2801. 旅の四百五十五日目 ~別行動:『放した剣』を握る時・龍の鱗と粘土板集め・生物の消えた日
魔導士に呼ばれた獅子が地図を受け取り、息子の元へ行って渡して説明し、二人で地図を見ながら話し合いをした後。
側で聞いていた白灰のダルナに、『翌日から仕事半分・粘土板探し半分』を頼み、それなら、とダルナの提案をされ・・・ 獅子と騎士は顔を見合わせ『効率』と頷き合い、その条件で引き受けてもらった次の日―――
「今日中に、父がイーアンに伝えてくれるだろうから、俺たちはこのままヨライデ、だな?」
「その方が良い。話を聞いて思ったが、粘土板に属性はないものの、イーアンに反応するなら彼女の方が発見しやすそうだ」
「そうだね。属性じゃないのに龍に反応するというのも、ピンと来ないが」
「龍にではなく、女龍なのだろう」
巨体は朝陽を受け、輝く雲の輪郭に馴染む。大きく太い首に跨ったシャンガマックは、今日もテイワグナ発でヨライデへ向かう。瞬間移動を細切れに行うダルナは、話す時間を大切にしてくれるので、行きの道で予定の確認や思うところを伝える時間に感謝した。
「フェルルフィヨバル、最近、アジャンヴァルティヤと交代していないが大丈夫か」
「問題ない。もうじき交代だ」
そうか、無理はしないで、と褐色の騎士は微笑み、振り返ったフェルルフィヨバルは少し彼を見つめていた。どうかしたかとシャンガマックが瞬きすると、白灰のダルナはヨライデの上空に来て、また意味深な言葉を出した。
「もうそろそろ。シャンガマックは剣を得た方が良いかもしれない」
「え?」
「決戦で、獅子も私たちも側に居ない時が来るだろう。魔法を封じられることも考えられる」
「何があなたの目に見えた?」
「・・・シャンガマックの問いを感じた。私は答えた。お前の問いは、『常に私たちに世話になって良いのかどうか』。私は答える。『独りになったら、私たちの代わりに魔法を使い、獅子の牙と爪の代わりに剣を受け取れ』と」
「あ・・・フェルルフィヨバル、それはでも。できな」
出来ない、と言い終わる前にダルナは滑空し、語尾は風に消えてシャンガマックはヨライデ東部の渓谷―― 目的地へ到着。ダルナは停止して振り返ったが、その穏やかな瞳はいつものように謎めく色が揺れるだけで、喋ろうとしない。
答えを追うなと言われているみたいで、シャンガマックは彼の言葉を少し待ったものの、息を吸い込んで『行ってくる』と地面へ飛び降りた。
胸中にざわざわした感覚が湧いて、剣を得ろの示唆に、心は揺れる。
タンクラッドさんも俺に言った。そろそろ剣を、と(※2503話参照)。単に剣があった方が良いと言うなら断るが、フェルルフィヨバルからああ言われて、未来にそれが生じるのではと一瞬過った。
テイワグナ決戦時、ヨーマイテスが力不足の俺を守るために倒れたあの日が(※1683話参照)―――
あんなことは二度と起こしたくない。でも、ミレイオを切った、愚行の極みだって忘れてはいけない(1994話参照)。
俺はどうすることが良いのだろうと、シャンガマックは落ち着かない騒めきに悩みながら、ヨライデ東部の『檻』跡地を調べ始めた。
*****
片やイーアン。どうして私が、と朝一番で眉を寄せた。獅子はイーアンが船を出る前に来て、『お前も探せ』と命令口調で、息子はヨライデとアイエラダハッドを再確認するから、他三国をお前が調べろと仕事を投げた。
私もやること他にあるんですよと言い返すも、獅子は『お前の方が探しやすいと聞いたぞ』と言う。
「探しやすいなんて一言も言ってないでしょう。昨日、魔導士が話したのは」
「龍が関わったから出来た、と地図を渡したがな。違うのか?」
地図がそうでも、粘土板が反応するとは限らないのに、獅子は面倒そうに話を勝手に切り上げて消えた。この時はイーアンも、押し付けられたことに苛ついたけれど―――
「私で良かったかも」
始祖の龍の教えた手段『灯台代わりの石碑』を作るため通っていたアイエラダハッドを後に回し、内陸へ入って、懐かしのハイザンジェルで地図にある遺跡の一つに行き、実感した。
よもや、こんなことが起きるとは。
ちらっと見たのは腰袋。腰袋の一つはこの前被せを失い(※焼けた)、開けっ放しの口部分に簡易で紐を通した巾着状態。巾着の絞った口元から、煌々と存在感ある光が漏れている・・・・・
「始祖の龍、あなたは一体」
鱗一枚。たった、鱗一枚で。ビルガメスじゃないけれど、お体についていた(※思うにお尻尾)鱗が千年以上経過していると思われる時間を跨いで、未だ君臨した威光を放つ凄まじさに、イーアンも肝を抜かれる。
始祖の龍の鱗を持っているからか。私が女龍だからか。どちらかと言うと、始祖の龍の鱗に反応している気がしてきた。地図にある遺跡に降りた側から、『ここだよー』とばかりに粘土板が光る。
「やっぱり始祖の龍が作ったのか。いや、頼まれたどなたかの作品かもしれませんが。すごい、すごすぎる。粘土に光る要素なさそうなのに、なぜ光るんですか」
つまみ上げて、真顔で粘土板に尋ねる。触ると光は失せ、普通の土くれに近いマットな質。光られた時には『嘘でしょまさか』と素でビビったが、こんな効果があると知ったら―――
「これはシャンガマックが行くのも・・・この状態を獅子に話したら、絶対私担当になる」
あの過保護(※獅子)が息子に手間かけさせるわけありませんよと・・・イーアンは粘土板をちょいちょい拾い上げ、腰袋に入れておいた予備袋(※大きめ)を出して、こちらに保管。予備袋は布製でお買い物バッグくらいの大きさだから、これに粘土板を集めることにする。
サッと辺りを見回して、地図をもう一度確認。
ハイザンジェルでもアイエラダハッド寄りのここは、北部である。遺跡は海からとても遠いが、山脈を抜ける川沿いにあるため、飛んできた方向から考えると、とりあえず海を意識し造られた過去が窺える。
「でも・・・さすがにハイザンジェルは少ないですね。海がないからかな。海がなくても、目的によってあるとは思うけれど。
『檻』は海沿いに多い。ハイザンジェルは、ティヤーに近い東と南、テイワグナ南部の海に向けてかな。西は大きな山脈が隔てているから、ないわけね」
どうにか海を意識できる方角、に遺跡は在り、現在地を含めてハイザンジェルには三ヶ所だけ。遺跡の数は、海岸を持つ他の国が圧倒的に多く、一番多そうなのが島ばかりのティヤー、次がテイワグナ、次がアイエラダハッド、それからヨライデの順。
ティヤーは今、私たちを敵視する民ばかりだから、人目につかない時間に行こうと考え、イーアンはまず数の少ないハイザンジェル、それから日中にテイワグナ・夜間はティヤーの段取りで進もうと決めた。
地図を確認し、ハイザンジェル東部へ移動する。朝っぱらから私の姿を見て騒がれないと良いけれどと思いながら、大きな川ばかりの東へ降り・・・その心配はないと安心。人がいない。
「こんなところもあったのですね。ドルドレンと一緒にミンティンで結構あちこち飛んだつもりだったけれど。自分に翼がついてからは、外国で飛び回る方が多かったかな」
広く平地が広がる東は、幅のある大河が幾つも流れ、かのティグラスもここ東に住んで、水を渡る貴重な種類の馬追いの生業だった。川の交差が増えて砂州すら消えるところには人の道もないため、狙って造ったように川の中に遺跡があった。
ずっと遠くに山の青い線を望み、だだっ広い川の下流にはうっすらと靄がかかる水平線のこの場所で、イーアンは始祖の龍の鱗を袋から取り出す。
川面の上に浮かんだ女龍が鱗を出して、川底に薄っすら見える人工物の遺跡に目を凝らしながら、粘土板はどこかなとキョロキョロすると、キョロキョロ三回目ほどで、少し離れた上流が光っていた(※教える粘土板)。
あっちかと移動し、イーアンが真上に来ると、光は流れる水を通して一層煌めき、女龍は川にジャブッと入る。水深せいぜい3mあるくらいの浅い川で、光の発信源を二つ、拾い上げる。始祖の龍の鱗の輝きに応じるように光る粘土板は、懐かしい再会のよう。
水中から出たイーアンは龍気で濡れた全身を乾かし、すぐに次へ行く。こんなに簡単に見つかるなら、早く集めたい。シャンガマックも集めているけれど、彼は仕事もあるし、私があっという間に集めて――
「バニザットに。渡すのかな」
ふと、回収した後を思う。これは、昨日決めていなかった。テイワグナ方面ハイザンジェル南部の空で止まり、どうするのかなと考える。
報告はもちろんするのだけど、魔導士に渡すものなのか。直接、馬車の民に渡すのも、彼らが認知しているなら良いけれど、そうではなかったら困る。
「これも、報告の時に相談しないと。バニザットはザッカリアにご用命されたから、彼も立ち位置が重要かもしれないし」
いきなり馬車の民に渡すのも、ちょっと不安が。ドルドレンは粘土板について何も話していなかったのだ。彼は十番目の家族の歌を聴いているから、仮に粘土板みたいな重要な情報があれば、それも絶対に私に教えているはず。
「うーん。ドルドレンと接触なしで確認出来ないけれど。でも彼なら言うよね。だけどその話はなかった・・・なぜか代わりにザッカリアがこれを魔導士に伝えて、私の知るところとなったくらいだから」
やっぱりバニザットと、ちょっと話し合っておこうと頷き、イーアンは三ヶ所目・南部の遺跡へ降りる。
地図と照らし合わせ、バニザット製魔法の地図が矢印を引いてくれる案内に従う。慣れてしまったが、これもこれで大したもんだと、ふと改めて感心するもので。
そして、南部の山間中腹辺り、前方に青い海が見える高さで、遺構を見つけたイーアンは、始祖の龍の鱗の輝きを頼りに、小さな粘土板が埋まっている土砂跡を掘り返し、ここで五個入手。
ハイザンジェルは、北部で二枚、東部は三枚、南部で五枚。計十枚。よし、と腰袋に入れて、次はテイワグナへ飛んだ。
*****
シャンガマックがヨライデで、イーアンがテイワグナで過ごすこの日。
青い翼に運ばれるルオロフは行ったことのない国も巡って、ヂクチホスの収集令を拡散し終わった。丁度、太陽が中天にかかる頃で、薄青い肌の堕天使は最後に降りた海岸の崖上で、空を見上げる。
「暑い?」
「え。いいえ?大丈夫ですよ。慣れたので」
「昨日、暑かったでしょ」
「あ・・・私はテイワグナに行ったことがないから、あんなに暑いと思わず。つい、音を上げました」
昨日の真昼間、突き刺す日差しに汗が止まらず、肌が焼かれるように痛くて耐えられなかった。まそらに呟きを聞かれ、その後はまそらの不思議な魔法で包まれて助かった。
今日は大丈夫ですとはにかんだルオロフは、ハイザンジェル近いティヤーの海岸で、ここは風が気持ちいいと髪をかき上げる。
「毎日、まそらに付き合って頂いたので、早く終わりました。動物たちが動き出しています」
有難うございますと赤毛の頭を下げた若者を、まそらの手が撫でて上を向かせる。閉じた目の端正な顔が微笑み、『貢献』と囁いた。何のことかなと思ったルオロフだが、まそらの手が離れ、畳まれていた翼がまた広がったので、その真っ青な美しさに見惚れた。
「あなたご自身もですが、その翼は実に美しいです」
「イーアンも、そう言った」
「それはそうでしょう!彼女はまことに美しいものを知っているから。まそらはとても美しいですし」
ニコッと笑った堕天使に、ルオロフも微笑む。が、まそらの広がった青い翼が変化し始め、ルオロフは笑顔が固まった。
「あ」
「動物、生きているものたち。命。お前の呼びかけで、この世界を離れる。見ておくと良い」
「・・・見せて下さるんですね。彼らの大移動を」
翼に映る、様々な場所。様々な生き物たちの動きが、ヂクチホスの招いた異時空へ向かう。少しずつ集まって群に変わり、群はさらに増えて、大地も草原も岩も谷も丘も海も浜も、彼らの色に染まる。ハッとして空を見ると、けたたましい黒い雲が―― 何万、何百万の鳥の移動に目を丸くした。
想像はしていた。だが、この目で捉えるのと、想像の差はいかほどあるだろう。体を揺する振動を、空から落とす鳥の移動に、ルオロフは息を呑む。
「ルオロフ。お前は、生き物の頂に立つ魂。自分が何者か、胸に刻むように」
優しい、物憂げにも見える顔で、青い堕天使は大きな言葉を伝え、ルオロフは振り返る。彼ら異界の精霊は、親しくなってもやはり特別な存在なのだと・・・荘厳な響きを含む教えに、『はい』と答えた。
生き物の頂だからといって、何が起こるわけでもない。この身に変化も出ず、せいぜい動物たちに話しかけたり、会話らしい行為が成り立つ程度の認識。
ヂクチホスに言われることをなぞるだけの自分だが、一見して派手でもないこうした地味な行動により、無数の命の行く末を動かしていると、初めて感じた。神様も、こんな気持ちなのだろうか―――
そして、と堕天使を見つめる。彼らも。偉大な力と共に存在する、尊き彼らも、普段の行動は静かで、特別でもなく過ごし、いざという時に力を振るう場所と責任がある、それだけなのだろうかとも。
一つ、固定観念を抜け出した貴族の悟りは、青い天使に伝わる。フフッと笑ったまそらの片翼がゆっくりと貴族の右側に向けられ、映し出される各地の様子がまざまざと見える位置で止まる。
「よく、見ると良い。お前の声で生き延びることを選んだ、生き物たちの走る姿を」
「・・・分かりました」
生かしたんだよ、と。ルオロフの役目を柔らかく教えるまそらに、ルオロフは感慨深く学ぶ。
野生に生きる多くの生き物たちは移動し、家畜や人間と暮らす身近な動物たちは、落ち着かない状態にあるものの家を離れず。
海から魚が消え、空に鳥が一羽も見えなくなる。沼や川や湖の生き物も、誰かの導きで姿を潜め、これを合図に、あちこちで精霊や地霊が、自分たちの範囲で命ある者たちを匿った。
この夜は、虫の声も聞こえない。静まり返った世界で、人間の側に生きる動物たちだけが残る。
そして、地震――― ぐらぐらと揺れて止まり、また揺れて止まる。少しして、ぐらっと大きく横に揺れて終わる。断続的に発生する揺れに、民は嫌でも不穏を感じた。この地震は、暫く続く。
お読み頂き有難うございます。




