表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台開始
2837/2988

2837. ヨーマイテス・エサイ VS 『その手』・精霊と獅子と余談『狼男の移動範囲』

 

 夜の始まり―― ヨーマイテスは、立ち去りかけて、祠の呪いに襲われる(※2832話参照)。


 他の者たちがそれぞれの役割に奔走した一日は、獅子も『ティヤーの呪い巡り・檻探し』をこなしたが、ティヤーに7つある呪いの地で、思いも寄らぬ足止めを食らった。



 とはいえ、足止めも使いよう。相手が誰か、分かっている。


 噴き出して獅子を包んだ砂は、その体に触れられず霧散した。獅子の金の刺青が発揮する力は、この程度ものともしない。

 ヨーマイテスは思いついたことを実行するに、もう一人いた方が有利と、手甲の着いた右腕を揺らした。祠が砂を再び噴出する前に、灰色の煙がシュッと出る。


「呼んだ?」


「手を貸せ」


 手を貸せと言いながら、獅子は降りかかる砂の山に口を開け、砂は呆気なく黒い塵になる。

 それを横目に土砂降りで呼び出された狼男は、目の前の問題―― 祠に鼻を鳴らした。『異時空か』と呟き、エサイは獅子と関係ない方を見て『あんたは()()()だ』と一言。ヨーマイテスの碧の目が『俺は()』と祠の鈍い光を見る。


 その返答を理解したように、出かけた砂がぴたっと止まり、祠後ろの岩壁が急に真っ赤な溶岩を噴いた。獅子は、熱に燃え崩れる祠を飛び越え、縦に裂けて広がる溶岩口へ飛び込んだ。



 残されたエサイが、溶岩の垂れ出る岩壁からパッと離れると、自在に動く砂もついてくる。エサイはこの砂が()()()()()()()であるくらいは感じているが、それよりも気になること、あり。


 ―――これは、あの黒い精霊じゃないのか。


 そう思うや、ザーッと動いた砂は視界を覆い、エサイが消えるより早く、別の風景に彼を引き込む。身構えたエサイは、風景に変わったことで異時空へ移ったと理解。浮いた体で目だけ動かし、上下も重力もない『360℃地獄絵図』に敵を探す。


 黒い精霊相手・・・やめてくれよと苦笑した狼に、生温い風が吹いた。

 上も下も四方八方、人間同士が殺し合う・叫ぶ・泣く・奪う・犯すの立体映像の中心で、血の臭いが風に乗るとリアリティを増す。


『お前も尽きると言うのに、笑う余裕か?』


 聞いたことがあるような無いような声が聞こえ、エサイは声と気配の感覚を手繰る。この異時空の出口はどこか。返答しないエサイに、血生臭い風がまた吹いた。


『お前は死んで久しいだろう。サブパメントゥでもない。この世の何者でもない』


「そうみたいだ」


『恐れ知らずが命を落とした理由。お前のように種族もなく()()()()()()()()()は、一つ』


()()じゃないね」


 ふざけた調子で返した答えに、地獄絵図を作るおびただしい人間が一斉にエサイを見た。塗りつぶされた顔、貼りつく無数の目の中で、一つだけ白目のない突き刺す眼光。

 エサイがそれを捉えると同時に、血濡れた人間たちがエサイに腕を伸ばし、狼男の頭から足まで掴む。


 引き千切る勢い、求める食い込み。幻と現実の合いの子に集られたエサイは、あっという間に見えなくなったが、毛の一本すら動く隙間がなくなった時―――



 ぐわッと赤黒い世界が揺れて砂に戻った。砂は土砂降りの雨に叩き落とされ、エサイは異時空脱出成功。出口は、あの世界の要素が一つにまとまった時、と見抜いて包ませた。


 嵐の周囲、元の場所に戻ったと分かり、終わっていない相手の視線に顔を向ける。


 白目のない、あの目が二つ。嵐の夜に紛れることなき、迫力。降りしきる豪雨を透かすように空中から見下ろした精霊の目は、エサイに告げる。


『出られるもんだな』


「やっぱり()()()だな?」


『誰と思うか』


 精霊の目が瞬きし、エサイはそれを待たず。俺は余計なことをしない、この鉄則を守って・・・ 『原初の悪』より早く、狼男は別の異時空へ紛れ込んだ。


 狼男に逃げられた精霊は、『赤い狼と同じ。だがお前の方が生意気で()()()()()』と笑い、これはここで放っておく。捕まえても逃がしても、どちらでも良かった。元々、狙ったのは獅子の方で―――



 *****



 二手に分かれたら、どちらかに本性を出すだろうし、そうなれば目的の片鱗でも探れそうだと考え、エサイを出したヨーマイテスは。



「こんな面倒な手を使ってまで」


 回りくどいと吐き捨てる獅子は、すうっと伸びる長い蔓を避け、急角度で突き刺してくる蔓の先を消す。先の砂と同様、幻だけでもなく現実だけでもない不完全な異時空の産物。


 要らないものを混ぜて溜め込んでいるような、そんな異時空に感じる。


 入ったここは、奥へ伸びる大きな筒の中で、炎と溶岩が筒を作っていた。飛び込んだら背後の入り口は失せ、燃える壁から槍のように動く蔓の大群が襲う。

 炎に近づくと一丁前に引火するので、火が移ると消し、方向問わずに襲ってくる蔓を足場に、ヨーマイテスは適度にかわして消してを繰り返し、否応なしに奥へ奥へと進んでいた。


 熱は感じる。引火も燃える現象を伴う。だが、これは半分以上が実際の状態に影響しない。とはいえ、半分は影響するのも体感で分かるので、面倒だが火の壁に触れないよう気を付けるのみ・・・ なのだが。


 正直な所、ヨーマイテスは()()()()()()()()。奥へ追い込まれるが、蔓が消え失せたら足場は消えてしまうので、そうなれば即脱出するだけ。


 こんな面倒を通して俺を引き込む理由は怪訝だが、機会の利用を思いついた獅子も目的のために顔合わせまで粘る。



 ―――二度目の旅路にいた俺を知っていても、当時は何の接触もなかった(※2676話参照)。三度目の旅路でこうも絡んでくるのは、やつの都合に欲しいからか。



 呪う地霊の敷地は、『原初の悪』による出来事の影響で人間とこじれて因縁づいた場所。


 地霊が直接に『原初の悪』に従ったのではないが、影響が濃く滲んで、関係なかった呪いの形まで、こんな時に好き勝手使われる。


 それにしても。たかが地霊がここまで攻撃的な異時空を使うなど、俺が信じ込むと思ったのか。こんなものを使った時点で、正体に気づかれると―――



 飛び出す本数が減ってきた蔓に気づいていた獅子は、最後に蹴った蔓から先がなく、重力だけはある筒の炎に落ちる。現れなかったなと無意味を過らせ、時空移動を使った途端、次の場所で向かい合った。


「まだるっこしいだろう」


『おお。今日はお前から口を利くか。そうだな、時間をかけてやった』


「コルステインに言え」


 初っ端からコルステインを出した獅子に、精霊は顔を横に倒す。薄暗い濡れた床の上に、大きな白い顔だけが仮面のようにあり、その顔が右に傾いて口端を吊り上げた。


『獅子。力の差がある』


「承知している」


『お前を使ってやろうと思う。断るとお前は終わる』


「俺が終わると何が起きるんだ」


『さぁ』


 白い大きな顔と、数m先の獅子は、少し沈黙を挟む。あっさりと自分の世界に()()なら、最初からそうすればいいものをと、ヨーマイテスは思う余裕あり。


「何で俺なんだ。俺で足りるようなことは、他の連中で」


『勝手が良さそうだからだ。お前が道連れにした狼でも良いと思ったが、やはりお前の方が使いやすい。()()()()()()()上に判断も早い。サブパメントゥが終結する時、コルステインは消えるだろうが、お前は残れる可能性もあるぞ。俺が』


「俺をここへよこしたのは、ファニバスクワンだと知っているのか」


 白い顔の表情が止まる。

 この前からサブパメントゥ存続をだしに強請るこの精霊が、三度目の旅路で執拗に絡んでくるのも、ファニバスクワンがこいつ絡みを調べさせているのも、共通点が見えた。


 そうじゃないかと踏んでいたが、精霊の考えることなどこちらの思惑を外れる方が多いため、確信を得るまで決めこまなかったけれど。


 獅子は相手が黙ったままの状態も、見越した通りと感じる。俺を使うのは混乱の取っ掛かり、その一つで、最終的には世界の種族基盤を根っこからひっくり返す気・・・と分かれば。


 ファニバスクワンは最後の最後(統一の日)で、この精霊の度が過ぎた全てを突きつけて守るつもりかもしれない。『原初の悪』は他の精霊に知られたくないのだろう。これまでの突発的な支離滅裂な動きを笠に、関心を引かず物事を運びたいのだ。



『ファニバスクワンと繋がっているから強気、か?あの程度の精霊が、お前の安心とは』


 白い顔から薄笑いが消え、生意気な獅子を挑発する。倒れた仮面が起き上がり、しゅーっと紺色の湯気が包むや、紺色の僧服姿で獅子の前に一歩踏み出した。濡れた床の水が撥ねる。獅子の碧の目は、床に張る浸す水を見て、一歩ずつ近づく精霊に視線を上げる。


「ファニバスクワンも古くからの精霊だ」


『まぁ、そうだ。だがあれと俺では桁違いくらい、お前には分かりそうなもんだがなぁ。精霊同士、いがみ合う可能性でも期待していそうだ。そんなこともない。互いを尊重するのが精霊だぞ』


 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ・・・・・ ほんの数mを、じれったく近づいて足を止めた青鈍色の精霊は、金茶の獅子のど真ん前で腕組みし、大きな獣の顔を覗き込んだ。


『お前がここに居ても。ファニバスクワンがお前をよこしたとしても。お前は、独りぼっちなんだぜ?』



 獅子は、自分の思考遮断がこんな大物にも効果があることに、この時は若干感謝する―――



 断ると死んじまうだけだ、と精霊の片手が獅子に伸びる。その間、二秒。一、二、で青鈍色の指先が鬣を触れ・・・る直前、床を浸す水が弾けた。


 バッと消えた『原初の悪』と同時、ヨーマイテスも床に広がった薄緑の魔法陣に吸い込まれる。


『ファニバスクワンの絵』


 俺の領域だぞ!と怒鳴った精霊の声だけが、薄暗い異時空に響いたが、魔法陣は獅子を連れて即消え去った。



 *****



 危機一髪を逃れた獅子は、遥か遠く、ティヤーとアイエラダハッド境目の海に移され、ファニバスクワンに迎えられた。お前は、と精霊に困った顔を向けられるが、獅子は『俺が悪いわけじゃないだろ』と返し、何が起きたか説明を求められ、感じたことも全て、洗いざらい話した。


 エサイはどうしたかを聞かれ、エサイを探しに行くと獅子は答え、さっきの今ということもあり、ファニバスクワン付き添いで現地へ戻る。

 ここで『原初の悪』とやり合うと面倒極まりないので、ファニバスクワンも警戒はしたが、それは杞憂で済み、現地から続く異時空にいたエサイを無事に回収。


 狼男は『狼歩面(入れ物)』がないと、持ち前の能力で許された範囲しか移動できないと、この時、本人も獅子も初めて知った。


 ティヤーは決戦が始まった当日で、そこかしこが魔物と死霊、地震と『念』と歪だらけの不安定な時空を帯びているが、ファニバスクワンは予定外(※『原初の悪』アタック)が生じたことにより、獅子を連れ帰った。


 もちろん、こうなると獅子の心配は愛息子にすぐ向けられる。


「バニザットもだ。あいつはハイザンジェルで」


 面倒でも。ファニバスクワンは、然もありなんと頼みを聞き入れた。

 シャンガマックが出かけた地・ハイザンジェルに呼びかけて なぜ、先ほど『原初の悪』が現れなかったかを理解する。



 *****



 下でこんなことが起きているなど、全く関係ない、空の上では―――


「ビルガメス。そろそろどうだ」


「良いだろう。イーアンも知り合いに連絡が済んだ」


 白い筒を打ち上げる気満々の男龍が、頷き合う。イーアンに知らせておかないと、後で何を言われるか分からないからなと、ビルガメスが呟き、ニヌルタも『さっきまで忘れていたが』と暢気に笑った。


「コルステインを逃がしたい、と。それを待ってやる俺たちも随分、親切になった」


「じゃ、イーアンから連絡が戻ったし、()()か」


 空に顔を向けたビルガメスに、ニヌルタも合わせる。


「ザハージャングだな」

お読み頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ