんな金属だ』と首を傾げる。ドルドレンは刃物に詳しくないが、一般常識で保管が難しそうに思った。
「ちらっと見たがな。錆も傷みもない刃だった。柄は交換できるが、刃が古代のものと思えん」
「親方の剣も相当古いです。でも時の剣は別物と分かっているから、不思議もないですけれど」
「まぁ、伝説の剣だな・・・龍とイヌァエル・テレンが絡んだ道具だ。この先も刃こぼれ一つしない気がする」
言われてみれば、伝説剣を持ち歩く親方。
身近過ぎて忘れていたが、自分の剣は『あり』な範囲で(※超特別)、他は信じにくいもの。ドルドレン(※勇者)もイーアン(※女龍)もタンクラッド(※主役補佐)の武器は受け入れている。
三人は賑やかな馬車脇、盛り上がる話の中心にいるレムネアクを見て、あんなにはしゃいで・・・と温かく見守る。
「(ド)レムネアクは、俺とそう変わらない年齢と聞くものの、たまに妙に若返るような」
「(イ)ええ。あの人、天然なので。感性に正直と言いますか」
「(タ)よっぽどなんだろう。剣は人を殺すためのの道具、その認識のある上で思うんだがな。死体を切り分けるために用意された鉈と知っていて、ああも喜ぶと」
「(イ)その辺は、そっとしておいてあげて下さい。死者の感覚が、私たちと違うし」
深く考えないよう女龍に言われ、男二人も頷く。レムネアクは生き生き状態、ロゼールは突っ込みが途絶えないので、この二人は相性良しと思えるけれど、ルオロフが引いているのは伝わる。
「(タ)・・・ルオロフは朝、レムネアクを怪我させたが」
「(イ)レムネアクは、全く気にしていませんね。鉈で舞い上がってるので」
「(ド)それもルオロフの性格からすると、複雑なのだろう。彼は真面目なのだ」
レムネアクも真面目ですよ、と一応言っておくイーアン。ただ、あの人なんかこう(※形容し難い)。言葉が続かない女龍を察し、親方は『後で俺も見せてもらおう』と出口のない話を結んだ。
そうして、レムネアクの鉈お披露目(※そんな前向きな使い道ではないはず)が終わり、イーアンは龍に変わり、馬車を移動する―――
一台ずつ運ぶことにし、まずは無事な荷馬車を連れて行くことにした。馬のセンと、ドルドレンとロゼールも付いて行く。万が一、現地の町で危険があった時のため。
「何もいませんでしたが、気をつけて」
「分かっているのだ」
慎重に・・・と促したレムネアクにドルドレンは頷いて、出発。イーアン龍にいいよと合図。ロゼール、ドルドレンは龍の角の間に上がり、馬と馬車をイーアンは両手で包む。龍は浮上し、スーッと空を泳いで町へ向かった。
龍はゆっくり飛んだけれど、デカいので早い。二分もしない内に戻り、次は寝台馬車と馬のヴェリミル、ドゥージの馬ブルーラを両手に包み、タンクラッドが一緒。
残った食料馬車とルオロフ、レムネアクに、仔牛とシャンガマックが『俺たちは別で動く』と伝え、龍の帰りを待った。
二回目もすぐに帰って来たので、シャンガマックがイーアンに話し、龍が頷いて、最後の馬車とルオロフ・レムネアクを連れる。見送ったシャンガマックは仔牛に乗り込み、スフレトゥリ・クラトリで闇へ入った。
移動所有時間、いざ動いてみれば、わずか10分。
毎回、無駄に動きの悪い仲間に対し、せっかちなヨーマイテスは『とっととこうすりゃ良かったんだ』とぼやいたが、それが正しいにしても・・・余計なことは外で言わなかった(※警戒)。
そう。移動してみたら早いことであっても。
悩んで動きに戸惑いが出た数時間は、無駄ではなかったと・・・行った先で知る。それも、間接的だがヨーマイテスが遅く行くのが大切だったのを。
ヨーマイテスは、イーアンとレムネアクの報告を大まかにしか聞いておらず、『アルファベット』なる文字の話まで知らなかった。これが―――
お読みいただき有難うございます。
とても冷える気温ですから、どうぞ皆さんお体を温かくして、冷えないようにお過ごしください。
いつもいらして下さることに心から感謝します。有難うございます。
Ichen.




