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魔物資源活用機構  作者: Ichen
一の舞台『アスクンス・タイネレ』
2844/2988

2844. 『門』の前・精霊のトラより『三人の鍵』へ・別れ

※明日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願いいたします。

 

 ドルドレンがいたら、この歌を聴いて何を知るのだろう。

 イーアンは流れてくる音楽と歌声に、心を奪われる。映画のようと言っては、この深刻な事態に失礼だ。

 でも、そう思ってしまうくらい・・・圧巻で、切なく、苦しいのに力強く、荘厳な場面。


 不思議な大陸に呼ばれたイーアン、エサイ、ラファルの待っていた『門』に、世界の人間たちを導く馬車の民が、歌と共に出現―――



 ***** 



 ティヤーの馬車の民、十番目の家族の歌い手は()()()()()()が、歌詞を覚えていたアタナは、御者台で他の馬車の家族の歌を聴きながら、あの個所を繰り返し口ずさむ。


『 ―――もしも幻の大陸へ。尊い風を受けたなら、入らなくても大丈夫。風を知らない足が行く。太陽、月も星もない、眠る籠は草の上。窓が開いて、続きは二つ。太陽探しの馬車が動く。終わりの入り口、次の道。後ろの民は、続きを二つ。草に座るか、馬車に乗るか。それでもだめなら、やり直し――― (※2712、2755話話参照)』


 本当に来てしまった。そして、本当に()()()()のだ。荷台にいるホラティは、きっと窓に貼りついているだろう。危ないから決して降りるなと注意したことだけは、守ってくれている。


 馬車の列は動き続け、左右と後ろに広がる人々の群れも歩みを止めない。

 いいや、正確に言うなら『止まれない』んだろう。


 手綱を引く腕は、肘が曲がることを許さない。馬の脚は氷の川を滑るように動き、横を見てみれば徒歩の人々も、流されて動いている。押し合いへし合いで怒り心頭だった草原で、横へ移動する等の自由くらいは効いていたものの、今はそれすらなさそうに見える。立ち去ることも、断ることも、立ち止まって考えることも許されない・・・・・


 ここは、立ち止まって戻れるわけじゃないし、立ち去ろうとしたって出られる場所じゃないけれど―――



 アタナがそう思うように、他の馬車の家族も諦めていた。


 諦める、の表現は少し違うのかも知れないが、腹を括った状態。誰もが自分の民族に誇りを持ち、差別や生きにくい時代を超えて、現在に至る。


 その誇りを支えたのは、いつの時代でも『馬車歌』に帰属する精神だった。

 馬車歌は、嘘なんかではない。お伽噺でもなければ、気楽な旅人の趣味でもない。小さな枠に収まることない、壮大な世界の記録を与ったのが『太陽の民』自分たちだと信じ、何世代何十世代何百世代と続いた。


 では、この変化を誇らしく笑顔で迎えられるか、と聞かれたら、想像と現実は心に隔たりがあり、思うようにはいかない。


 現実の訪れに、戸惑いと不安が(ひし)めいて、馬車を下りたら即、殺されそうな恨みの真っ只中にある自分たち。例え、全員殺されなくても、どんな目に遭うか分からない緊迫の状況に置かれ、民を率いろと世界に命じられ、逃げ場もないのだ。でも。



 ヨライデの『太陽の御者』以外は―― ドルドレンに会ったことのある馬車の民は、多くが彼を思い出していた。


 彼は勇者で、この世界に魔物が現れた最初から、馬車の民で唯一、剣を抜き戦ってきた人。

 どれほどの苦難と絶望を味わってきたか。どれくらい倒れそうになったか。どのくらい、多くの不条理と理不尽に向かい合っただろう。彼もこんな状況を、幾つも越えたのだと思う。


 龍や仲間を持つドルドレンは、一人きりだったわけではないかも知れないが、馬車の民として勇者の立場を担い戦い続けた時間を思う。家族で動く馬車の民は、孤独を寂しく感じやすく、打ちのめされるから。


 先陣切って動いていた彼を思い出し、馬車の民も腹を決めた。自分たちに与えられた仕事を認識し直し、馬車歌の伝説に覚悟する。


 皆は、進む速度を落とさず、眼前に開いた光溢れる空気の扉を見上げ、別れを思った。いつか、戻れる日までの別れを。


 ヨライデの馬車歌が、静かな声を別に流れる歌声に重ねる。それが馬車の民全員の希望と、信じる心を強くした。



『終わらぬ末などあるわけもない。始まりながら終わらない、そんなおかしな旅もない。終わらぬ旅は魂だけ。馬と馬車の魂だけ。他の旅路に終わりはつきもの。風が吹いても吹かなくても、月が欠けても沈んでも。頭の上の太陽が、馬車の行方に陽を差すなら、時が巡って始まりへ。始まるために終わりへ向かう』



 *****



『門』の前。馬車の民及び大勢の人間は、速度を緩めもせず、止まりもしないが、イーアンたちには一時的に停止しているように映る。



 精霊ポルトカリフティグが先頭で、左からのそりと出て来た精霊にイーアンが挨拶すると、『そこから降りずに聞きなさい』と返事が戻る。浮上したまま頷いた女龍に、トラは背中を振り返って多くの人々に視線を向けた。


『彼らが通る。お前たちの姿は、彼らに見えない。この瞬間も、私とお前たちだけの動きであり、彼らは知らない』


「ポルトカリフティグ、私たちは何をするべきですか」


『見送りなさい。私もここまでだ。付き添い終えたら戻る・・・イーアンたちは、彼らが全て、この世界を出るまで待ち、門を閉じて』


「どうやって閉じますか」


 曖昧だとマズい部分は、遠慮せず質問を差し込む女龍。話を遮られたトラは、ちょっと黙って『勝手に閉じるだろう』と、自分も分からないから濁した。


「か、確認の方法はあります?私たち、ちゃんと閉じていないのに帰ったとか、とんでもないことになったら困るのです。開いたのだって()()で、開け方など知らなかったし」


 やり取りを聞くだけのエサイとラファルも、イーアンの気持ち同様。言われてもないことの不始末なんて、責任を背負わされても困る(※人間的感覚)。頑張れイーアン、と心で応援。心なしか、優しいトラの目が据わった気がしたが、トラは穏やかに答えた。


『その、双頭の龍に変化を見なさい』


 ポルトカリフティグだって知らない(※事実)。だが精霊の感じ取ることに、ここの起承転結を担ったのが双頭龍であるのは伝わる。揃った三人は、()()()()()()()、この場に立ち会わなければいけなかったのも。


 えー・・・ それだけ?を示す、残念そうな声が振って来て(※イーアンの残念)、トラは彼女を見上げると『私の感じることを教えよう』と添えた。



『イーアン。地に立つ二人。他所の世界から来た者たちよ。大陸を通らず、世界へ着いただろう。それは、特別だ。

 この世界に入るも出るも・・・そのような特別以外は、()()しかない。扉を開けた鍵たる者たち。鍵は己と思いなさい』


「難しいな」


 ぼそっと呟いた狼男に、精霊の目が遠慮なく据わる。イーアンは急いで『少し知りたい』と口を挟み、ポルトカリフティグは不満げにまた上を見た。


「私たちは、ここの出入りと関係ないのに、まだ『鍵』と仰いますが、それは・・・人々が戻って来る時、私たちがまた呼ばれると、そういう意味ですか?」


『そこは知らない。私が伝えたのは、イーアンたちがこの世界を出るなら、ここであり、各々でそれを果たす、と言ったまで』



 ・・・・・三人は、顔を見合わせる。エサイはラファルと、ラファルとエサイが頭上を見て、見下ろしたイーアンと。それって、と三者は言葉にせず同じことを理解する。


「でも、勝手に入れないだろう?」


 ラファルが呟くと、精霊は彼が質問したわけでもないのに、きちんと顔を向け『入ることを許された日なら叶うだろう』と言い、話を切り上げる。



『私が感じたことはここまで。世界の決まりにより、変化することも覚えておきなさい。では、見届けるように・・・ 』


「え」 「あっ」 「・・・」


 エサイとイーアンが引き留めようとするも、トラの姿は淡い橙色に霞んで消えた。そしてすぐ、民が動き出した。同じ場所で足踏みをしていた具合だった人々と馬車が急に前進し、驚いたエサイとラファルは道を開ける。


「イーアンはそこに居ろ!」


 上に向かって叫んだ狼男に、イーアンも了解して『通過完了まで降りません』と大声で答えた。馬車の最初はジャス―ルで、彼だけはその声に反応したように空に顔を向ける。イーアンと目が合うが、彼は見えていない。


「ジャス―ル、ご無事で!頼みましたよ!」


 聞こえていないと分かっていても、思わず無事を叫んだ女龍に、ジャス―ルはなぜかニコッと笑った。笑ってすぐ前を向き、しっかり手綱を握り直した若者は、この世界を出る先頭を務める。


 三角の角に立てられた柱の中心は、双頭の龍。頭をこちらに向け、尾を扉側に揺らす体は、左右四本ずつの足を持ち、馬車と人々はそこを潜る。馬は怯えておらず、人々の不安がざわめきとなって聞こえるが、大騒ぎでもない。


 続々と後に続く列を見送る間、ずっと馬車歌と演奏が流れ、開く扉から溢れた柔らかい金色と明るい橙色の空気が、全てを染める。


 イーアンは、太陽のエウスキ・ゴリスカが照らしている気がして、高い高い扉の向こうに目をやり・・・よろしくお願いしますと心で頼む。満遍なく渡る光が一層密度を増し、進む人々の影さえ明るく清めた。



 ハイザンジェルの先頭にデラキソス。デラキソスの横に座っていたドーディーファンは、盲目の顔を天の片方へ傾け、瞼の裏に神々しく堂々とした6枚の翼を持つ女の影を()()。影はクロークをはためかせ、角を持つ頭に豊かな髪を抱え、長く力強い翼を六枚広げて宙に立つ、その姿。


「誰かしら」


「どうした」


「デラキソス。女の人が空にいたのよ。もう通り過ぎたけれど」


 翼が六枚あってとドーディーファンが話すと、デラキソスは急いで空を見上げた。その容姿、あの時のイーアン(※653話参照)。

 だが、彼の目には何も見えない。どこに?と急ぐ口調に、ドーディーファンは後方の空へ顔を向け、もういないと答えたが、彼は知っているのかを尋ねて、それが『魔封師の龍だ』と聞き、驚いた。


「イーアンだ。ドルドレンの妻」


「彼女が?ドルドレンの・・・なんて、力強い。良かった」


 そう聞いた途端、ドーディーファンは涙が浮いて目元を押さえた。良かった、あんなに素晴らしい奥さんがいてくれて、と喜ぶ。デラキソスも『そうだな』と答えたが、盲目の彼女に見えて自分には見えなかったことは、少し寂しかった。


 喜んでいるのも今だけ。それもある。ドーディーファンは、冥土の土産くらいの言い方で喜んでいたが、縁起でもないから止めた。


「ここから生きて戻ってくるまで、長いぞ。ドルドレンやイーアンが戦って、世界を守り切ったら・・・俺たちも戻れるかもしれない。可能性だが、ハイザンジェル馬車歌の最後は『大団円』だ」


「そうね」


「お前に何かあれば、お前の義母のばあさんに呪われる。それも冗談じゃない」


 冗談なんて言っている場合ではないが、デラキソスの言葉にドーディーファンはちょっと笑って涙を拭いた。

 ドーディーファンの肩を抱き寄せたデラキソスは、『絶対に俺と馬車から離れるな』と注意し、行列を進む。何が起こるか分からない。示唆は馬車歌のみで、とんでもない人数を守らなければいけない。誰もを、()()()()()()


 デラキソスにとっても、他の馬車長にとっても、伝説の長い長い旅路が始まる―――



 *****



 上から見ているイーアンは、つい知り合いを探してしまう。凄まじい人数に顔など一々見えないし、知り合い皆を探す気はないけれど、気づけば心配で目が列を追う。


 何も出来ない。見送るだけしか出来ない。粘土板は彼らを守ってくれるけれど、私は何が出来ただろう。


 頭の中にグルグル巡るその想いが、イーアンの祈りに変わる。

 ひたすら祈る。無事を祈って、安全を祈って、出来るだけ休めるように、出来るだけ問題がないように。


 世話になり、一緒に戦った北西支部の皆さんから始まって、最初に友達になった宿のモイラや、イオライセオダのボジェナやラグスを思う。職人たちのことも、親切にしてくれたお店屋さんの人たちも思う。我が子のように接してくれた、スウィーニーのおばさんも。王様もここにいるのかどうか、セダンカも。


 テイワグナの人々はほとんどいないので、彼らはやはり残ったと分かる。ちらほらテイワグナ人が見えたが、総数に対してほんのわずかに思えた。


 アイエラダハッド人が続く列に、決戦時の『浄化』現象は彼らに関係なかったことを、ここで理解する。アイエラダハッド人はまとまり方が密で、彼らも光の出口へ消えた。


 ティヤー人の行列を見送る時は、胸の痛み方が他の国の人たちと少し違う。祈らせておいてこれか、と誰かが言いそうな気がした。言われても仕方ない、心苦しい。

 小柄なティヤー人が多い中、なぜかふと、一ヶ所のシルエットに目が動く。勘でも告げたか。もしやと思ったら、やはり北の海運局長だった。タニーガヌウィーイ・・・呟いた声は決して届かない。

 あなたの下さった船を大事にしますと胸に誓い、彼の側にいる大勢と共に光の続きへ送り出す。


 たくさん、たくさん、イーアンは知らない間に涙が流れていて、祈りながら涙を落とす。


 一風変わった人々の集団が最後で、彼らがヨライデの人だと気づいた。この人たちは怖れていない様子で、それも少し不思議だった。これから行く国であり、最後の戦いの場でもあるヨライデ。


 ヨライデ人と言えばレムネアクがいたな、とちょっと思った。彼なら・・・こんな展開でも好奇心で応じるのかもしれない。少しだけ接点を持った僧兵にも、無事を祈る。頑張るんだよ、人殺しちゃダメだからねと、別れ際に伝えた言葉を胸の内で繰り返した。



 ふと、レムネアク続きで思い出す僧兵たちのこと。あいつらもこの中にいたのかもしれない。


『念』がとり憑いた悪人は世界に残って、成敗される話だが、もし憑りついていなかったら、それらは歪んだ危険を隠して紛れ込んだだろう。


『何でも全部が、安全に都合良く行くわけないくらい、分かるだろうが』―― 魔導士に言われたことを思いだす。小さく頷いて・・・とにかく、とにかく、無事でありますようにと強く祈った。



 そうして、全ての人々が光の先へ消えるまで見送り・・・最後と思しき数人が、ザハージャングの足の間を抜けた後。


「閉まる」


 エサイの呟きが、イーアンにも聞こえた。音もなく開いた時と同様、両開きの高い高い扉がゆっくりと閉じ始め、じっと見つめる三人の目に、細い光の筋を煌めかせて、消えた。



 この時、ザハージャングが少し動く。さっとそちらを見たイーアンだが、『門番』とはこういうことかと納得した。奇獣は大きな体を揺らし、足を曲げて座り込む。座ってから更に体を倒し、三本の柱の内側に落ち着いた。


 これにて、淘汰完了―――――

お読み頂き有難うございます。

デラキソスが『お前の義母のばあさんに呪われる』と言った箇所は、


https://book1.adouzi.eu.org/n7309gl/24/


↑ 『こんな俺でも』シリーズ、デラキソスの話のこの回・後半にあります。長い話なので、読まなくても大丈夫です。一応、アドレスを貼りました。


明日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願いいたします。

いつも来て下さる皆さんに、心から、感謝して。


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