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魔物資源活用機構  作者: Ichen
淘汰の橋かけ
2816/2988

2816. 龍気の在る範囲・ニヌルタとイーアンの奪還・イングを龍の空へ

 

『こっちが黙っていてやってるのを』―――


 その言い方は、イングが小石を所持してはルールに反するように聞こえ、イーアンはニヌルタを見上げる。男龍は女龍の視線に返さず、誰もいない前に向けて『返してもらう』と目的を繰り返した。



 アオファとミンティンも含め、白い龍気の塊から出ない龍族に、『原初の悪』は何を思うか。下には壊れたすり鉢の大地。黒い泉も消滅したのではと、よく見えない状況にイーアンは心配する。


 水中は普通の時空ではないだろうから、イングは無事と思うが。

 ニヌルタの攻撃で、クレーター状に変わり果てた地面が、どのくらいこの精霊に大事だったか、余計なことも過った。


 イーアンが不安に駆られている間、精霊とニヌルタのやり取りは少し合間を置き、どこからか聞こえる地鳴りだけが夜の空に振動する。


 十秒、二十秒と過ぎ、ニヌルタが何も言わないので、イーアンはそっと周囲を見渡した。『原初の悪』は、気配がない。間近に居ても分からない相手。大型の精霊は、龍気をものともしないタイプもいる。あの精霊はそうだろうから、すぐそこにいるのかと思いきや、沈黙を破った一言は違った。



『龍族。威圧を下げろ』


 あれ? この一言にイーアンは目が泳ぐが、ニヌルタは平然と『無駄だ』と返事をし、精霊が苛ついた息を吐く。


『話にならない。俺を相手に威圧する種族がいるとは』


「威圧じゃないから、下げるだけ無駄だと言ったんだ。これは俺たちの源。俺たちの呼吸。中間の地にないものを纏って話に来た。お前の手中にあるものもまた同じ。早く返せばよい話だ」


『お前ときたら・・・イーアンの()()()を肩代わりで終わらせるつもりなのは分かった。だが』


「不始末ではない。許可したと教えたはず。もう一度そう口にしたら、即、奪還するだろう」


『奪還。なるほど。俺から強引に取り上げるわけだ。中間の地にないものを纏ってまで話に来たと、自らの声で精霊に伝えておきながら、地上()に在っては問題を起こす()()を意図的に持ち込んだことも、許可と』



 女龍はぴくっと固まる。今、地上に在っては問題を起こすと・・・ 顔に出さず、イーアンは成り行きを見守る。小石は本来持ってきてはいけないのか。え、ではロデュフォルデンは?と思ったところで、ニヌルタの首がゆっくりと横に傾いで、ふー・・・と緩い息が漏れた。彼の体の熱あがる勢いに、イーアンは驚く。


 怒ってる! ニヌルタが冷静なのも珍しい気がしたけれど、やっぱり怒ってたんだ! それ、誰に怒ってるの? もしや私かとイーアンの心臓が縮み上がるが、男龍は目を瞑り呼吸を整え、真上に顔を向けて怒鳴った。



「龍気とそれを持つ者を返せ!」


 ぐわッと赤い龍の首が立ち上がり、怒ったニヌルタの体が膨れる。イーアン、凝視。アオファは控えめだった呼応を増やし、ミンティンも呼応を始める。


 え、この状況、この状態!イーアンは周囲の呼応と爆発寸前の龍気にビビる。自分を片腕に乗せたニヌルタは首の変化に留まらず、背中に生える棘がぐんぐん伸びて肩も胸も厚みを増し、太い尾が生え手足も龍に変わった。


 イーアンを乗せる腕は曲げたまま、龍に変化した男龍は口を開ける。

 ()()()()くらいの勢いで白熱した喉が瞬間膨張した次、アイエラダハッドの北部に文字通りの激震が走った。空気は潰れ、何もかもが微塵となり、真っ白な爆発が空を縦横に駆け抜ける。思わず首を竦めた女龍はニヌルタにしがみつき、流れ込んだ龍の彼の声にハッとした。


『ダルナを()()


 取れ、と聞いた瞬間、イーアンは翼を出す。爆発直後、何一つ残らなかった地面に―― 『イング』その姿が掠め、迷わず直下する。見えるのは、ダルナではない大きな卵だが、そこにいると分かるイーアンは、辺りを染めた白い光が引くより早く、抉れた地中の岩盤に現れた卵に飛び、両腕を龍に変えて抱え上げた。


 柔らかく透ける奥からこちらを見る青紫のダルナと目が合う。表情に驚きと信頼を映し、イーアンはニコッと笑って急上昇。

 背後から『女龍、奪ったか』の声と共に、精霊の空圧に押されたが振り切る。瞬間に近い速度を出し、ニヌルタの手にドンッと受け止められた。


 すぐさま、ニヌルタは上昇する。呼応を続けるアオファとミンティンが男龍と女龍を守り、白さが薄れて行く地上の空を龍族は引き払った。



 自分よりずっと大きな卵を抱える女龍は、下方の空に『原初の悪』から奪い返した終わり方を思う・・・今後、どうなるか。でも今は、そちらではなく。


 広げた両腕いっぱいの曲面、幻想的な卵。その中にいるドラゴンにまずは安堵、ホッとした。

 ニヌルタも龍になると大きさはある。ダルナの入った卵と女龍を抱えた白赤の龍は、イヌァエル・テレンの境目まで来て止まり、姿を戻した。


 戻る姿に合わせてイーアンも卵を強めに抱っこし、落ちても良いように(※困るけど)ミンティンがその下に回る。

 男龍の姿に戻ったニヌルタが卵を覗き込み、首を向けた青紫のダルナに『出られるか?』と尋ね、ダルナは頷いた。


『彼女が俺を出すよう願えば』


「お前は自力で出られないのか。なるほど。この卵はお前の技の一つ。俺の力の前にあっても壊れなかった。どれ、イーアン。願ってやれ」


 あっさり認めたニヌルタに役目を振られ、イーアンも『もちろんですよ』と卵の殻をじっと見る。願うだけで良いのかしらと思いつつ、『卵ちゃんは割れて下さい』と話しかけると、呆気なく割れた。その様子にニヌルタが笑い、真顔のイーアンは頷く。


 ぺきっと音立てて入った罅から、ダルナの爪が殻を壊し、青紫のダルナが出て来た。大きさは、人の姿のニヌルタより全然大きいが、ミンティンよりは小さい。イングは何を思ったか、アオファとミンティンを見てから、十本の角を頭に抱える男龍、最後にイーアンを順番に見て、『これが龍族』と呟いた。


「異界の精霊ダルナ。俺は龍のニヌルタ」


「・・・イングだ」


 名乗った、と視線を向けるイーアンに、イングも横目で視線を流す。微笑む女龍に『お前が望まない限り、卵は割れなかった』ともう一度伝え、それが特殊な技であることを見抜いた男龍に感心する。


「救われたな。礼を言う」


「その礼は受け取っておこう。それで、お前は小石を持っているだろうに。出せ」


 嫌味のない命令調が男龍の定番。イングは気にならないらしく、ゆっくり口を開ける。牙の並ぶ広い口の奥、喉からゆらゆらと浮上して現れた小石を鉤爪でつまみ上げ、目を丸くするイーアンに差し出す。両手で受け取った驚く女龍に、イングは何があったか教えた。


「湖で祈りの数を見ていた。お前と俺しか祈り箱に触れない。あの精霊が近づいたと気づいて、俺は小石を箱から取って喉へしまった。目的は分からないが精霊は俺を捕まえようとし、俺は卵に入った。この卵は・・・ あまり紹介したくないが、以前の世界に於いて俺の自戒を促す技の一つで、()()()()()()


 イーアンが答える前に、話し終わるとニヌルタが割り込み『お前の自戒とは、他にもあるのか』を尋ねる。イングは彼を見つめ、視線を逸らした。


「ニヌルタ、紹介したくないってイングは言いました。聞かないで下さい」


 イーアンは好奇心旺盛な男龍を止めたつもりだが、ニヌルタの腕に抱え上げられる。イングは嫌そうだが見ているだけ。


「他にもお前が知っておいた方が良い。卵はお前の願いで割れる仕組みだ。自戒と言うし、ダルナがお前を慕うなら他も同じだろう」


「あ」


 片腕に座らされた女龍が言葉に詰まり、ニヌルタは改めてダルナに『そうだろ?』と振る。ダルナは話の早い男龍に静かに頷いて、また視線を落とし・・・『今は言うのを控えたい』と丁寧に断った。


 ニヌルタはこれで納得し、分かったと下がる。どことなく辛そうなダルナだが、イーアンに託したと思えば安心はある。そういう性質なんだなと、目の前で見て理解した男龍は少し考えて、境目の先に広がる空―― イヌァエル・テレンを見た。


「さて。どうするかな。忙しそうだが、イーアン」


「はい。大変忙しいです。でも」


 思うところは同じの男龍と女龍。『原初の悪』との一部始終は穏やかではなく、そしてダルナもここまで連れて来たからには。ニヌルタのいたずらっぽい顔がちょっと笑い、イーアンも仕方なし、無言の促しに了解する。


「イングも、ですよね」


「そうだ。誰でも、今は入れる」


「大丈夫でしょうか」


「大丈夫だろう(※適当)」


 龍族の怪しい会話に訝しむものの。向き直った女龍から『龍の世界へどうぞ』と誘われるや、イングも最初は信じがたかったようだが、徐々に沸き上がる感情に押され受け容れた。


「俺が。イーアンたちの空に」


「そうです。大丈夫だと思うのだけど、もし苦しかったり危ないと思ったら、すぐに教えて下さい。回避します」


「そうか」


 どこか誇らしげに表情が緩むイングは、目が合って微笑んだ男龍に『もし』と前置きする。


「もし。この身が崩れたとして。だが俺は満足だ」


「良い性格だ」


 ハハハと笑ったニヌルタが、イーアンを腕から降ろして先に離れる。続いてアオファがゆったりと動き、二つに割れた卵の殻を重ねて持つイングは、イーアンに付き添われて空の境目へ移動。その横をのんびり飛ぶ青い龍は、イヌァエル・テレンの変わりゆく楽しさを感じていた。



 そうして、イヌァエル・テレン初。この夜、異界の精霊が龍の空に入る―――



 *****



 衝撃や圧力などはなく、無事に通過したイング。

 イーアンはホッとして『良かった』と笑った。ドラゴン姿のイングは、人の姿に変わろうとしないので、何か理由があるのかなと聞いてみると、『俺そのものとして』と短い返答が戻る。

 彼らしいなと思う返事に微笑み、イーアンは夜空の先を飛ぶ男龍を追いながら、来客に通り過ぎるあちこちの紹介をした。


 あれは海で、こちらは龍たちが住んでいて、あの大きな木は最初の龍の・・・ そう話した時、思い出したイーアンがダルナを見ると、ダルナも夜に輝く白い川と大樹を見つめていた。



「あれは、最初の龍の」


「はい。あなたと話した・・・始祖の龍の、お墓と言いますか」


「そうか。彼女も命が尽きる存在だったか」


 そうは見えなかったと呟くドラゴンは、自分を閉ざした女龍の墓を通過して何を感じたか。少し黙っていたイーアンに振り返り、『何とも思っていない』と一言。


「俺が望み、ここへ来て、時が来るまで、俺たちを閉ざした女龍。他の精霊には言わないが、彼女なりに守った」


「ええ。そういう御方だと思います。私も想像するだけですが」


 ネガティブな感情は本当にないことを改めて伝えてもらい、イーアンはイングの腕に触れ、この話を終わりにする。ニヌルタは気付けばかなり遠く、向かう先がビルガメスの家と分かる方向へ曲がったので、イーアンもそちらへ。途中、アオファとミンティンが離れ、彼らにお休みの挨拶をする。


「彼らは・・・人の姿にならないんだな」


 見送ったイングが尋ね、イーアンは『あの仔たちは特別』と頷く。

 オーリンが乗る龍とも違って、アオファとミンティン、そして地上の海にいるグィードの三頭は、昔から存在する純粋な龍であると教えてあげた。


「俺にそんなに、詳しく話して良いのか?」


「イングは私を信じているし、私も信じています。今日は、ニヌルタもあなたを信じました。これから会う他の男龍もきっと同じです。だから話せるのです」


 腕に触れる女龍の手から、体温を感じるイング。温かな夜風は力強さが籠り、これはイーアンの龍気だと分かる。この空は龍気で出来ているのか。


 以前の世界で、悪の存在以上にも以下にもならなかった自分は、遥かな時を超えた現在で信頼する相手に受け入れられた。



 静かな感動と静かな喜び。満ち足りて行く壺の水をいつまでも眺めていたい気持ちで、イングは口数少なく夜空を横断し・・・ 雲間に浮く島の群れへ到着。

お読み頂き有難うございます。

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