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魔物資源活用機構  作者: Ichen
出会い
10/2987

9. 女連れ

 

「ちょっと気になっていることがあります」



 森の道も残り1時間くらいで終わると見て、休憩していた時間。 乾燥肉を食べ終わったイーアンは、神妙な顔をしてドルドレンに質問した。ドルドレンは口にまだ水を含んでいたので、目で話の先を促す。



「森の中はこんなに静かなものなのでしょうか?」


 ああ、とドルドレンは頷いた。水を飲み込んで口を拭いてから、「いや」と首を振って続ける。



「昔は賑やかだった。鳥の声も虫の声も聞こえる、生物の豊かな生息地としてあるべき姿をしていた」


「それは・・・・・ 」


「ふむ。 さっきイーアンが笑い声を立てそうになった時、後で説明しようと思っていたことが理由だ」



 ドルドレンは目にかかった髪をかき上げ、イーアンの方を向き直り「もう少しでここを出るから」と声を落とした。イーアンはハッとした顔をして、それ以上は質問せず頷く。 そして食事を終えた二人は立ち上がり、再び馬に跨って道を進み始めた。



 森の木がまばらになり始め、少しずつ差し込む光の量が増える。静かな森の道がもうすぐ開けた場所に出て終わる。 どちらも何も喋らなかったが、風景の変わっていく様子を見つめていた。何も言わなかったが、ドルドレンも森に入ってからずっと、一つの疑問を持っていた。


 ――最後まで、魔物が出てこなかった。


 その理由はとうとう分からないままだったな。 

 ドルドレンはここしばらく、魔物を見ない日がなかった。王都へ出向く際にも何頭かに出くわして、それらを倒して王都に着いた。王都にいた時間はほんの1日で、その間だけ魔物を見ていない。でも森まで見ないとは思っていなかった。 

 気配はあった。近くにいたとは言い切れないが、特有の気配は最初から感じていたのだ。それでも、魔物は出てこなかった。 なぜ・・・・・ 襲ってこなかったのだろう。


 途中から自分一人ではなくなったから、魔物が出なくて助かったといえば助かった。出てこられて、イーアンが襲われたり死傷などあったら大変だ。

 彼女は戦った経験などなさそうだし、自分の身を守れないだろう。 彼女を守りながら戦うとしても、魔物の動きは読めないから、心配がないとは言えない。 

 とにかくこのまま魔物が出てこないで済むに越したことはないな、とイーアンを包む腕に力をこめた。


 イーアンは、少しきつくなった間隔に気が付いた様子で振り返った。 ドルドレンは何食わぬ顔で首を少し傾げて見せた。イーアンは瞬きを一度して、ニコッと笑って首を振った。


 そんなやり取りにしばし遅れて驚くドルドレン。 魔物がいる緊迫した日常に慣れてしまっているからか、自分がこれほど気持ちが寛いでいるのは新鮮だった。 自分が微笑んだり、視線だけで女性とやり取りしたり、気が付くと恥ずかしいような、おかしいような。


 つい、笑い声を漏らしたら、イーアンがニコニコしながら振り向いて「?」の視線を送ってきた。『何か楽しいことを考えましたか?』と聞かれているような。


 ドルドレンは小さく咳払いし、イーアンの表情に合わせ、言葉は出さずに『後で』と口だけ動かした。イーアンは声を立てずに笑って頷いていた。



 穏やかなやり取りをしていると、森の道はようやく終わり、目の前に再び草原が広がった。夕方に入った頃で、日差しはすでに斜めに差し始めていた。

 橙色の光を受けた草原は、見渡す限りが光の海のように見える。馬は自分の行く道を知っているように、指示もされないのに黙々と進んでいる。風が時折吹いて、光の海に波が寄せるのを見ながら、イーアンは溜息をついた。


「きれい」



 ドルドレンはその声を聞き取れず、「何か言ったか?」と声をかけた。



「はい。この光景は綺麗です」


「ああ・・・・・ 本当だな。綺麗だ」



 二人の声を喜ぶように、草原はまた風に吹かれて波を打つ。金色の海が、二人を乗せた青く輝く馬の足元を包みこむ。 

 ――綺麗、か。 白髪混じりとはいえ、艶やかな黒い髪をなびかせ、ドルドレンは草原を見渡した。そんな目でここを見たのはいつだったか。 思い出そうとしてすぐに諦める。思い出す必要なんかないな、と。

 イーアンがもたらす、何気ない普通の言葉。普通の感覚。 自分がどれだけそれらを遠ざけた時間を過ごしていたのか、光に包まれた夕方の草原を進みながらじんわりと感じた。


 ドルドレンが浸っていると、イーアンがぶるっと体を震わせる。気温が下がってきた夕方に、まだ乾いていない服が冷えているのだ。



「大丈夫か? もうすぐ支部に着くが、持ちそうか?」


 ドルドレンは慌てて声をかけた。クロークを貸したは良いが、服が湿っている状態は変わらない。気温が下がれば冷えてくるだろう。


「大丈夫です。 でもドルドレン、支部とは何ですか?」



 イーアンはクロークの前をぴっちり寄せながら聞き返した。そうか、どこへ行くとは話していなかった、と気がついたドルドレンは、頭の中で予定をざっと見直してかいつまんで説明することにした。


 ――自分が騎士修道会の一員であること。そのため、生活している場所は騎士修道会の支部で、自分たちがこれから行く所はその支部であること。支部でイーアンについて説明をし、今晩はイーアンを宿泊させようと考えていること。その後はイーアンの向かう場所へ同行して送り届ける、と。


 イーアンは終始、驚いた顔をしていた。時々俯き、何かを一生懸命考えている様子だった。


「都合が悪いか?」



 彼女の複雑そうな表情に、ドルドレンは何かあるのかと気になり、質問した。 彼女はすでにどこかへ行く予定があったのだろうか? でも大人しくここまで着いてきたから、そうではないように思っていたが。


「いいえ、そうではないのですが。 あの、どうしましょうか」


「何を?」


「ええっと。 私のことについてなのですが・・・・・ まだお話できないこともあると思って」



 イーアンの様子からすると、聞かれても答えられないことがあるのは分かる。だから無理には聞かないが、支部にある程度の説明をしないと宿泊は難しい。『話すくらいなら支部に泊らない』と言われても、濡れた服の女を夜間放り出すことは自分の選択肢にないし、かといってドルドレンが一緒でも野宿は危険すぎる。 だからやはり、今日の所は支部で休むのが一番だろう、と思う。



「無理に聞こうとは思っていない・・・・・ しかし、支部に泊ることを安全で推奨したいのだが、支部に泊るには少なくても理由が必要ではある。イーアンは、服を早く着替えたほうが良いだろうし、外は見ての通り、夜通し過ごせる場所も何もないのだ。

 今晩だけの宿と考えて、話せる範囲で良いから、支部にイーアンを泊める理由を伝えられないか?」



 駄々っ子ではないけれど、支部に泊ることに心配があるのか、イーアンはなかなか『うん』とは言えず困っている。そうこうしているうちに、イーアンにも見える距離に建物の影が現れたことに気が付いた。


「私。 行くところがないのです。 帰る場所も、恐らく現時点ではないのです。」



 建物の影を確認したイーアンは、思い切ったようにそう言った。ドルドレンはそのことをどこかで分かっていた気もしたが、こうして直に聞くと少し衝撃的でもあった。 眉を寄せて心配な顔で見上げるイーアンに、うん、と頷いて先を促す。


「あなたには助けてもらいました。でもこの後どうするべきかと訊かれたら、私には答えが浮かびませんでした。それを考えても、埒があきませんでした。

 今の私には行く場所が、帰る場所も含めて、なくて・・・・・ ここも初めての場所で、どうしたら良いか」


「分かった」



 イーアンの不安な表情に気の毒になり、ドルドレンは口を挟んだ。イーアンは黒い髪の男をじっと見つめる。


「俺がイーアンをしばらく保護する。」


「でもそれじゃ。 急なことだし、ご迷惑ですから」


「言えない事もあるだろう。 だが、イーアンが今話したことは信じる。そうすると、イーアンはどこへ向かうことも出来ず、この場所すら見知らぬために身動きが取れない、ということだ。そうだな?」



 イーアンは俯いた。小さく頷いているのが分かる。彼女から視線を上げれば、もう目と鼻の先に見慣れた支部がある。ここで立ち止まっている理由は何もない。話があるなら、とにかく支部で話せばいい。



「イーアン。 手続きは俺が行なう。支部へ行こう」



 ドルドレンの提案に、イーアンはホッと溜息をついた。その意味は不安なのか、安堵なのか。

 それはいま考えることではない。ドルドレンは手綱を握り直して、ウィアドを門へ向けて駆けさせた。








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